5
まだ日も出ていない明け方の五時過ぎ。ホームに近づいてくる始発電車を見て、ベンチから立ち上がる。
しゅー、という音を立ててドアが開いた。車内は誰もいない。まだ人の気配のない、張りつめたような冬の空気を携えた電車に乗り込む。
座席に着くともう暫く眠っていない脳が冬の寒さすらも気にすることなく微睡を呼ぶが、今眠ると寝過ごしてしまいそうだった。実家で休んでいけば良かったのだろうけれど、あの町には居たくなくて、こうして始発電車に乗っている。
振り返って窓外を眺めると町が遠ざかって行くのが分かった。冬だからか、小さくなっていくそこはやけに荒涼として見えて少しだけ寂しさのようなものを感じる。いずれ、あの町も死んでいくのかもしれないなんてことを思う。
「それで? 良いのか、何も言わずに出て行って」
隣の席に座った雅灯に聞いてみた。雅灯は、僕とは違い窓外を見ずにただ前を向いている。
「いんだよ、別に。私がいなくても大丈夫」
「仕事も?」
「まあ、大丈夫でしょ」
雅灯は無邪気に笑って言う。
「行けるところまで行ってくれるんでしょ」
「……流石に明日こそ仕事に行かないと不味いんだけど」
「行けばいいんじゃない? あの町は動かないんだから、東京まで逃げればそれでオーケーです」
「東京に行って、その後のプランはあるのか?」
「大丈夫だよ、貯金は割とある方だから」
「そうか」
何が大丈夫なのかは分からないけれど、まあそう言うのなら大丈夫なんだろう。
それに、昨晩死にかけた、あるいは一度死んだ僕らに出来ないことなんてないように思えた。少なくとも、僕みたいなのでも生きているのだ。雅灯が東京で生きていくことくらい、なんとなる。
「それに、真尋クン。あのリボルバーの主が地元に居たら危ないから逃げるしかないのですよ」
若干後付けじみた理由だけれど、実際に、バレたら今度こそ本当に死にかねないのだ。確かに逃げた方が良いのだろう。
結局、最後の弾倉に込められた一発を海に撃って、リボルバーは海に放り投げた。もし見つかったとしても錆びだらけで、僕らの温度はもう残っていない。
「終わってみればさ、呆気ないものだったよね。リボルバー一丁で、弾丸ひとつで、何が変わると思ってたんだか」
雅灯の言う通り、僕らは期待をし過ぎていた。幾ら非現実でも所詮リボルバー。世界を丸ごと作り変えることなんて出来る筈がない。
けれど、最後のトリガーを引いて、確かに何かが変わった。それはうまく言葉には出来ないくらいささやかな何かかも知れないけれど、僕らにとっては大きなものだったんだと思う。
少なくとも、あれのお陰で僕らの時は動き始めたのだから。
暫く心地よい電車の揺れに身を任せていると、ふと肩がぼうっと温かくなる。ゆっくりとその方を見ると疲れ果てた雅灯が眠っていた。眠いのはそっちだけじゃないんだ、と言いたくなったが、気持ちよさそうな寝顔の前に愚痴は口の中で溶けていく。
きっと雅灯のこの眠りは、今まで囚われていたしがらみから解き放たれた安堵の眠りなのだろう。その眠りを妨げる権利は、例え共犯者にだってありはしない。
温かな朝の陽ざしが車内に差し込んだ。もう一度窓の外を振り返ると町は既に見えなくなっていた。
電車は僕らを抱えて、止まっていた僕らに合わせるようにゆっくりと冬の朝をゆく。
トリガー しがない @Johnsmithee
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