第40話 魔導炊飯釜で作る時短蒸し野菜と皮包みの焼き飯
宴会といえば、お酒。そして贅を尽くした酒肴だろう。
今のところテーブルに並んでいるのは、前菜程度でお腹を満足させるものでもない。
お酒を飲む人にはそれでもいいのだが、そろそろガツンと来るものが欲しいところだ。人間と違ってお酒を嗜まないライザーも、尻尾を振って待ちわびていた。
炊事場に立ったのはシャヒル王子だ。『熊の台所』のシェフが舌を巻くほどの腕を存分に披露しているのだろうと思っていたけど、シャヒル王子は魔導炊飯釜の前で仁王立ちしたままだ。
テラスヴァニル王国で作った魔導炊飯釜を総動員し、炊事場に並べた姿はなかなか圧巻だった。
すると、炊き上げが完了したベルがチリンと鳴る。
シャヒル王子は早速蓋を開いた。いつもなら白煙とともに、白米のおいしそうな匂いがするのだが、今日は少し違う。
少々首を傾げながら、ライザーと一緒に釜の中を覗き込んだ。
「あれ?」
入っていたのは、粒だった白米ではない。人参と馬鈴薯、
底には白米とあらかじめ焼いておいたと思われる鶏肉があって、白い湯気を吐いていた。
シャヒル王子は蒸した野菜や肉を丁寧に取り出す。どれも完全に火が通っていた。
それらをシャヒル王子は次々に調理して、一品に変えていく。
青椒は半分に切り、中の種を取り出す。トロ芋を擦ってかけ、魚醤を軽く回しがけして青椒のトロ芋がけを完成させる。
あらかじめ食べやすい大きさに切っておいた人参と馬鈴薯は、ヨーグルトに大蒜、塩だけのシンプルなヨーグルトソースでいただく。これはテラスヴァニル王国でよく食べた組み合わせだ。蒸し野菜の甘みに大蒜の利いたヨーグルトソースが絶妙に合う。普通の食事でも、こういう宴席でも合う万能料理だ。
メインはなんと言っても、包みに入った蒸し料理だろう。
薄切りにされた豚バラ肉と、
皿に盛りつけると、一気に3品の料理が魔導炊飯釜から現れる。
「へぇ。お米だけじゃないないんだね」
「なるほど。魔導炊飯釜は蒸し料理器具でもあるわけね」
「こりゃすごい。一食分、できちゃったよ」
女将さん、エマさん、母さんは感心仕切りだ。
父も顎をさすって、魔導炊飯釜の威力を見ている。
「普通の釜でもできる調理方法ですけど、それだと火の調整が難しく全体的に火が入らなかったり、火が入りすぎたりする問題があります。でも、魔導炊飯釜は常に一定の温度で炊き続けるので、水の分量や炊きあがりの時間さえ間違わなければ、蒸し料理もこのように簡単にできてしまいます」
シャヒル王子の説明に一言加えるならば、直火の調節は日によって変わる。
前に女将さんが家に飛び込んできた時も、王宮の星詠み予想から『火』の取り扱いに注意と出ていた。しかし、魔導炊飯釜は直火ではなく、『火』の精霊石を使った熱伝導を利用したものだ。
直火でないぶん、日毎の細かい調整がいらなくなるのも、1つのメリットと言える。
「さあ……。皆さん、食べて下さい。自信作ですよ」
シャヒル王子は胸を張る。
参加者たちはそれぞれ気になるものに手を付けた。
シャクッと気持ち良い音を鳴らしたのは、青椒(ピージヤン)のトロ芋がけを食べた女将さんだった。
「蒸しただけの青椒なんてうまいのかねぇと思って食べたけど、いけるじゃないか。食感がシャクシャクしてて、あたし好みだよ。蒸すと青椒ってこんなに甘いんだねぇ。おかげで魚醤がかかったトロ芋と最高の相性だよ。ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ……。あ~~っ、麦酒(ビラ)がうまいったらありゃしない」
空になった木製ジョッキを置く。
口端に付いた麦酒の泡を吹きながら、女将さんはとてもいい顔をしていた。
いい顔をしていたのは、女将さんだけではない。エマさんと母さんもスティック状に切られた人参をポリポリと馬みたいに食べていた。
蒸し上がった人参に軽くヨーグルトソースを付けて、頬張る。そこに手に持ったお酒を流し込んでいた。
「いいねぇ、この蒸し野菜料理。麦酒に最高だよ。特にこのヨーグルトソースがいい」
「同感ね。舌ざわりはとてもまろやかなのに、大蒜がピリッと利いてて……。ああ、葡萄酒とも最高の相性ね。メイドさん、葡萄酒のおかわりを」
ステルシアさんを呼び止め、エマさんは何杯目かのお酒を要求する。
最初こそ平然としていたが、気分が乗ってきたこともあって、徐々に顔が赤くなってきていた。
「さて、馬鈴薯の方はどう食べようかしら」
「ヨーグルトソースもいいけど、これだけホクホクだと」
エマさんと母は、何か期待感溢れる視線をステルシアさんに向ける。
何か圧力を察したステルシアさんは恭しく頭を下げた。
「そう言えば、テラスヴァニル産
「食べる!」
「何それおいしそう!!」
母とエマさんが二〇代女性みたいにはしゃいでいる。
それを見てもステルシアさんは眉一つ動かさず、トレーを持ったまま恭しく頭を下げた。
「畏まりました。少々お待ち下さい」
「いってらっしゃい」
「冷めないうちに早くねぇ」
母は手を振って送り出す。
「全く……。エマさんはともかく、母さんまで人の給仕さんをこき使うんだから。悪い人たちね、ライザー」
『バァウ!』
ライザーは吠える。その後、黒い鼻を例の包みに近づけた。
クンクンと鼻を動かし、待ち遠しいようだ。こうして私が手を付けずに待っていたのは、私もライザーも触れないぐらい熱々だったからである。
「そろそろいいかもね」
葉の包みに手を付ける。まだ熱かったが、触れないほどじゃない。
火傷に気を付けながら、慎重に包みを開くと、湯気と共に芳醇な茸の香りが私の頬を包んだ。
「おいしそう」
『バァウ~』
ライザーも目を細めて幸せそうだ。
早く食べさせてとばかりに、舌で牙を頻りに舐めている。
私はナイフとフォークを駆使しながら包みの中の茸と豚肉バラのミルフィーユをカットする。
自分とライザーの分を皿に盛り分け、その上に包みに溜まった汁をかけた。
「いただきます」
『バァウ』
肉、茸、肉、茸、肉と挟まれた蒸し料理を口にする。
蒸して柔らかくなった茸と、脂が染みてプルプルになった豚バラをギュッと噛む。
口の中に広がったのは、濃厚ともいえる茸の風味に、豚バラの旨みだった。
「おいしい!」
『バァウ~』
思わず悲鳴を上げてしまった。
何これ……。これが単なる茸とお肉の蒸し料理なの?
高級レストランでもこんなにおいしい料理が食べられないよ、これ。
まず噛み応えが最高。茸も肉も薄く切ってあるのに、まるで厚切りのステーキを食べてるみたい。噛んだ瞬間に飛び散る肉汁も最高。茸に含まれる水分と混じり合って、肉料理なのにスープを飲んでるみたいにおいしい。
そしてお肉と数種類の茸の味をまとめているのは、シャヒル王子が最後にかけていたソースだろう。卵、酒、檸檬果汁のドレッシングに、
まるで英雄譚に出てくる神器みたいに振り下ろされたソースが、複雑な味をまとめて、さらに洋辛子がピリッとした余韻を残してくれる。
シンプルな蒸し料理なのに、高級レストランに出てくるような複雑な味。なのに、私の口の中ではハーモニーが流れっぱなしだ。
また『
「はあ……。幸せ」
私はライザーによりかかり、片手でモフモフになった毛を弄ぶ。
「もうおいしいお料理とお酒と、ライザーさえいればいいかも」
「おいおい。そこは俺も入れてくれよ、カトレア。そもそもライザーは俺の飼い狼だぞ」
幸せいっぱいで微睡んでいた視界が、一瞬にして焦点が合う。
いつの間にかシャヒル王子が目の前に立っていた。手には何やら料理を持っている。
「ケーキ?」
一見、そう思わせるような見た目をしている。
カップケーキを逆さにしたような形に、周りを小麦とバター、卵を混ぜたような生地でコーティングされている。上に
「見てて……」
シャヒル王子は口端を吊り上げると、包丁を取り出す。
シェフのデモンストレーションに、宴会に参加してる人たちが集まってくる。
視線が王子に注がれる中、シャヒル王子はパンケーキに包丁を入れた。
否――パンケーキじゃない。そう思えるのは、外側だけだ。
現れたのは、生クリームでも季節の果実でもない。
お米だ。
しかも、ただのお米じゃない。あらかじめ焼いてあった蒸し鶏を千切ったものや、他にも豆や干し果実と混ぜ合わせている。数種類の香辛料と焼いた鶏の香りが香ばしく、お腹をつついた。
「テラスヴァニル王国で食べられている『
シャヒル王子はケーキを切るようにカットし、皿に乗せていく。
ケーキのようだけど、中はお米。
不思議な取り合わせのおかげで、一気に酔いが覚めた。
皆、目を瞬かせながら、スプーンを取った。
私は鶏飯と外側のケーキと一緒に口の中に入れる。
「うまい!」
酒の酔いが一気に吹き飛んだ。
数種類の香辛料が複雑に絡んだお米は独特の味で、そこに蒸し豆や干し林檎などの甘みや酸味がいいアクセントになっている。特に気になったのは、ほぐした鶏肉だ。あらかじめ焼いていたからか、香ばしい風味はふわりと広がり、香辛料の利いたご飯とよく合っている。
周りの生地も思ったより柔らかい。
微かな塩気の中に、ヨーグルトのかすかな酸味があっておいしかった。
鶏飯と一緒に食べると、これがまたうまい。
シンプルな生地の味が、見事に複雑な味を生み出している鶏飯を優しく包み、全体的に優しく家庭的な味にまとまっていた。米のモチッとした感触はケーキの生地を思わせ、ふんわりとした外側の生地は相性が最高だ。
一見ケーキだと思ったら実は鶏飯で、鶏飯だと思ったら実はケーキだった。
1度見たら忘れられない。見た目も味もインパクト十分だ。
「どう、カトレア? おいしい??」
「めちゃくちゃおいしかったです、シャヒル王子。わかってましたけど、本当に料理がお上手なんですね」
「ありがとう。よかった、カトレアのそんな顔。久しぶりに見たような気がするよ」
「え? わ、わわわ、私今までどんな顔をしてました」
「うーん。……眉間に皺を寄せてずっと怖い顔してたからねぇ」
「す、すみません。ご心配をおかけして」
「試験が近かったからね。……でも、やっとカトレアの笑顔が見られてホッとしたよ」
気が付けば、自然と私はシャヒル王子の青い瞳を見ていた。
1つの雲もない青空のような瞳。そんな空の下で、翼を広げて飛べたらどんなに気持ちがいいだろうか。そんな詮ないことを考えてしまう。
思えば、いつの間にこうやってシャヒル王子の目を自然と見られるようになっただろう。
初めて会った時は、お顔を見ることすらできなかった。
見慣れたとかそういうわけではない。見つめる度に、シャヒル王子のお顔は新たな発見をもたらしてくれる。何よりどんなに心が千々に掻き乱れても、王子の青い瞳を見るだけで安心することができる。
多分、シャヒル王子は私に翼をくれたと同時に、きっと宿り木を与えてくれたのだろう。
広すぎる空では迷ってしまう私のために、いつでも休んで良い居心地のいい場所。
それは私にとってのシャヒル王子なのかもしれない。
「ごほん……」
女将さんが唐突に咳払いする。
シャヒル王子と私――それぞれ一瞥してから、女将さんはニヤリと笑った。
「悪いねぇ、お二人さん。続きは家に帰ってからにしな。残念だけど、うちは手狭でねぇ。あたしと旦那の部屋しかないんだよ」
「お、お、女将さ~ん」
王子と親の前で、なんてことを言うんですか!
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