第21話 責任者は驚く 母親の覚悟と未来と
「さあ、こちらへお掛けください」
珍しい来客だった。
前にお会いしたのは、私が屋敷に赴いた時だ。最愛の息子が事故に遭い、生死を彷徨っているとのことで、養生の為に我々の街に越された時。
当時お会いした時のお姿は病人かと思うほどやせ細っており、お顔に生気が無かった。
それがどうだ、今私の前に威風堂々と座るユリアナ様は見違えるほど美しく、有力貴族婦人然としている。
纏うオーラに体の震えが止まらない。
発した言葉は震えていなかったか・・・?
部屋に入った時から凄まじい圧迫感が覆った。
このギルドの責任者の任を拝命してから数年が経つ。
数々の上役や貴族など、多くの支配者層と面会する機会があったがこれほどの威圧感を感じるのは随分と久しい。
現領主の伯爵様でさえ震え上がるほどのオーラはなかった。
私は現役を退いてから随分と経つが、当時は百戦錬磨のローグと恐れられていた。
多くの強者と渡り合ったと自負しているし、今でも鍛錬は欠かさず行っている。
この辺境に跋扈するモンスターは強力だからな。
ギルド最高戦力の一人として老け込むわけにはいかないのだ。
そんな自分が目の前の女性につい萎縮してしまっている。
部下たちには見せられない姿だな。
人払いをしていて助かった。
一筋の汗が頬を伝う。
強い決意が籠ったような視線で、友好的だが敵対すると容赦なく潰されそうで恐ろしい。
ああ、後ろに控える侍女も前に会った時とまるで様子が違うな。
自信に溢れた表情で、嬉しさがにじみ出ているのか広角が上がっている。
ユリアナ様の横に座る美しい黒髪の少年が、彼女らにこれほどの影響を与えたのだろうか。
そう考えるのは自然なことだ。
彼は緊張しているのか、周囲をキョロキョロと見渡していた。
誰もが言葉を発さないまま、ギルドの女性スタッフが部屋に入り、全員に紅茶を差し出す。
配り終え、スタッフが部屋から出たところでついにユリアナ様が話を始めた。
「さて、今日は私たちの為に忙しい時間を割いていただき、感謝します。
早速となりますがまずは紹介を。私の息子であるカイです。」
隣に座る少年が頭を下げた。
「カイです。本日はよろしくお願いします」
「カイちゃん、こちらはこのギルドの責任者であるローグさんです」
ユリアナ様は私を少年に紹介した。
「お初にお目にかかります。当ギルドの責任者を拝命しておりますローグです。以後お見知りおきを。」
私はゆっくりと頭を下げた。
それにしても、まさか我々が住む街を仕切る領主の嫡男が生きていたというのか・・・?
噂では一時期事故で生死不明の状況となり、死んだとの噂でもちきりだった。
今は次男であるレイ様が次期後継者として研鑽を積まれていると聞いていたのだが。
「今日私たちがこのギルドに来たのは、私の息子であるカイの登録の為です。
また、登録にあたって幾つかのお願いをしたいと思い参りました。」
「お願い・・・まさか優遇せよ、ということでしょうか?」
相手が誰であれ、基本的に優遇措置はあり得ないことだ。ましてや貴族様が自身への箔を付けたいが為に命令をしたりすること等は明確に禁じられている。
原則的にギルドは各国に支店が存在するが特定の国には属さない。
大きな功績を挙げる等すれば飛び級などで優遇されることもあるだろうが、そういった特異なケースは稀である。
可愛い身内の為に優遇せよという貴族はこれまで無かったわけではない。平民出身である私に対して強気に出ようとする貴族は多くあったが、問答無用で断ってきた。
バレれば即刻私の首が飛ぶしな。
ユリアナ様と目が合った。
ある種の覇気を感じる。瞳には強い覚悟を読み取れる。
「いいえ、違います。
そのような愚を犯すほど無知ではありませんよ。私とて多少は世間を知っております。
事情があってカイちゃんの存在を隠そうとしているのです。
私はこの子を守りたい。
その為には伯爵陣営にはまだバレて欲しくないのです。
この子の生存が発覚すれば最悪の場合命をも狙われる危険があるのです。
そういった状況を考慮してほしいということです。
もう少し具体的に言います。
この子の出生や名前等、身分を隠して冒険者活動をさせて欲しいのです。
地道に力を付けていき、最終的に世に羽ばたいて行くことが私の願いです。」
「ほう・・・」
これは初めてのケースだ。ただ少し思案すると何となく二人の考えていることが見えてくる。
「では現伯爵様とは事を構える気で?」
少し危険な言葉だっただろうか。だが、聞かずにはいられなかった。
「ふふっ、そうですね・・・
ないと願いますが、相手がその気なら引くわけにはいかない。そういったところですかね」
ユリアナ様はニコリとした笑顔を維持しながら私に言った。
仮に伯爵という強大な勢力が相手となっても引くことはないと・・・。
通常、遠回しな言葉を用い、互いの腹の探り合いが大好きな貴族様にしては異端に思う。今日のユリアナ様は直接的な言い回しがほとんどなのだ。
それだけ切実な願いだというのが予想される。
興味が湧いた。この少年に。
何人もの人を見てきた自分の直感がそう言っているのだ。
その船に乗っかれと。
「かしこまりました。
そのようなご事情があるのであれば、私が責任を持ってカイ様の手助けをしましょう。」
「そうですか、それは助かります」
パアッと花が咲いたように一際笑顔が輝く。
纏うオーラがふんわりとしたところで私の肩の力が抜けた。
それからは場の空気も和らぎ会話が弾む。
主には少年の持つポテンシャルについてだ。少し聞く限り相当に期待が持てる人材に思う。
この街の未来の為にも我々がサポートしよう。
なに、第一線で活躍ができるまで導いてやるさ。
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