第45話 魔導六弦器
久しぶりの投稿ですが、pvが上がってきていて嬉しいです。
Webの投稿も頑張るので、10月3日書籍の方もよろしくお願いします。
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「はあ~。食べた食べた」
突然シャーレアにやってきた男性が、満足した様子でお腹を撫でる。
皿はもちろんのこと、白飯を入れた椀もすっかり空になっていた。豚の角煮の汁が皿や椀に残っているだけだ。
こうして改めて見ると、どこかで会ったような気がする。
ただいくら記憶を遡っても、私の知人に〝
「世界を回ってきて色んなものを食べたが、今食べた豚の角煮が一番だ」
「お褒めに与りありがとうござます」
シャヒルはお客さんに向かって頭を下げる。
「しかし、コラーを使って、ここまでおいしくなるなんて。不思議なこともあるもんだ」
「コラーは飲んでもおいしいですけど、調味料としても優秀なんです。まずコクのある甘みが普通の砂糖と違いを生みます。独特の風味を感じるでしょ? あと炭酸は短時間でお肉を軟らかくするから、時短レシピにもかかせません」
「時短レシピ……?」
「通常よりも短い時間で、おいしい料理を作ることが俺のモットーなんです」
「なるほど。料理というのは時間かければかけるほど、おいしくなると思っていたが……。そういう料理もあるのだな」
お客さんはロマンスグレー髪を撫でる。
遅い時間まで仕事をしていた自分を戒めるようだった。
「お代がわり、というと語弊があるな。もちろん代金は払うのだが、折角おいしい料理を食べさせてもらったんだ。1曲、君たちのために弾かせてくれないか?」
「1曲? お客様、音楽家なんですか?」
私が尋ねると、一瞬何か言葉に詰まった後、男性客は小さく笑った。
「まあ、そんなところだよ。……迷惑かな?」
「いえ! 是非聞かせてください」
シャヒルと一緒に椅子に座ると、お客さんは床に置いていた箱の蓋を開いた。
取り出したのはギターだ。
だけど、普通のギターではない。
瓢箪を大きくしたような胴体部の下には、精霊石が取り付けてあった。
「あれって魔導六弦器ね」
弦の振幅によって音を響かせるだけではなく、魔法の力を使って音色を変えたり、増幅させたりできる魔導具だ。
歴史は30年くらいと浅いが、愛用者は多く、魔弦楽家という単語も生まれた。
それ1本でプロとして活動する魔弦楽家もいて、熱狂的なファンがあちこちにいると聞いている。
私は魔弦楽家に興味はなかったのだが、魔導六弦器は王宮で作っていたからその構造は理解できている。
お客さんは足を組み、その上に魔導弦楽器を載せる。
準備が整うと、軽く胴体を叩いて拍子を取った。
「1、2……」
ジャンッ! 弦をかき鳴らす。
途端、春に吹く柔らかな風のような音圧が、私のプラチナブロンドの髪を撫でた。
心のどこかでもっとやかましいものだと思っていたが、全然違う。
繊細で優しく、ただの音楽なのに感謝の言葉が聞こえてくるようだった。
音楽に対して、お客さんのフレッドを掴む指捌きは、背筋を凍るほど巧みだ。
上へ下へと忙しなく、見ててこっちの指がつりそうになるほど鮮やかだった。
弦を弾くピックと呼ばれる小さな撥のような動きは荒々しく、しかし聞こえてくる音は柔らかなのだから不思議だ。
横で聞いていたシャヒルは目を瞑って、聴き入っている。
指先と足先で自然と拍子を取って、楽しんでいた。
私も同じように目を瞑る。
集中して聴くと、また音楽が違う。
弦を弾いた時に流れる空気ですら、音楽に思えてくる。お客さんが奏でる魔導六弦器の音はそれほど繊細で、気持ちが良かった。
(ん? あれ?)
不意に異変に気づいて、私は首を傾げた。
音楽は悪くない。何か異音のようなものが聞こえたわけではない。
でも、こうやって目を瞑り、心穏やかにしていると私には時々感じるものがある。
それは魔力の流れのようなものだ。
錬金術師として2年目ぐらいから獲得した感覚で、このおかげで難しい精霊石のカッティング作業もうまくいくようになった。
この感覚について、ベテランの魔工師に尋ねたことがあって、その魔工師はこう答えていた。
『震動には2つの種類がある。1つは物体そのもの震動。もう1つは魔力の震動だ』
今、私が感じているものは、その魔力の震動らしい。
ただこの感覚は、40年以上やってやっと得られる感覚らしく、ベテラン魔工師は気のせいだと一笑に付していた。そんな経験もあって、人前では話さないようにしてきたのだけど、最近になってその感覚を強くなってきた気がする。
作業に集中していると、魔力の震動というよりは小さな声のようなものが聞こえるのだ。
片方でお客様の心地よい音を聞きながら、もう片方で私はやや歪んだ魔力の声を聞く。
後者の声がやや大きくなっていくと、唐突にお客様は演奏を止めてしまった。
「はあ……。ダメだな」
大きくため息を吐く。
素晴らしい演奏であったことは間違いない。
だけど、お客さんの顔は暗く沈んでいた。
シャヒルは手を叩く。
「とても素晴らしいものでした。こんなに胸を打つ演奏を聞いたのは、初めてですよ」
「そうか。ありがとう。世辞でも嬉しいよ」
「世辞なんてそんな……。俺は心から言ってるんです。なあ、カトレア。素晴らしい演奏だったよね」
シャヒルは私に同意を求める。
確かに素晴らしい演奏だった。そして心が震えた。
でも、私の心は少し疲れていた。音が素晴らしくても、何か引っかかるものがあったからだ。そのストレスは間違いなく、私が聞いた魔力の音だろう。
たぶん、きっとそれは今私しかわからないものだ。
「お客様、気を悪くしないでもらいたいのですが」
「なんだね。君は私の演奏を気に入らなかったのかい?」
「いえ。お客様の演奏は素晴らしかった。でも、お客様自身は気に入っていらっしゃらないのではないでしょうか?」
私の問いに、お客様は一瞬躊躇した後、小さく頷いた。
「その通りだ」
「あの差し支えなければ、魔導六弦器を見せてくれませんか?」
「こいつを?」
「はい。もしかしたら、もしかしたら、私なら修理できるかもしれません」
胸の前に手を置き、はっきりとそう言った。
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