第30話 初めての休日とスラム街と

Eランクへと昇格出来た翌日である今日は、特に予定も入れず休養に充てるつもりだ。

学生でもサラリーマンでもないし、日々のスケジュールはすべて自分の気分次第。

これまで可能な限りクエストを欠かさず受けていたのは、一日でも行かない日を作るとダレてしまいそうな気がしたから。

明日の予定がないと不安になるのは日本人気質がまだ抜けていないからか?

まっ、あとはやっぱり早くFランクから上がりたかった思いもあったし。


いつもはクエストを受ける為に、かなり朝は早く起きているが、今日は普段よりも少し遅めに起床し、皆で揃って朝食を取る。

のんびりと時間が進む。

この世界にやってきてからというもの、いつも寄り添ってくれているユリアナさんとメアリーさんとは毎日よく話をしている。

最初に比べるとだいぶ打ち解けることができたと感じるこの頃だ。


話の流れで、屋敷の裏手にある家庭菜園の管理を手伝うこととなった。

まだ日が昇り切るには時間があるので、外に出ると空気が少しヒンヤリしていた。


今どのような野菜が庭に植えられているのかを熱心に僕に教えてくれているのはメアリーさんだ。

教えてくれている最中にも関わらず、僕はついその美しい横顔に見入ってしまう。

クリッとした青い大きな瞳、鼻先は尖っていて美しく真っ直ぐに伸びている。

日本人にはあまり居ないタイプの容姿で、洋風で綺麗な顔立ち。

普段は黒に近いグレー系の服に白のエプロンを付け、金色の髪の毛は見えないようにキャップに詰めてある。

屋外での作業、特に菜園の手入れの為、今は動きやすい服装に着替え髪もひとまとめにしてあるが。


「……ということで、この時期に現れるこの虫は私たちの天敵なんです!って、聞いていますか、ぼっちゃま?」


「ああ、ごめんね。少し違うことを考えていたよ」

うっかりしていた。返す言葉も無く素直に謝る。


「もう!ですから・・・」

案の定頬を膨らませてぷりぷりと怒る。僕はもう怒らせないように真面目に聞いた。

その後もメアリー教官の指導は続いた。


同い年でもあるメアリーさんは、半年前と比べて随分と表情が柔らかくなり、最近は様々な表情が見れるようになって来た。


さて、教官の指導のもと、二人で天敵である虫を無心に狩り続けた。

パッと見る限りは駆逐できたようだ。

二人で達成感を共有していると、屋敷からユリアナさんが僕たちを呼ぶ声が聞こえてきた。

どうやら昼食の準備ができたみたい。

いい匂いに釣られた二人は屋敷に戻り、揃って昼食を取った。


ああ、使用人であるメアリーさんは身分の垣根を超えて今や歴とした家族のように平等に食事を取っている。

僕とユリアナさんが遠慮するメアリーさんにそう在るように強く求めたからね。

ちなみにご飯の当番は日によって変わる。今日はユリアナさんが担当だ。

使用人がメアリーさんしかいないから、時間と手間がかかる料理は当番制となったみたいだ。

流石に僕は料理が上手じゃないから、二人に任せていることが多い。

無論クエストが早く終われば家事は手伝っている。

それにしても、広大な屋敷を管理する人材はもう少しいてもいいかもね。



午後には街に出た。

クエストを受けずに街を探索するのは随分と久しぶりのことだ。

前の世界では見たことのない道具屋や食べ物、衣服だってこちらの流行は全くと言って違っている。

カラフルな髪型に奇抜な格好の芸者、物騒な装備を纏っている冒険者ともすれ違う。

これぞ異世界って感じだなー。なんてぼんやりと歩いていると普段は絶対に通らないであろう道に入っていた。


途端、急に空気が変わった。


いわゆるスラムというエリアなのか?

見るからに治安が悪そうだ。

舗装されていた石畳の道路が途切れ、少し硬い土の地面となる。

辺りの建物は原型を保っているのが不思議なほどに貧弱そうである。

戸惑いと、少しの後悔を感じつつも好奇心から奥に進んでいった。


道端には酔い潰れた浮浪者のような男性が寝ている。

奥にはボロ布を纏った生気のない老人。

漂う臭いもキツい。

怪しげな商店に、露出度の高い服を着る娼婦と思わしき女性もチラホラ見かける。


まあ、これも勉強かとスタスタと歩みを進める。

一歩違えば僕もこういった状況にあったかも知れない。そう思うと無関心では居られない気持ちになった。

この世界にはこう言った闇の部分もあるんだなと考えさせられる。


流石に引き換えそうかな。

そう思い、来た道を戻ろうと思った時に、10歳くらいの小さな女の子と遭遇したんだ。


「あっ、あの・・・その、お花を買いませんか?」

ボロボロの衣服。元の色は鮮やかだったのだろうが、今は泥なのか灰なのかで汚れて黒味がかっている。

手には籠を持ち、幾つかの綺麗な花が入れられていた。


少し怯えたような深紅の目が長い前髪から覗く。

髪も同じ深紅の色なのだろうが、今はベトつき燻んでいるようだ。

その少女はよく見ると靴も履いておらず、泥だらけの足でこちらに寄って来ていた。


「こんにちは、綺麗なお花だね。うーん、ならそれ全部貰えるかな?」

考えるよりも先に言葉が出ていた。偽善だとわかっていながら。


その日暮らしの、明日の生活も光が見えないような生活を送る人は僕の前の世界である日本には少なかったように思う。

少なくとも目の前に居る靴を履かないボロボロの姿をしている少女は日本での生活において見たことがなかった。

遠い貧しい国がメディアで映っているくらいで、実感が沸かなかったのだ。

いざ目の前で見ると放っておけなかった。

それがたとえ偽善だとしても。


「ええ、いいんですか?」

目を見開き驚く少女。僕は少し屈んで目線を合わせる。


「うん、これが代金ね」

提示された金額よりも多いお金を渡す。

やらない偽善よりもやる偽善。

僕に出来ることは少ないけど、お金に困っているわけでもないし・・・


「こっ、こんなにはいただけませんよ!

…え、いいんですか?ありがとうございます!」

少し強引だったか?大切そうにお金を持って駆けていく少女を見送る。

自己満足と言われるのだろうか?

少女の嬉しそうな表情を見ていると、僕も嬉しい気持ちになったしそれでいいかな。


受け取った花々を見る。

今の時期、森の近くで見かける美しい花だ。

もしかすると森まで自分で足を運んで詰んできているのかも知れない。


収納魔法でそれを入れた僕は、元来た道に戻るべく進んだ。


そう言えば家を出る前にユリアナさんお手製のクッキーを貰ったんだったか。

今の少女に渡してから戻ろうかな?

そう思い直し、少女が去っていった方向に進んでいく。

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