第7話 異世界とアイデンティティと
あなたは恐らく、この世界の人ではないわ
そう言われた時、まるで他人事のように
――ああ、そう考えると辻褄が合うな。なんて思った。
自分の足りない脳みそを働かせてもそんな気がしていた。
半ば諦めのように理解する。
「きっとこれまでのあなたの人生では素晴らしい両親や友人、あるいは恋人だっていたのかも知れない」
だけど、あなたは私の可愛い息子なのよ・・・
寂しげで、とても悲しそうな目をした女性が最後は消え入りそうな声でつぶやいた。
どうやら僕、皆川海は、あまりに非現実的なことであるが、同じカイと言う名前のカイ・ローゼンダールという人物に成り代わったみたいだ。
話の要点はこうだ。
生まれたローゼンダール家は、国から伯爵の爵位を贈呈されている由緒正しい貴族であり、自分はその嫡男として生まれた。
現在の年齢は18歳。
目の前の女性はユリアナと名乗った。
今は僕のために別荘のようなこの屋敷にメイドのメアリーと共に3人で暮らしている。
ちなみに、メアリーは僕と同じ歳のようだね。
本館(今は連絡すらまともに取り合うことは一切ない)では父にあたる当主のグランヴェルさんと弟にあたるレイが一緒に住んでいるらしい。
風に聞く噂話によると、僕がずっと目を覚ますことなく眠り続けてきたこともあり、既に話題に挙げる人すら居らず、次期当主は弟であるレイが順当に継承することが既定路線のようだ。
兄である僕がいないことで、元来スペアであるはずの次男に役柄が回っており、伯爵の第二夫人が歓喜していると噂もある。
もしかすると今、僕が迂闊に目覚めたと言いまわると色々と面倒なことが起きるかも知れないな…。
とにもかくにもまずはこの世界について学び、適応する必要があるか。
それと、あの儀式のこと。
ユリアナさんは詳しくは知らないみたいだが、どうやら僕の人体に細工を施そうとしたようだ。
野心的な考えをもつ現当主は、ローゼンダール家の派閥内の立場の向上や更なる栄華を求めて奔走している。
あの儀式には僕の能力を根本から引き上げる狙いがあったようで、大きな期待を寄せられていたみたい。
結果的に僕が目を覚ますことなく長い月日が経ったことで、今では失敗扱い、または出来損ないの烙印を押されているようだ。
僕が成り代わる前の人格、カイ・ローゼンダールくんの人格は消えたのだろうか。何も思い出すことができないので、ひとまずそう思うことにする。
何とも言い難い気持ちだ。
もちろん、母であるユリアナさんは最後まで反対していたようだ。最終的には了承を得ることをせずに黙って儀式を行なった。結果最愛の息子の人格は消え失せ、眠り続けており夫の関心は既に他に弟のレイや第二夫人に向いている。決して誰も幸せになることのない最悪の結末である。
悲嘆に暮れる日々をこれまで送っていたのだろう。積み重なった心労でやつれた姿を目の当たりにすると、流石に思うところもある。
ああ、今の後継者候補筆頭の弟のレイは同じ儀式を問題なく終えており、本人の能力が底上げされたそうな。
同年代の貴族たちと比べても比肩する者はそう多くないとの情報に、将来は安泰だと考える住民は多い。
だったらまるで、僕は要らない子のようじゃないか・・・
この世界でも何も持たないこの僕は、
一体何者で、他人の人生で何を成せば良いのか
教えてくれよ。
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