第10話 母の想い
愛しい息子が目を覚ました。侍女のメアリーからそう聞いた時、すぐに身体が動いた。
どれほどこの時を待ち望んだのかわからない。
いつの間にか自分の身体は上手く走ることを忘れていたようで、速く走れない。
早く。少しでも早く会いたい、そう思いながら走った―――
あの絶望的な出来事から環境が大きく変わりました。
そう、カイちゃんが目を覚まさなくなったときから。
母としてもっと上手くできたのではないか?
そんな後悔が雪崩のように押し寄せる毎日が続きました。
ローゼンダール家に嫁ぎ、カイちゃんが産まれ、次期当主として教育・鍛錬を始めてからというもの、夫であるローゼンダール家当主のグランヴェルは人が変わったようにカイちゃんに賢く・強くあれと指導を続けた。
事あるごとに「先祖代々が受け継いできたこのローゼンダール家の領地に更なる繁栄を」と、取り憑かれたかのように言い続けたのです。
異常なほどに地位にこだわり、あわよくば国内、派閥内での立場向上に努める。
夫のその貴族然とした立ち居振る舞いは、ある種伯爵家当主としてまさに正しい姿だと、当時は強く出ることが出来ず、私は見守ることしかできませんでした。
男の子ながら、同世代の女の子たちと比べても美しい容姿を持ち、厳しい教育・鍛錬にも決して弱音を吐かずに取り組み続けてきた。他者を思いやる心があり、息子ながらどれほど出来た子だと思わずにいられなかった。
その行き過ぎたような教育・鍛錬は多岐にわたりました。
国・貴族の成り立ちや現在の情勢について、ほかにも地政学や算術、文化的教養、それから剣術や馬術、戦術などの面で専門の師を雇い、毎日代わる代わる学び・鍛え続けたのです。
食事と睡眠以外の時間は修練に明け暮れる毎日で本当に大変だったと思います。
私の産まれは一応は貴族ですが、貧しく日々の生活を送ることで精一杯の家庭でした。女の身でしたので、主には教育とマナーなど教養面を特に母から厳しく教えられてきました。
師を雇うお金さえ惜しかったですもの。
苦しい生活でしたが、両親から深い愛情を受けて幸せに過ごした記憶があります。
貴族が通う学園へ何とか入学ができ、縁あって今の夫と結ばれることになりました。
金銭的な援助が私の実家に入ったと聞いた時は、親孝行が出来たと思いましたね。
そして幸いにもすぐにカイを身籠り、幸せに思う日々が続きました。
いつしか厳しい勉学・鍛錬の末に、学園でも好成績を叩き出すカイちゃんを、自らの政争に利用するような夫に随分と反発し合いました。
夫は、カイちゃんへの方針で合わなくなった私を途端に遠ざけ、息子に更なる結果を求め続けるようになったのです。
極めつけは私の了解もなく、人体へ直接強化の術を施すことで、身体能力が爆発的に向上されるという秘術に目を付け、これを実践してしまいます。
事後報告でカイちゃんが目を覚まさなくなってしまったことを聞きました。取り乱した私は、夫の側に仕える執事長を問い詰め、もう二度と目を覚まさないかもしれないこと、仮に目を覚ましたとしても、すでに人格が消えてしまっているだろうと聞いた時には、ショックのあまり崩れ落ちました。
その後は、目を覚まさないカイちゃんには興味をなくしたのか、弟であるレイを次なる当主として同じように苛烈なまでの教育・鍛錬を強いていたのです。
夫の私への関心も消え失せたようで、レイの母親である夫の第二婦人へ傾倒し続けておりました。
ここに居てはいけない。
私がカイちゃんを守らなくてはいけない。
そう思った私は少し思案し、カイちゃんの養生を目的としてこの地に向かうことを決めたのです。
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