5、ミオ

 目を覚まして、あたりを見回す。いまはどっちの世界だろうって考える。すぐには分からないけど、よく目を凝らすと分かるようになる。いまは現実の方だ。

「父さん」

「おう、灯也」

 リビングに行くと、父さんが朝からお酒を飲んでた。どうやら今日は、暦の上では休日みたいだ。

 一方、オレはエナドリを求めて旅立つことにする。ちゃんとストックしとかないとクリエイターっぽくないからな! 外の日差しはまだそんなに強くない。ちらほらと朝の散歩を楽しんでる人たちもいる。平和なまちだ。

 ミオは……ミオは勇者として、ミオの世界に平和を取り戻した。だったら、もう平穏に暮らしてもいいと思うんだけどな。でも『勇者』って言葉を口にするときの、あの誇らしげな感じ。あれを見たらそんなこと絶対に言い出せない。

 それに……『見守る』ってなんだよ!? 具体的に何をすることなんだよ!? 答えの出ない問いが、いつまでもオレの中でぐるぐる回ってるんだ。クリエイターって大変だなぁ。いつも何かしら考えてないといけない。つらいなぁ。

「よぉ、ソロじゃん」

「えっ?」

 コンビニまでたどり着いたところでオレは声を掛けられた。見るとコンビニの前でヤンキー座りしてるヤツがいる。ライオンのたてがみのような金髪に、じっとり日焼けした肌、薄手の白いTシャツが涼しそうだ。どう見てもウチのクラスのヤンキー野郎だ。てゆうかオレ、やっぱり『ソロ』って呼ばれてるんだな……。

「まあ、ここ来いよ」

 自分のとなりを、首の動きで示すヤンキー。なんてゆうか……『夏休みだしいいじゃん、絡もうぜ』みたいなノリを感じるぞ! コミュ力高すぎなんだよ!

「委員長から聞いたよ。お前、好きなオンナできたって?」

 どうゆうこと? ウチのクラス、どんなネットワーク持ってるの?

「いや、まあ、なんてゆうか……」

 けっきょくヤンキーのとなりでヤンキー座りすることになる。このオレがコンビニの駐車場でヤンキー座りしてダベろうとしてるだとぉ!? なんでだよ!? まさか自分の人生にこんな瞬間があるなんてな……。

「もしかしたら、アドバイス的なこと、できるかもしれね」

 なんでコミュ力の高いヤツらって、恋愛が絡むととたんにシュバってくるんだよ!? ま、まあいいか。ちょうど疑問に思ってたこともあるし、いちおう聞いてみよう……。

「いや、実はオレ、最近その彼女に『見守ってほしい』って言われたんだ。でもこれって、具体的にどうすればいいんだよ?」

「あ~ね、そういうこと」

 なぜか恋愛マスターの雰囲気をただよわせるヤンキー。

「実は俺さ、大学生の彼女、いんだよ」

 ……え? いや、え? どゆこと? 大学生の彼女がいる? お前、たしかオレと同じ高一のはずだよな!?

「彼女さ、高校のとき、めっちゃ陸上に打ち込んでてさ、でも高三の最後の大会が終わって、みんな受験勉強の方に行ったら、なんか疎外感かんじちゃって、取り残されたみたいに思ったって。なんか、まわりの切り替えが早すぎてついてけなかったみたいでさ。俺、そんとき中坊で、家も近いからよく彼女と絡んでたんだけど、俺、たぶん、なんにもしなかったんだよな。でも近くにいて、ずっと心配してた。けっきょく彼女さ、自分で立ち直って志望校に合格してたんだけど。そんとき俺、言われたんだわ。ありがとうって、彼氏にしてやるって」

「うん……うん?」

「俺、思ったんだけど、何かに一途に打ち込むやつって実は不器用でさ、周りの変化についてけないことがあるんだなって。でも、必死で追いかけて持ち直そうとすんだよな。そういうとき、俺らにできることって『見守る』ことだけだろ? お前の彼女さんも『見守ってほしい』って言ったんなら、つまりそういうことなんだよ。いつだってそばにいる、きっとそれだけでいいんだよ。彼女が自分で立ち直るまで、ずっとそばによ」

「な、なるほどな?」

 なぁ、ヤンキー、お前、だいじょうぶか? そのキャラって、ブレてない? 見た目とキャラが明らかにズレてる気がするんだ。

「やっぱさ、一人の人間を知ろうとするのって、ほんと難しいわ」

 たしか委員長もそういうふうなこと言ってた気がするな。

「ま、俺に言えるのはこんだけだわ。今日は話せてよかった。絡んだことなかったけど、ソロってフツーにイイヤツだな。カノジョさんのこと大切にしてるの伝わったわ」

 そのセリフはそのまま返してやるよ! てゆうか、誰が誰をどうしてるって!? べ、べつにミオとオレはそういう関係じゃないからな!?

「じゃな!」

「お、おう……」

 立ち上がるヤンキー。そのポケットから、いやにカラフルで商品名の書いてない小箱が落ちた。

「おっと」

「お、お前それえッ!?」

 ど、どう見ても、あ、あ、あれだろ!?

「ま、そゆこと。恋人同士なんだから、スキンシップくらいするだろ? じゃな!」

 キメ顔でキメて、ヤンキーは去った。オレはそれを茫然と見送った。お前、オレと同じ高校一年なんだろ……? でも、遠ざかっていくヤンキーの背中はどこか大人っぽかった。


 オレが家に帰っても、父さんは相変わらずリビングで酒を飲んでた。

「お、灯也」

「ああ、父さん」

「最近、部屋にこもって、何かしてるってな」

 どうやら母さんから聞いたみたいだな。

「まあ、な」

「父さんはな」そう言いつつ、コップに新しく冷酒を注ぎ足す。「学生のときよりは社会人になってから、社会人になってからよりは中間管理職になってから、自分より他人のことを考える時間が増えたって感じてるんだ」

「そうなの?」

「お前もいつか、人間関係に直面するだろう。今は何に夢中になっててもいいが、お前もいつか必ず人間関係に直面するんだ。それを忘れないでくれ」

「……わかった」

 オレの脳裏にポジティブでクレイジーな勇者様の顔がよぎった。

「でも父さん、実はオレ、もう自分のことより他人のこと考えてんだよ」

 そう言いつつ、ついでに買ってきた胃腸薬をテーブルに置く。

「そうか……。灯也、お前も大人になったな」

「そういうこと!」

 そしてオレは自室に戻って、パソコンの電源をつけた……。


          ◆


「どわ!」

 視界いっぱいにミオの顔が!? なんだよ、この状況!?

「な、なにしてんだよ!?」

「トーヤ、こんなところに座ってて大丈夫? 怒られないの?」

 どうやら、オレはいつものように祭壇の玉座に座ってるみたいだ。目の前にはミオの顔しかないから、よく分からないけど。

「別に怒られないぞ。ケイオス様は気安いお方だからな」

「ふうん? そうなの? ……あ、そーだ!」

 ここで手をパチンと打ち鳴らすミオ。

「ね、トーヤ! ボク、とってもいい場所見つけたんだ! いっしょに行こうよ!」

 ミオがオレの手を引いて連れてきたのは、神殿の東側。木立に囲まれて、芝生の敷き詰められた場所。ふろしきでも敷けば、すぐにでもピクニックが始められそうな場所だ。とりあえずオレが作っておいたんだ。たまにはこういう場所でのんびりしたいだろうと思ってな!

 ところで、そこにはなぜかタルタロスもいた。まるで家来のようにひざまずいてスタンバってる。おい、見張りはどうしたんだよ!?

「な、なんでタルタロスがここにいるんだ? 見張りはどうした?」

「ボクが呼んだんだよ! いっしょにのんびりしようって!」

 おい、タルタロス! お前、なんでミオの言うことを優先してるんだよ!?

「ね、ほら、気持ちのいい場所でしょぉ?」

「ま、まあ、そうだな」

 オレがそういうコンセプトで作ったんだからな!

「ふう」

 一息ついた感じのミオ。ちらっとオレを見る。なんかまた、よくないことを思い付いたみたいだ。

「ね、トーヤ」

「……なんだよ?」

「戦いごっこ、しない?」

「え?」

「戦いごっこ! ね、トーヤだって戦えた方がいいと思うんだぁ! 今日はボクが特別に鍛えてあげるよっ!」

 言ってることはそれっぽいが、顔を見ればわかるんだ。どう見てもオレをからかって遊ぼうとしてるだろ!

「ほら、いいよ! かかってきてっ!」

 オレの真正面にまっすぐ立つミオ。対峙するオレ。

「……」

 勇者ミオ。タルタロスのときと、地獄ノ樹のときと。オレが知ってるだけでも、ミオは二回も命の危険にさらされてる。魔王討伐のころも含めれば、きっと数えきれないくらいだ。それでもミオは今もこんなふうに笑ってる。強いんだミオは。たぶん、腕っぷしだけじゃなくて心も。オレとはちょっと、いや、だいぶ違う。

 でも、今日のところは、男の腕力ってヤツを思い知らせてやるぞ! いくぞこらぁ! ……と思うんだけど、隙が、ない。ほんとに隙がない。ただニコニコして突っ立ってるだけなのに、オレが前に進めないんだ。どうすりゃいいのか分からないほどに圧を感じるんだ。これ、どうすればいいんだよ!?

「ん~? トーヤ、どうしたの? 怖がってたら何もできないよぉ?」

「こ、怖がるッ!? 誰が誰をッ!? やってやる! オレはやってやるぞ!! てめえなんざ怖かねえッッ!!」

 オレはぐっと腰を落とした。ファイティングポーズもとる。

「お、おりゃあああああああッッ!!」

 おたけびを上げてみる。相変わらず余裕の笑みを崩さないミオ。じりじりと間合いを詰めてみるけど、どうすればいいのか相変わらず分かってないオレ。

「それじゃトーヤ、ボクの方からいくよっ!」

「え?」

 次の瞬間、ミオの姿が消えてた。

「あだあっ!?」

 足を払われた!? 木立に囲まれた青空が、視界いっぱいに広がってる。

「にゃろぉ……」

 後ろにずりながら、なんとか上半身を起こす。でも、そこにもうミオの姿はない。

「あれ?」

 その瞬間、なにか温かいものがオレの首に巻き付いて、後ろに引き倒した。

「お、え?」

 こいつは……ミオのふとももじゃねーか!?

「ねえトーヤ、降参する?」

「だ、誰がだ、このヤロー!」

「ふーん?」

「んげっ!?」

 おい、しまってる、しまってるぅ! ここでタップタップぅ!!

「ねえトーヤ、降参?」

 だからタップしてんだろ! 声がニヤついてんだよぉ!!

 するっと、ミオの足がオレの首から離れた。

「げほっ! げほっ!」

「どお、トーヤ? ボクのふともも、気持ちよかった?」

「き、気持ちいいわけないだろっ! なんなら、ちょっと絞まってたからな!?」

「あはは、ごめんごめん! じゃ、もう一回ね! 今度はボク、手を出さないよ!」

 ミオは後ろで手を組んだ。そのままじっと立ってる。余裕の微笑みを浮かべたまま、じっとオレを見てる。ちきしょう……どうする?

 ……いや、まてよ? そうだ! ちょうどタルタロスがいる! 協力プレイすればいいんじゃないか!? 卑怯? そんなことはない! このくらいのハンデはもらわないとな!

「よし、タルタロス! ここは協力プレイだ! いくぞ!!」

「タルちゃん、ボクとトーヤは遊んでるだけだよ? だからそこにいてね」

 食い気味なミオの命令。タルタロスは……動かなかった。えっ、どうゆうこと? なんでミオの命令を優先してるんだ!? ほんとどうしたんだお前!?

「タ、タルタロスッ! お前のオムツを替えたのはオレなんだぞ!? オレの言うことを聞けぇっ!」

「えっへへ~。タルちゃんはボクの味方だもんねぇ~」

 ミオは笑ってる。ニヤニヤしてると言ってもいい。ええい、こんどこそ! こんどこそ男の腕力ってヤツを見せてやるぞ!

「おりゃああああああ!!!!」

 ミオのお腹のところ目掛けてタックル! あのレスリングでやるようなヤツ! そのまま抱きつく! でも、変だぞ!? どうゆうことだよ!? ミオが、動かない! オレが全力で押してるのに、ミオはびくともしない! まるで関取を押してるみたいだぞ!?

「うぬぬぅ……」

 しかもこれ、ちょっとオレがヘンタイみたいだぞ!? いや、考えるな! 考えるなぁっ!

「うええっ!?」

 急にオレの視界が反転した!? どうやらミオに背中から抱え込まれて、逆さ吊りにされたみたいだ。プロレス技とか詳しくないけど、これはアレだ! あの頭からマットに落とすヤツ!

「おおい、ちょっと待てぇっ! まさか、このまま頭から落とすつもりじゃないだろうな!?」

「ふっふっふぅ! そうかもね?」

「それはやめとけっ! オレが死ぬぞっ!」

「じゃ、どうすればいいか、わかるかなっ?」

「しょうがない! 今日はこのくらいにしてやるっ! よかったな!?」

 じたばたさせてた足が地面に着いた。タックルをかましたときの姿勢に戻った! チャンスだ!!

「おりゃああああああ!!!」

「あれ? 降参したんじゃなかったの?」

「してないっ! これがオレの本気だぁぁぁぁぁっ!!」

 ミオのからだからふっと力が抜けた。そのままオレといっしょに倒れ込む。やったぞ! 今だっ! オレはミオのお腹のところに馬乗りになって、両手を押さえた。

「よっしゃあああああ!! オレの勝ちだぁぁぁぁッ!!」

 でもミオは余裕の笑みを崩さない。

「な、なんだよその顔は?」

「タルちゃん助けてぇッ! ボク、トーヤに襲われてるよぉッ!!」

 やられたッ! こいつは罠だッ!!

「卑怯だぞ!! オレは紳士だッ!! 戦いごっこって言っただろ!?」

「ふふ、しょうがないなぁ。しょうがないからボクの負けってことにしといてあげる!」

 オレはミオの上からどいた。ミオは寝っころがったまま手枕する。

「ううん、ボク、このままお昼寝しちゃおうかな~?」

 そういえば、この世界にまだ季節とか作ってなかった。でも、今日は春のような日だな。木漏れ日のなかにやわらかな草のベッドもあるから、ぜっこうのお昼寝びよりだ。

「……ボクね、最近あんまり眠れてないんだ」

「なんだよ? 枕でも変えてみるか?」

 うっかり真面目に返したオレがバカだったんだ。ミオはにんまり笑った。

「だってボク、心配なんだもん。トーヤにいつ襲われちゃうのかなってさ!」

「だから襲わないぞ! オレは! 紳士だからっ!!」

「あはは! ごめんごめん! 冗談だよっ! じゃ、おやすみトーヤ!」

 しばらくすると寝息が聞こえてきた。穏やかなミオの寝顔。本当に寝たみたいだ。オレはそんなミオのとなりで空を眺めることにする。やわらかな陽光、草のにおい、置物のようなタルタロス。のんびりして平穏な時間だ。この場所を作ったのは正解だったな。ゲームとしては完全に停滞してるけどな!


          ◆


 リアルで雨が降ってた。とゆうわけで、向こうの世界も雨にしてみる。

 それでなくても、ミオはレベル上げしてる。たまには休まないとな。


          ◆


 中世ファンタジーの世界って、雨の日は何をして過ごすんだ? 考えてみたけど、読書くらいしか思いつかなかった。ベタだけど。

 とゆうわけで、神殿の地下に図書室を作ってみた。この島で書かれたもの、この島に流れ着いたもの、全部の本がそろってるってふれこみの図書室だ。オレとしては、本棚のオブジェクトチップを並べただけなんだけど。

 本棚から一冊、適当に引き抜いて中身を読んでみる。どのページも中世ファンタジーにありがちな『なんちゃってアルファベット』で埋まってて、オレには読めそうにない。でも、ミオにはちゃんと読めるらしい。何日か続けて雨を降らせてみたけど、そのあいだ、ずっと図書室に入り浸って本を読んでる。いや、図書室作っといてなんだけど、ミオって本読むんだ……。そういうイメージなかったから、ちょっと意外な感じだな!


 雨の降る日、神殿の中はいつもと違った雰囲気になる。白い大理石の神殿が群青色に染まって、どこか頼りなくて寂しい。雨に神殿の内と外を隔てられて孤立してるみたいだ。

 そんな中で、神殿内に格納されたタルタロスといっしょに、オレはコリント様式な軒先から落ちる雨だれを見つめてる。オレにもこんな日があるんだなぁ。

 なんてゆうか……ヒマだ。ミオが図書室にこもってると、この世界にオレとタルタロスしかいないみたいな気分になるんだ。べ、べつに寂しいわけじゃないからな!? なんでオレが寂しいんだよ!? そんなこと、あるわけないだろ!? ただ、騒がしいのが一人いないと、とたんに静かになるよな、とかそういう話なんだ!

 それにしても、ヒマだ。しょうがない、ちょっとミオの様子でも見に行こう。オレはこの世界に対して責任を負ってるし、そういえばミオも『見守って』とか言ったもんな。うん、行くしかない!

 地下への階段を下りて、図書室の入り口から中の様子をうかがう。入り口近くには閲覧用のテーブルと椅子が並んで、奥には本棚がぎっしりと並んでる仕様。図書室の中は幻燈に照らされてすみずみまで明るい。まるで近所の市立図書館みたいだ。

 ミオは本棚にいちばん近い椅子に腰かけて本を読んでる。その横顔。なんてゆうか……真面目だ。真面目なミオがそこにいる。なんか気圧される感じがする。なんでだよ! なんでオレがミオに気圧されないといけないんだよ!?

 それでもやっぱり邪魔したら悪い気がして、オレはタルタロスのところに戻ってきた。コリント様式の軒先に体育座りしてるタルタロス。雨の降る空間を背景にしたその後ろ姿。それがなんだか言葉に表せない哀愁を誘ってる。

 タルタロスの隣に座って、再びぼーっとするオレ。

 この世界、完全に停滞してるな。まぁ、ミオに合わせて、少しずつ増築されてはいるけど。でも、このゲーム、いったいどうなったら完成なんだよ? い、いや、焦るな! とにかくミオは『見守って』って言ったんだ。いまは見守ってればいいんだ。またミオが前に進みたいって思ったとき、そのときにまた制作再開すればいいんだ。でも、なんてゆうか……ミオがこれからもこの世界を旅していくなら、その未来はオレが用意することになるんだよな? オレにそんなこと、できるかな?

 ……うん、考えが煮詰まったみたいだな。またミオの様子を見に行こう。そう思って立ち上がると、タルタロスがじろりと見た。まるでミオの邪魔しに行きそうなオレを咎めてるみたいな雰囲気だ。

「大丈夫だぞ、タルタロス。ミオもちょっと疲れたころだしな、甘いもの持っていくだけだぞ!」

 ニタア、な笑顔のオレ。とゆうわけでオレはイチゴのショートケーキと紅茶っていうベタなものをお盆に載せて図書室へと向かった。

 図書室に入って、そろそろとミオに近づく。ミオは読書に集中してるのかオレに気付いてないっぽい。そのままミオのそばに立ってみる。一見まだ気付いてないようで、これはもう気付いてる。オレはおぼんをそっとテーブルに置いて、ショートケーキのイチゴをフォークで刺してミオの鼻先へ持っていく。右に左にうろちょろするイチゴ。

「ああ、もうっ!」

 ミオが文字通り食いついた。

「どしたのトーヤ?」イチゴをモグモグしてゴクンと飲み込む。「もしかして、ボクに構ってほしいの?」

「誰がだよ! ちょっと疲れたろうと思って、甘いモン持ってきてやったんだよぉッ!!」

「ふふ、ありがと、トーヤ」

 テーブルの上にお盆を置いて、ミオの前にすべらせる。

「あれ? トーヤの分はないの?」

「ああ、オレはいいんだ」

「だめだよ。はんぶんこ、しよ? はい、あーん!」

 この状況で「あ~ん」できるのか……。さすがポジティブクレイジー勇者様だ……。

「どお?」

「いや、うまいに決まってんだろ? オレが作ったんだからな!」

「え!? そーなんだ!?」ミオも一口。「ん! うわ、あまーい!」

 お口に合ったみたいでうれしいよ……。てゆうか、ミオが図書室にいるときはいつも違和感あったけど。そうか、それってミオが図書室なのにいつもの鎧着てるからか!

「ところでミオ、図書室で本を読むのに鎧のままってどうなんだよ?」

「これ? だっていつモンスターに襲われるかわかんないじゃん! 備えあれば憂いなし、だよ!」

「……え? いつも鎧着てるの、そういう意味なの?」

「そーだよ! トーヤ、知らなかったのぉ?」

 ここで紅茶をひとくち飲むミオ。

「ふう! ねえ、トーヤ」

「なんだよ?」

「ここって本がたくさんあっていいね。この世界にはまだまだボクの知らないことがたくさんあるんだなって思ったよ!」

「そ、そうか。それはよかったな……」

 実はどんな本置いてるか知らない、とか言えない状況だ!

「ねえ、トーヤ。この島ではさ、魔族との戦いはなかったの?」

「ん? まあ、無かったかな。北の森にちょっとモンスターが湧くぐらいで、あとはまぁ、何もなかったぞ」

「そっか。じゃあ魔族を見たことないんだ」

「まあな。でもなんでそんなこと聞くんだよ?」

「うん、ボクね、今、魔族のことについて考えてるんだ。ボク、自分の戦った相手なのに、よく考えたことなかったから」

「ふーん、そうなんだ? それで? 何か分かったか?」

「んーん、まだ」

 この流れなら興味本位な質問もいけそうだな。

「なぁミオ、魔王ってどんなヤツだったんだ?」

「魔王? そうだなぁ……」考え込むミオ。「うん、強いていうなら、タルちゃんの頭を黒いライオンにしたみたいな感じ、かな?」

「へえ、そうなのか」

「それでね」ミオがオレから視線を逸らす。「魔王城で、最初で最後に会った時、分かり合えなかったし、分かり合えるなんて思えなかったの。きっと人と魔族はこれからもずっと相容れることないんだなって、一瞬の、そういう印象があったの」

「な、なるほど?」

「でもね、それはボクの感覚が正しいとか、そういうことじゃないよ。ボクに何かが足りなくて、だから理解し合えないって思ったのかもしれないし。今でもあのとき、ほんとはどうすればよかったんだろうって思うの。でも、あのときのボクにはもう、考える時間は残されてなかったんだ」

「そうか。ラストバトルってやつだな」

「うん……」

 ミオの顔がどこか寂しそうに見える。

「もう魔王とは会えないけど……。でも今度、ボクとはぜんぜん違うひとに会ったとき、それでも少しでも、分かり合えるようにしたい。だからボク、『お勉強』ってやってみたかったんだぁ! えへへ」

「お勉強してみたかったって変わってるな。オレの世界じゃ、基本、だれもやりたがらないってのによ?」

「……? 『オレの世界』?」

 あっ、まずい。

「い、いやだから、この島のことだぞ? ほら、誰もお勉強なんかしてないだろ?」

「もぉ、トーヤってば! こんな立派な図書室があってお勉強しないの? よくないよ!」

「おっとぉ! それじゃあオレはこのへんで! お勉強の邪魔したら悪いからよぉ!」

「あ、逃げるんだ?」

「誰が逃げるんだ! これはな、心遣いってヤツなんだよ!」

 紅茶の方はまだだいぶ残ってたから、それだけ残してオレは撤収した。

 再びコリント様式の軒先に戻ってくるオレ。タルタロスと並んで座る。

「ふう」

 雨の音を聞いてると、心が落ち着いてくるな。リアルだと、こんなふうにしみじみと雨の音を聞いたりしたことなかったな。

 さて、と。この世界、どうしようか? この世界の未来が、まだよく見えないんだ。まるでこの雨の向こう側みたいに。

 ミオは……イイヤツだ。いつもポジティブで、一生懸命で。きっとこれからも、そんなふうにして前へと歩いていくんだろう。オレも、ミオと一緒にいるのは楽しいよ。一緒にいるとオレまでポジティブな気持ちになれるし。でも、オレはもう、ミオにこれ以上、傷ついてほしくないんだ。これから先、この世界をどんなふうに作っていくとしても、少なくともミオが傷つく感じのヤツはだめなんだ。そう、それだけは間違いないんだ。

 ……い、いや別に!? これはミオのことが気になるとか好きとか、そういうことじゃなくて! そ、そう、親切! 人としての親切なんだよ!! よ、よし! 考えごとは終わり! これで終わりにしよう! あとはひたすらぼーっとしよう!

 降り注ぐ無数の雨粒を眺めていると、いつしかあたりが暗くなって、この神殿自慢の幻燈が灯った。灯りが雨ににじんでも、ひたすらぼーっとするオレ。

「はぁ~」

 ミオはまだ図書室にいるかな? もう一度、見に行ってみようか? 立ち上がると、タルタロスがオレの方に少し顔を向けた。その腕のあたりをポンポンして図書室へ。

 ミオは……テーブルに突っ伏して寝てた。やれやれだよ!

「おい、ミオ!」声をかけてみる。「おい、起きろっ!」

「ううん? トーヤぁ?」

「寝るならベッドで寝ろよ!?」

「ん~、お部屋まで連れてってぇ……」

 えっ? ほ、本気か? さすがポジティブクレイジー勇者様だよ! どうする? でも、このまま寝かしておいていいわけないよな。図書室は冷えるし。やるしかないのか……。べ、べつにおんぶなんて初めてじゃないし。ぜんぜん! ぜんせん意識とかしてないし! はぁ!? なんなんだよぉ!? できらぁ!!

 オレはミオを部屋まで連れて行って、そしてなんとかベッドに寝かせた。

「ねえ、トーヤ」

 眠そうな顔でニヤついてるミオ。またいつものアレだろ? そんなの、お見通しなんだよ!

「……なんだよ?」

「ボクのこと、襲っちゃう?」

「襲わねーーよ!?」

「ね、トーヤ」

「だからなんだよ!!」

「胸当て、とって」

「は!?」

「あと股当てもね!」

 手が震えた。でも、オレはすでに無の境地を体得しているはずなんだ。できるっ! オレならできるぅっ! というわけで、オレはなんとかやり切った。

「ありがと。じゃ、おやすみトーヤ!」

「あ、ああ……」

 本当にポジティブでクレイジーな勇者様だな! 床にぽとりと水滴が落ちた。なんだよ、雨漏りか? いや、オレの汗か。汗かきすぎオレ。なんでオレがミオにこんなドキドキさせられないといけないんだ。それに男の目の前で、無防備に寝るのをやめろっ! いつか説教しないとな……。

 そしてオレは三度コリント様式の軒先まで戻ってきた。タルタロスと並んで座る。

「ふぃ~」

 なんだかげっそり疲れたぞ……。幻燈に照らされた部分だけ降り注ぐ雨粒がはっきりと見える、そんな光景を眺めてるオレ。

 夜の雨、停滞した世界、目的を失ったゲーム。もうオレには何にも分からない。でも、このゲームの行方以上に分からないことがある。それはミオのこと。オレの作ったこの世界で、まるで本物の人間みたいに笑ったり、泣いたり、考えたりする。ミオっていったい何者なんだ? いったいどこから来たんだよ?

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