第26話 初のクエストと祝福と

ここは街の近くにある丘。


季節はちょうど春くらいの感覚だ。半年間ほどこの世界で過ごして感じたこととして、一帯は年中安定した気候で、とても過ごしやすい。

四季に加えて雨期や乾期も存在するが、今のところ理想的な気候が長く続いている。


小高い丘を登れば、緑豊かな森が遠くに確認できた。

僕たちが住む屋敷はちょうどあの辺りだな。


昔から、高いところから遠くを見る事が好きだった。


学校の屋上から見下ろすグラウンドや街、やっとの思いでたどり着いた山頂から見下ろす景色、若葉マークを付けた車で行った夜景スポット――・・・。

小さな悩みたちが消えていくような気分になったんだ。


この丘でも同じような気分になる。

街を一望できる程というわけにはいかないが、それでも街の一部の区画は確認できるから、景色がいい。


奇妙なランチを小さな要塞のような少女と共にしたあと、お団子ヘアーが可愛らしいギルド職員のノーラさんに話しかけ、初心者向けのクエストを一つ受けた。


丘の上に咲く薬草採取クエスト。僕が初めて受けたクエストだ。


常設クエストという扱いで、費用はてんでといった感じであるが初めてのクエストとしては超王道だと聞いた。

今日は日帰りで帰るつもりだったし、手軽に出来て時間もせいぜい小一時間から数時間ほどで終わるこのクエストが最も適していると判断したのである。


ついさっき初心者向けの講習を受けたが、やはり実際に自らの意思・自らの足でクエストに向かうとなると緊張感でどうにかなりそうになっている。


一帯を風が吹き抜ける。

草木の臭いをよく感じた。遠くで動物のような鳴き声も聞こえてくる。


ああ、心が躍る―—。

心臓は緊張からなのか、興奮からなのかとにかく生きているということを僕に実感させるかのようにドクドクと五月蠅うるさく鳴り続けている。


目当ての薬草と思わしき植物を見付けた。初心者向けということで、事前の情報と合致した薬草が一面に広がっていた。


「よし」と一言呟き、葉の一部を小型のナイフで刈り取っていく。

また次が生えてくるようにということで、根からの採取はなしだ。数の指定はそれほど多くないので、あっという間に指定数まで刈り終えることができた。


薬草採取の多くは薬草ギルドが適切に管理しているようで、それは冒険者ギルドにおいても同様に厳命されている。

自生している薬草がほとんどで、人工的な栽培方法が確立されている薬草はごく僅かとも聞いた。

稀に依頼が入る高難易度のレアな薬草採取においては薬草ギルドのスタッフも同行することがあるみたい。


さて、この地に留まる必要は無くなった。

収納魔法を使用し、薬草を入れた僕はギルドへ帰還する為に来た道を戻る。

途中ウサギ型の魔物数匹から襲撃を受けたが難なく撃退。3匹の討伐に成功したので戦利品を同じく収納魔法に入れて帰った。


§


「はい、お見事です!初クエストの完了ですよ!

薬草の採取の他に、ワイルドバニーの討伐です!おめでとうございます!」


無事にギルドへ帰還すると、ノーラさんがいたので達成報告を行った。

初のクエスト達成ということで、ノーラさんは持ち前のふんわりとした嫌味の無い笑顔で祝福をくれた。近くにいた職員さんや同じ冒険者の方々も同様に僕に拍手をくれた。

アットホームな雰囲気で、嬉しい気持ちになる。

前の世界の影響か、喧嘩っ早く血の気が多い冒険者ギルドを想像していたが、温かく連帯感も感じられる。

ギルド一丸となって新人を育てようといった風潮があるのかも知れない。


「これはね、マークさんの意見があったの。」

ノーラさんが僕に教えてくれた。

今は現役を引退したマークさんが、新米の冒険者たちがいち早く馴染んでギルドを一緒に盛り立てて欲しい、そんな思いを強く持っていたそう。

遠くの方でマークさんがサムズアップしている。


僕も同じように返し、頭を下げた。

今後は僕も同じように新米の冒険者を祝福したい。今日という日を忘れないように過ごしていきたいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る