4、過去
オレはたぶん、ぼーっとしてた。
「灯也」
母さんに呼ばれて現実に戻ってくる。目の前には食べかけのお昼ご飯の載ったテーブルがあった。
「あ、ああ」
そしてお昼ご飯を再開する。でも、どうしてもぼーっとしてしまう。
『オレはいったい何をやってしまったんだ?』
この言葉がずっと、頭の中をぐるぐる回って離れない。
「灯也、アンタ、部屋で何やってんの?」
「オレにもいろいろあるんだよ……」
「あっそ。じゃ、ちょっとおつかい頼まれてくれる?」
なんだよ! オレはそんな便利な男じゃないんだ! ……でも、まあいいか。行こう。きっとオレには気分転換が必要なんだ。
玄関からおもてに出たとき、日差しは痛いくらいだった。でも、今のオレには、それがかえって心地いい。近所のスーパーまで徒歩で行く。買い物を済ませて帰り道、オレは公園に寄ることにした。余ったお金でアイスを買ったんだ。
公園には他に誰もいなかった。木陰のベンチに座る。木々の葉っぱのすきまからちらつく太陽。風もほんの少し。のんびりバニラアイスをなめる。そういう静かな時間。それなのにオレの頭の中は『オレはいったい何をやってしまったんだ?』でいっぱいになってる。そんなとき……。
「やあ、ソロ君」
「えっ?」
声のした方を見たら、そこには委員長がいた。オレのクラスの委員長。もし委員長の外見を描写しないといけないとしたら一言、『端正』って言っておけばいい。そのくらい見た感じが整ってるんだ。顔立ちも、髪型も、服装も。委員長はそういうヤツなんだ。てゆうかオレ、委員長に『ソロ君』って呼ばれてたんだな……。
「思いつめた顔してるけど、どうしたんだい?」
「い、いや」
なんか心配してくれてるみたいだ。でも委員長は典型的なマジメ系イケメンで、成績優秀・品行方正でありながら幼馴染みの彼女までいるっていうスペック壊れ野郎だ。はっきり言って、オレはちょっと苦手なんだ。
「好きな女の子でもできたかな?」
「え!?」
オレは委員長をガン見してた。い、委員長? そういうこと言っちゃう? そういうキャラだっけ?
「べ、べつに、そんなことないけど……」
「そうか。でも、もしソロ君に好きな女の子ができたときのために一つアドバイスしておこう。女の子はね、包み込まないといけないのさ。ちなみに僕もこれから包み込みに行くところだよ」
突然どうしたぁ!? 夏の太陽にあたまやられちゃったのか!? で、でもまあ、いちおう聞いておこうか? ミオもいちおう『女の子』だし……。べ、別にミオのことが気になるとか好きとかそういうんじゃなくて……。そ、そう! これからどうするのかって問題のヒントになるかもしれないし!
「い、委員長……。いちおう聞いとくけど『包み込む』って具体的にはどうすればいいんだよ?」
委員長はクスッと笑った。そう、あの少女漫画でしかお目にかかれないヤツだ。
「まず、相手のしあわせを願うことさ。そうすれば自然と行動はついてくるよ」
できるヤツらはいつもそうなんだ。自分にできることは誰にだってできると思ってるし、できないヤツがいても抽象的なヒントを投げればすぐに理解してできるようになると思ってるんだ。そうじゃない! そうじゃないだろ!
「そうじゃなくて! もっと具体的に言ってくれよっ!」
「そうだなあ……。とりあえず居心地のいい場所でおしゃべりしてみたら?」
「え? そんなことでいいのか?」
「もちろん。好きな人とおしゃべりするのはとっても楽しいもんだよ」
「そ、そういうものなの……?」
「そうだよ」
委員長は空を見上げた。
「ソロ君。一人の人間を知り尽くすのは本当に難しいからね。頑張って」
委員長はひらひらと手を振ってきびすを返した。その後ろ姿はしゅっとしすぎてて、どう見てもオレと同い年じゃない。まるでベテランのビジネスマンが久しぶりの休日を楽しんでるみたいな雰囲気まである。
委員長と話してる間に、カップのバニラアイスはとろーりとろける感じになってた。それを飲み干して、家へと帰る。自室に戻ってパソコンの電源をつけ、制作ツールを呼び出す。
『包み込む』
それは居心地のいい場所でおしゃべりをすること。なるほど、そういうことか。とりあえず神殿まわりのマップからいじっていこう。内部マップを作って、内装を充実させるんだ!
◆
目を開けたとき、オレはいつもの神殿の、いつもの玉座に座ってた。
「ふう」
立ち上がって、神殿の外へ行く。階段下の広場には今日もミオとタルタロスがいた。
「やああッ!!」
ミオの鋭い声。人間離れした躍動感でタルタロスの左肩めがけて斬りつける。それを腕で受け止めるタルタロス。二撃! 三撃! 追撃していくミオ。人間ってあんな動きできるんだ? そんなミオの連続攻撃を、タルタロスは冷静にさばいていく。
あのクエスト失敗の日から、ミオはずっとこんな感じだ。毎日タルタロス相手に修行、いや、レべル上げをしてる。魔王を倒したんなら、もうレベルはマックスあたりなはずなのに、とにかくレべル上げしてる。
「今日も元気だよなぁ……」
そうつぶやいて、オレは神殿の北側の方へと向かう。そして歩きながら思い出してる。
あの朝――宿屋でオレがミオを抱きしめて迎えた朝、オレは生まれて初めて、寝たような寝てないような、夢なのか本当のことなのか分からない、そんな夜を過ごした。夢の中でオレはあの光景を何度も反芻してた気がする。血まみれになっていくミオ、オレに『逃げて』って言ったあのときの表情。でも、本当はずっと起きてたのかもしれない。ぼんやりした意識の中で、ずっとミオの背中をなでてたような気もするし、ずっとミオの呼吸と体温を感じてたような気もするし、とにかくそんなこんなで朝を迎えてた。
「くぅ、ん……」
誰かの声を聞いたような気がしてあごを引いてみると、オレの腕の中にミオがいた。オレはとりあえず心を無にする。時には何も考えないことだって大切なんだ!
「ん?」
ミオが目を覚まして顔を上げた。オレと目が合う。
「あ、おはよ、トーヤ」
にっこり。……いやフツー! すごくフツーだ! オレはこんなに死にそうになりながら抱きしめてたってのによぉ!?
「ねえ、トーヤ」
続行!? 会話続行!? しかもなぜかまたピッタリとくっついてくるし!?
「ボクね、考えたんだけど……魔王倒しちゃったんだもん。光の女神さまの加護だって無くなるよね。それはもうしょうがないよ! だからね、ボク決めたんだ! また一から始めようって! これからもちゃんと、みんなのこと守れるように! だってボク、勇者なんだもん!」
そう、あの朝、そんなことがあった。今でもまだミオは勇者なんだ。そういうことなんだよな。
そんなことを考えながら、オレは神殿の北側へとたどり着いた。そして一番端の柱に十回話しかけて、それから北に十四歩進んだところにある地面を四回調べて、そこからさらに西にいったところにある木に七回話しかけた。
はたから見れば、完全にヘンな人だな。でも、これでオレは回復魔法が使えるようになったはずだ。ケガから状態異常まで完璧に治せるオールインワン仕様のやつ。しかも消費MPはゼロ。
ゲームのリリースから十年くらいして、こういう裏技的なムーブで壊れ回復魔法が使えるようになるっていうのが、ネットの片隅で話題になったら面白いんだけどな。もし、このゲームをリリースできたら、だけど。
そして再び広場に戻ってきたオレは、階段のところに腰掛けて、ミオとタルタロスの模擬戦闘を見学することにした。
「たあっ!!」
体をひねりながら片手での突きを繰り出すミオ。それがタルタロスの首元を捉える。もちろん皮膚のところで止められてる。タルタロスの防御力、高すぎるんだよな。
でも、ミオはとにかく張り切ってる。そしてタルタロスがそれに付き合ってる感じだ。それにしてもヘンだな? タルタロスはいつのまにこんな、ミオに従順になったんだ?
タルタロスの横なぎの拳が空を切る。ミオのしなやかな体が宙を舞って、ふわりと着地。こっちまで風が来そうな拳を振り回されても、ミオの動きには硬いところがない。あんなことが――地獄ノ樹のことがあった後でも、ミオは戦うことに怯えたりひるんだりしてない。さすがだ、さすがポジティブクレイジー勇者様だよ!
とはいえ、いくらミオが斬撃を当てても、タルタロスは完全に無傷。体力もけた違いだ。最初のときと同じように、ミオは削られて、採れる手段が限られて、すこしずつ追い詰められていく。それでもミオは淡々と自分に打てる手を打ち続ける。
でもさすがに疲れが見えてきた。一気に距離を詰めたタルタロスの手刀。ミオの反応の遅れ。オレの目に映る程度には加減した一撃、それがミオのあごを捉えた。
「んっ!」
頭が揺れて、ミオの膝がカクンと折れた。そのままひざをつく。
「……ッ」
うつ伏せに倒れるミオ。タルタロスがひざまずく。ミオが気を失ってるのを確認すると、そのまま動かなくなった。勝負がついたみたいだ。
「さてと……」
オレはミオに駆け寄って、仰向けの姿勢にした。汗でひたいに張り付いた前髪をそっと整える。にしてもミオは、どうしてこんなに頑張れるんだよ?
「偉大なる古代神、ケイオス様~! お助けを~!」
テキトーにつけた回復の呪文。ミオのからだの下に魔法陣が現れる。光の粒子があふれ出て空へと上り、魔法陣がふっと消えた。
「ん……」
ミオの目が薄く開く。
「あ、トーヤ……」
微笑んでみせるミオ。
「えへへ、また負けちゃった……」
「負けちゃった、じゃないだろ。張り切りすぎなんだ。無理したらケガするぞ?」
「ふふ。うん、そうかもね。じゃ、今日はこのくらいにしとこうかな?」
ミオが手を差し出す。その手を握って、オレはミオの上半身を起こした。ミオがかたわらにひざまずいてたタルタロスの手の甲に触れる。
「タルちゃん、今日も付き合ってくれて、ありがと」
もうタルタロスちゃんでもない、タルちゃんになってる。
「……」
気持ちうつむき加減のタルタロス。その表情は全く読めない。でもどこか照れてるような雰囲気もある。おい、どうゆうことだよ? なんだよこれ!?
「う~ん!」
立ち上がって、ミオは大きく伸びをする。オレはそんなミオを見てる。今日もいつも通り、元気でポジティブ、そしてクレイジーな勇者様だ。
「あれ?」
その勇者様が何かに気付いたみたいに、自分の腕やからだを眺めまわした。
「トーヤ? もしかして回復魔法使った?」
おっ、鋭い!
「まあ、使ったけど」
「ええ? いつのまに覚えたの?」
「今朝、古代神ケイオス様から直々にお告げがあったんだよ。『これであのやんちゃなお客人をもてなしなさい』ってな!」
「そ、そうだったんだ……。てゆうかボク、ケイオス様から『やんちゃ』って思われてるんだね」
「ま、そういうことだな。どうみても『おしとやか』じゃないもんな」
「ムッ!」
わざわざ口に出してムッとするミオ。さすがあざと勇者様だが、なぜかその顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
「あ、そーだ! トーヤ?」
「ん?」
オレを見たミオの瞳がいたずらっぽく輝いてて、イヤな予感しかしない。
「トーヤさ? ボクが気を失ってるとき、なんかヘンなことしてない?」
「し、してないっ! 明らかにしてないだろ!」
「ええ? ほんとかなぁ? だってトーヤ、ボクのこと、えっちな目で見てるんだよね?」
「み、見てない! ぜったいに見てないっ! ほんとだぞ!?」
「ね? トーヤ? もしボクの魅力に逆らえなくなって、ついうっかりヘンなことしちゃったら……ちゃんと言ってね? 正直に言ってくれたら、ボク、怒らないよ? 許しちゃう!」
「いいかミオ、一つだけ言っておく。もし本当にそんなことがあったら……ぜったいに許すな! オレを殺せ!!」
「え~? ヤダっ☆」
今日も本当にポジティブでクレイジーな勇者様だよ……。
「あ~ボク、汗かいちゃったぁ! じゃ、ちょっと海で水浴びしてくるね!」
「いや、ちょっと待て。とりあえず神殿の中にお風呂作ってみたんだ。試してみろよ」
「おふろ?」
「そう」
きょとんとしてオレを見てるミオ。そしてなぜか、がばっと胸をかばった。
「ト、トーヤ……」
「え?」
「さっそく、えっちなこと考えてるじゃん……」
「ちちちちがうっ! 最近、ミオがずっと海で水浴びしてるのが気になって、だから要るかなって思って作ったんだよ! 分かるか!? これは『親切』なんだ! 人間にとって必要な、とっっっっっっても大切な心遣いなんだよ! わかるかっ!? わかるだろっ!?」
「えへへ、ごめんごめん! ありがと、トーヤ!」
「ようし、そうだ、それでいいんだぞ!! なんならもっと真心を込めて言ってみたっていいんだ!!」
「ふふ、それじゃ~ね、感謝の気持ちを込めて……いっしょに入っちゃう?」
「入らねええええええよ!?」
そんなイカレた提案にぐらつくオレじゃないぞ!! オレは負けねえっ! 風呂場の前まで案内して、オレはそのままコマンド『逃げる』だ!
「そこが風呂場だぞ!! じゃーーな!!」
「うん、ありがと! 後でね、トーヤ!」
オレの足は自然と神殿の南、海辺の方に向かってた。草原の向こうに海が見えて、心がほっとする。
ざざ~~ん。
寄せては返す波の音。空は蒼いし、海も碧い。潮の香をかいで砂浜に座り、空を見上げる。
「あ~~~……」
そんな気の抜けた声が、空へと吸い込まれていった。
思ったんだけど、オレ、完全にこのゲームの方向性見失ってるよな?
『RPGってこんな感じだろ!?』
そういうノリで作って、もう少しでミオのこと死なせるとこだった。なんでだよ! しかもあんな血だらけで苦しそうで。オレはダークファンタジーをやるって言ったけど、ああいう感じなのをやりたかったわけじゃないんだ。人が傷つくとか、死ぬとか、そういうのをちょっと舐めてたかもしれない。少なくとも、オレはもうミオが傷つくとこ見たくない。いや、ミオのことが気になるとか好きとか、そういうんじゃなくて……。なんてゆうか、一人の人間としての、当たり前の感情? そういうのだよ、人を傷つけたくないっていうのは! そう、そういうことなんだ!
でも、『じゃあ、ほのぼの路線で行くか?』っていうと、それもちょっと違う。たしかに、ここからあの人気ゲーム『あつまろう、アニマルの森』みたいな村づくりシミュレーションにすることもできなくはない。でもなぁ……。ミオは今日もレベル上げしてた。あの真剣なミオを見てると……。ミオはたぶん、勇者として強くあろうとしてるんだ。なのに、ここでオレが勝手にほのぼの路線に変更するのも、やっぱり違う気がする。
「あ~、どうしよぉ~?」
本当にこれからどうしよう? お空は何にも答えてくれない。
「だんな。こちらでしたかい」
その声に振り返れば、行商人がいた。この島をランダムで動き回りながらいろんなアイテムを売りさばく男。こういうヤツがいたら面白いんじゃないかなと思って作ってみたんだ。頭にはターバンを巻いてて、背中には厚手の布で包んだ荷物をしょってる。いかにも中世ファンタジーにありがちな商人だ。
「なんか買っておくんなせえ! お安くしときますよ!」
でも、なぜか江戸っ子口調。こいつも無理やりキャラ付けしようとして失敗したんだ。でも、ひょうきんな笑顔と歯切れのいい喋りはちょっとうまくいってるかもしれない。
「さ、どうです、こちら! こちらなんかは?」
敷布の上に商品を広げていく行商人。傷薬とか毒消しとか、おにぎりとかサンドイッチとか、リンゴジュースとかワインとか、まるでコンビニみたいなラインナップ。ぜんぶオレが作って行商人に売らせてるわけだけど、とにかくベタだ!!
ミオに何か買っていくか。でも、何を買えばいいんだよ? こういうとき、ミオは何を選ぶんだ? そういえばオレ、ミオのこと、まだなにも知らないな……。
「じゃ、これ。二つ」
とりあえずリンゴジュースのビンを二つ買ってみる。
「へい! まいどっ!」
もう少しだけ考え事をしようと思って、また砂浜に座った。海の水面は日の光を受けて、きらきらと輝いてる。
ミオは……ミオは勇者として強くありたいと願ってるんだ。でも、もし。もしも、だぞ? オレが勇者なミオのために何か見せ場を作りたいと思ったら、それは必然、魔王かそれに匹敵する何かを生み出すことになるよな? そして、そいつにこの島を襲わせることになる。もし、そんなことをすれば……。
ここでオレは行商人の方を見た。今日の商売はもう上がりらしい。オレと並んで座って、たばこをふかし始めてた。
「へい? どうしたんで?」
「い、いや……」
そう、そんなことをすれば、こいつらが不幸になる。キャラが薄かったり、無駄に濃かったり、ミスマッチだったりするけど、こいつらだってもうこの世界に生まれたんだ。誰かの見せ場づくりのためにこいつらが不幸になるなら……そんなこと、誰よりミオがぜったいに許さないよな。
「はあああ~~……」
これからどうしよう? ちょっと行き詰ってる感じだ……。
「だんな、ため息なんか吐いて、どうなすったんで?」
「い、いや、なんでもないぞ……」
自分の作ったキャラと会話してる。別の場合なら『完全に末期』と思われてるところだ。
「海がきれいでござんすねえ」
「お、そうだな……」
「この海の向こうには何があるんでござんしょうねえ」
ミオはこの海の向こうから来た。お兄さんや家族と死に別れて、故郷を失って、王国騎士に拾われて、冒険に出て、仲間を集めて、魔王を倒して。
「いろんなことがあるんだよ」
「へい?」
「この海の向こうには、いろんなことがあるんだよ」
「へい」
自分の作ったキャラと海風に吹かれてるオレ。空の色には夕方の気配も混じりはじめてる。ほんとにこれから、どうすればいいんだ……。
『居心地のいい場所でおしゃべりしてみたら?』
ま、そうか。そういうことか。ここはひとつ、委員長のアドバイスに乗っかってみるか!
「よ、ミオ!」
ミオは神殿に上がる階段のところに腰掛けて、空を見ていた。
「や、トーヤ!」
髪の毛が少し湿って、お風呂上がりのさっぱりした感じだ。
「ほれ」
オレはミオに、さっき買ったリンゴジュースを一ビンわたした。
「わあ、ありがと!」
さっきは考え事してて気付かなかったけど、オレ、この世界でまだリンゴの木とか見たことなかったな。あと、よく考えたら、ビンとかもどこで作ってるんだよ?
「ん、おいしっ!」
ミオのとなりに腰掛けて、オレも自分の分を開けた。一口飲む。たしかにリンゴジュースの味がする。
「ねえ、トーヤ。ボク、もう大丈夫だよ!」
「え、何がだよ?」
「ボク、北の森のモンスターにリベンジするっ! 今度こそ大丈夫だから! ねっ!?」
すっかり忘れてたな。地獄ノ樹はいいヤツだった……。でもあいつはもう死んだんだ。もうどこにもいないんだ。オレが命を与え、オレがそれを奪ったんだ。
「いや、村長の話によれば、ミオが行ったあの日からあのモンスターは出なくなったらしいぞ。ミオがあれだけ深手を負わせたから、もうどこかで死んでるかもな」
「え? そう、なの?」
「ああ、そうらしい。村長がな、こんど来たとき、ギャラ渡すって言ってたぞ」
空を見上げれば、夕方の空になってる。空が赤く染まるのはこの世界でも同じらしい。こういうのがたぶん、わりと居心地のいい場所ってやつなんだろうな。じゃ、おしゃべりしてみるか!
「ところで、なぁ、ミオ。リンゴジュースでよかったのか?」
「え? どういう意味?」
「いや、まあ、よく考えたらオレ、ミオのこと何にも知らないなぁと思ったんだ。だから、その、好きな食べ物とか……教えてくれよ」
「えっ……?」
あれ? なんかオレ、キモイ感じになってないか?
「いやだから、あれだ! ミオのこと聞かせてほしいって思ったんだ、なんでもいいから……」
沈黙が下りてきた。オレ、これ、やっちゃった?
「ふふ……」
そして突然笑いだすミオ。
「ど、どうした?」
「もしかしてトーヤ、気になっちゃう?」
「え?」
「ボクのこと、意識、しちゃう?」
「い、いや、そうじゃない。そういう話じゃないんだ」
「えへへ~、そっかぁ、トーヤ、そうなんだぁ」
一人でキャッキャし始めるミオ。そして空を見上げるようにリンゴジュースに口を付けた。
「うん! ボク、リンゴジュース好きかも!」
「そ、そうか……」
オレはたそがれどきの空を見上げた。まるで今のオレの心みたいだ。
「あと、ボクのこと……」
ミオは考えてる。
「ちょっと待ってね」
ならんで階段に腰掛けて、夕暮れどきの空を見上げてる。はたから見たら、これってどういう状況に見えるかな? いや、そんなことはどうでもいい! ここにはオレとミオしかいないんだからな!
「トーヤ」
「ん?」
「ボク、ミオ!」
「いや、知ってる」
「勇者っ☆」
「それも知ってる」
「それじゃあ、えっとね~……」
また空を見上げるミオ。そして、なんとなくミオの横顔を見たままのオレ。
「う~ん、わかんないや」
「えっ?」
「ねえ、トーヤ。ボク、どんなこと話せばいいのか分かんない。トーヤはボクのどんなことが知りたいの? 今日だけ特別っ! なんでも答えてあげるよっ!」
なんでも、か。いや、でも、うーん。こういうとき何を聞けばいいんだ? どこまで聞いてもいいんだよ?
「トーヤ? もしかして、えっちなこと聞こうとしてない?」
「し、してないっ! オレは紳士だ……ッ!」
「ふうん?」
「なんだよ、その疑惑のまなざしは!? 笑いがこらえきれてないぞっ!」
「それじゃあ、なあに? はい、どうぞ!」
ようし、それじゃあ、もうこれを聞いてやるっ!
「だったらその……どうしてミオはいつもそんなにポジティブでク……いや、ポジティブなんだ?」
夕焼け空に照らされたミオの顔がぱっと輝く。
「わあ! トーヤ、そう思ってくれてるの? うれしいな!」
それから胸に手を当てて、誇らしげに言い放つ。
「それはね~、ボクが勇者だから、だよっ!!」
「うん……うん?」
「ボク、勇者だからね! いつだって前向きでいたいんだ! だって、それでみんなの不安を拭うことができるんだもん!」
言い切った!? いま言い切ったの!?
「な、なるほどな? そういうものなんだ……?」
「そうだよっ!」
リンゴジュースをひとくち口に含んで、ミオは空を見た。夜の気配のする空模様。
「ねえ、トーヤ」
「ん?」
「あのね、勇者として旅立ったのは、ボクだけじゃないんだよ」
「え?」
「たくさんの勇者の素質を持つ人たちが、光の女神様の加護を得て、勇者として旅立ったんだ。それでね、そのたくさんの勇者たちが魔族と戦って、少しずつ人に出来ることを増やしていったんだよ。でも魔王までは届かなくて……」
えっ、重ッ!? 急に重ッッ!? 『魔王までは届かなくて』って、どうゆうこと!? もしかして、途中で……旅の途中で死んじまったってこと!?
「……」
な、なんて言えばいいんだよ? オレ、言葉持ってないぞ!? それに海の方から吹いてくる風が穏やかすぎて……あんまり現実感が持てないんだ。
「トーヤ。ボクね、いつも誰かに守られてきたような気がするんだ」
ミオの声音は穏やかなまま。
「子どものころはお父さんやお母さん、お兄ちゃんや村の人たち。王国騎士様に拾われて王都に行ってからは王国騎士様たちや街の人たち。いつも誰かがボクのこと、気にかけて守ってくれたの」
ミオはちょっと言葉を切った。
「勇者になってからも……ううん、勇者になってからはもっと、そう感じるようになったんだ。いつも誰かがボクの先を行って、倒れるまで戦って、後から来るボクたちのために道を作ってくれてたんだもん。ボクはみんなが切り開いてくれた道を最後に通っただけなんだよ」
夕暮れの空から赤とオレンジの色が抜けていく。雲の輪郭がかろうじてわかる藍色。風が止んで、ミオの声だけはっきりと聞こえる。
「魔王を倒して最後の勇者になれたこと、それがボクの誇り。だからボク、いつも前向きでいたいんだ。いつも笑顔でいたいんだ。だって伝えたいんだもん。みんなありがとう、後はボクに任せてって! だってボク、みんなに守られて最後の勇者になったんだから!」
ミオの声も止んだ。なんてゆうか……静かだ。いや、でもどうするんだよこの話!? オレにちゃんと受け止められると思うか!? 心臓がドギついてるぞ!? なんか音がおかしいんだ!
「……あ~もうっ!」
「いだあっ!? なんで叩くんだよ!?」
「だって、トーヤのせいで切なくなっちゃったんだもんっ! ほら、肩貸してよ!」
「なんでだよ! 関節でも外すつもりか!?」
「そんなことしないよ! いいから、ほら!」
ミオがオレの肩にあたまを預けた。あたりは薄暗い。オレに寄り掛かってくるミオのからだ、その重さが、やけに強調される。ごくり。な、なんでだよ!? べ、べつに緊張なんてしてないからな!
とにかく! ミオの過去にはオレの想像を超えるダークなファンタジーが存在したし、そんな中でミオはポジ勇者のポジを確立したってこともわかった。でも、それでどうするんだ? オレにできることってなんだよ? ええい! もうちょくせつ聞いてしまおう!
「なぁ、ミオ」
「なあに?」
「オレに、何かしてほしいこと、とかある?」
あたりは薄暗いけど、ミオがきょとんとしたのは分かった。
「ええ? どーしたんだろ? トーヤが優しいよ? 何か下心でもあるのかなっ?」
「いいかミオ、オレはいつも優しいんだ! 紳士だからな!!」
「ふふ、そっかぁ。じゃあ、どうしよっかなぁ?」
オレ、なんか口走っちゃった感じだけど、まあ、これでよかったよな?
そのとき、石畳の広場を取り囲むように、いくつもの幻燈が灯った。まるでちょっとしたイルミネーションのアトラクションみたいに。
「わあ! きれい! どうしたの!?」
「ちょっと灯りをつけてみたんだよ」
ファンタジー風味な幻燈のオブジェクトチップが無料で配布されてたからな!
「すごおい!!」
ミオはもう立ち上がってる。さっきまでのしんみりした雰囲気は消えて、幻燈に見入ってる。
「あっ、そうだ!」
パチンと手を叩く。
「ボク、やってみたかったことあるんだぁ! ね、トーヤ、ボクと踊ろうよ!」
「踊るぅ!? なんでだよ!?」
「だって、お城で舞踏会が開かれたときね、ボク踊らなかったんだ。だってなんだか恥ずかしかったんだもん」
お城の舞踏会って……そうゆうイベントあったのかよ!?
「でもボク、それがずっと心残りでさ! だから、ね!?」
オレに手を差し伸べて、ぐいっと引き上げるミオ。
「いや、オレ、踊れねーよ!?」
「ボクもだよ!! だから踊ろうよ!!」
ええ!?
幻燈の明かりの下、石畳の広場をダンスフロアに変えるつもりか!? さすがクレイジー勇者様、発想が違うっ!! そして広場におりて、向かい合うオレたち。
「それで、オレはどうすればいいんだよ?」
「まず、こっちの手をつないで。そう。それからこっちの手を相手の腰に回すの」
「お、おい、あんまりくっつくなよ……」
「ちがうの! こういうものなの! ほら、動くよ!」
ぎくしゃくする。ひたすらぎくしゃくする。これってちゃんと踊れてるのか? 右に左にふらふらしてるだけじゃ? ミオの体温から気をそらしたくて、あたりを見回す。なぜかタルタロスがこっちを見てた。オレたちが踊るのを見てるんだ。おい、仕事しろ! お前の仕事は見張りだよぉ!
「ねえ、トーヤ」
「な、なんだよ?」
ちょっと甘えたような声、しかもこんな至近距離で! べ、べつにドキッとかしてないんだからな!
「『オレに何かしてほしいことない?』って聞いたよね?」
「あ? ああ……」
いや、このダンスがそれだろ!?
「なんでもするって言ったよね?」
「それは言ってない」
ミオがからだを寄せてきて、オレにぴったりとくっつく。な、なんだよ焦るだろ!? こんな、こんな手段でオレが黙ると思うなよ!? はやく、はやく心を無にしないと! そうだ、空だ! 空を見よう! 空はいつでもそこにいてくれるから! そして見上げた先には、幻燈の明かりがにじんだ夜空。
「ねえ、トーヤ」
そこにぽつりとミオの声が響く。
「ボクのこと、見守ってほしいな」
「み、見守る?」
「そう! ボク、これからも頑張るから! たくさん頑張るから! だからトーヤ、ボクのこと、見守ってほしいな? だってボク、見守ってくれる人がいると、とっても頑張れちゃうんだもん!!」
見守るってなんだよ!? しかもなんだよその理由!? さすがポジティブクレイジー勇者様だよ! オレの器じゃ、なにひとつ測れやしないんだ! オレはこれからどうすればいいんだよ!? オレは、このポジティブでクレイジーな勇者様が向き合っていくこの世界を、どうすればいいんだよっ!?
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