第4話 奥様?母さん?と混乱と

慌ただしくメイドさんが部屋を出てから数分、こちらは相変わらず思考が止まっている。

窓から見える景色を眺めながら、もともと住んでいた家を思い返す。

それなりに開発が進んだ街で、森なんて辺りにはなかったと記憶している。

メイドを雇うほどに金銭的に余裕のある友人もいない。コスプレをして成り切っているのだとしても、手が込みすぎていて現実的でなく思う。


そういった状況に、考えることを途中でやめてしまっている。

今は好奇心の方が強い。奥様という人物に会ってみたい。考えても仕方がないなと、気持ちを切り替えてから随分と余裕ができたと思う。


バタバタバタ・・・

急いだのであろう、慌ただしい足音が遠くから聞こえてきて、少し荒々しく扉がひらいた。


「カイちゃんっ!」


そう言った人物は、メイドさんが呼びつけた奥様


はっきりとした顔立ちをした女性だ。

メイドさん同様に日本人離れしたクッキリとした目鼻立ちで、かなり美形な部類と思われる。

しかしその髪は傷んでおり、目元にはクマがはっきりと見える。

メイドさんよりも背は高い身体の線は細く、少しばかり痩せすぎな印象をもつ。整った身なりと薄く化粧をしていることで、最低限の清潔感は保たれているように思うが、焦燥しきった姿に、思わず動揺してしまう。


「はい、海です」

何とか返事を返すことができたとホッとするのも束の間、線の細い身体で力一杯抱きしめられた。


「ううっ・・・カイちゃん」


弱々しい力で、それでも力強く抱きしめられていること数十秒。不健康そうに見える女性は、流れる涙を拭うこともなく、ただひたすら僕を慮るような優しげな目を僕の目線に合わせてこう言った。


「可愛い可愛い私の子。戻ってきてくれてありがとう。身体は大丈夫?痛いところはない?」

「ええ、痛いところはありませんよ」


私の子とは?なんて野暮なことは聞ける雰囲気ではなかった。

目の前にいる女性は僕の母に当たるというのであろうか。隣に控えるメイドさんを見ると、涙を浮かべていて目が真っ赤になっているようだだった。

考えれば考えるほど謎である。


それに戻ってきてくれて?

今会うのが初めてではないということか。

どことなく抱きしめられると気持ちが落ち着くような気もするが、僕の母とは似ても似つかないぞ。

いくら不健康そうに見えても美人の抱擁は緊張するまである。


僕の記憶にある母の姿は、肝っ玉といった感じで、もっとボリュームのある外見をしている。痩せていた姿を見たことがない。

髪は黒髪で同じだが歳も違うであろう。外見だってこんな洋風なくっきりとした顔立ちではなかった。

まるで洋画で観る貴族然としたドレスで身を纏った女性は、横のメイドさんと相まってまるで異世界のようだ。


ん?異世界?

そんな言葉が頭をよぎる。

先ほどから今に至るまで連続して、非現実的なことが起きてばかりだ。

もういっそ本当に異世界にでもきてしまったといった方が逆に信じられるかもしれない。次から次へと流れるように情報が錯綜する。



特に僕を我が子と慕う女性の登場は、これまでの出来事を一瞬で忘れさせるくらいに衝撃的だった。

僕が目を覚ましたことが何よりの喜びだったのだろう。その後しばらく抱きしめられた。

何も肝心なことも聞けないまま、ただ目の前の人物が落ち着くのを待った。


「ごめんなさい。ただ貴方が目を覚ましてくれたことが他のどんなことよりも嬉しくって・・・」

取り乱したことが少し恥ずかしいのか、頬を赤く染めながら言った。


どういった言葉を投げかけたらいいかもわからなくて、

「あの…すいません、イマイチ状況が掴めていないのですが…」

まずは情報が欲しい。

縋るように言葉が出た。


「ふふっ、そうね。まず、ここは貴方のお家。お医者様は長い間眠り続けていた貴方を静かな場所で養生することを勧めてくれたわ。長閑でとても良いところよ」


「ここが、僕の家・・・?」


「そう、貴方が眠り続けて2年ほどかしら?どれだけこの日を待ったかわからないわ」

そう言ってもう一度僕を抱きしめる。

目の前にいる女性が嘘を言っているようには思えず、ただ理解しようと努める。


「目が覚めたすぐに、全てを説明するには早いと思うの。とにかく今は安心して過ごして欲しいわ」


「お腹空いているでしょう?また後で来るわね」そう言って母であるという女性とメイドさんは去っていった。

ひとり残された僕だが、相変わらず情報は散らかったままだ。むしろ更に混乱が酷くなっている気がする。


ひとまず、身の回りのことから考えるとしよう。

寝ていたベッドや近くのテーブルを探すが特に何もなく、焦りが出てきた。

スマートフォンも持っておらず、時間や場所も知るすべがない。


今の会話にも信憑性が出てきた。まさか本当に養生するため、金持ちの避暑地のような家でこれまで眠っていたのか?

間近で見た二人の涙を見るに、嘘を言っているようにも見えない。


そうだ、と頬を引っ張ると、正常に痛みを感じる。

まるでこれが現実のようじゃないか・・・。


不意に強い風が吹いたのか、窓ガラスがガタガタと打ち付けられたような音がした。


それがスイッチのように、とめどなく不安な感情が襲いかかってきた。


おかしい、おかしい。違う――。

何が起こったんだ?

起きたら急に2年も眠っていたなんて信じられるか?

考え出すと止まらない。

この世界が現実だって・・・?

あれが母なのか?その子供という僕は一体?

いつも僕を気にかけてくれた両親はどうなる?


僕の心は何も変わっていない。

それなのにどうだ。自分の母だと言う人物が二人も存在している。


起きた時には安堵したこの部屋のことも、今では目に見える全てが恐ろしく感じる。


一体何者なんだ、僕は。

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