2、東の村

 目を開けたとき、敷布団の柄が目に入った。起き上がって、ぐるりと見まわす。マンガとラノベの詰まった本棚、吊り下げられた服に、机の上にはパソコン。たしかにここはオレの部屋だ。開けっ放しにしてたカーテン、窓に向こう側にはぼんやりした朝の住宅街が見えた。

「ふう」

 夢か。やっぱり夢を見てたんだ。オレの集中力が仕事して、夢の中でもゲーム制作のこと考えてたんだ。そういうことだよな。

 オレはパソコンを立ち上げた。昨日作ったデータを見てみる。海があって、島があって、神殿があって、そこには守護獣タルタロスがいて。でもそれだけ。あの勇者ミオなんてヤツはどこにもいない。ぜんぶ夢。そう、ぜんぶ夢だったんだ。そりゃそうだよなぁ。

 でもなんでだろ? これで終わりって気がしない。どうしても心がひっかかって、魔王討伐から作ろうと思えなくなってる。

 時計を見ると五時五十分、朝ごはんまでまだ少し間がある。

 オレは小さな島の右側に、陸地のチップを貼りつけて島を拡張した。そして神殿から東に行ったところに小さな村のチップを置く。これが村だ。名前は、とりあえず「東の村」ってことにしとこう。今日はこの村を作っていくぞ……。


 気が付くと夜になってた。ご飯を食べた記憶とかもあるけど、基本、ゲーム作ってた。いいぞ、オレ。すごく集中できてる。でも内容的には……どうかな? わりと突貫工事だったから、結構ありがちでベタな村になったかもしれない。でも、まあいいか! オレはちゃんとベスト尽くしたんだ!

 さて、午後十時。もう寝よう。ちょっとイヤな予感はするけど、まあ、気にしてもしょうがない……。


          ◆


 目を開けたとき、オレは座ってた。例の神殿の玉座に。ほらみろ、やっぱりだ! 昨日の夢の続きが始まったんだ!

 神殿の外に出てみた。ちょうど石畳の広場へと下りる階段にミオが座ってる。

「よっ、ミオ!」

 ミオが振り返る。

「あっ、トーヤ!!」

 ぱっと笑顔になるミオ。なんてゆうか……すごい笑顔だ。一瞬で人との距離を詰めるような迫力を感じる。これがコミュ力ってヤツなのか!?

「もぉ! どこ行ってたの? ボク、探しちゃったよ!」

「いや、別にどこにも行ってないぞ? あ~、それにしても今日はいい天気だなぁ」

 村に行く、そのためのちょっとした前フリ。実際、今日もお空には青空が広がって、日差しも穏やか。ちょっと遠出するにはちょうどいい日和なんだ。

「オレ、これから近くの村に買い出しに行くんだけど。どうする? 一緒に来るか?」

「えっ!? 行くっ!!」

 とゆうわけでオレたちは、タルタロスに見送られて神殿の外へと足を踏み出した。そして連れ立って歩く。見渡す限りの草原だけど、その中を踏み慣らされて茶色い地面ののぞく道が通ってる。迷ったりしないように、そういうチップを置いといたんだ。

「この道をずうっと行けば、東の村に着くぞ」

「えっ、うん……」

 ミオはなぜかきょろきょろしてる。

「どうした? なにをきょろきょろしてるんだよ?」

「え? うん。あのね、モンスターが出てくるんじゃないかなって思ってさ! でも大丈夫だよ、トーヤ! ボクがトーヤのこと守るからっ! だってボク、勇者なんだもん!」

 ……おっと! そういえばフィールドにモンスター配置するの忘れてた!

「いや、なんてゆうか……この辺りは神殿も近いし、それに神殿にはタルタロスもいるし、だからあんまりモンスターも近寄らないんだ」

 決まったぞ! 完璧な言い訳だ!

「へえ~、そうなんだ!」

 ところでちょっと気付いてしまったことがある。オレ、女の子と並んで歩くのって、小学校の遠足の時以来だ……。

「ねえ、トーヤ」

「ん?」

「あの神殿に一人で住んでるの?」

「一人じゃないぞ。タルタロスもいるからな」

「あ、そか」

「ま、オレは基本ソロだからな。そういうミオはどうなんだ? 一人で旅してるみたいだけど」

 よし、会話の流れをうまいこと利用してやったぞ。とにかくミオのことを聞いてみないとな。

「うん、今はね!」

 今は?

「じゃあ、魔王を倒したときはパーティー組んでたのか?」

「そうだよ! みんな頼りになる、最高の仲間たちなんだっ!」

 さすが勇者様。笑顔がまぶしいぞ!

「で、魔王を倒して、それからどうなったんだよ?」

「それから? うん、みんな自分の故郷に戻ったよ?」

「ミオは?」

「ボクの故郷は、もうないからさ」

 えっ?

「ボクがまだちっちゃいころに、魔王軍のモンスターに焼き尽くされちゃったんだ」

「そ、そうなのか……?」

「うん。そのときにね、お兄ちゃんがボクのこと逃がしてくれたんだよ。それでそのあとで、王国騎士の人たちに拾われたんだ」

 で? そのお兄さんは今どこに? いや、聞いたらダメだろ! 帰る場所がないってのは、そういうことだろ!? 淡々と話してるけど、これってたぶん、あんまり広げちゃいけない話だよな!?

「そ、そうだったのか……」

 もしかして、オレが最初にダークファンタジー路線とか言っちゃったから、生い立ちがそういう感じになっちゃったってこと? もしそうだとしたら……。

「ふふ、気にしないでトーヤ。そのおかげでボクは勇者になって、みんなのこと、守ることができたんだもん!」

「そ、そうだな……」

 よし、オレは決めたぞ! 今度からミオのことを『ポジティブ勇者様』って呼ぶ! 心の中でなあッ!!


 当たり前の話だけど、けっきょく一度もモンスターにエンカウントすることなく、オレたちは東の村に到着した。村の入り口には看板があって、その看板に寄り掛かって立つオッサンもいる。そのオッサンはオレたちに話しかけてもらいたそうに、じーっとこっちを見てた。

「おじさん、こんにちはっ!」

 さすがポジティブ勇者様だ! 最強のコミュ力をいかんなく発揮していくぞ!

「やあ、よく来たね。ここは東の村だよ!!」

 ベタだ。すごくベタだ。クリエイターとしてちょっと変わったことがやりたいって思ってたのに、こんなベタなことになってる……。

 村の中に入る。この村自体もすごくベタだ。村の中ほどに広場があって、そこを取り囲むように宿屋兼酒場、それから道具屋に武器防具屋がある。そしてちょっと奥まったあたりに民家が二軒、そしてさらに奥に、民家より一回り大きい村長の家。あとはほんの申し訳程度に畑があって、馬と羊がそこらへんをブラブラしてる。はっきりいってこの村、なんで生計を立ててるのか全く謎だ。つまりこれが今のオレの限界なんだ。マップを作ってるとき、ほんとに心が無になってたからな……。

 でもこうやって見ると、そんなに悪くないかもしれない。そんなことを思ってると、前から村のお婆さんが歩いてきた。

「こんにちは。いい天気だねえ」

 はいベタ! 子どもたちも駆けてきた。

「わあい!! わあい!!」

 はいベタぁ!! 本当にベタだ。でも自分が創ったものがこんなふうに動いてるのを見ると、心がウキウキしてくるぞ!

「ステキな村だね、トーヤ!」

 そう言ってもらえてうれしいよ。

「ところで、買い出しってどこ行くの?」

「ああ、まずは武器防具屋だな」

「武器防具屋さん?」

「そう。おっと、その前に! ちょっと待ってろ」

 オレは、広場の隅にある木陰のベンチの裏を『調べる』。そこには999999ゴールドが。仕込んでおいたんだ。オレ、ノーマネーだからな。

「おまたせ」

「トーヤ? あそこでなにしてたの?」

「いいんだよ、気にすんな!」

 オレたちは広場を横切って武器防具屋に入った。中にはいかついスキンヘッドのゴリマッチョがいて、カウンターのところにじっとたたずんでる。他には誰もいない。

「こっちだ」

 オレはミオを一つの鎧の前に連れてきた。巨大な鉄の塊みたいなヘビーアーマーだ。

「ミオ、この鎧を見てくれ!」

 胴のところをパンパン叩いてアピールする。

「こいつはすごい鎧なんだ。いったん装備すれば、物理無効といってもいいくらいだ」

 実際、この鎧の防御力は『上限』までイッてる。

「どうだ? 装備してみないか?」

「え? うん。でも、すっごく重そうだよ? ボクには合わないんじゃないかなぁ?」

 さて、と。ついに言わなきゃいけない時が来たみたいだ。

「なあ、ミオ。オレにはどうしてもミオに言わなきゃいけないことがある」

「えっ、なあに?」

「この島の基準から言って、ミオのその格好にはちょっと問題があるんだ」

「ボクの、この格好?」

 ミオは自分の格好を眺める。ぴっちりスーツの上からビキニアーマー。本人は恥ずかしがるそぶりもないけど、明らかにエロだ。しかもビキニアーマーは下の後ろがTバックになってる。前を歩かれたときとか、ほんとビビるんだ。

「そう、一言でいえば、その格好はちょっとエロすぎる。この島の守り神である古代神ケイオス様は、女性がそういう格好をするのがあんまりお好きでないんだ。だから、ほら! だからこそ、このヘビーアーマーなんだよ。な? お金の心配はしなくていいぞ。オレが買うからな。それが神殿関係者としてのオレの勤めなんだ」

 きょとんとするミオ。それから、なぜか顔を赤くして胸をかばった。

「ト、トーヤ……。ボクのこと、そんな目で見てたの?」

「え……? い、いや、ちょっと待て! オレはただ、この島の風俗に照らして、ミオの格好に問題があるって言ってるだけだぞ!? つまり! ミオのために言ってるんだ! わかるか!? わかるよな!?」

「ええ? ぜったい嘘だよ! だってこの村で会ったおじさんもお婆さんもこどもたちも、みいんなボクの格好見ても、ヘンな目で見なかったもん!!」

 ぐえっ! す、鋭い! さすが勇者様だ……ッ!

「い、いや、それは……」

「もぉ、トーヤってば……」

 なぜかもじもじしだすミオ。

「ごめんね、トーヤ。心配してくれてるんだよね? でもボク、この鎧、気に入ってるんだ。トーヤさえよければ、このままがいいな? ダメ?」

 なあ、だからそれ、ほんとに鎧か?

「い、いや……。そ、そうだな。ミオがそれでいいなら、まあ、いいんだろうな?」

 けっきょく押し切られた……。もしまた向こうの世界でミオに会えたとしたら。そのときはミオにちゃんとした格好をしてほしい。そういう親切な気持ちで、この最強かつリアリティあふれるヘビーアーマーを用意したんだけどな……。

「ふふふ……」

「ど、どうしたんだよ?」

「ボクってさ、昔から『男の子みたい』って言われてたんだ。でも、そっかぁ! トーヤにとってボクは『女の子』なんだね……」

 そんなイカレたワードをしみじみとつぶやかれましても……。ポジティブ勇者様? ちがうね! ミオはポジティブクレイジー勇者様だ! とにかく話をそらそう!

「そ、そうだミオ。どうだよ、その剣は? それは替えなくていいか? この店は武器もいいんだ」

 一見すると何の変哲もない、ベタでありがちな村だ。でもここは隠しダンジョンに付属する村なんだ。ラストダンジョンの宝箱に入ってるヤツよりヤバい武器が、お金を払えば手に入る、そういう村なんだ。オレのおすすめは暗黒剣エレボス。攻撃力はもちろん上限。しかも装備するだけで使えるようになる固有技『闇夜の流星雨』はダメージカンストの斬撃を二十五回も相手に叩き込む! そういうヤバすぎる壊れ武器なんだ!

 でもミオは首を振った。

「ごめんね。ボクのこの剣は光の女神さまの加護がある勇者の剣なんだ。この剣もボクにとってかけがえのないものなんだよ」

「そ、そうなのか……」

 鍔元にちょっと目を引く青い宝玉がはめ込まれてる以外は、フツーのロングソードに見えてた。なるほど、実はそういう武器だったのか。

 結局、オレの作ったヘビーアーマーも最強武器群も無駄になってしまった。一生懸命作ったものが無駄になる。こんな悲しいこと、ある?

 ぐうう~~~~。

 その悲しみを吹き飛ばすような、間の抜けた音がした。音の主はもちろんミオだ。お腹を押さえて、頬を染めてる。

「おい、どうした? いや、わかるけど」

「えへへ、そうなの。ボク、お腹がすいちゃった。ご飯食べようよ!」

「そ、そうだな……」

 オレは未練とともに武器防具屋を後にした。カウンターにたたずむスキンヘッドのゴリマッチョは最後まで微動だにしなかった。


 広場を横切って宿屋兼酒場の方へ向かう。ミオはオレの後ろからついてくる。

 実際、なんとなくなノリで一階を酒場に、二階を宿屋にしてみたんだけど、これでよかったのか? こうして見てみると、一階の騒音が二階に響いてしまいそうだ。……まあ、いいか。

 ガラガラの店内に入って、席に着く。壁に貼られたメニューにはこう書いてある。

『カレーライス』

 以上。ほんとにこれしか書いてない。この酒場を作ってるとき、ふと思ったんだ。中世ファンタジー風のメニューってどんなだよ?ってね。一応世界観を壊すようなことはしたくないから、下手なものは出せない。でも、中世ファンタジー風のメニューって言われても困る。なにしろ突貫工事の最中だし、リサーチしてる時間もない。で、けっきょくこうなった。インドがないのに、カレーはある。それってやっぱり、ちょっとヘンだよな?

「このお店、メニューがカレーライスしかないね」

 ミオはカレーの存在を知ってるみたいだ。どうやら魔王討伐編にもカレーはあったみたいだな。

「ああ、まあ、そういう店なんだよ。カレー専門店ってヤツだ。でも味は最高だからな」

 たぶん。きっと。どうかそうあってほしい。ここでウェイターがやってきた。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 中世ファンタジーというよりは現代のファミレスみたいだ。これもオレのせいなんだよな。

「ああ、カレーライスを二つ。それから……」

 オレは飲み物の欄を見る。赤ワイン、白ワイン、ビール。ベタなラインナップだ。

「それから白ワインをボトルでな」

「かしこまりました」

 ミオが身を乗り出す。

「ワイン? お酒? いいの?」

「ああ、もちろん。この島は十五歳からお酒を飲んでいいってことになってるからな」

「へえ。トーヤって何歳?」

「オレ? ちょうど十五歳だよ」

「やったぁ! ボクの勝ちぃ!」

「……きゅ、急にどうしたんだよ?」

「ボク、十六歳だよ! ボクの方がちょっぴりお姉さんだね!」

 そんな子供っぽいお姉さんがいてたまるか! それに一歳違いだったら、同じ学年の可能性だってあるんだからな!?

 この間、無口そうなウェイターはずっと真顔、表情一つ変えない。そして注文が終わったとみるや、すぐに厨房の方へ行ってしまう。もしかしてちょっとキャラ付けが薄かったかもしれない。それともプロフェッショナルに徹してるって感じなのかな?

「カレー! カレー! ボク、カレー大好きなの!」

 なんかウキウキしてるミオ。たしかにカレーは偉大だけど、でもそこまでかよ? これもポジティブでクレイジーな勇者様のノリってヤツなんだ!

 カレーが二つ運ばれてきた。それから白ワインのボトルも。

「いただきまぁす!」

 ミオはスプーンででっかく最初の一口をすくう。

「あ~ん!」

 えっ?

「んん~っ、おいしぃ~!」

 大きく口を開けて、元気に食べる。小学生くらいまでの子がやって初めて微笑ましい、そういうことを平気でやってしまうんだ。さすがポジティブクレイジー勇者様だよ!! そうだ、オレは飲もう! もう飲まなきゃやってられない!

 白ワインをグラスになみなみと注ぐ。そしてぐっと飲む。ごくん! 口から入ったマスカット色の液体は、舌の上をすべって咽喉を通り、胃の腑へと落ちていく。はぁ~、なんだこれ!? すごく気持ちいい! お酒ってすごい!

「あ、トーヤぁ! ボクも飲みたいっ!」

 オレがあんまりうまそうに飲んだせいか、ミオが食いついてくる。

「だってボクの方が年上なんだもんねっ!」

「あ~、まあ、そうだな……」

「ボク、ワインって飲んでみたかったんだぁ!」

 ミオのグラスにもワインを注ぐ。ミオはそれを一気した。

「おい、ちょっと……」

「ぷはぁ~~っ! う~ん、ワイン、おいしいね! もっとちょうだい!」

 ミオは将来、酒豪にでもなるつもりか? もうオレが注ぐのなんか待ってない。自分でボトルを握って、タプタプ注いで、ぐいぐい片付けてく。こっちが心配になるくらい早いペースだ。

「……お酒はね、みんな大好きだったんだ」

 ぽつんとミオが言った。

「みんな?」

「そ。ボクのパーティーのみんな。いっつも酒場についたらお酒飲んでたんだ。とっても賑やかにさ。ボクだけ飲ませてもらえなかったんだよ。ボクの王国は、二十歳になるまで飲んじゃだめだったから」

「いや、いいことだろ……」

「でもこの島じゃ十五歳なんだよね!? よぉし、ボク、飲んじゃうぞ~~!!」

 いったい何がミオを駆り立ててるんだ? これじゃ、将来酒豪どころか、もうすでに酒豪だろ!? なんとか会話に引き込んで、ペースを落とさせよう……。

「な、なぁ、ミオ。そのお仲間ってのは、どんなヤツらだったんだ?」

「えっとねえ、さっきの鎧よりもっとおっきな鎧を着た戦士さんとぉ、おじいちゃんの魔導士さんとぉ、回復魔法より肉弾戦の好きな僧侶さん!」

「へ、へえ……」

 ミオはどうやらゴリマッチョな濃い連中に囲まれてたみたいだ。そういえば、そういう感じのヤツらに勇者を囲ませる予定だったっけ?

「みぃんなボクのこと『ボウズ』って男の子扱いしてさ、ひどいよねっ!」

 ここに来る途中じゃ『最高の仲間たちなんだぁ』とか言ってたけどな? それにしても、なんかどんどんペースが上がってってる気がする。大丈夫かな? いや、まあ、たぶん大丈夫だよな。この世界には『酔っ払う』なんて状態異常はなかったはずだし。まあ、飲みたいだけ飲ませておこう……。


 そう考えていたころが、オレにもあった。でも、それは完全に間違いだった。ミオはほんとに酔っぱらってしまった。

「う~ん、とぉやぁ……」

 首まで真っ赤になってテーブルに突っ伏し、腕にひたいをこすりつけるミオ。

「お、おう……」

「なんだかボク、はぁ、はぁ、胸のところが熱くって。はぁ、はぁ、くるしいよぅ……」

「そ、そうか……」

 いや、「そうか……」じゃないだろ! なんとかしないと! いや、むしろなんとかしてくれっ! そう思ってオレは振り返ってみた。ウェイターは虚空を見つめたまま微動だにしない。そうだよな、注文はもう終わったんだもんな。これはオレが悪い。ロクなキャラ付けをしなかったオレが悪いんだ。

「と、とりあえず二階で休もう。二階が宿屋になってるからな……」

 けっきょく二階に宿屋をつくったのは正解だったんだな。オレはミオをおんぶする。昨日はお姫様だっこ。今日はおんぶだ。

「お?」

 いつの間にかウェイターがオレの前に立ちはだかってた。なんだよ、オレは女を酒に酔わせてヘンなことをしようとしてるんじゃないんだ!

「お会計、二十五ゴールドになります」

「あ、おう……」

 ウェイターは最後まで真顔だった。


 ミオをおぶったまま二階へと行く。階段を上がった先にはカウンターがあって、そこにはウェイター同様、表情筋がRIPな宿屋の主人がいた。

「お泊りですか? 十ゴールドになります」

 酔っぱらって、オレの背中に張り付くようにおぶさってるミオ。そんなミオを見ても、顔色一つ変えない宿屋の主人。なんだこの状況! なんか怖いぞ! 村人一人ひとりに丁寧にキャラ付けしていくのって、本当に大切なことなんだな……。

 オレはお金を払って、部屋へと行く。

 部屋には、真ん中のスペースを挟んでベッドが二つあった。ヤバい。何も考えずにこういう配置にしてみたけど、いざ使うことになったらなんかヤバい。女の子と同じ部屋に泊まるとか、そんなのダメだろ! もう一部屋とらないと……。

「う~ん……」

 オレの背中で身じろぎするミオ。起こさないようにベッドに寝かせる。人間って重いな。そして熱を持ってるんだな。ふだんソロプレイしかしないと、なかなか気づけないことだ。

「はぁ、はぁ、う~……」

 真っ赤な顔でときどきイヤイヤするように首を振るミオ。飲みすぎて伸びてるなんて、自由奔放すぎるだろ。さすがポジティブでクレイジーな勇者様だ。

 とにかく、オレはやり遂げた。撤収だ。ミオにふとんをかけて、こっそり部屋から出ようとする、が……。

「……あれ? トーヤ?」

 ぎくっ。

「待って、どこいくの?」

「いやアレだ、もう一部屋とるんだよ。オレはそっちにいるからな」

 ミオの熱っぽいひとみが、じっとオレを見た。

「いかないで……」

「え?」

「ボクを、おいてかないでよ……」

 うん。……うん? いや、どうゆうことぉ!? ちょっと待てよぉ! 女の子と二人っきりの部屋で寝れるわけないだろぉ!?

「とぉやぁ……」

 いや、そうだろうな! そうなんだろうな!! わかったよ!! いればいいんだろ、いれば!!

「じゃ、じゃあ、オレはこっちのベッドにいるからな。ミオもゆっくり寝とけ……」

「うん……」

 部屋の反対側にあるベッドに座るオレ。なんてゆうか……どうすんだよコレ?

「あ、トーヤぁ……?」

「な、なんだよ?」

「ねえ、ちょっと胸が苦しいんだ。胸当て、取ってもらえないかな?」

 えっ!?

「ど、どうやってやるんだよ?」

「後ろに留めるところがあるから……」

 いや、そんなの……オレにできるわけ……でも、やるしか……。

「ちょ、ちょっと起こすぞ?」

 ミオの背中を支える手が震えてる。緊張するな、大丈夫だ。ここまでおんぶで連れてこれただろ!? やれる! オレならやれるんだ!

 胸当ての留め金を外して、胸当てを取った。ミオの、体臭のようなものが、ふわっと顔にあたって……落ち着けオレ、女の子のにおいがどうとか……そんなことはどうでもいいッ!! 理性ッ!! お願いだぁッ!! オレを紳士にしてくれえええッッ!!

 ……ミオをもう一度ベッドに寝かせて任務完了。オレはやり遂げたんだ!

「あ、トーヤ、あのね……」

「こ、今度はなんだよ?」

「ま、股当てもお願いできる?」

「……」

 心を無にしよう! きっとすべてはそこから始まるんだ! 一瞬、意識がとぶ。そして気付いたときには、ミオの股当てがベッドわきの小さいテーブルの上に置かれていた。さすがオレ! がんばった!

「ありがとう……」

 ミオはオレを見て、安心したように微笑んだ。そして目を閉じる。オレはミオにふとんをかけて、部屋の反対側のベッドにすごい勢いですべりこんだ。寝るんだ! 今日はもう寝るんだ! 寝るしかないんだ! とにかく今は寝るしかないんだぁッ!

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