6、行商人
ふと見ると、部屋の片隅にエナドリの空き缶でできたお城があった。オレ、いつのまにこんなに飲んだんだろ? いったいいくら使ったんだよ? でも、もうダメなんだ。やめられないし、止まらない。オレはもう自分を止められなくなってるんだ。エナドリがないと、オレはもうダメなんだよ!
夏の日差しに浄化されそうになりながら、オレはエナドリを調達するために、コンビニへと向かう。その帰り道、オレはふらりと喫茶店に入ってみた。いつもコンビニ行くだけじゃ、なんか味気ないからな!
アイスコーヒーを注文して、それから右手の人差し指と親指をあごにあてがってみた。喫茶店でネタ出し。オレってば、今、最高にクリエイターしてるぅ! オレ、かっこいい! まぁ、制作中のゲームは完全に停滞してるけどな!
最近のミオはといえば、晴れの日はレベル上げ、雨の日は図書室で読書と、模範的で健康的な生活を送ってる。ミオ、「魔王とも分かり合いたかった」って言ってたな。いろいろあったんだろうけど、そういうことが言えるんだ。本当にポジティブでクレイジーな勇者様だよ!
てゆうかミオって、レベル上げとか術技習得とか、そういう範囲を超えて人として成長してる感じがあるんだ。だとしたらオレも、あの世界をもっと成長させていかなきゃいけないのかもしれない。でもなぁ、どういう方向で成長させればいいのか、分からないんだ。
図書室で本を読んでたミオ、その横顔を思い出す。あくまで印象だけど、ちょっと寂しそうだったかもしれない。きっとオレの世界には、まだ何かが足りてないんだ。でも、何が足りないんだよ? それが分からないんだ。
……ま、いいか! きっといつか、分かるだろうし! それにミオがさみしいなら、なにか気分のアガるイベントを組めばいいんだ! ……べ、べつにミオのこと元気づけたいとか、そういうんじゃないからな!? そういうんじゃなくて……ほら、あれだ! 親切! 親切なんだよ!!
でも本当に、ミオっていったい何者なんだよ? オレの作った世界でただ一人、オレの作ったキャラじゃないんだ。しかも完全に自分の意志を持って、本当の人間みたいに笑ったり、泣いたり、考えたりする。本当に、いったい何者なんだよ!? いったいどこから来たんだよ!?
オレの作るはずだったダークファンタジーから来たっぽいこと言ってるけど、でもオレ、そんなの作ってないからな!? なんで作ってないものから来ることできるんだよ!? それが分からないんだよな……。
「やぁ同志」
「ん?」
見ればウチのクラスのヲタ野郎がそこにいた。甘ったるい夢見る瞳と、ぷっくりほっぺを持つヘンな野郎だ。
「あ、ああ、どうしたんだよ?」
「いやね? ソロ君とは一度話してみたいと思ってたんだよね。ぼくと同じ匂いがするからさ」
ど、どういう意味だよ? と思ってる間に、オレの向い側に座るヲタ。
「でも残念だなぁ。ヤンキー君によると彼女ができて、いろいろ悩んでるんだってね? ぼく、ソロ君はそういう方向の人じゃないと思うんだけどなぁ。実はその彼女さ、二次元の美少女だったりしない?」
「な、なにがだよ?」
やば。一瞬、動揺した。ヲタはそんなオレを見てニヤリとする。
「あ~そうだよね、やっぱりそういうことだよね。いいよいいよ! やっぱりソロ君はぼく側だったね。大丈夫大丈夫、誰にも言わないから! そこらへんの呼吸、ちゃんとわきまえてるから! にしても次元の壁、とっぱらっちゃったんだ? 仕上がってんね? あ、すいません、ぼくもコーヒーで」
呼吸ってなんだよ!? いきなりやって来て、なに言ってるんだよ!? しかもフツーに注文してるし!? 居座るつもりか!? タプタプしたアゴに余裕を匂わせすぎてるヲタ。どうしようか?
……そうだな。ヲタならキャラまわりには詳しいだろ。何か知ってるかもしれないし、ちょっと聞いてみるか。
「これはあれだ。あくまで例え話なんだけど」
「うんうん」
「ある作りかけの物語の中に作者の意図しないキャラが現れて、しかもそのキャラは異様に生き生きしてて作者の想像力を超えて動き回るんだ。こいつはいったい何者なんだよ? わかるか?」
「わかるよ。それは『次元の旅人』だね」
「次元の旅人?」
「そう」
「……なんだよ? 次元の旅人って?」
ここでテーブルに肘をつき指を組むヲタ。なんだそのポーズ?
「次元の旅人っていうのは、一言でいえば『存在』なんだよね。脈絡なく仮の設定をまとって作品世界に降り立つ一つの人格、三次元的な肉体を持たない人間と言ってもいい。彼ないし彼女は作りかけの世界を訪れて、そこに住まう。そしてその作品世界の中で生き始めるんだ。あるいは『きっかけ』とも呼べるかもしれないね。作品世界が本当の意味で生き始めるためのね。すべての作品はそのきっかけを内包している。ぼくはそう考えてるんだ」
「なるほどな。つまり作者が自分の作品を生かそうと思ったら、旅人から百パーセントのパフォーマンスを引き出すべきで、そのための環境づくりが重要になってくるってわけか」
ヲタがニヤリとした。
「さすが理解が早いね。二次元に入り浸ってるだけのことはある」
入り浸ってないぞ! 入り浸ってないからな! それにもう一つ、聞いておくことがあるっ!
「じゃあその……次元の旅人は、どこから来るんだよ?」
「それは僕も知らない」
知らないのか。
「一説では『神の贈りもの』って言われてるね。神が『神の似姿』になろうとする者たちに与えた祝福だと」
「いや、もっと噛み砕いて言ってくれよ」
「そうだねえ……。つまり『神はクリエイター』なんだ。なぜなら、このリアル、この世界を創ったから」
「うん」
「そしてクリエイターは『神の似姿』なんだ。なぜなら、神がこの世界を創ったように、彼らないし彼女らも、自分の中に自分の世界を創るからだ」
「たしかに、そう言えるかもな」
「神は楽しみたいんだ。人間たちがその個性に応じて、このリアルを解釈して作り上げていく世界を。つまり神にとってすべての創作物はこのリアルの二次創作なのさ。だから今日も神は、薄い本を求めて有明ビッグサイトに突入する原作者の気持ちで新しい作品を待ってるんだ」
「お? おう……」
「神は新しい世界を楽しみたい。だからクリエイターに一つの恩恵を与えた。それが『次元の旅人』なんだ。クリエイターの側から言えば、それは『作品の発火点』と呼べるかもしれないね。次元の旅人に対してどう反応するか、それがその世界を形作っていくんだからね」
「なるほどな……」
正直、あんまりよく分かってないけど。でも、ミオとオレの世界の関係をちゃんと考えないといけない。それだけは間違いなさそうだ。
「とにかく、次元の旅人が住み着いた世界は、作者の力量を超えてイキイキし始めるって言うからね。それを楽しめばいいさ。彼女のこと、大切にしてあげてほしいな」
べ、べつに彼女とかじゃないからな!? 勘違いするなよな!!
「あ、ああ。次元の旅人のこと、ちょっとだけ分かった気がするよ……」
「参考にしてもらえて光栄だよ」
そう言ってからヲタは周りの客席を見回した。
「ところでソロ君、夏祭りには行くかい?」
どおりで客の浴衣率が高いと思ったよ! 今日は夏祭りの日か!!
「行かないぞ! オレが行くような人間に見えるのか!?」
「それでこそだね。ぼくもだよ。お互いにソロを極めようね」
余計なお世話だよ!!
とにかくミオは次元の旅人かもしれないってことは分かった。オレの作るはずだったダークファンタジーな世界、そこからやってきた勇者っていう仮の設定をまとって、あの小さな島にやってきたんだ。
それじゃ、それを踏まえた上でどうする? いや、やることは変わらない。なにかミオの気分が上がるようなイベントを組むんだ。さっそく帰って実装したらァ!
喫茶店からの帰り道、オレはいろんなヤツらとすれ違った。家族連れ、カップル、友達同士……。浴衣率も高い。浴衣じゃなくても、気楽に夕涼みできるような服を着てる。みんな祭りの会場に向かってるんだ。
ふと、夏のにおいを感じた。夏祭りの会場に背を向けて歩くオレ。それでも、夏祭りの雰囲気の中に投げ込まれてるのを感じる。これがリアルの夏祭りなんだ。なんてゆうか……この雰囲気、悪くないな。なんとかオレのゲームの中でも再現できないかな? いずれ試してみよう……。
◆
久しぶりの晴れの日。階段下の石畳の広場では、ミオがタルタロス相手にレベル上げしてた。でも、長いことミオの動きを見てきたオレには分かるんだ。今日のミオの動き、ちょっと精彩を欠いてる。どうしたんだ?
タルタロスに斬りつけて、それが弾かれる。バックステップで間合いをとるミオ。正眼に構えなおして、じっとタルタロスに対峙する。タルタロスは自分からは動かない。両手を自由にして、気持ち腰を落としてミオの様子をうかがってる。
ふっとミオの構えがゆるんだ。剣先を下におろして、タルタロスに何か言ってるみたいだ。タルタロスはミオの前にひざまずいた。どうやら今日はもう終わりみたいだな。オレは二人の方に歩いていく。
「よっ!」
「あ、トーヤ」
「ミオ、どうしたんだ? 今日は具合でも悪いのか?」
「うん、ちょっとね。最近、どんなにやっても成長した気がしなくてさ」
なるほどな。レベルがもう上限に到達したってことか。剣を鞘に納めて、汗をぬぐうミオ。ちょっと元気なさそうに見える。
というわけで、ちょうどよかったぞ! オレがちゃんと気分の上がるイベント、用意しておいたからな!!
「ほら、あれだ、ガッと成長する前に、そういう停滞期って来るだろ? あんまり気にしなくていいと思うな。それより、お風呂入ったら例の草地に来てくれよ。ほら、このまえ、ひなたぼっこしたとこだよ」
「ふふ。トーヤがボクのこと、押し倒したところだよね?」
「いや、そんな記憶はない……」
神殿の東側にある、木立に囲まれた小さな庭。オレは芝生に寝っころがってミオを待つ。穏やかな日差しに穏やかな風、なんなら蝶々だって飛んでる。絶好のおひるね日和だ。なんかドキドキしてきた。ミオ、今日のイベント気に入るかな?
それにしてもアレだ。なんてゆうか……最近のオレって、ミオのことばかり考えてるな。でも、そうじゃないんだ! ミオのことが好きとか、大切とか、ぜんぜんそういうことじゃないんだ! これは……そう、親切! あくまで親切なんだよ!!
「トーヤ!」お風呂上りな雰囲気をまとってミオがやってきた。「来たよぉ!」
「よっし」
オレはふところから呼び鈴を取り出した。
「なあに、それ?」
「これか? 呼び出しベルだぞ」
「へえ? それをどうするの?」
「まあ、見てろ」
こいつを使うと、例の行商人を呼び出すことができるんだ。まあ、イベントを開始するためのスイッチってヤツだな。ベルを振るとリンリンと澄んだ音がする。そしてその三秒後、ざっざっざっ……とかいうベタな足音とともに、庭の入り口に行商人が現れた。
「お呼びで」
「ああ、呼んだぞ」
行商人がオレたちの前までやってくる。今日は特別に背中のふろしき包みがデカい。
「えっと……?」
「ミオとは初対面だったよな。こいつは行商人。この島を歩き回りながらアイテムを売りさばく男だ」
行商人はミオの前にひざまずいた。
「お初にお目にかかりやす、ミオ様。あっしは行商人ってぇケチなヤツでござんす。以後、お見知りおきを……」
「あっ、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
「例のブツは持ってきたか?」
「へい!」
行商人は手際よく敷布を広げ、その上に色とりどりの服を並べていく。
「すごおい! ね、すごいね、トーヤ! 綺麗なお服がたっくさあん!」
ミオがちょっと興奮気味だ。よかった。どうやらこのイベント、外さなかったみたいだな。
今回のイベントは、各所で無料配布されてたキャラの着せ替え素材をこの世界に輸入しまくって作ったんだ。まあなんだ、偏見ってわけじゃないけど、女の子はいろんな服を着てみたいって思うものなんだろ? そうだろ? そうなんだろ? というわけで、そういうイベントにしてみたってわけだ。
「どうだよ、ミオ。なにか気に入ったヤツがあれば試着してみろよ」
「うん! ……んん?」
ミオがヘンな顔でオレを見た。
「な、なんだよ?」
「トーヤ? ボクの着替えるとこ見たかったの? だからこうゆうことしてくれたんだ?」
「ち、ちがうぞ!?」
それは誤解だ! 偏見だ!
「おい、行商人! 試着用のなんかアレあるだろ!? 出せっ!」
「へいっ!」
行商人は手早く試着室を組み立てた。試着室っていっても、こっちとむこうをカーテンで隔てただけなんだけど。それから、どこからともなく現れたタルタロスがそこに鏡を運び込む。
「へい! どうぞ!」
行商人がカーテンを少しめくってみせる。ちょっと戸惑うミオ。
「どうしたんだよ?」
「え? ううん、なんでもない! あ、そうだ! ねえ、タルちゃん! ボクのお着替え、手伝って!」
な、なに言ってんだよ、ミオ!?
「おい、待てよ! タルタロスもオスだぞ!?」
「いいんだよっ! タルちゃんはトーヤみたいにボクのことヘンな目で見ないもんね!」
そう言い切ったミオがカーテンの向こう側へ。そのあとにタルタロスも続く。
「トーヤ? のぞいちゃだめだよ?」
「のぞかねーよ!?」
カーテンが閉まった。
「旦那、楽しみでござんすね」
楽しみ? なにがだよ! オレはミオに楽しんでほしくて、このイベントを企画したんだ! オレが楽しむためじゃないんだ! 本当だぞ!?
草地の上にあぐらをかいて、ミオが出てくるのを待つ。芝居が始まるのを待つ客みたいだなオレ。そして試着室にかかるカーテンがシャッと開いて、ミオが出てきた。
「じゃーん! どうかな?」
まず目についたのは、両腕にはめられたデカいグローブ。あとは、丈が短すぎてお腹が見えてる道着のようなものに、ひざ上丈のスパッツに、ブーツ。中世ファンタジーにありがちな格闘家の格好だ。
「かっこいいでしょ?」
シュッシュとボクシングの真似をするミオ。たしかにちょっと新鮮な感じがするな。あの自称鎧以外の防具を装備してるの初めて見るもんな。でもなぁ……。
「う~ん、あんまりいつもと雰囲気変わってないかもなぁ……」
これが正直なところだ。
「ええ、そうかなぁ?」
「とんでもごぜえやせええええん!!」
うわ!? びっくりした!?
「な、なんだよ行商人!? 急にどうした!?」
「とってもお似合いですとも!!」
「え、そ、そうですか?」
「さようでございますとも! お腹の見える短い道着とひざ上のスパッツで、鍛え抜かれた体の線を露出しつつも、大きめのグローブとブーツで、デフォルメちっくな『あざと可愛さ』も出していく一品! それをここまで着こなしていただけるたぁ! あっしはもう、感服いたしやした!!」
どうした行商人っ!? お前、そんなセールストークできたんだ!?
「あ、ありがとうございます……」
どうしたミオ!? なに照れてんだ!? ちょっと空気がヘンだ。なんとかしないと……。
「なぁ、ミオ。もうちょっと普段と違う感じを目指してみてくれよ。な?」
「え~? もぉ、しょうがないなぁ……」
ミオがカーテンの向こうに引っ込んだ。
「おい、行商人。なんだ今の?」
「だんなぁ、褒めなきゃあ。褒めなきゃはじまりやせんぜ、だんなぁ!」
「えっ? あ、おう……」
どうしたんだ行商人! 今日はちょっと暑苦しいぞ!?
しばらくして、またカーテンが開く。
「えへへ……。どう?」
聖騎士仕様の白いミネルヴァビスチェだ。例えるなら、白い競泳水着の上から鉄の胸当てや手甲をつけた、みたいなヤツ。要するに、中世ファンタジーにありがちなエロ装備なんだ。
「ボク、こういうカッコしてみたかったんだよね! 王国騎士のみんな、かっこよかったもん」
腰に左手を添えてポーズをとるミオ。なんてゆうか……防御力に若干の問題がありそうだな?
「悪くない、悪くないけど……」
とりあえずほめておく。
「ほんっとおおおおおにお似合いでございますよおおおおっ!!」
「な、なんだよっ!?」
オレの耳元で叫ぶな!
「白は清廉潔白と永遠の忠誠を意味する至高の色、まさに聖騎士にふさわしい! それをこんなあざやかに着こなすたぁ……くぅ~っ、あっしはもう感服でござんす! へいっ!!」
「あ、ありがとうございます……」
ミオ、照れすぎてクネクネしてるぞ? なんだよこの雰囲気?
「ま、まあ、たしかに? 悪くないと思うぞ。でも、もうちょっと冒険してみてもいいかもな」
「ええ、ぼうけん? う~ん……」
ミオがまたカーテンの向こうに行く。
「……おい、行商人、なんなんだよ?」
「褒めて! 褒めておくんなせえよ、だんなぁ! 褒めなきゃぁ……」
「だから、ちゃんと褒めただろ? 悪くないって」
「そうじゃなくてぇ……ミオ様がなんて言ってほしいと思ってるのか、まずそれを考えなきゃあ……」
ゆっくり、静かにカーテンが開いて、ミオが出てきた。フリフリのフリルがたくさんついた水色のドレス。中世ファンタジーに青をイメージカラーにした王国が出てくれば、そこのお姫様はきっと、こういう格好をしてるはず。そんな感じのドレスなんだ。
「どうかな?」
おずおずした感じのミオ。おい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ? 真横から行商人の視線を感じるぞ、痛いくらいにな! 褒める、ミオの言ってほしい事、ええと……。
「そ、そうだな。まるで……お姫様みたいだぞ」
「そ、そう!?」
おっ、ミオの顔がぱっと明るくなった気がする!
「さようでごぜえやす! まるでお姫様みたいですとも! 僭越ながらあっしの方から付け加えさせてもらえば、これだけポップにデコレーティングされたドレスを着ても、気品が隠しきれてないんでごぜえやすよ! それはミオ様の立ち振る舞いに、りんとした美しさがあるからなんでございやすねえええ! へいっ!」
「えっ、えへへ……。そ、そうですか?」
ちょっと言いすぎじゃないか!? 大げさすぎたら、お世辞だと思われるんじゃないのか!?
「そいじゃあ、このへんであっしのオススメを着ていただけやすかい!? ミオ様!」
「え? あ、はい!」
ミオといっしょにカーテンの向こうに行ったかと思うと、行商人はすぐに戻ってきた。
「オススメってなんだよ?」
「そいつぁ、見てのお楽しみで!」
すっとカーテンが開いた。ちょっとお上品な開き方だ。出てきたミオは、中世ファンタジーに出てくるみたいな、村娘の格好をしてた。白いブラウスに薄桃色のロングスカート。ミオがちょっと……大人に見える。
「あはは……なんだか照れるね」
どうやら、そういう格好をしてる自分に戸惑ってるみたいだ。
「そうだな。でも、似合ってるぞ!」
たしかに、その……ミオが清楚に見えるかもな!
「そうかな……」
ミオがもじもじする。
「そのとおりでごぜえやすとも! その恰好で東の村を訪れてごらんなせえ。みんな言いやすよ、『桃の花の妖精がやってきた』ってねえ! へい!」
「そ、そんなこと……」
ミオは本気で照れてる。もしかしてオレも、いつか行商人みたいなことをフツーに言えるようにならないといけないのかな?
あれ? そういえばタルタロスはどこだ? さっきまでいたはず? と思ったら、カーテンの向こう側にチラ見えしてた。まるでミオの守護者でペットな感じでひざまずいてる。
「おおい、タルタロス! 今度はお前のオススメをミオに着てもらえよ!」
「あっ、そうだね! タルちゃんはボクにどんな服をオススメしてくれるかなっ!?」
ミオがまたカーテンの向こうに引っ込む。
そして次に出てきたミオは、巫女風の服を着てた。オレとおそろいな感じの白いゆったりした服。でも、あっちはスカート。スリットがすごく深くて、ふとももの付け根のところまで切れ上がってる。中世ファンタジーにありがちな、あのエロいやつだ。
「なんだかボク、この神殿の巫女さんみたいだね!」
え!? も、もしかして……!?
「お、おい、タルタロス! お前、オレよりミオに仕えたいなんて思ってないだろうな!?」
タルタロスの表情は読めない。
「オレはケイオス様にこの神殿を任された男なんだぞ! もしミオが巫女になったらこき使ってやるからなぁっ!」
「もぉ、トーヤ? こき使われてあげないもぉん!」
タルタロスはじっとかしこまったままだ。
「ではトーヤ様?」
「んっ?」
「次はトーヤ様の番でごぜえやすよ! ミオ様にどんな格好をしていただきたいんで?」
「オ、オレかよ!?」
「さようで!」
「そうだね! トーヤってどんなカッコしてるボクが好きなの?」
「えっ?」
「あっ、ちがうちがう! トーヤってボクにどんなカッコしてほしいの?」
「いや……」どゆことぉ!? どう違うんだよ!?「まあ、そうだな。なんてゆうか……」
なんて言えばいいんだよ? オレはただ、ミオがいろんな服を着て楽しんでくれたらそれでいいと思っただけで、ミオにどんなカッコしてほしいとか考えてなかったんだ!
「そう、つまり……大事なのはミオがどういうカッコしたいのかってことだ。ミオは、どういうカッコしたいんだよ?」
「ボク……?」
ミオはちょっと考え込んで、カーテンの向こうに行った。そしてなかなか出てこない。行商人を見てみたら、のんきにアゴをなでてた。オレの視線に気づくと、ニイッと笑って見せる。いや、どうしたんだよ、行商人?
カーテンを開く音がして、見たらミオが戻って来てた。いつもの自称鎧の姿に戻ってる。
「どうした、ミオ?」
「うん、えっとね……」
めずらしく言いよどむミオ。
「なんだよ?」
「どの服も、すっごくステキだったと思うよ。でもね、ボク……」
ミオが意を決したようにオレを見た。
「まだこの鎧、着てたいな」
「そ、そうか?」
「うん」
ミオの強い視線に圧倒されそうだ。よく分からないけど、ミオはまだあの鎧を着てたいらしい。だったら、まあ、そうだな、無理強いはできないよな……。
木立を抜けて、オレは草原の手前まで行商人を送ってく。
「今日は悪かったな」
「とんでもねえことで。今度こそ、ミオ様のお気に召すものを持ってきやすよ!」
「おう、たのむぞ!」
「ところでトーヤ様、つかぬことをうかがいやすが」
「なんだよ?」
「トーヤ様はアレだ、ミオ様を慕っていなさる?」
「慕うってなんだ。まぁ、仲は悪くないぞ」
「慕うってなぁ、アレでござんすよ。つまりトーヤ様はミオ様に恋い焦がれていなさる。当たりだ? そうでござんしょ?」
「な、な、な、なんだとぉ!?」
きゅ、急にどうしたんだ行商人ッ!? ミオのファッションショーのときからヘンだと思ってたけど、行商人がオレの想像をはるかに超えてペラペラしゃべるんだ。これがアレか!? これが次元の旅人効果なのかよ!? キャラが勝手に動き出す、ってやつなのかよ!?
「旦那ぁ、あっしは旦那が好きなんでさぁ。だから旦那にしあわせになっていただきてえんで」
「あ? おう……?」
「あっしの見たところ、旦那はツンデレだ。男のツンデレもかあいらしゅうござんすがね、ツンツンしてばかりじゃあ、こいつぁいけねえ。そろそろデレなせえ」
「ぎょ、行商人っ!? お、お前っ!? べ、べ、別にオレはミオのことなんか全然! 全然、す、す、好きじゃないんだからな!?」
「旦那も男だ。自分の気持ちから逃げちゃあだめでさあ。自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃあ」
「こ、この野郎……っ!」
なんでお前が、教室でコイバナしてる連中みたいなこと言うんだよ!?
「わかりやした! ようがす! あっしも一肌脱ぎやしょう! まかしてくだせえ!」
「一肌脱ぐってなんだよ!? わけわからないからな!?」
「ほいじゃ、今日のところはこれで……」
「お、おい……」
行ってしまった。背中にしょったバカでかい荷物が右に左に揺れながら遠ざかってく。行商人、あの野郎! 好き放題言いやがって! オ、オ、オレは本当に、そういうんじゃないからな!?
オレが木立の中の庭に戻ったとき、ミオは庭の真ん中に、ぽつんとうつむいて立ってた。
「トーヤ」
「お、おう」
「ごめんね、せっかく用意してくれたのに」
「いや、まあ別にいいけど……」
視線が上の方に逸れるがちになる。なんでだよ、ミオのこと、まっすぐ見れないぞ……。
「ねえ、トーヤ」
「な、なんだよ?」
「どうして……こんなことしてくれたの?」
「ど、どうして……って?」
いや、本当に着替えが見たかったとか、そういうんじゃないんだぞ!? ミオの気分をアゲようと思って! 気分、アガらなかった?
「トーヤ」
「え、あ、はいっ!?」
「ほんとはね、わかってるんだ。もう魔王はいないのに、いつまでもボクが勇者でいるなんておかしいんだって。もう、戦いのない日常に入っていかないといけないんだって」
なんかいろいろと深く考えすぎてないか?
「でもね、トーヤ、もう少しだけ待ってくれないかな? もう少しだけボクのこと、勇者でいさせて……」
なんだよこれ!? こんなしんみりした雰囲気にするつもりじゃなかったんだぞ!
「でも、トーヤ。どうしてボクにこんなにしてくれるの?」
ミオがオレを見た。いつもの笑顔、いつもの調子で。ほっとした。どうやらそこまで深刻な話でもなかったみたいだな。よかったよかった。別にやらかしたってわけじゃなさそうだ。
「もしかしてボクのこと……」
でも、そうか、そうなんだな。魔王はもういない。だからミオはもう勇者である必要がないんだ。このままミオがこの神殿の巫女か、東の村の村人になる。そんな展開もあるかもしれない。静かで平穏な毎日が来るだろうけど、ミオはそれを望むかな? いや、ミオはそれを望んでもいいと思うんだ。
「……になっちゃった?」
そういう未来を、オレはミオに用意できるかな? とにかく、考えないと……。
ふと気づくと、ミオがオレを見てた。オレの返事を待ってるみたいに、真剣な表情で。ミオ、今なにか言ったのか? まあ、いいか。適当に相槌打っておこう……。
「まあ、そうだな」
「……ひゃ、ひゃああああああああっ!!」
「ぐええっ!?」
急に視界いっぱいに青空が広がった。背中に草がこすれてく。あれ、どうしたんだ? オレ、ふっとばされた?
「な……なあにすんだあああああ!?」
「だ、だって!」ミオ、顔が真っ赤になってる。「急に、トーヤが……」
まってまって? オレがいったい何を言ったんだよ? 『まあ、そうだな』って言っただけだろ!? でも、待てよ? その前にミオは、なんて言ってたんだ!?
も、もしかして!? いつもみたいに『ボクのこと、好きになっちゃった?』みたいなこと、言ってたのか!? だとしたら……。
「きゅ、急にそんなこと言われても困ります! お、お返事はちょっと待ってもらえませんか……!?」
急な丁寧語やめろ!
「……う~~っ!」
トトトッと走って、一本の木の前に立つミオ。それからまたトトトッと戻ってきてオレを抱きしめる。いや、うん……いや、どゆことぉ!?
「か、勘違いしないでね? これは仲間としてのスキンシップなんだから……」
「いや……勘違いってなに?」
「ボ、ボクのこと襲っちゃダメだよ、って意味……」
「お、襲わないぞ! オ、オレは紳士だからな!?」
なんで声ふるえてるんだオレ。
「あ、そ、そーだ!」
ミオがオレからぱっと離れた。
「ボ、ボク、図書室でお勉強しよーっと! じゃ、じゃあね! トーヤ!」
あ、あれ? なんだよこれ? どゆこと? ひたいに触れると、じっとりと汗ばんでた。どうしたんだよオレ、何が起こったんだ……?
◆
目を開いた。天井が映る。ここはオレの部屋、リアルの方のオレの部屋だ。なんとか起き上がって、パソコンの前に座る。手のひらで顔をぐにぐにと揉み込む。
そういえばオレ……なにか言ってしまったみたいなんだけど? いや、考えるな。考えなくていい。考えたら負けだ! とにかくここで畳みかけるんだ! ミオの気分がアガるヤツを繰り出すんだ!
『夏祭り』だ! オレはここで『夏祭り』を敢行するッッ!!
ついに来たんだ。オレの本気を見せてやる! 夏祭りのあの雰囲気を、ゲームの中に再現してやるんだ! ヲタ野郎と出会った喫茶店からの帰り道、たしかにあれが夏祭りの雰囲気だったんだ。風のにおいも、行きかう人たちの談笑も、そして『夏祭り』という言葉に誘い出される予感や期待も、ぜんぶぜんぶ! オレはゲームの中に再現してやるんだ!
それにはまず……東の村の連中をなんとかしないとな。キャラ薄すぎアンドキャラ濃すぎ問題をな! そう、とにかくあの連中のキャラを掘り下げないと! なにしろ祭りを盛り上げてもらわないといけないし! キャラを便利に使おうとしてるあたり、たしかにご都合主義なのかもしれないけど、でもしょうがないだろ!? 神様にはそういうご都合主義なところがあってもいいはずだ!
それじゃあ、考えていこう。人間は……人間から生まれてくる。そこにドラマが生まれて、人間関係が形成されていく。とゆうことは?
まずは村人たちの関係性を作る。そして改めて村人ひとりひとりをキャラ付けしていく。もちろん名前も付ける。そういうことなんだ。
『そろそろデレなせえ』
ええい、うるさいな! 人が考えごとしてるときに! 自分の作ったキャラの声が聞こえるとか、オレはもうダメかもな。でもその前にこの夏祭りだけは成功させてみせるぞ!
行商人……。そうだな、あいつはいろんな道具を取り扱ってる。だからあの道具屋のオバちゃんと夫婦ってことにしておこう。そして二人の間には息子が一人いるんだ。この前、『わぁいわぁい』やってたうちの一人がそいつなんだ。そうだな、だいたいこんな感じかな。でも、この調子で村人全員分やるの? それってけっこう大変だな……。
いつのまにか夕方だった。でも、どんどんいくぞ! 村をお祭り仕様にして、イベントも組んでいく。ラストスパートだ。エナドリ、一日二本ってイカレてるかな? いや、そんなことはどうでもいい! カフェイン中毒になっても、今、この瞬間を乗り切れればそれでいいんだ! やってやる! オレはやってやるんだ!
い、いや、別にミオのこと楽しませたいとか、笑顔でいてほしいとか、そういうんじゃなくて……これはそう、アレだ! アレなんだよ! そう、そういうことなんだよ!!
◆
さて。準備万端整えたわけだけど。でも、ミオがいないと始まらない。とゆうわけでオレはミオの部屋の前に立ってた。緊張してドキドキする。てゆうか、なんだよ、これ? 天岩戸かよ?
でも、なんて声かけよう? いや、ビビってる場合じゃない。いかないと……。まずはノック。コンコン、と。
「……」
反応がない。
「……ミオさんや?」
呼びかけてみる。ドアの向こうに、人の立つ気配がした。
「な、なんでしょう、トーヤさん?」
……いや、なんだよ、これ?
「あ、今日さぁ……東の村でお祭りがあるんだけど。いっしょに行かない?」
「お祭り?」
「そう。この島には『夏祭り』って風習があるんだ。今日はちょうどその日なんだよ」
ゆっくりとドアが開く。なぜか照れ顔のミオがそこにいた。
「しょうがないから……いっしょに行ってあげる!」
「……で、トーヤ? どうしてここに来たの?」
いつもの玉座がある祭壇に来てるオレとミオ。
「ここに座ったら始まるんだよ」
「始まる?」
オレが玉座に座る、それがスイッチになるってことだよ! さっそくデンと座ってみる。でも、何も起こらない。
「何も起こらないよ?」
「ちょっと待ってろ」
「こぉんにちわぁ!!」
人影が二つ、神殿の中に入ってきた!
「お迎えに上がりました」
一人はあのウェイターだ。あの酒場でプロフェッショナルに徹してた男は今、落ち着いた雰囲気の青年になってる。いい感じだ。名前はウェイ。ウェイターだからな!
「あがりましたぁ!」
もう一人はやんちゃそうな十代前半くらいの少年。こいつが行商人の息子だ。名前はテム。親がアイテムを売ってるからな!
「おう、それじゃあ行くか!」
「ねえ、トーヤ。お迎えってどういうこと?」
「村祭りの主役はケイオス様だからな。そしてオレはこの神殿でいちばん偉い。だからオレをもてなすことがケイオス様をもてなすことになるんだよ」
「ふうん?」
階段下の広場には、屋根のない二頭立ての馬車が停まってた。そのかたわらには盛装したタルタロスもいる。さっそうと馬車に乗り込むオレ。
「さ、奥方様もどうぞ乗ってください」
「えっ? あ、はいっ」
ちょっとまてえ!? おいウェイ!? なんでミオを奥方様って呼んでるんだよ!? いや、もしかして……? 行商人のヤツがそういううわさをまき散らしたのか!? 一肌脱ぐって、こういうことかよ!?
馬車に揺られるオレたち。タルタロスがまるでSPのように馬車と並んで並走する。屋根のない馬車だから、頭の上には青空が広がってる。気持ちのいい風も吹いて、最高にいい気持だ。でも、となりからは……じとーっとしたねばっこい視線が。
「トーヤぁ?」
「な、なんだよ?」
「いくらボクのことが好きだからって、こんなの卑怯だよ!」
「いや……何の話だよ!?」
「トーヤってあの神殿の偉い人なんでしょ? だからボクのこと『奥方様』って呼ばせて、ええと……キセージジツ、作ろうとしてるんでしょ!?」
「ち、ちがう! ちがうぞ!?」いや、本当に!「んなわけあるかっ! なに言ってんだよっ!? あいつらが勝手に勘違いしてるだけだろ!?」
「えーっ?」
信じてないな、その顔は!
「とにかくミオ、オレとしてはあいつらに、そういうことをしろと言った覚えはない! 本当だぞ!」
「ねえ、トーヤ」
「な、なんだよ?」
「ボクのこと好きなのはわかるんだけどさ、だったら、もっと、ほら! あると思うよ? いろいろさ!」
「いろいろってなんだよ!? なにがあるんだよ!?」
「とにかく! こういう外堀から埋めてくようなのはダメだよ、ってこと! だから、ね?」
「だ、だから?」
「だからもっとたくさん聞かせてよ、トーヤの気持ち! ボクにちゃんと伝えてほしいな!」
何の話だよ!? さすがクレイジー勇者様だよ! そのとき、御者台の会話が風に乗って聞こえてきた。
「なぁ、ウェイ兄ちゃん。うしろ、何の話してんだろ?」
「さあ? あんまり聞き耳立てるなよ、テム。お行儀が悪いからな」
「チワゲンカかな?」
「こら」
行商人の息子ぉ! お前は神聖冒涜罪だぞ!
「あれ?」
突然ミオが馬車の上で身を乗り出した。
「なんだろう……?」
北の森の方角だ。草原の彼方にうっそうとした森のはしっこが見えてる。
「ど、どうしたんだよ?」
静かに張り詰めたミオの横顔から目が離せない。
「ううん、やっぱり気のせいだよね……」
村が近づいてきた。風に乗って中世ファンタジーにありがちなケルト風お祭りばやしが聞こえてくる。やっぱりベタだ! でも、これがオレ渾身の夏祭りイベントなんだ!
村の入り口には看板おじさんのカンヴァンがいた。祭りの日でも村の入り口にいて、看板に寄り掛かってる。オレたちの姿を見ると、手に持った酒ビンを看板に向かってひっくり返す。
「ほら、神様が来て下すったぞぉ! お前も飲めぇ!」
こんなときでも看板を愛するおじさんだ。たぶん、これで良かったよな。
村の広場は祭り仕様に飾り立てられてた。これだけやるの、大変だったんだ。広場には村人たちが集合してる。そしてオレたちを歓迎する。まるで町内会の集まりみたいなこじんまりした祭りだけど、これがオレの限界だったんだ。でも、とにかく頑張ったんだ。
ウェイとテムに貴賓席に案内されるオレとミオ。真っ白なテーブルクロスの上には、ありったけの御馳走が並んでる。
「ようこそおいでくださいました」
村長のソンッチョのあいさつを受けて、席に着く。
青空の下、ケルト風の音楽を奏でてる四人組。ティンホイッスルは村長の息子、チョームス。ギターは宿屋の主人ヤッド。バウロンとかいう太鼓は農家をやってるハタッケ。そしてヴァイオリンというかフィドルは、あの北の森でケガしてたヒゲのおじさんヒィゲ。突貫工事だったから、名前にちょっと難があるけど。
「あのときはありがとうございましたッッ!!」
ミオのとなりに来てフィドルをかきならすヒィゲ。
「あ、ど、どーいたしましてっ!」
そのとなりでステーキにかぶりつくオレ。
「あ、これ、おいしいぞ!」
なんの肉だろ? オレはただ食べ物のオブジェクトチップを並べただけだからなぁ。村を見回してみると……あ、そういえば、あのいつもランダム移動してた羊がいなくなってる。そ、そうか。そういうことか……。
わぁいわぁいの子どもたちが、テーブルの上のフルーツバスケットに手を伸ばす。もぎとるように手に取って、広場を駆け回りながらかぶりついてる。
「トーヤ様ぁ!」
「お、なんだ?」
やってきたのはスキンヘッドの男、カミナシだ。
「お前か。商売はどうだ?」
もとは武器防具屋だったけど、地獄ノ樹事件のあとで材木屋に商売替えさせたんだ。もうこの世界に戦いはないんだからな。
「ぼちぼちですがねェ。でも武器防具屋だったころよりゃ儲かってますよ。んでもなんで、わしぁ武器防具屋なんてやっとったですかねえ、こんな平和な村で。けっきょく売れたのは、トーヤ様にお買い上げいただいた剣一振りだけですわ」
悪かったと思ってるよ。オレがちゃんと設定を詰められなかったせいだ。そういえばあのとき買った暗黒剣エレボス、どこにやったかな? ……まあ、いいか。
「ま、飲めよ。ほら、ぐっといけ」
「おっ、いただきますわ。すいませんね!」
みんながにぎやかに飲み食いしながら、時間が過ぎてく。こんな空の高い日には、軽くってひょうきんな音楽がよく似合ってるな。ひるがえる晴れ着がきらめいて、おいしいものの匂いがあたりにただよってる。初めはキャラが薄かったり、濃すぎたりしたヤツらが、今は自然な笑顔で踊ったりはしゃいだりしてる。どうだよ、これがオレの夏祭りなんだ! 中世ファンタジーにありがちな、わりとベタなヤツになったけど、でも、とにかく頑張ったんだ!
「トーヤ様」
「お、どうした?」
いい天気だねぇでおなじみの老婆、実は村長の妻ソンマーだ。
「どうかこの二人を祝福してやってくださいませ」
ソンマーの後ろにいたのはウェイ、そして村長の孫娘マゴーメ。
「祝福ってなんだよ?」
「はい、二人は結婚の約束をしたんでございます」
「「えっ、結婚!?」」
オレとミオの声がかぶった。ミオ、すごく食いついたな?
「と、とにかくめでたいな。ケイオス様もお喜びになるだろう」
オレの前にひざまずいた二人の頭に手を置く。
「ケイオス様は……ええと、離れておりし者をひとつに結びつけたまうであろう……」
どっかで聞いたような言葉を並べてみる。でもよく考えたらヘンだな。結婚するなんて設定にした覚えがないんだ。まあでも、これも次元の旅人効果かな?
「マゴーメ、踊ろうか?」
「……うん」
ウェイとマゴーメがケルト風の音楽にのって踊りだす。村の連中から歓声がわく。
「奥方様! おれたちも踊りましょう!」
テムがぐいぐいミオの手を引っ張ってた。さすが行商人の息子、思い切ったことをやる。たぶん兄貴分のウェイが踊ってるから自分もって思ったんだろうな。
「ねえ、ボクのことは『ミオ』でいいよっ!」
「え? あ、はい! ミオ様!」
ミオが意味深な視線を送ってよこすけど、オレには何も言えない。本当だよな、どうして『様』って付けるんだろ? オレにもわからないぞ!
ミオとテムも踊りの輪に加わって、歓声が大きくなる。お前ら、ミオを楽しませろよ。別に、特に深い意味はないけどな!
そういえば誰かいない気がするな。誰がいないんだ? タルタロスは……いた。オレの真後ろに。でも、何か怒ってる? 視線の先には踊るミオとテムがいた。どうしたんだ、タルタロス? ま、いいか。
あ、そうだ! 行商人! あいつがいないんだ! あいつぅ! ヘンなウワサ撒いといて、どこに行ったんだ!?
「おい、道具屋のおかみっ! お前の亭主がいないぞ!?」
「はぁい! 朝出かけたっきり戻ってないんですよぉ! まぁったくどこほっつき歩いてんだか!!」
相変わらず声が大きいな。
「どこへ行くとか言ってなかったのか?」
「はぁ、なんでも北の森がちょっとヘンだとか、そんなこと言ってましたねえ!」
「北の森が?」
あそこはもうイベントも終わったし、何もないはずなんだけどな。
「ま、そのうち戻ってくるだろ。ありがとな」
地獄ノ樹も殺人蜂も撤収させたし、特に危険とかはないよな。
「トーヤぁ!」
ほんのり汗ばんで、ミオが戻ってきた。
「トーヤ、おどらないの?」
「オレはな、体力を温存してるんだよ」
「え、なんでえ?」
地平線がやわらかな夕日の色に染まり始めた。少しずつ夜が近づいてくる。
「夏祭りは夜が本番なんだ。見てろよ!」
オレ渾身のイベントを作っておいたからなぁ!
ギィーーーーーーーーーーーッ!!
なんだ? なにかの鳴き声が、空から降ってきた。その一声で、すべての音が止んでた。村のざわめきも、ケルト風の祭囃子も。
「なんだ、あれ?」
誰かの声に、空を見上げた。巨大なこうもりの影が、空を黒く切り取ってる。あんなヤツ、作った覚え、ないぞ?
その影は、上空を旋回しながら何かを落とした。それはバウンドしながら転がって、オレの足元に来る。
「なんだぁ……?」
兜だ。しかも見覚えがある。そうだ、これはアレだ。オレがミオに着せようとして失敗したヘビーアーマーの兜だ。なんだこの赤いの? 血? 持ち上げてみる。
ごろん。
中から何かがこぼれ落ちた。なんだよ、これ? なんだよ……。
「う、うわああああああああああああああ!?」
人の首だ! 白目をむいてる! 口元には吐き散らした血がべっとりついてる! 皮膚がひきつって、人相も変わってる。でも、こいつは……。
「ぎょ、行商人っ!? お前……お前、どうしたんだよ!?」
首から下とか、どうしたんだよ!? まわりから声にならない悲鳴、息をのむ音まで聞こえた気がした。
「父ちゃん!?」
「あんたぁ!」
オレに向かって……行商人の首に向かって、駆け寄る二人。オレは空を見上げた。上空を旋回していた影が、オレの方へ急降下してくる。
「トーヤぁッ!」
その影は切り裂かれて、オレの顔に熱いしぶきが降りかかった。
「いや……なんだよ、これ?」
スゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
地面が震えた。地響きがこの空いっぱいに響き渡った。
「空に……」
ひび割れが出来てる。北の森の方角。よく見ると、それは巨大な黒い塔。いびつにゆがんで、空へと伸びる塔。なんてゆうか……できそこないの盆栽みたいな、この世界に投げ込まれた禍々しい槍みたいな、そんな塔だ。それが東の村を、オレの作った世界を威圧するようにそびえたってる。
「魔王……」
ミオのつぶやきが、静寂の中に聞こえた。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
今度はなんだよ!? いくさの前触れみたいな鬨の声だ。そしてまた地響きが始まる。でも今度のは、さっきのと違う。近づいてくる! 何かが近づいてくる音なんだ!
「トーヤっ!」
「……えっ?」
「みんなを村長さんの家に避難させてっ!」
「え、え?」
「タルちゃんは、ボクといっしょに戦って!!」
おい、ミオ。どうしたんだよ? 何が起きてるんだ?
「トーヤっ!! はやくっ!!」
「さ、トーヤ様……」
「お、おい、待てよ! ミオ、これ、なんなんだよぉっ!?」
村人たちに引きずられてくオレ。村長の家の中に押し込まれる。
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
何かが……何かがこの村の中に入ってきた。大きいヤツから小さいヤツまで、数えきれないくらいの何かが。オレは部屋の隅にうずくまる。ケモノの咆哮がビリビリと建物を震わせ、なにか重いものが地面に叩きつけられるたびに、天井がきしむ。
オレの腕の中には相変わらず、行商人の首があった。どうしたんだよ、行商人? 何があったんだ? 行商人は何も答えてくれない。
時間が……長い時間が経ったみたいだった。
部屋の中は人と物の区別がつかないくらいに暗くなってた。外から聞こえてきた音も、だんだん小さくなって、今は消えてる。
足音だ。足音が聞こえてきた。誰かが……大きいヤツと小さいヤツがこの家に近づいてくる。だれだろ? もし……誰かが、あの扉を開けて……ミ、ミオの首を、投げ、入れ、て……。
「うわあああああああああああああああああああ!!!!」
「トーヤ!? トーヤ、どうしたのっ!?」
ミオの声がした。誰かが部屋に灯りをともした。
「ミオ……」
オレの目の前にミオがいた。
「トーヤ、ただいま」
「ケガ、ないか?」
「うん」
「そうか……よかった……」
なぜかミオがオレのほおを人差し指でぬぐった。
「なにが……なにが起こったんだよ?」
「ごめんね。ボクにもわかんない。でも、襲ってきたのは魔族だった。だから……魔王がよみがえったのかもしれない」
そんなこと、あるのかよ?
「でも大丈夫だよ、トーヤ。安心して! みんなはボクが守るから!」
「ミオ……」
海の碧をたたえた瞳が、まっすぐにオレを見てる。ミオは変わらない。最初からずっとこうだったんだ。でも。
ミオって、こんなに綺麗だったかな?
ミオのまなざしって、こんなに力強くて優しかったかな?
これが……勇者ってことなのかな?
オレはいま、思い知らされたんだ。ミオにとって、オレの世界には欠けてるものがあって、それは魔王だった。魔王だけがミオに運命をもたらすんだ。魔王って存在がミオのいちばん強くて輝く部分を引き出すんだ。なんでだよ!? オレはミオを傷つけるものは、なんでも遠ざけてしまいたいのに……。
「トーヤ?」
だめだ、行かせたらだめなんだ。ミオが行ってしまう。はやく、はやく何とかしないと――。
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