第53話 ユニコーンの角

「ユニコーンの角!?」


 私は思わず声を荒らげてしまった。

 医者や薬師だけではなく、魔工師にとっても伝説的な素材の1つだ。

 魔力の伝達率は、最高クラスの9割。熱にも、寒さにも強いため、酷所で使われる魔導具などに使われる。


 一方、紛状にすれば万能薬にもなり、て、不治の病にかかった人間が買い求めると聞く。

 かといって、実体はそこまで万能というわけではないそうだ。


 誰でも知っている万能薬の名前を聞いて、典医は眉宇を動かした。


「王子……。あまり人前で、その名前を挙げないでいただきたかったのですが」

「もしかして、王宮にあるんですか? ユニコーンの角が……」


 私が質問すると、典医はやれやれと息を吐いた。


「ええ。ただしあれは王族の方専用のお薬です。とても貴重なもの……。王族の方が許すかどうか」

「なら、俺が許す。これでいいだろ? それとも、そこにまだ残ってるお酒でも飲もうか?」


 シャヒルは毒物が混入されていると思われるお酒を指差した。

 典医はギョッと目を剥いた後、眉間を揉む。


「わかりました。王族方から是が非でも治せと言われていますし、叱られることはないでしょう」

「大丈夫だ。俺が証人になってやる」

「まだ問題はあります。ユニコーンの角を薬として使うには、紛状にする必要があります。それができるのは、高位の風魔法だけです」

「魔法? 石臼とか薬研ではダメなのか?」

「ユニコーンの角は硬く、物理的な破壊は難しいのです、王子」

「なら、その風魔法を使用できる者を呼べばいい」

「1人いたのですが、高齢を理由にやめてしまいました。訓練はさせておりますが、未だに使用できる人間は」

「ギルドから派遣してもらえばいいだろう」

「私もそう進言したのですが、外部の人間を王宮に招くことになるため渋られまして。過去、ギルドから招いた魔法使いが暗殺者だったという例もあったので。おいそれと持ち出すわけにもいきませんし」


 シャヒルは赤い髪を掻く。

 信用できる者しか王宮に入れたくないということだろう。

 ましてテラスヴァニル人は魔法を嫌っている。

 手練れの魔法使いともなれば、警戒するのも頷ける。


「風魔法か……」


 私も使えるけど、生活レベル程度だ。

 素材を粉状にするなんて芸当はできない。高位の風魔法というけど、たぶん恐ろしいほどの魔法制御が必要なんだと思う。


 素材を切り、粉みじんにした上で、その粉末が辺りに飛び散らないように制御する。

 確かに難易度が高い。


「あれ……。でも、もしかしてあれが使えるんじゃないかしら」


 顔を上げると、シャヒルはすでに笑っていた。


「どうやら、同じことを考えていたようだね」

「ふふ……。そうみたいね」


 私たちは同時に頷く。


「よし。俺は舞台に出て、トラブルがあって、開演時間が延びたことを説明しよう」

「シャヒル王子自ら?」


 横でずっと聞いていたブラウマンさんが驚く。


「王族の言葉なら信じてくれるはずだ。ブラウマンほどではないが、これでも王族の中では人気がある方だからね」

「かたじけない」

「確認だが、薬を飲んだ後、どれぐらいの効果がある」


 質問された典医は少し考えてから答えた。


「ユニコーンの角は即効性がある薬です。5分もしないうちに、指先の痺れはなくなるはずです」

「わかった。じゃあ、30分だ。遅らせよう」

「その間に、私はシャーレアに戻って例の魔導具を持ってきたらいいのね」

「ライザーに乗って行くといい。大丈夫だな、ライザー」

『バァウ!』


 吠えると、ライザーは「乗れ」とばかりに私に背中を向けた。

 ちょっと不安だったけど、実はもう何度か乗ったことがある。

 狼よりも大きいから、小柄な私なら馬みたいに乗ることができる。

 馬と違って、鞍がないから若干怖いけども。


 私はライザーにしがみつく。

 モフモフの毛に触れて、ちょっと気持ち良かった。


「行け、ライザー」

『バァウ!』


 心の準備が整う前にライザーは走り出す。

 まさしく風だ。

 一陣の風となって、私たちはライブ会場を飛び出していく。


(待っててください、ブラウマンさん)


 ライザーにしがみつきながら、私は強く心の中で叫んだ。




 ◆◇◆◇◆ 再開演 20分前 ◆◇◆◇◆




「お待たせしました」


 私はブラウマンさんがいるテントにライザーと一緒に飛び込む。

 テントの中の空気は私が出ていった時とあまり変わらない。その代わり、ステルシアさんが立っていた。王族方への報告を終えて、戻ってきたのだろう。


「ステルシアさん、王族方への報告はどうでした? 衛兵は動いてくれるのでしょうか?」

「ご心配なく。……ただ国境に検問を敷くにも、さすがに半日ほどのタイムラグがあります。それまでに逃げられる可能性があると仰っていましたが、全力は尽くすと……」

「そうですか」


 犯人の正体は気になるけど、今はブラウマンさんの治療の方が先決だ。


「カトレア、持ってきたかい?」

「はい」


 私は背中に背負った袋から魔導具を取り出した。

 鉄製の台座の上に、ジョッキサイズの硝子容器。下の台座はゴツくて、鉛色をしているのに対して、硝子容器は薄く水色に彩られた色硝子だった。容器の上には蓋があって、色硝子の凸部に引っかけて止めることができるようになっている。


「これは……? 見たこともない魔導具ですが?」

「名前は決めていませんが、仮名称は『魔導攪拌器【改】』です」

「『魔導攪拌器【改】』?」

「ネブリミア王国で作られた魔導攪拌器を、もう少し使いやすく、安全にした使用できるもの――といえばわかりやすいでしょうか?」


 従来の魔導攪拌器は外刃が飛び出た状態だった。生クリームを作る時なんかは便利だけど、子どもが使うには少々危なっかしい魔導具だ。


「そこで私は外刃部分を密閉して使うことを考えたのですが……」

「うん? 外刃の部分がないようだが」


 典医さんは硝子容器の蓋を開け、中を覗き込む。


「はい。もういっそ外刃ごとなくしてしまおうと」

「え? では、どうやって?」

「魔法です。容器の中で風魔法を送り、その遠心力と、圧縮した空気を使って、中身のものを粉々にすることができました。外刃もないですから、安心して使えますし、万が一蓋が取れるようなことがあっても、自動的に止まるようになってます。それに元々戦闘級ではない生活魔法などで、蓋を取れば拡散されて、ただのそよ風になります」

「なるほど。密閉されるからこそ空気が圧縮されて、中のものが粉々になる仕組みか? しかし、硝子容器が壊れないのですか?」


 典医さんの質問はもっともなものだ。

 それがこの魔導具の1番難しかったところでもある。


「この中で起こるのは魔法で生み出された風です。なので、耐風魔法コーティングをほどこしました。具体的にはレイニングバードの羽根を原料にしたものを硝子に混ぜて、作ってあります」

「レイニングバードか。嵐の中でも飛べるという魔獣の羽根を使ったのか」


 現状まだ試作段階なので、量産品は違う素材にチャレンジしたい。

 レイニングバードは発見が難しく、稀少な魔獣だ。その素材費は他の魔獣と比べても高価だ。今回たまたま候補に上がって使用したけど、コストと今後の量産のためには、別の魔獣の素材を探すつもりだ。


「カトレア、早速試してみよう」


 おっと……。

 また私の悪い癖が出てしまった。

 再開演まで時間がない。早くユニコーンの角を粉々にしないと。


「ユニコーンの角をいただけませんか?」


 最後の最後まで悩んでいた典医さんは深く頷き、鞄の中から高級そうな包みを取り出す。

 それを開くと、クリーム色をしたユニコーンの角の一部と思われるものが現れる。

 触ってみると、思いの外軟らかい。軽く力を入れると、凹むのだがそれ以上はいかない。こんな素材、見たこともない。なるほど。これは確かに一筋縄ではいかなそうだ。


 私は早速ユニコーンの角を、薄い水色の硝子容器に入れる。


(どうか。うまくいきますように)


 祈る気持ちで、魔導攪拌器【改】を起動した。

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