第55話 大成功

 ブラウマンさんのライブは大成功の中、幕を閉じた。


 ネブリミア王国でのライブもあって、テラスヴァニルのライブは王族たちをただ喜ばせるだけのものになるだろうという見方が開催前に囁かれていたけど、結果的に野外ライブは12万人ものお客様が入り、これまでで最高の観客動員数を記録することになった。


 大成功した理由はいくつかあるそうだけど、逆にネブリミア王国でのライブが残念なことに終わって、ブラウマンさんが引退するのでは、という憶測が広がったことも1つだそうだ。

 テラスヴァニル王国が最後のライブになるかもしれない、と考えた遠方のブラマーたちが続々集まってきたらしい。遅れたブラマーもいたそうだから、開演が少し遅れたのは良かったのかもしれない。


 当然、引退するという噂は、ブラウマンさんによって一蹴された。

 今後も精力的に音楽活動を行っていくことをブラマーたちの前で宣言していた。

 しかも今後はネブリミア王国に変わって、テラスヴァニル王国が全面的にバックアップすることも合わせて発表された。

 これはシャヒルが動いたのではなくて、王族の中に熱狂的なブラマーがいるらしい。

 とはいえ、スポンサー探しをしていることは、シャヒルから聞いたみたいだけど……。


 ちなみに、本人は公表していないのだけど、ブラウマンさんと前スポンサーだったネブリミア王国との軋轢が、ブラマーの間でしばらく話題になった。

 実際、発表された世界ツアーでは主要国の中で唯一ネブリミア王国だけが、開催未定のままになっている。これを理由に、ブラマーたちが色々な憶測を広げて、ネブリミア王国でのライブは、王国側が失敗するように何か仕組んだのではないのか――なんて陰謀論まで飛び出す始末だ。


 しかも、あながち間違っていないとも言えないところが怖い。

 これでネブリミア王国製品の不買運動なんて起こったらどうなるんだろう。

 まあ、私はもう関係ないからいいけど。






「カトレア殿。シャヒル王子。改めてお2人には感謝申し上げる」


 ライブが終わってからしばらくして、シャーレアを訪れたブラウマンさんは、私たちに向かって一礼した。


 私は魔導攪拌器【改】の改良のためのアイディアを練るため、シャヒルは仕込みのためにシャーレアにやってくると、ブラウマンさんが店の前で待っていたのである。

 まだ早朝で、通りの人もまばらだ。ブラウマンだと気づく人もいたけど、早朝ということもあって騒ぐ人は少なかった。


「わざわざ挨拶に来てくれたんですか?」

「良かったら、食べていきます? 豚の角煮すぐ作りますよ」


 シャヒルは手招きするが、ブラウマンさんはシルクハットを頭に載せると、軽く首を振った。


「ご厚意だけ受け取っておくよ。これからまた出ていかなければならないからね」

「そうですか。残念です」

「また会えますよね。ここテラスヴァニルで」

「もちろん、ここが世界ツアーの最終地になる予定だ。2、3年はかかるかもしれないが、多くの人に私の音楽を届けるつもりでいる。凄腕錬金術師から、大量の替えの精霊石も貰ったしね。それにコラーを使った豚の角煮は、死ぬまでにはもう1度食べてみたいし」

「死ぬまでになんて大げさすぎますよ。2年でも3年でも待っているので、必ず食べにきてください」

「ああ」


 シャヒルとブラウマンさんは硬く挨拶を交わす。

 〝氷の瞳アイス・アイズ〟と、朝の空をそのまま映し取ったような青い瞳が交錯する。2人とも薄く微笑む姿は、早朝の空気もあってか、とても絵になるものだった。


 ブラウマンさんは私に手を差し出す。握手かと思いきや、違った。

 私の前で跪くと、甲に軽くキスをする。

 真っ赤になった私の顔を見て、ブラウマンさんは笑った。


「カトレア殿も……。どうかシャヒル王子とお幸せに」


 シルクハットを被り直すと、ブラウマンさんは軽く片目を瞑る

 私たちに背を向け、隣国行きの馬車に乗った。 


 こうしてブラウマンさんは次の国でライブをするために旅立っていった。




 ◆◇◆◇◆ 数日後 ◆◇◆◇◆




 おかげさまでシャーレアは活気づいていた。

 ブラウマンさんのライブで有名になり、地元の人も足繁く通ってくれている。常連になってくれた顔なじみもできた。


 相変わらず商人や旅行客も引っ切りなしに訪れている。

 なんでも、ブラウマンさんがライブで宣伝してくれているようだ。

 おかげで飛ぶように『コラーの豚の角煮』が売れている。そのために魔導炊飯釜を2台増やさなければならなかったほどだ。



 さらに、シャーレアには新しい料理が生まれていた。 



「お姉ちゃん!」


 お店の窓越しに私が迎えたのは、ライブで出会った親子連れだった。

 今日は三世帯に渡って来てくれたのだが……。


「こんにちは。……でも、ごめんね。今満席なの」

「またなの~。残念。『コラーの豚の角煮』を食べたかったのに~」

「ごめん。また今度来て」

「しょうがないなあ。じゃあ、またあれちょうだい。ブラウマンスペシャル」

「わかったわ。ちょっと待ってね」


 私は目の前の魔導攪拌器【改】改め、魔導調合器と名付けた魔導具に材料を入れる。


 〝調合〟と名付けたのは、混ぜ合わせるという意味があることと、薬などを配合するという意味があるからとった。この魔導調合器は食材だけではなくて、薬の調合にも使える。用途を食材だけに絞らせないために、2つの意味がある言葉を付けたのだ。


 すでにギルドに申請を出して、速攻で技商権を貰った。

 どうやらテラスヴァニル王国の典医さんが、ギルドに積極的に働きかけてくれたらしい。ギルドの中には薬や医学に関する部署もある。そこに推薦状を出したそうだ。スライムラップの時と同じ理由で、技術を他国――特にネブリミア王国に渡さないためだ。


 お礼として典医さんには1台作り預けてある。私以外の人が使って、何か不都合な点がないか調べるためだ。半年間使ってみて、問題の吸い出しをするとなると、おそらく本格的な量産は来年になるかもしれない。


 魔導炊飯釜の注文があるけど、すでにこの魔導調合器についても20台以上の注文を貰っていた。

 今は試作段階という名目で待ってもらっているけど、これは本格的に人を雇うか、どこかの工房に頼んで委託生産してもらうことになるかもしれない。


「お姉ちゃん、まだ?」

「あ。ごめん」


 魔導調合器の中には、ピンク色に赤いぶつぶつのついたスージーができあがっていた。


「ブラウマンスペシャルこと、林檎の蜂蜜入り檸檬スージーだよ」

「わーい。ありがとう」


 私からスージーを受け取ると、子どもさんは喜んで家族のもとに駆け寄っていった。

 さらに注文が続く。私は大わらわだ。


 テイクアウトに、スージーを選んだのは大正解だった。

 昔国民食といわれたスージーの復活を望んでいたテラスヴァニル王国の人は多かったらしい。そもそも昔のものを大事にする国民性にあったのだ。


 それに私でも作れるところがいい。

 材料を入れて、魔導調合器を起動させるだけで簡単だ。

 ただスージーが売れすぎて、他のことができないのが難点だけど。

 魔導調合器の動作検査だと思えば、これも魔導具開発の一環だと自分に言い聞かせていた。


 でも、スージーが売れているのは、それだけではない。

 実は今、シャーレアの前には大きな看板がそびえていた。

 そこには黒いスーツに、黒のシルクハット。〝氷の瞳アイス・アイズ〟を光らせ、手にスージーを持ったナイスミドルが描かれている。


 そう。ブラウマンさんである。


 シャーレアのために無料で広告塔になってくれたのだ。

 効果は見ての通りである。

 ライブで宣伝してくれるだけでもありがたいのに、まさかシャーレアのイメージキャラクターになって、看板にもなってくれるなんて……。


 大枚を叩いていてスポンサー契約をしていたネブリミア王国の営業課長とやらが聴いたら、驚くでしょうね。


「カトレア、どうしたんだい?」


 振り返ると、シャヒルが立っていた。

 私の肩を優しく抱いて、尋ねる。


「そうね。『営業課長、ざまぁみろ』ってとこかしら」

「ははは。まだ根に持っていたんだね。……でも、大丈夫だよ。君よりずっと怖い人が、とてもお怒りだからね」


 シャヒルはニッと白い歯を見せた。

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