第4話 プローガンの酒場にて

 日も暮れ、辺りは所々明かりが漏れる建物でにぎわっていた。アランと私は二人で首都シパから少しだけ離れたプローガンという街に来ていた。


 あの後首都シパの写真を見せられ、私は驚いた。夜の街に燦然さんぜんと光り輝く劇場の数々。そのライトアップは魔法を使っているのかもしれないが、街全体を使った豪華なイルミネーションを見ているような見応えに惚れ惚れする。なんでも、私の記憶で言う所のお祭りのような賑わいで、毎日各国から見物客が訪れるという。


 対してプローガンは、どちらかと言えば宿場町しゅくばまちだった。とはいえ首都に近いため、有名な演者や芸術家が拠点を置いて生活している。娯楽を楽しむ施設や酒場が点在していた。整然と同じ作りで均等に並び立った建物は、その街並み一つとっても芸術のようで美しかった。


「ねぇ、アラン」


「何?」


 私は頭に被った帽子を指差した。


「本当にこれ、大丈夫なの?」


「当たり前だろ。うちは貴族の中でも優秀な魔道士が多いって聞くからな。魔道具の取り扱いだって、その辺の奴とは比べ物にならない。……ってリリィが言ってた」


「……そう」


 やはりアランは技術的なことに自信がないのかな。というか、魔道士ではないのかもしれない。彼のこともまだまだ知らないのだ。


 この世界の魔法は、ゲームや漫画のようなものとはイメージが違った。呪文を唱えれば手から炎を出したり、杖を向けて電撃を放ったりと、そんなことは出来なくもないが、あまりやらないという。


 この国はいわゆる文化遺産としての価値があるため、街中での喧嘩や魔法の対人使用は重罪だった。あくまでも魔法は魔道具を動かすために必要なエネルギーとしての役割であり、法律に則って整備された魔道具が、便利アイテムとしてこの世界で広く利用されている。


 その一つが私が頭に被っている一見普通の、緑掛かった地味色で、プリンみたいな形をした帽子。これが帽子型魔道具のフレジだという。リリィから説明を聞くと、要は充電式の透明マントみたいな感じだ。


 魔術師が魔力を充填じゅうてんすることで、数時間の間だけ他者から個人を特定出来ないよう、顔の認識を阻害させる。透明にはならないが、絶対にカノンだとは思われない。私は令嬢カノンとして狙われる可能性が高いので、常にこれを着用しなければいけないんだとか。


『もしフレジが壊れたり魔力切れを起こしたら、アランの背中につかまって逃げてきてください。最悪の場合、過激派につかまって、その場で殺されてもおかしくありませんから』


 なんて、ゾッとする一言をリリィは告げてくれた。彼女は私のために資料を整理することと、屋敷の中での情報共有をするためにお留守番。


 アランと二人、観光客を装って情報収集をする、というのが今回の作戦だった。


 というか、彼はいつの間にかタメ口になっていたけれど……いいのかな? まあ私はいいんだけど。


「喋り方が違いすぎて、お嬢様と話してる気分になれないんだよな。俺はお嬢様にしか敬語で喋らないって決めてるんだよ」


 とかなんとか。彼なりのポリシーを聞いて、承諾した。彼は顔こそ凛々しくてモテそうな雰囲気だったが、こういうどことなく子供っぽい一面があってそのギャップが可愛いと思った。年は十八くらいって言ってたっけ。この年代の子と交流した記憶はあまりなかったけれど、やっぱり男の子は年齢よりも子供っぽく見えてしまうのだろうか。


「で、喋り方は違うだろうけど、お嬢様と声は一緒だからな。あんまり迂闊うかつなこと言わないでくれよ?」


「うーん、まあ頑張ってはみるけどね」


 そう言って二人、ゆっくりと街中へ。すれ違う人、皆陽気だ。ほとんどが観光客なのだろうか。魔道具のおかげもあってか、私たちには誰も見向きもしない。


 ただ私はバレないかどうかの警戒に加えて、見たこともないような大男だとか、獣のような見た目の人を見つける度に動揺していた。


 そしてあらかじめ目をつけておいた酒場へと入っていく。私は少しの恐怖と、好奇心からの興奮が入り混じって、心臓が高鳴っていた。


 アランがそっと指差した男性の近くへ。


「あの、すみません。少しいいですか?」


「あ? なんだ、お前ら」


「俺たち、初めてこの国に観光に来たんだけどさ。一杯奢るから、色々教えてくんないか?」


「へぇ、あんたらカップルか? いけ好かねぇな。だが、酒を奢ってくれるってなら、話は別だ。座んな」


 そう言って話しかけたのは強面の男。屈強な筋肉をこれでもかと見せびらかすような格好で、一人じゃ話しかけられなかっただろう。いろんな人が集まるとは聞いていたけれど、こんな力自慢みたいな人までいるとは。


「いえ、私たち姉弟でして。凄いですよね、この国は。いつでもこんなに賑やかで」


「あぁ、そうだろう。だが、最近はイマイチだな。俺も舞台で裏方をやってるんだが、扱いが酷くなってきていてな」


「扱い? そう言えば、貴族が何か変な動きをしているとか、噂で聞いた気がするな。何か関係があるのか?」


 と、アランが尋ねるとそこにもう一人男性が。先の彼とは正反対で、シュッとした細身の男性。勘だけど、曲芸師とか、ダンサーかな。頼りなさそうに見えるけど、すごく背筋が綺麗に伸びている。


「ふふ、何やら面白そうな話をしているじゃありませんか。私も混ぜてもらえます? とびきりのお話を用意するので、私も一杯」


「えぇ、構いませんよ」


 そう言って私は細身の男性の分、追加の注文をする。二人はどうやら知り合いのようで。


「コイツは俺の働いてる劇場の支配人。小汚い、狭い小屋だがな」


「余計な話はいいんですよ。ズバリ、貴族といえばオルヴェーニュ侯爵の告発です。あの守銭奴令嬢、カノン・ラトゥールが裁判に掛けられるのだとか」


 その単語を聞いて、まさに二人同じタイミングで顔を見合わせた。やはり民衆にまで話は行き届いている。万が一ここでバレたら大変なことだ。出来るだけ慎重に話を進めないと……


「それは、文芸官の? 悪評は耳にしていましたが、裁判に掛けられるとまでは知りませんでしたね」


「……俺も噂でしか聞いたことがないんだが、そんなに悪いことをしたのか?」


 アランがわざとらしくもそう問いかけると、大男の方が手に持ったコップをダンとテーブルに叩きつけて。


「当たり前だろうが! アイツが俺たちの生活から搾り取った金で、楽しく暮らしてるんじゃねぇか。その上、今までの作品も盗作だ? 芸術に関わる俺たちを舐めてやがる。これだから貴族様は。裁判だなんだ騒いでるが、俺は今すぐにでも死んで欲しいね」


 その言葉を聞いて、アランが怒り狂わないか心配だった。ちらと横目で様子を窺うと、やはり表情が強張っている。落ち着いて、と小声で囁くと、俯きながらなんとか堪えている様子だった。私もグッと動揺を押さえ込みながら。


「そ、そうなんですね。でも、貴族様がわざわざそんな、盗作なんてするんでしょうか……?」


 すると、今度は細身の男性が。


「あの令嬢であれば、盗作も略奪も造作のないことでしょう。今までそれだけに留まらず、フレイミニアンの民を苦しめてきたのです。我々小さな劇場の支配人などは、その劇場使用料はもちろん、いくつもの税金をむさぼられてきました。もはや考える余地もありません。ようやくあの悪魔が死刑になる、それだけのことですよ」


 彼は淡々を言って見せた。けれど、その眼差しは鋭かった。よく見ると身なりもあまり整っているとは言い難い。生活が苦しく、現状に不満がある。彼らの言っていることは確かなのだろう。ただ、カノンが本当に悪政を強いてきたのかは、いまだに信じがたいことだった。


 アランは何か言いたそうだったが、もう爆発寸前。これはまずい。早めにここを抜けよう。と思った時、細身の男性の胸元にある水晶がきらりと光った。


 私は最後に一つだけと思い、問いかけてみた。


「あ……えっとその、私は民衆裁判が初めてでして。なんでもアイリスを使うとか。どういう仕組みなのか、教えて頂けませんか?」


 私がそう問いかけると、二人は軽くお酒を呷ってから、少し訝しんで。


「おいおい嬢ちゃん、アイリスの使い方を知らないって? どこの田舎から出てきたんだ。それか、よほど腕の悪い魔道士しかいなかったんだろ」


 ガタイのいい方の男性はそう言って鼻で笑う。仕方ないとばかりにもう片方の男性がアイリスを取り出して。


「アイリスは、別名載録投影機さいろくとうえいきとも言いますね。既に投票が始まっていますが、このアイリスから裁判について投票することが出来るのですよ」


「裁判に、投票……」


「えぇ。アイリスは魔力を操作することで、この国全ての国民の載録さいろくを閲覧することが出来ます。既に教会がカノン・ラトゥールの載録上に、有罪無罪を問う投票箱を紐付けていますから、この結果次第で彼女は死刑になるか決まる、というわけです」


 彼の持つアイリスがきらりと光ったかと思えば、何かに集中したかのようにアイリスをじっと見つめていた。そうしてしばらくしてから我に返って。


「今見てきましたが、やはり現時点では有罪が濃厚のようですね。まあ、これから更に証拠が出てくることでしょうから、今無罪に投票しようと考えている人間も気が変わることでしょう」


 リリィと話をして、大体アイリスのことは聞いていた。そして私が感じた第一印象は——


 アイリスって、この世界版のスマートフォンなんじゃない?


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