第11話 母の想い―例え息子の人格が変わっても
「お、奥様!ぼっちゃまが・・・ぼっちゃまがお目覚めになられました!」
メアリーが、木製の少し重たいドアを勢いよく開けて叫ぶ。
ああ、幾夜も待ち望んだセリフです。
毎朝目を覚ましてはメアリーに息子の容態を確認する。
別館に来てからというもの、それが日課となっておりました。最愛の息子が目を覚ました事実に止まった時計が動き出すように、私の心が跳ねました。
普段は少しおっとりとした柔らかい雰囲気を醸し出すメアリーの慌てようは凄まじく、私も釣られてしまう。
早く会いたい。同じお屋敷にいるのは分かっているけれど、つい駆け足で息子の部屋に向かう。
「カイちゃんっ!」
部屋のドアを開けた先には、最愛の息子がベッドから起き上がった状態で待ち受けていたのです。
少し戸惑ったような表情をしていたのは気づいていましたが、冷静さを欠いた私はつい、息子のことを抱きしめてしまう。
神様・・・
この愛おしい我が子ともう一度歩んでいける幸せに感謝します。
私の手でこの子を幸せにしたい。
願わくばこの子のこの先に待ち受けてくるだろう苦難は私に降りかかってくるように。
そんなことを願いながら、息子を抱きしめていた。
少し言葉を交わしたのち、お腹がすいているであろうカイちゃんに料理を作る。
我が子の為に料理を振る舞うのは一体いつ振りかしら。
なんて、つい舞い上がってしまいそうになりながら、メアリーと共に手早く作ってしまう。
胃に優しい雑炊は、今のカイちゃんの状態にぴったりだろう。
あっという間に平らげてしまったカイちゃんに尊い気持ちが芽生えたが、真剣みを帯びた表情に私の気持ちも切り替える。
やはりというか、目を覚ました我が子は、これまでの人格が消え失せてしまっていたようで、今の状況のことはもちろんこの世界のこと、それに私たちのことですら記憶にないようでした。
寂しい気持ちも当然ありますが、それは覚悟していたこと。もちろん起きることも二度とないというリスクも聞いていたところですので、最悪の状態でないことに感謝しております。
またこうして話をすることができた。それに勝る喜びは今ありませんから。
しかし、息子の体に宿った新たな人格を持つ方は、生きながらにしてこの世界にやってきたと言います。私たちとは異なる世界に生まれ育ち、きっかけはわからないままにこの世界にやってきたようです。
勿論、その世界には私たちとは違う両親が居て、大切に想っていたことを告げられました。
話を聞いていると、次第に息子の声は小さくなり、申し訳ないような顔をしたまま俯いてしまいます。
きっと私たちの望む状況でないと思ったのでしょう。
とても優しい人柄を持っているのだと思います。
けれど、私たちの思いを見くびらないで欲しい。
どんな外見・内面のカイちゃんでも愛し続けるに決まっているから。
我が子の頬を伝う涙を拭う。
やはり優しい子。
以前のカイちゃんの人格が消えてしまっていても、また同じように優しいカイちゃんがここにいる。
おはよう―――
この言葉を言いたくてずっとずっと待ちわびていたわ。
これからも毎朝聞きたい。
そんな希望が生まれるほどに、暗かった世界に眩い光が差し込んだ気がした。
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