家で飼っていた野良猫の話

赤月ソラ

第1話 ジーコの記録

一話:ジーコの記録


 あれは自分の誕生日があった月だっただろうか。

 その日は祖父が倒れ病院に入り、家族はその付き添いに行っていた。

学生の身分であり、部活に精を出していた自分の帰宅は遅く、一人で留守を守っていた。

祖父の入院という、それまで経験したことがない状況だったからだろうか。

熊のようにうろうろと歩き回っていたのか、それとも頭に入らない本を読んでいたのかは忘れたが、とにかく落ち着かなかったのを覚えている。

そんな、辺りも暗くなったころのことだった。


 ――ぁ~ん。


 家の外から、何かの音が聞こえてきた。


 ――にゃ~ん。


よくよく耳を澄ませてみれば、それは動物の――猫の鳴き声だった。

 おそらく、祖母がいつもエサをやっている野良猫だろうな、と自分は思った。

 祖母は大の猫好きだ。猫アレルギーの祖父に隠れてこっそりと朝夕エサをやっていた。冷蔵庫に残飯を集めて用意しておくくらいには猫が好きだ。

 その野良猫が腹を空かせて鳴いているのだろう。


 祖父の入院という初めての事態に動揺していたのか、それどころではないというのに、自分は祖母の代わりにエサを出そうと思った。

 しかし冷蔵庫にはまともな猫のエサに出せそうなものが無かったため、自分の夕食の残り物などを持って、外に出て行った。

 このとき、祖母にエサの場所を聞こうとした電話で「こんなときにマイペースだねぇ」と母に呆れられたのは、忘れたい記憶である。


 時間も遅く、日もとうに沈んでしまったために、外は暗かった。幸い、庭を照らすための電灯があったため、真っ暗というわけでは無かったが。

 エサをもって玄関の外に出たときだった。


 ――にゃ~~ん。


 庭の隅から、スタスタと一匹の猫が走り寄ってきたのだ。

 自分を恐れるようなそぶりも見せずに、すっかり人間に慣れているかのように平然と。

 自分がエサを玄関脇にある長椅子の上に置くと、その猫はお行儀よく前足だけ長椅子の上に乗せて食べ出した。まだ自分がいるのにもかかわらず。

 横からじ~っと観察していても、夢中でエサを頬張っている。



 自分は、かなりの猫好きだ。

 犬も可愛いが猫はもっと可愛い。

 あのふわふわな毛の触り心地、猫特有の柔らかい身体。まん丸な大きい目、ぷにぷにの肉球。最高に可愛い動物だと思っている。特に太っている猫の腹とかは最高だ。もふもふともにゅもにゅが気持ちよくてずっと揉んでいたいとさえ思える。



 そんな生粋の猫好きな自分の前にいるのは、猫だ。

野良猫だろうが、猫は猫。

 虫やらノミやらがいても、あとでしっかり手を洗えば大丈夫だろうと考えて、自分はゆっくりと猫の背中に手を伸ばす。

 引っかかれるのは嫌だし、噛みつかれるのはもっと怖かったから、慎重に。


 しかしそれは杞憂に終わり、何事もなく撫でられた。

 背中を撫でられていることなんかどうでもいいように、エサを食べていた。

 これが食事に夢中だったから――というならわかる。

 だが、コイツは明らかに普通の野良猫では無かった。


 この猫はなぜかエサを食べ終わった後も、追加のエサを出してやって十分食べた後も、ずっと玄関先に居た。いやむしろ、玄関の中にまで入ってきたのだ。

 自分がエサで釣るなんてことをしなくても、本自ら。

 思えばここからだ。コイツが普通ではなかったのは。


 やがて祖父の病院から帰ってきた祖母や母が近くに寄っても、彼女(彼?)はまるで顔色一つ変えずにいた。

 猫好きな祖母や母が撫でたりしても逃げることも無く。

 祖母に聞けば、この猫は確かにエサをやっていた猫だが、昨日まではこんなにも心を許していなかったという。

 なんでいきなり人に慣れたんだろう、不思議だねぇ。と、三人で首をかしげたものだった

 とりあえず逃げないから、猫はみんなで撫で回してから外に出したのだった。




 車が来ても逃げす、人が近寄ろうが目も向けない。エサを食べている最中に撫でようが、おもむろに抱っこをしようがされるがまま。

 祖父と入れ替わるように、その代わりに見守りに来てくれたような猫――「ジーコ」との出会いは、そんな唐突なものだった。


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家で飼っていた野良猫の話 赤月ソラ @akatuki-9r

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