第8話 結束

 3人のうち、まずは作曲家のピノリス・シャーレマンさんからインタビューが始まった。


「……私は、特に何も思いませんでした。どうせお嬢様への嫉妬だろうと。ですが、今や民衆裁判となり、こうなった現状。落胆するばかりですね」


「落胆、とは」


 彼女は短く溜息を吐いてから、淡々としながらも一定のリズム感を維持しながら言葉を発した。音楽家だから話し方も音楽に忠実なんだろうか。


「貴族の一部が手を組んでいるのでしょう。私自身可能な範囲で声を掛けておりますが、反応は良くありません。私の人脈は狭いですから、こういった時力になれないのも歯痒い思いです」


「はいはい、それについては俺も賛成! ピノ先生は孤高の作曲家だからさ、無理してもしょうがないでしょ。んで、俺が掴んだ情報によると、その貴族連中が随分ときな臭い動きをしてるってわけ」


 作曲家のピノリスさんが話をしていたかと思ったら、陽気な画家のウィルソンさんが入ってきた。女性だと思ってたけれど、随分荒々しい喋り方。それだけで何となく人物像が浮かんでくる。それに、聞いてる感じ何かしら事情に詳しそうだ。


「貴族たちの動き、ですか?」


「うんうん。これは俺の知り合いの情報屋からの話だけどね。この国の芸術と魔道具に絡めた商談をオルヴェーニュ家が進めてるって噂だ。つまりは、セロちゃんがお嬢に代わって文芸官になって、この国の利権をぶんどろうって話じゃんね。当然その為には、お嬢に失脚してもらわないとダメだ」


「……魔道具については、私も聞いていますよ。貴族が不審な動きをしていると、魔導騎士団の一部から話を聞くことがありましたから」


 ウィルソンさんの言葉に、内心動揺していた。やはり、黒幕は裁判の時の彼女が濃厚なんだろうか。ただ話の筋は通っていたので、納得しつつもあって。続けるようにピノリスさんから出てきた魔導騎士団、という言葉にも引っかかる。


 続けて、リリィが言う。


「お二人とも、ありがとうございます」


「ただ、今のところこの話の証拠がないってのが、痛いところなんだよなぁ。そこのところ、なんかないの、ラークちゃん」


「……そうですねぇ」


 聞く限りでは、ウィルソンさんは結構な情報通みたいだ。けれど、その証拠がないっていうのは、何か裏で力が働いてるのかも。それらを知る事が出来る彼ら、ピノリスさん、ラークさんも含めて、この世界の芸術家の人たちは社会的な地位が高いんだろうか。それとも、この3人が特別カノンと接点が合った、とか。


 もちろん、それぞれの人柄や培ってきた人脈のおかげなんだろうけど。……ってそれも、カノンの政治力のおかげなのかな。


 と、ずっと沈黙を守っていたラークさんが口を開いた。カノンにベタ惚れっぽい彼は、どういう情報を持ってるんだろう。


「僕の持ってる情報は」


 うんうん。


「何もないですね」


 あれ?


「お前、もう帰れよ」


 アランが突っ込む。いや、そこまでは言ってあげなくても!


「まあまあ、最後まで聞いてもらっていいですか?」


「……どうぞ」


「一つ確かに言えるのは。僕は、どんなことをしてもお嬢様を守る、ということです」


 アランのわざとらしいため息が聞こえる。


「あはは、流石ラークちゃんだね。んでも、相手は侯爵だよ? それに、その下にはビッシリ伯爵男爵連中も紐付いてる。単身乗り込んだって勝てっこないけど、何か方法はあるわけ?」


「それは、特にないですが」


「だから何しにきたんだよ、お前」


 アランはもはや、ラークさん専用のツッコミ担当になっていた。隣の部屋を想像すると結構カオスで、雰囲気がシリアスなのか皆笑いを堪えてるのか見えないから、私は余計に面白くなってしまっていた。


「……お嬢様は、庶民で芸人だった母親を拾ってくれました」


 が、その言葉で雰囲気は一転。鋭いツッコミを入れていたアランも、流石に黙ってしまった。


「僕はそのおかげで、こうして演者をやれている。この国で誇りを持って働けているんですよ。それは紛れもなく、カノン嬢のおかげ。彼女がいなければ、この僕は存在しなかったでしょう」


「……私も同じよ。一人で孤立していた私を、しつこく勧誘してきたのは彼女だけだったわ。十代の少女に貴女の曲が最高だ、なんて言われて本気にしちゃうのもどうかって思ったけど。でも、救われたのは確かよね」


「それを言うなら、俺も同じさ! 昔から俺は敵ばっかり作っては反省しないで好き勝手やってたけどな。芸術の自由を尊重して、俺のやりたいようにやらせてくれたのはお嬢だけだったなぁ。今じゃ恩返しになるかわかんねぇけど、腐った貴族の風刺画が俺の中の流行だ。このままあいつらの好きにさせて、俺たちのお嬢と芸術が奪われちゃならねぇよな?」


「えぇ、そうですね」


 リリィが同意する。3人の言葉に、私は言葉が出なかった。カノンの偉大さを改めて感じて、鳥肌が立ってしまう程だった。


 カノンは、自分よりずっと若くして、国を本気で大切にしてきていたんだ。これだけの悪評が出回る中で、確かに信じてくれる人との絆を作り上げていた。私はそれに感動して、思わず目が潤んでいた。


「……皆さんの熱い想い、確かにお嬢様に届いていると思います。そして、私も同じ想いです。どうか皆さんの力を貸して頂きたいのです」


「それは勿論ですよ」


「だとして、まず何から始めるんだ?」


 アランが横から入ってきた。敬語が抜けてるから、リリィに睨まれてるのが想像できる。


「エスメラルダ様の仰る、情報屋さんを当たってみましょうか。それに、シューレマン様から魔道具関連で、今一度魔道騎士団に協力を要請頂くのは如何でしょう」


「うーん、情報屋は表向き公平だからな。今裁判に掛かってるラトゥール家に力を貸すかどうかは分かんねぇけど。……そうだ、あそこに言ったらいいんじゃねぇかな?」


 その後の声が小さくて、ちょうど聞こえなかった。どこに行くって話だろう?


「そうですね、良い考えだと思います」


「それに、さっきも言っただろ。キナ臭い感じもしてるんだ、早い方がいい」


「私の方も、今一度魔導騎士団に当たってみましょう。何か情報がもらえるかも知れませんから」


「ありがとうございます、助かります」


 それでは、とリリィが締めに掛かった時、私があっ、と思ったのと同時に。


「あ、僕は」


 彼が言葉を発した。


「お前はいいよ、どうせ何も出来ないだろ」


 というアランの言葉を聞いて、ちょっと我慢できなかった。ごめんね、リリィ。こんな素敵な人達の顔をどうしても見てみたくなって。


「そんな言い方しなくてもいいでしょ、アラン」


「え」


「か、カノン嬢? どうして、そんなところに……」


「……ご、ごきげんよう」


 と、私は扉を開けて登場してしまう。皆が私に釘付け。


 ピノリスさんは想像よりもちょっとだけふくよかな感じで、どこまでも気品の良いマダムって雰囲気だ。ウィルソンさんは小麦色の肌で小柄だけど、こうしてる間にもニコニコしていて楽しそう。ラークさんは深緑色のパーマ髪が特徴で、あとは声の想像通り、それなりに整った容姿と自信に満ちた表情が印象的だった。それでもって、あの目はカノンに本気でゾッコンだなぁ、これ。


 って、まずい。勢いで出てきちゃったけど、リリィが困った顔をしてる……と、とにかくこの場は適当に乗り切らないと!


 次の瞬間、ピノリスさん、ウィルソンさんと目が合ってしまって。


「お嬢様、お久しぶりです」


「やぁやぁお嬢! そんなところにいたんだね。盗み聞きでもしてた?」


「あ、あはは。まあ、そんなところです」


 さっき注意したアランも微妙な顔になっている。とりあえずこの場を締めればバレないよね。……って、あれ? ラークさんは?


「カノン嬢」


「あ、ラークさ……ッ!!」


 気づいたら目の前で跪いて、私の手を取ってキスをしていた。


 思わず声を失って、ふと周りを見渡せばアランが怒り狂ったライオンみたいになっていた。


「ラークッ!! 貴様ぁああ!!!」


「ふむ……カノン嬢、何かありましたか?」


「へ?」


「いつもならキスをしただけでも、もっと毅然と振る舞われるのに……今日は随分とお淑や……痛ッ!」


「あ、ちょ、アラン!」


「お前、今日こそは許さない。二度と舞台に上がれない顔にしてやる」


「ほう、構いませんよ。今日こそはカノン嬢に付き従える権利を賭けて、決着を付けましょうか」


「いい度胸だな。掛かってこいよ、キザワカメ」


「や、やめてってば!」


 シークさんとアランが暴れて、知らん顔のピノリスさん。大爆笑のウィルソンさん。冷たい目で見て、溜息をついてるリリィ。それを見てることしか出来ない私。


 でも、今の私は、こんな凄い人たちに慕われる、カノンなんだ。


 今朝の悪夢が、まさしく夢になって消えていく。この人たちとなら、頑張れる気がする。


 気がつけば私も笑ってしまっていて、リリィが雷を落として止めるまでは、男の子二人の揉み合いは続くのだった。


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