第8話 あなたがいてくれて良かった
それからも話はしばらく続いた。
いつの間にかメアリーさんがお茶を入れに来てくれて、爽やかな紅茶の香りを嗅ぐことで落ち着いて話をすることが出来た。
人格が変わる前のカイくんの話、ユリアナさん、メアリーさんの話、そしてこれまで送ってきた皆川海という僕の人生について・・・
学生であったことや、生まれた街や好きだった食べ物など、話は多岐に渡った。
打ち明けることで、僕の心も軽くなっていくようだった。
あまりに文明的な要素が違い過ぎて、詳しく説明をしようにも理解ができない部分も多くあり、かなり大雑把な内容ではあったが、僕を理解しようと目の前の2人は努めてくれた。
ただ、両親の話をすると少し張り詰めたような空気となる。
この先避けて通ることができない話題だと思い、このタイミングで、自ら僕の尊敬していた父と母の話をする。
いつも背中を押し続けてくれた、優しくて働き者の両親。
幼い頃、大きな手で頭を撫でられていた記憶は大きくなった今も覚えている。
話をしている内に、自分の置かれている不思議な状況に違和感を覚える。
ユリアナさんにとって、目の前の最愛の息子が大切そうに、自分の家族の話をしているというのに、それは母である自分の話ではなく他人の話だというのだ。
あまりに無神経ではなかったか?
次第に僕の声も無意識に小さくなっていく。
ユリアナさんの目を見ることができない。
ついに言葉も出せなくなった。
こんな得体の知れないこの僕を、一体どんな感情で見ているのか?
鏡で自分の顔や身体を確認したわけではないが、すでに自分の姿は僕が思い浮かべるモノとは異なり、カイ・ローゼンダールという目の前の母の愛する息子の姿をしているのであろう。
そこで不意に手を握られる。
痩せ細った頼りない指が僕の手と重なる。
「言ったでしょう?あなたは私の可愛い子なの。気に病むことはないわ。私はあなたを愛し続けますから。」
「でも、僕はあなた方のことを何も知らない。訳もわからないままに突然景色が変わって、目が覚めたらここにいたんです。
正直、まだ何が何だかわかっていません。
せっかくの想いに応えられる自信もありません。僕にはあなたの息子としての記憶は一つもありませんから。
今だって思い出す両親の顔はあなたとは違うんです・・・
この先も、きっとあなた方を傷付けてしまうんだ。
僕は、僕はっ・・・」
ユリアナさんの細い指が、僕の頬を伝う涙を払う。
いつの間にか涙が溢れていた。
夢なら覚めてほしいと思うほどに、今の状況は望んだものではない。
往生際が悪く、あまりに情けなくて脆い。
怖くて仕方がないのだ。
「ぼっちゃま・・・」
側に控えてくれていたメアリーさんが、柔らかいハンカチで僕の目元を拭ってくれた。
「あなたの不安に想う気持ちは最もよ。
だけど、決して無理に応えようとせずともいいの。
大切なご両親の思い出だって忘れないでいい。むしろ忘れてはいけないわ。
・・・あなたは心優しい人。
ご両親もあなたのことを誇りに思っていたに違いないわ。
私たちは、今この場にあなたがいてくれて良かったと思っています。
……本当にありがとう。」
「私も同じ気持ちですぼっちゃま。どうか、どうかご自身を責めずにいてくださいませ」
いつしか3人で身を寄せ合って泣いていた。
恐怖や不安の感情はいつしか温かい感情に切り替わる。様々な感情が怒涛のように連続した僕は、羞恥心なんてのは忘れてただ子供のように泣きじゃくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます