第7話 文芸人と幕引き
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「な、なんの音!?」
ガラスが割れたような音で飛び起きる。急いで目を開けると、確かに窓ガラスは破れていた。床には石のような物が落ちていて、私は直感的に襲撃を受けたのだと理解した。
「リリィ!! アラン!!」
私は必死に屋敷を駆け回って、リリィとアランを探した。すると、物音が聞こえる。大広間の方だ。
「リリィ、いるの!? アラ……う、嘘……」
そこには確かに二人が居た。だが、私は短く悲鳴を上げてしまう。既に血を流して、倒れている二人。
「嫌……どうして、なんで!?」
リリィもアランも、銃撃を受けたような傷だった。血溜まりが出来て、瞳孔も開ききって、どう見ても息絶えている。
私が絶望に打ちひしがれていると、どこからか現れた黒装束を纏った兵士が数人、ゆっくりと近づいてくる。
「……結局、殺されちゃうんだ」
ゲームオーバーってことだね。結局、無理だったんだ。私には、何も守れなかった。二人のことも、この家のことも、そして、カノンのことも。
私は黒装束の一人が構えた黒光りする剣を一瞬見上げ、そのまま俯くと覚悟を決めた。
「……ごめんね」
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「はっ……! はぁ、はぁ……ッ……」
飛び起きた私は、ソファの上にいた。アニューズは既に停止しており、ソファの下にはカノンの日記が開いたまま落ちていた。身体中に嫌な汗が滲んでいて、まだ動悸が酷い。体は、動く。
ソファに座って足を抱えるように蹲ると、思わず泣いてしまった。
「よかったッ……」
起き上がって大広間に向かうのも怖かったけれど、少しずつ覚醒していくうちに、先のが夢である実感が合って、恐怖は薄れていった。
*
「お嬢様……昨日はよく眠れなかったのですか?」
「え? あ、うん……まあ、ちょっとは寝られたけどね」
「あまり、無理はなさらないよう」
「ううん、大丈夫。だって、このままじゃ本当に殺されちゃうから」
「本当に?」
「あ、違うの。なんでもない」
朝食を済ませている時、眠れなかったことがリリィにはバレていたみたいだ。カノンだったらどうしていたんだろうか。こんな時も毅然と振る舞う、皆が憧れる公爵令嬢だったに違いない。昨日のことだけで悪夢を見て落ち込む私には程遠いだろう。
「ところで昨日のご依頼の件、準備しております。画家、作曲家、そして演者の3名です」
「あ、本当? ありがとう、リリィ」
「ただ……私も考えたのですが、おそらく記憶がないことは伏せた方が良いかと」
「やっぱり、そうだよね」
「お嬢様は交友が広く、その3人はいずれも顔見知りなのです。おそらく、今のお嬢様と話せば違和感に気づくかと思います。信頼に当たる人物ではあるのですが……」
「……そっか」
「ですから、私とアランが代わりに聞き出そうと思います。それをお嬢様は隣の部屋から密かに聞いて頂くというのはどうでしょう?」
彼女は本当に優秀なメイドだった。彼女が居なかったら私は今頃何も出来ていないと思う。アランはまだ起きてきてないけど、彼の破天荒振りも私に元気を与えてくれる。二人は本当にこの家にとって大切な人材だ。
あんな夢を見てまともでいられるのは、今目の前に昨日と変わらないリリィが居てくれるから。本当なら全てを投げ捨ててしまいたい気持ちさえある。あれはただの夢じゃ無い。本当にこんなことが起きるかもしれないっていう、私の中の底知れない恐怖。
けれど、決めたんだ。自分に出来ることをする。事の真相を明らかにして、冤罪を晴らすんだって。今は余計なことを考えないよう、必死に自分を奮い立たせて。
「うん、それがいいね。それじゃあ聞いてもらうのは……」
**
私は隣の部屋に配置して、その時を待った。公爵様の家はいざと言う時に壁の薄い部屋も用意してあるんだって。いまだにこのスケール感が分からないというか、しっくりきていないけれど。
「本日はお時間頂き、ありがとうございます」
リリィの声が聞こえる。続いて足音。きっと3人が到着したのだろう。
隣の部屋には椅子が3つ並べてある。部屋の入口側にアラン、リリィは司会のような立ち位置で、椅子と対面で話してくれる。ちょうどその背後に隣の部屋に繋がる扉があって、私が耳を澄ましている状態。
「お嬢様の頼みなら仕方ないでしょう」
「にしても、久々だねリリィ! 旦那もお嬢も元気にしてる?」
「……ところで、そのカノン嬢はどちらかな?」
「カノン嬢は、今回席を外しております。ご存知の通りの状況ですので、今回秘密裏に集まって頂きましたから、念のため直接対面するのは避けた方がよいかと思いまして。その代わり、いくつか伝言を承っております」
聞こえてきたのは、まず淡々とした女性の声。その後、陽気な中性的な声……男性? いや、多分女性かな。最後はクールな男性。リリィの声は相変わらずよく通る。
「念のため、俺も護衛として同席させてもらうぜ」
「アラン、敬語」
「……はいはい、わかりました。それで、俺……自分は3人とは初対面なんで名前が分からないんだけ、ですが」
アランの辿々しい敬語に、つい笑ってしまいそうになる。
「あぁ、そうでしたね。ではこちらからご紹介させて頂きますと」
「いいわ、リリィ。では、私から。ピノリス・シューレマンよ。作曲家、カノンお嬢様には子供の頃からお世話になってるわ」
「と、次は俺だな? ウィルソン・エスメラルダ、画家をやってる。俺もお嬢様とは子供の頃からの幼なじみみたいなもんだ」
「最後は、僕かな。ラーク・カロルブルク、演者としてカノン嬢の作品に一番出演している男だよ。運命の人と言っても過言じゃないと思うけどね」
と、3人がスムーズに自己紹介をしてくれた。
な、なんだかキャラの強い人たちな気がする。でも、この3人はリリィが信頼できると思って呼んでくれた3人だよね。
と思ったら、急にアランが。
「あぁ!! お前、どこかで見たと思ったら、ラークかよ……こんなところまで付いてくるなんて、気持ち悪い奴だな……」
「付いてくるなんて人聞きの悪い。カノン嬢に呼ばれたらいつでも駆けつける。それが僕の役目だからさ。もっとも僕は元から君の存在に気づいていたよ、アラン・ラターニャ君」
「気安くフルネームで呼ぶな、お嬢のストーカー野郎!」
「やれやれ、君のことは認めてるのに。それに、ストーカーは心外だなぁ。僕と彼女は既に赤い糸で結ばれてるっていうのに」
「……あの、そろそろ始めてもよろしいでしょうか」
ラークっていう人は、カノンのファン、か何かなのかな? というか、アランもそうだけど随分モテるなぁ、カノン。でも、そりゃそうかぁ。身分も高くてこれだけのカリスマだもんね。なら尚更、ラークって人が今の私を知ったら、さぞがっかりするんだろうな……
と、真面目ムードを一転させた賑やかな二人の話を切って、リリィが声を掛けた。続けるように、
「そうしてもらえる? 私もお嬢様のためなら構わないけど、暇ではないから」
「俺は別にいくらでも協力するけどなー! ここで絵描いて待っててもいいし?」
「では、順番に伺いますね。まず率直に、今のお嬢様の現状をどうお思いでしょうか。シューレマン様」
温度差の違う3人、プラスアラン。それを見事に捌くリリィのスムーズな進行に惚れ惚れしながら、いよいよ本題に移っていった。
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