第46話 魔弦楽家ブラウマン

「私なら直せるかもしれません」


 私の声は閉店したシャーレアに響く。

 思わず声を荒らげてしまって、お客様もシャヒルも驚いていた。

 お客様は顔を上げて、〝氷の瞳アイス・アイズ〟を光らせたる。


「君が……。料理屋の店員が? ありがたいが、気持ちだけもらっておくよ」

「その魔導六弦器、壊れてるんですよね?」


 私は食い下がる。


 見た目は綺麗だし、ちゃんと音も出ていた。

 でも、素人にはわからないぐらい微妙に何かおかしいのは間違いない。

 たぶんお客様の演奏がおかしいのではなく、魔導六弦器の方に問題があるのだろう。

 そして、それはお客様も自覚しているはずだ。


 私の訴えを聞いてもお客様は笑わなかった。

 髭を撫でながら、しばし考えに耽ると、再び〝氷の瞳アイス・アイズ〟が光る。


「君は何者だね?」

「彼女は魔工師です」


 シャヒルが私のことを紹介する。

 お客様は目を細めた。


「魔工師? ここは料理店ではないのかね?」

「ここは〝魔導料理店〟シャーレア。魔導具で作った料理を出すお店なんです。申し遅れました。俺はシャヒル・アス・テラスヴァニル。この店の経営者の1人です」

「シャヒル・アス――――。まさかテラスヴァニル王国の王子殿下か」


 お客様は慌てて立ち上がり、一礼する。


「失礼した、王子殿下」

「いえ。ここでは単なるお店の経営者ですから。楽になさってください」


 シャヒルは気を遣うけど、「はい。そうですか」と言って、姿勢を崩す人はそうはいない。

 私も初めの頃はそうだった。昔と比べると、随分と慣れたものだ。

 おそらく王子のことを呼び捨てにするようになったからだろう。

 それによって、妙にシャヒルとの距離感が縮まった気がする。


「間違っていたら申し訳ないのですが、有名な魔弦楽家のブラウマン・ビックリー殿ではないですか?」

「ブラウマン・ビックリー……。あっ――――」


 やっと思い出した。


 どこかで見たことがあると思ったら、王宮にいた時、この人の顔を何度も見た。

 直接の面識はないのだけど、魔導局の壁のあちこちにブラウマンさんの広告紙こうこくがみが貼られていたからだ。


 魔導具を売るにしても、ただ性能をひけらかすだけではお客様は集まってこない。

 だからネブリミア王国は、潤沢な広告予算を使って、魔導具の質の良さを世界に向かって発信続けている。イメージ戦略も積極的にやっていて、その1人がブラウマンさんだ。


 私が知る限り、とても有名な魔弦楽家で世界中のあちこちでコンサートを行っている。

 最大規模のものでは10万人を動員し、あまりに人が集まりすぎて、軍隊が出動する騒ぎになったというのは、世俗に疎い私でも知る伝説だ。


 演奏が神懸かっていたのも頷ける。

 むしろ私とシャヒルは、とても貴重な体験をさせてもらったと言えるだろう。


「お噂はかねがね。あなたはテラスヴァニル王国の国民にも慕われていますからね」

「お恥ずかしい限りです。ふらっと立ち寄ったお店に、まさか王子殿下がいらっしゃるとは」

「俺も閉店時間をすぎてやってきたお客様が、世界的に有名な魔弦楽家とは思いもよりませんでした。ああ。そう言えば、紹介が遅れました。彼女はカトレア・ザーヴィナー。もう1人の経営者で、このお店で使われている魔導調理器はすべて彼女が作ったものです」

「初めまして、ブラウマンさん。カトレアと申します」


 私は改めて頭を下げる。


「あの……。つかぬ事をお伺いするのですが、確かブラウマンさんはネブリミア王国の魔導局とスポンサー契約を結んでいらっしゃったと思うのですが」


 質問すると、急にブラウマンさんの表情が険しくなる。

 私の方に向けられていた〝氷の瞳アイス・アイズ〟は、明後日の方向へと向けられてしまった。


 もしかして言ってはいけないことを言っちゃった?


「ネブリミア王国とはスポンサー契約を切ったんだ」

「え?」

「だから、次のテラスヴァニル王国でのコンサートがおそらく最後になるんだろう」

「え? 魔弦楽家をお辞めになるのですか?」


 私が質問すると、ブラウマンさんは持っていた魔導六弦器を天井に向かって掲げ、眩しそうに見つめた。


「私もさすがに歳だ。年々衰えが来ている。こう見えて、あちこちガタが来ていてね。特に長時間のコンサートはさすがにキツい。……それに加えてこいつだ」

「魔導六弦器の何が悪いんですか?」

「悪いわけじゃない。若い魔弦楽家ヤツらにはこれでも十分すぎるほどだ。でも、私は納得できない。楽器のせいにするのは好きじゃないんだが、どうして自分の理想とする音が出ないんだ」

「以前も出ていたのでしょうか?」

「それも忘れてしまった。ネブリミア王国の魔導局が原因を探ったが、まったくわからないらしい。となると、原因は1つ。私にある」

「それは違います!」


 1歩前に出て、私は叫んだ。


「ブラウマンさんの腕でも、衰えでもありません。魔導六弦器に、私は問題があると思ってます」

「しかし、あのネブリミア王国の魔導局でも匙を投げたのだ。君では――――」

「カトレアは元々ネブリミア王国王宮錬金術師です。そこをやめて民間魔工師の資格を取りました。彼女の腕は、王宮魔工師にも劣りません。事実、彼女は王宮魔工師が作った物以上の魔導具を作りました」

「王宮魔工師以上……」

「嘘だとお思いになるなら、魔工師養成学校のエマ・ジーズ校長にご確認ください」

「エマ・ジーズといえば、初めて魔工師資格試験に合格した女性か。そんな彼女に認められているということかね?」

「はい」


 物は言いようだけど、シャヒルの言ってることは何も間違っていない。

 ブラウマンさんはそれでも迷っているようだった。

 しばらく思案した後、私に魔導六弦器を差し出す。


「私の相棒のマグナムだ。……ヤンチャだが、本当はとってもデリケートなヤツだから慎重に扱ってくれ」

「はい。大切に扱わせていただきます」


 私は早速、ブラウマンさんの相棒の調子を見る。

 胴体の下に取り付けられた精霊石を外すと、私は目を細めた。


「ん?」

「どうしたんだい、カトレア?」

「何かわかったのかね」


 唐突に首を傾げた私を見て、シャヒルとブラウマンさんは身を乗り出す。

 私は胴体をテーブルに置いて、しばらく精霊石を注意深く眺めた。

 時折、店の明かりに当てながら、琥珀色の精霊石を観察する。

 精霊石には、『雷』の属性の魔力が込められていた。

 この力が音を大きく増幅させている――翻せば、魔導六弦器の要はこの精霊石ということになる。


 さすがにギター本体の構造については門外漢だけど、精霊石となれば話は別である。


「やっぱり……」


 私は精霊石をテーブルの上に置いた。


「ブラウマンさん、落ち着いて聞いてください」

「う、うむ。何かな?」

「この精霊石なのですが……」

「ああ。精霊石がどうしたのだ?」


 私は1つ息を吸い、改まって口を開いた。


「この精霊石なのですが、以前私が磨いたものです」


 …………。


 …………。


 …………。


「はっ?」


 たっぷりの沈黙で溜めた後、ブラウマンさんは口を開き固まるのだった。

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