第54話 ブラウマン、復活!

 シュゴッ!


 何かを吸い込むような音が聞こえた後、中のユニコーンの角はゆっくりと回り始める。

 最初は目で追えていたものの、段々と速度が上がっていく。

 硝子の中はすっかりクリーム色に染まった。


 硝子容器を叩く音がするけど、耐衝撃にも優れた硝子だからビクともしない。

 ただ震動は大きくて、魔導攪拌器【改】の本体を押さえておかないと、今にもポンと飛び出しそうだった。

 この辺りは、衝撃吸収に優れた材料を使ったりして、改良しなければならないだろう。


 やがて震動が小さくなっていく。

 硝子容器から発せられていた音も収まっていった。

 今は砂が流れていくような音がするだけだ。


「終わりましたね」

「な! もう終わったのか?」


 典医さんは驚く。彼だけではなく、横で見ていたブラウマンさんも感心していた。

 早速、硝子容器の蓋を開けてみる。中を覗くと、先ほど輪切りにされたユニコーンの角は、貝を砕いたような真っ白な粉状になっていた。


「すごい!」


 典医さんは絶賛する。

 私は風を送り出す小さな空気穴に、横からスリットを入れて固定した。

 硝子容器を取り外すことができるのだが、空気穴から内容物が出ないようにするためだ。

 装置から取り外し、蓋を開けて器にける。


 おお! と歓声が上がった。


「典医さん、早く飲ませてください」

「わかりました」


 典医さんは鞄から秤を出して、ブラウマンさんにあった分量を計る。

 ブラウマンさんに水を一口飲ませた後、今度は水と一緒に粉状になったユニコーンの角を喉に流し込む。

 感覚がぼけけているから、飲む込むにもひと苦労だ。


 しばらく安静にしていると、ブラウマンさんが突然叫び始めた。


「お! おおおお!!」


 何事かと思ったが、ブラウマンさんの顔に血の気が戻っていく。

 顔の前に手をかざし、早速指先の感覚を確認する。


「痺れがなくなってる。感覚が戻ってる」


 飛び跳ねるように簡易ベッドから起き上がる。

 周りのスタッフが飛び上がって喜ぶ。私は小さく拍手を送った。


 典医さんは念のためブラウマンさんの指を調べる。軽く叩くと、今度は指が反射的に動いた。鑑定魔法もかけて、状態を確認する。


 くるりと私たちの方を向いて、1つホッと息を吐いた。


「もう大丈夫でしょう」

『やったぁぁぁぁあああああああ!!』


 テントの中は大騒ぎだ。

 大きく歓声が上がり、手を叩いて喜んでいる。

 ライザーも兎みたいに跳ね回り、ステルシアさんとハイタッチをしていた。

 私もシャヒルの方を見て、目を細める。


「うまくいったね、カトレア」

「ええ。本当に良かったです」


 ブラウマンさんはベッドから起き上がる。早速、相棒のマグナムを引き寄せると、弦を弾いた。いい音だ。マグナムもきっとブラウマンさんの復活を待っていたのだろう。


 すると、外から波のように猛烈な歓声が上がった。


 さっきのブラウマンさんが奏でた一音が、再開演を待ち望んでいるブラマーたちを熱狂させたのだ。その証拠にステルシアさんは嗚咽を殺しつつも、涙を流してブラウマンさんの復活を喜んでいる。


「よし。行くか……」

「お待ちください、ブラウマン殿」


 止めたのは典医さんだった。


「毒の影響で体力が落ちています。それにあなたはお歳です。若い頃とは違う」

「典医さん……。また私にライブをやめろと」

「いえ。そういうことではなく、何か口にした方がいい。できれば、すぐに栄養を摂取できるようなものがいいのですが」


 何か口にするといっても、気づけば再開演時間までちょうど10分。

 今から料理を作っていては間に合わない。 


「それでは、バーガーを買ってきましょうか。あれなら」


 ステルシアさんは提案したが、それを制止したのはシャヒルだった。


「いや、バーガーなんかよりももっといいものがある。ブラウマンさんが元気になったら、何か作ろうと思って、実は事前に用意していたんだ」


 シャヒルは鞄の中から、生姜と蜂蜜、さらに出店で売っていた林檎と蜂蜜を取り出す。


「カトレア、もう1度魔導攪拌器【改】を貸してくれないかな?」

「あれを作るつもりね、シャヒル」

「ふふん。その通り」


 シャヒルは包丁と携帯用のまな板を取り出し、林檎と檸檬を皮がついたまま輪切りにする。それを洗った魔導攪拌器【改】の硝子容器に入れて、蜂蜜、生姜、さらに氷を入れた。


 起動させると、再び硝子容器の中の内容物が回り始める。

 先ほどと同じく、音を立てると、中で赤い粒のようなものが高速で回っていた。


 攪拌が終わると、ユニコーンの角の粉を取り出した要領で硝子容器を取り外す。

 グラスの中に注ぐと、赤いつぶつぶのついたオレンジ色のジュースで満たされた。


「林檎の蜂蜜入り檸檬スージーです」


 私もシャヒルから聞いて初めて知ったのだけど、スージーとは昔テラスヴァニル王国で流行った健康食品のことだ。


 労働者の実に6割を占める鉱員たちの栄養不足が問題になった時に推奨された料理で、果物や野菜などを石臼などで挽いて、それを水で溶いて飲むことが健康にいいとされてきた。

 これは意外にも爆発的なヒットを生み、バーガーが流行るまでの国民食としてもてはやされたのだという。


 シャヒルが作ったのは、そのスージーの改良版だ。

 ただ果物や野菜を擂りつぶしただけのスージーはあまりおいしくなかったらしい。けれど、良薬ほど苦いという言葉があるとおり、それを信じてテラスヴァニル人は飲み続けていたそうだ。


 シャヒルが作ったのは、そんなスージーのイメージを覆すものだ。


「どうぞ飲んでみてください」


 勧められたブラウマンさんは、色みも鮮やかなスージーを見つめた後、グラスを傾けた。一口飲むと、ブラウマンさんの顔色が変わる。

 すると、一気に飲み干し、グラスを空けてしまった。


「うまい! もう1杯!!」


 思わずおかわりを要求するほどおいしかったらしい。


「私は酒が好きで、甘いのは苦手なのだが、これはうまい。蜂蜜を入れていたからもっと甘ったるいのかと思っていたが、そんなことはない。蜂蜜の甘みを、檸檬と林檎の酸味がうまく打ち消しあっている。生姜もピリッと効いてていいね」


 冷たい〝氷の瞳アイス・アイズ〟が、これまで見てきた中で1番穏やかに笑っている。ブラウマンさんが心底シャヒルが作ったスージーを気に入っているのがわかった。


「何より皮を入れたのがいいね。微かだが、プチッとした食感があって、フルーツを丸ごと食べているような感覚を感じる。氷と一緒に入れたことによって、よく冷えてるのもいい。病み上がりの身体を、シャキッとさせてくれたよ」


 そう言って、ブラウマンさんは立ち上がる。

 先ほどまではまだ毒の影響を感じられたが、ネクタイを締め直した姿は、初めてシャーレアに来た時と同じくダンディ――――いや、それ以上にビシッと決まっていた。


「再開演2分前です」


 外のスタッフが呼びに来る。

 ブラウマンさんは今一度、自分の相棒を握ると、黒のシルクハットをロマンスグレーの頭に収めた。


「カトレアさん、シャヒル王子、そしてここにいる全員に感謝する。心配と迷惑をかけた」


 ブラウマンさんは厳かに頭を下げる。


「その恩は今から始まるライブで返すつもりだ。最高のステージにするから見ててくれ」

「はい!」

「楽しみです」


 私とシャヒルはそれぞれ声をかける。

 テントの幕を払いのけると、ブラウマンさんは舞台に上っていった。



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