第51話 心優しきブラマーたち

昨日小説の方が発売されました。

よろしくお願いします。



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 ◆◇◆◇◆ 開演30分前 ◆◇◆◇◆



 出店から戻ってきた私とシャヒルは、ライブ会場に戻ってきて開演を待っていた。


 ブラウマンさんの演奏を見るために、続々と人が集まり始めている。

 1時間前に来た時よりも、人の密度が濃くなりつつあった。

 テラスヴァニル王都にいる全市民が集まっているんじゃないかと思う程の賑わいだ。


「楽しみだね、カトレア」

「ええ!」


 他愛もないことを話しながらシャヒルと待っていると、不意に声をかけられた。


「あ。シャーレアのお姉ちゃんとお兄ちゃんだ!」

 子どもの甲高い声にハッとなる。

 振り返ると、シャーレアの近くに住むご家族が揃って、ライブ会場に押しかけていた。


 ブラウマンさんの一件をきっかけにして、シャーレアによく食べに来てくれる一家で、祖父母、ご夫婦、お子さんの三世代に渡って、うちの常連さんだ。


「こんにちは」

「あんたらも、ライブに来たのかい?」


 質問したのは、お爺さんだった。

 どうやら生粋のブラマーらしい。きっちり黒のスーツに身を包んでいる。

 ご夫婦は年甲斐もなくというのだが、私は今のブラウマンさんしか知らないから、むしろビシッと決まっていてカッコいいと思ってしまった。

 ブラウマンさんと同じく背が高く、背筋もピンとして溌剌としているから余計にだ。


 そのお爺さんは感慨深げに、舞台の方を見つめた。


「あんたたちには、感謝してるんだ」

「え?」

「わしらはみんなブラウマンのファンでな。この前行われたネブリミア王国でのライブも行ったんだ……」

「え? ネブリミアまで行ったんですか?」


 すごい。私はシャヒルのおかげで行き来できているけど、一般人が外国へ行くのはなかなか難しい。たとえ隣国であろうとだ。外国渡航券を入手しなければならないし、何より滞在費用、移動費用など諸経費がかかる。


 家族全員となれば、さらに倍かかるだろう。

 それでも大好きなブラウマンさんのために、外国に行くなんてなかなかできることじゃない。よっぽど好きなのだろう。


「ああ。……でも、演奏はひどいもんだった。若い頃から聞いているが、過去最低といってもいい。あんなに苦しんでいるブラウマンを見たのは、初めてだ」

「苦し……む……?」

「でも、ブラウマンのひどい演奏以上に、わしらブラマーが何もしてやれないことが苦しかった。多分、みんな同じ気持ちだったと思うよ。ブラマーは家族だからね。……とにかく祈るしかなかった。無事に終わって欲しいってね。そして、もう1度立ち上がって、ブラウマンの音を聞かせてほしいって思ったんだ」


 うん。やはりこの人はブラウマンさんのことが好きなんだ。

 ネブリミアまで行って、パフォーマンスを見せられなかったブラウマンを責めるんじゃなくて、逆に気遣うなんて。なかなかできることじゃない。


 正直に言えば、それがブラウマンさんにとって良かったことなのか、悪かったことなのかわからないけど、心配するブラマーたちの気持ちだけは話を聞きながら痛いほど伝わってきた。


「ブラウマンは引退するんじゃないかって思ってた。でもだ――――」


 お爺さんは私の肩を抱く。

 顔を真っ赤にして、目に涙を溜めていた。


「あの夜、あんたたちの店から聞こえてきたブラウマンの音は最高だった。わしが知る限り、最高の音を奏でてくれていた。ブラウマンはあんたたちに感謝していた。あんたたちが、ブラウマンを救ってくれたんだろ。ありがと。本当にありがとう!」


 ついにはおいおいと泣き始める。

 よっぽど嬉しかったんだろう。


「私たちはブラウマンさんの魔導六弦器を修理しました。……でも、諦めずに立ち上がったのは、ブラウマンさん自身の力です。そして立ち上がらせてくれたのは、きっとファンの皆さんの願いだと思います。今からあそこで演奏できるのは、ファンのみなさんのおかげだと、ブラウマンさんはきっと思ってるはずですよ」

「ありがとうな、お嬢ちゃん」


 またお爺さんは泣き始める。

 そっとハンカチを差し出したのは、シャヒルだった。


「泣くのはライブが終わってからにしましょう。今から水分を出すのはもったいない」

「お、おおう! かたじけない。王子殿下の言う通りだ。ライブが終わってから泣くことにするよ。ブラウマン、復活だってな」


 そう言って、ご家族は離れていった。子どもがいて最前列は厳しいから、その手前でライブを見守るらしい。


 それにしてもライブの最前列って、そんなに危険地帯なのかしら。

 ステルシアさんと、ライザーは大丈夫かな?


「ブラウマンさん、愛されてるね」

「ええ。……シャーレア、あれぐらい愛されるお店にしなくちゃね」

「できるさ。君となら」


 私とシャヒルは見つめ合う。

 すると、シャヒルの後ろの方で見知った人が慌てた様子で走っていた。


 確かブラウマンさんの秘書さんだ。

 何か慌てて、ライブ会場のスタッフと話している。

 もしかして、トラブルでもあったのだろうか。


 気になった私とシャヒルは、秘書さんに話しかけた。


「あの……」

「ああ。あの時の。王子殿下もいらっしゃいました。その折、ブラウマンがお世話になりました」


 こんな時でも丁寧に頭を下げる。


「失礼。慌てていた様子だったので、声をかけさせてもらった。何かあったのかい?」

「設備のトラブルとか? 魔導具関係なら、私お手伝いできると思いますけど」


 私は進み出る。しかし、予想は外れた。

 秘書さんは首を振ると、声を潜める。


「内緒にしてもらいたいんですが、ブラウマンが倒れまして」

「え? ブラウマンさんが?」


 先日、あんなに溌剌と演奏していたのに、いきなり倒れるなんて。

 今回のライブのために根を詰めすぎたのだろうか。


「ライブ前……。緊張をほぐすためにお酒を嗜む程度ぐらいに飲むのですが……。いつものなら、それぐらいで酔ったりしないのですが、急に力が入らなくなった、と」

「……お医者さんは?」

「手配しているのですが、まだ時間がかかるかと」


 これだけの人だ。声をかければ、1人や2人お医者さんがいるかもしれない。

 でも、身分を偽っている可能性があるし、今ブラウマンさんの容態を聞いて、ライブが延期なんてことがあれば、暴動を起こすかもしれない。


 みんながあのお爺さんみたいな人ならいいけど、そうでない可能性も考慮しなければならない。


「わかった。俺がなんとかするよ」

「シャヒル王子が?」

「王族がゲストで来てるんだろ? たぶん、何か遭った時のために典医を帯同させてるはずなんだ。ブラウマンさんが倒れたと聞けば、手を貸してくれると思う。ひとっ走り行ってくるよ」


 シャヒルが走ろうと体勢を取ると、私は袖を掴んだ。


「大丈夫、シャヒル?」


 相手は王族だ。シャヒルは一部を除けば、王族から嫌われている。

 お母さんのこともあるけど、シャヒルが魔法を使うことができるからだ。

 ブラウマンさんのことがあっても、素直に帯同している典医を貸してくれるとは思えなかった。


 シャヒルは袖を掴んだ私の手を取る。

 冷たくなった私の手を温めるように、自分の手で包んだ。


「大丈夫。一応家族だしね。睨まれることはあっても、殺されることはないよ」


 シャヒルは優しく笑う。

 そっと私の手を押すと、そのまま走って行ってしまった。

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