第31話 薄汚れた少女とクッキーと

お花を売ってきた少女にクッキーでも、そう思った僕は少女が向かった方向に歩みを進めたんだ。


走り去っていったので姿は既にない。すぐに見付かればいいんだけど・・・


幸いにも道は一本道だった。

もはや道と呼べるのか微妙なラインだが、道らしきものを避けてポツポツと規則的に家が並んでいるのできっと道だと思う。

構わずに奥に進んでいく。


平和な日本で育った僕としては、汚れていて痩せ細った状態の少女を目の当たりにして無関心にはなれなかった。

結局は僕の自己満足で、ただの気紛れでもあっるのだろうが、せっかく自ら起こした行動だ。

最後まで納得いくまでやろう。


少し歩くと、すぐ近くから揉めているような怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい!さっさと出せ!」

今度は明確に聞き取れた。少し嫌な予感がした僕は、小走りで現場に向かった。


やはり、というべきか。

大の大人がさっきの少女を脅している光景が目に入る。

先程僕が渡した代金を渡すまいと必死に抵抗している。花を入れていた籠は踏まれたのか無惨な姿で転がっている。


「嫌!来ないで!」


力ずくで少女のお金を奪おうとしている男はかなり大柄だ。

ギョロっとした目付き、目の下にはクマがハッキリと見える。だらしなく太った身体でお腹からへそが見えている。

黄色い歯を見せつけるようににやけた表情はさながら魔物のようだ

男は射程圏に入ったからか、余裕の表情を浮かべている。


「ほら、痛い目に遭いたくなけりゃ早く出せ!わかってるんだぜ?てめえが金を受け取っていたのはよ!」


屑だな。

物語の勇者を気取るつもりはないが、僕の自己満足で始まったこのストーリーだ。

自分の納得がいく形で締めたい。

自分がただのEランク冒険者だなんてことは忘れて少女の元に向かった。


「君、大丈夫?」


「あっ、さっきの方?・・・お願いします!助けてくれませんか!?」

泣きそうな表情で僕に助けを求める少女。


「うん、少し離れておいで」

これで負けちゃったら格好がつかないな。

そんなことも頭によぎるが、もう遅いか。


僕に任せて。そう言ったすぐに後ろから強い力で肩を掴まれた。


「おいおい兄ちゃん、余計な真似してくれたな?覚悟出来てんのか?」

至近距離で話しかけられるが、そのあまりの臭いに顔をしかめそうになる。


「離してくれる?さすがに痛いんだけど。

あと、息臭いよ?ちゃんと歯磨きしてる?」

男のイライラが更に増したようだ。


「なんだとこの糞ガキが!」

更に力が込められた僕の肩を掴む手を、雷の魔力をきつく込めて握る。

この男が単純そうで助かった。


「ぐわあぁあ!」

慌てて距離を取る悪漢。握られた手をまじまじと見つめて僕を見た。

バチバチと雷が纏われた僕の手を見て焦り始めたようだ。


「くそがっ!魔法使いかよ!」

ぐだぐだとわめく姿は滑稽で、おおよそ人間には見えない。


僕は続けて多数の球状にした魔法を具現化し、僕の近くで浮かべる。これで叶わないと悟って消えてくれればいいんだけど。


前の男はナイフを取り出した。

まあそんな甘くはないよね。ため息を吐いた僕は、相手が何か話す前に雷属性の魔力球を集中的に放って、無力化させた。


見事に気絶させることに成功した僕は、少女の姿を探す。

気になってこちらを見つめていた少女に安心してもらえるように笑顔で声を掛けた。


「もう大丈夫だよ」


余程怖かったのだろう、僕にしがみついて大粒の涙を流した。


「怖かったよね、もう大丈夫だから」

しゃがんで、少女の目線に合わせてその頭を撫でた。

手入れのされていないくすんだ赤色。毛先は雑に切られている。


ああ、前の世界を思い出すな。

ポロポロと涙を流していた泣き虫な妹を同じように撫でたことがあった。

確か野良犬に吠えられたんだっけ。

その時も目線を合わせることでより心に添ってあげることができた気がしたんだ。


「ありがとう・・・」

ようやく少し復活したのか、涙を拭い僕にお礼をしてきた。


「僕はカイって言うんだ。ここに来たのは今日が初めて。君の名前は?」


「エレン、です」


「そう、エレンって言うんだね。この街にはずっと住んでいるの?」


家族はいるのかな?さすがにこの状況で一人で歩かせるわけにはいかないし。

そう思って色々と聞き取りをしていった。


結果的には僕が思った以上に残酷な現状で、聞けば聞くほど言葉が出なくなった。


聞いた話はこうだ。

冒険者だった父を失くしてからというもの、一気に家計が悪化。

母はエレンを育てる為に必死で仕事を掛け持ちして何とか暮らしてきたが、重なる無理に身体を壊してしまった。

母の体調が改善する見込みは今のところ無く、医者にかかるには収入もない状態なので、家で横になり祈るだけの毎日。

お金に困り、家をも売りに出したが底が尽きて遂にはスラムに。

そんなエレンには途方に暮れる時間もなく、日々を生きるために街から出て売れそうなものを探しに行く生活を続けていたそうだ。


わずか10歳というエレンが、明日の希望も見えない中、命を懸けて魔物の出没するエリアまで足を運ぶ。そしてお金になりそうなモノを調達しモノを売ることで、病に伏せる母をも支えている。


ハッキリと言えばショックだった。

令和を迎えた日本でも同じことがあったのか?世界まで目を向けるとやはりあるのだろうが、少なくとも平和な日本、それも一般的な家庭で育った僕には未経験だ。

張り裂けそうな程に胸が痛い。


またこの世界には、聞けば奴隷の存在もあるという。

どちらが辛いのかは到底わからないが、奴隷でもないエレンには主人もおらず、誰かの庇護を受けることもないのだろう。


こういった事実も受け入れないと。

こちらの世界に来てからというもの、何とか不自由もなく暮らしてこれた。

暗い事実を目の当たりにして、それが尊いものであったと気付かされたように思う。決して当たり前のものでは無かったんだ。



どこかのタイミングで渡そうとしていたクッキーは、無意識に強く握ってしまっていたことでボロボロと崩れてしまっていた。


ずいぶんと崩れちゃったけど、せっかくだし食べる?渡そうと思って追いかけて来たんだ。

僕は情けなく笑いながら、ほぼ原型を留めていないクッキーを少女の口に入れた。目を見開いて甘さに感動しているようだ。

残った砂のように粉々になったクッキーも流し込むように食べてくれたみたい。


ある考えを持って少女に話しかけた。

ねえ、良かったら――・・・

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