第49話 私が好きなもの

 ブラウマンさんにコンサートのチケットをもらって、5日後……。


「すご~~~~い!」


 人の多さに思わず声を上げてしまった。

 今、私がいるのは王宮近くに設置されたコンサート会場――否、ブラウマンさんの野外〝ライブ〟会場だ。


 とにかく人、人、人だ……。

 テラスヴァニル王国王都で1番混雑する大通りでも、こんなに人はいないと思う程、人でごった返していた。


 開演1時間前だというのに、熱気も凄い。

 どこからか急に魔導六弦器の音がしたかと思えば、ブラウマンさんのコスプレをした人が演奏している。他にもブラウマンさんが着ていた黒のスーツに身を包んだ男性があちこちに立っていた。これまた老若男女問わずだ。

 ブラウマンさんを愛する人に、世代や性別は関係ないということだろう。


 そして、ここにも熱狂的なブラウマンファンことブラマーがいた。


 ステルシアさんである。

 今日はいつもの清楚なメイド服を脱ぎ捨て、黒のシャツに黒のパンツを身に着けている。

 いつもより髪が短いと思ったらウィッグをしているらしい。

 普段と違い、ボーイッシュな感じだけど、凜々しさは欠片も損なっていなかった。


「ステルシアは、本当にブラウマンさんが好きなんだな」


 シャヒルが苦笑いを浮かべながら、休息日の家臣の服装を見つめている。

 おそらくシャヒルがブラウマンさんのことを知っていたのも、ステルシアさんが好きなことを知っていたからだろう。


「これぐらいは当然ですよ。では、私は休日ですのでこれにて」

「え? どこへ行くんですか?」


 私たちの元から去ろうとするステルシアさんを呼び止める。

 すると、ステルシアさんは首だけ私たちの方へと向けた。


「ついて来ない方がいい。私が今から向かうのは、戦場ですので」


 せ、戦場!


「さあ、行きますよ、ライザー。目指すは最前列です!!」

『バァウ!』


 何故かライザーと一緒に、ライブ会場の前の方へと走っていく。

 ライザーを先頭に突撃していくと、人垣が綺麗に割れていった。

 い、いいのかしら、これ……。てか、ペットは前列ダメなのでは?


 ふと気が付けば、シャヒルと2人になっていた。


(もしかしてステルシアさんに気を遣われた。いやいや、あり得ないでしょ)


 そっとシャヒルの方を見る。

 向こうも私の方を見ていて、偶然にも視線が合ってしまう。

 ハッとなって、思わず目をそらしてしまった。


「2人になってしまったね、カトレア」

「え、ええ……。そうね、シャヒル」

「とりあえず歩く?」

「う、うん」


 思えば、こうして2人っきりになったのはいつぶりだろうか。

 少し考えたけど、そう言えば昨日の閉店後に2人で新メニューを考えていたことを思い出す。新メニューは順調だ。オペレーティング部分がクリアできれば、明後日にもお客様に出すことができるだろう。


(じゃなくて……)


 そう。割と私とシャヒルは何かと2人っきりになることが多い。

 シャーレアを共同経営しているのだから、当たり前だろう。

 段々と息も合ってきているように思う。

 これはたぶん、私がシャヒルを尊称なしに呼ぶようになったからだ。

 たったそれだけで、随分私はシャヒルと対等に話すことができた。

 初めて会った時、目も合わせられなかったことを考えると、随分と進歩したものだと思う。


 ただその……シャーレアにいると、どうしても話題が仕事の話になる。

 私は次の魔導具のアイディア、シャヒルは次の新しい料理。

 それはそれでとても楽しいのだけど、時々それでいいのかなって思う時がある。


「こうやって店の外に出て、2人で歩くのは久しぶりだね」


 シャヒルは私に声をかけた。

 思わず笑ってしまうと、シャヒルは「え? なんで笑うの?」と慌てる。

 動揺するテラスヴァニルの王子様を見て、私は微笑んだ。


「私も同じことを考えていたから。つい……」


 小さく声を上げて笑う。

 どうやら、考えることは同じらしい。

 最初に手を差しだしたのは、シャヒルの方だった。


「人がいっぱいだから。はぐれないように……」

「ありがとう、シャヒル」


 私はシャヒルの手を取り、歩き出す。

 シャヒルの手は温かく、そして力強かった。





 いざ2人っきりになってみると、何を話したらいいかわからない。

 それはどうやらシャヒルも同じらしい。

 いつも以上に落ち着かない様子だ。


 シャーレアでは仕事の話ばかりしている。

 さっきも言ったけど、それそれで楽しい。

 そもそもシャヒルも私も、ここのところ自分たちの仕事に熱中しすぎていて、ちょっとワーカーホリックなところがある。


 仕事以外の話題になると、ちょっと頭を使わなければならなかった。


(折角、ステルシアさんが気を遣ってくれたのに)


 ふとそんな考えがよぎるのだが、イヤイヤとかき消した。

 そもそも何を気を遣ってくれたのだろうか。

 いや、言わんとしていることはわかるのだけど。


 でも、私とシャヒルはそもそも……。


「カトレア、あれ……」


 ごちゃごちゃと考えていると、突然シャヒルが指差した。

 いつの間にかライブ会場の外縁部を歩いていた私たちは、出店を発見する。

 その出店の中に、意外なものが売られていて、私は興奮を抑えきれずシャヒルの腕をひっぱった。


「ねぇねぇ、見て! シャヒル!! あっちに魔導具があるわよ」

「見て見て! カトレア!! あっちにおいしそうな料理があるよ。タコ焼き? すごい! へぇ……。タコを食うのか?」

「面白そう!」

「うまそう!」

「こんな魔導具があるのね。これは勉強になるわ」

「タコ焼き、うまい。タコってこんなにうまいのか。食感もさることなら、身の中の旨みが――――」

「シャヒル、この魔導具なんだけど」

「食べてみて。このタコ焼き、めちゃくちゃおいしいよ」



 はっ……!



 互いの目が爛々と輝くのを確認し、私たちはようやく我に返った。

 しばし沈黙する。途端、また笑いがこみ上げてきて、私たちはお腹を抱えた。

 あれほど話す言葉を探していたのに、お互いの好きなものを見つけると、言葉が溢れてくる。


「つくづく私たちって……」

「俺たちって……」


 自分が好きなものが、1番好きなのだ。


 でも、それでいい。

 こうしてお互い笑ってられる。


 好きだからこそヽヽヽヽヽヽヽ好きでいられるヽヽヽヽヽヽヽ


 私は多くを望まない。

 シャヒルすきが側にいるなら、それでいい。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


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