第38話 結果発表
私とパストアのプレゼンが終わり、長かったようで短かった民間魔工師資格試験が閉幕する。
そして私たちの勝負の結果も発表されようとしていた。
真剣な面持ちで私とパストアは壇上に並ぶ。
「カトレア、王宮に戻るというなら今のうちだ。今すぐこの場から下りるんだ」
「ふふ……」
思わず笑ってしまった。
私は自分の〝
いえ。自由があった。
「パストア、あなたも1度は下りてみるべきよ」
「はっ? 何を言ってるんだ? 頭でもおかしくなったのかい?」
「ええ……。でも、それはたぶんあなたにはそう見えるだけ」
あの時、間違って『
そしてシャヒル王子と出会ってから……。
私はようやくカトレア・ザーヴィナーになれた気がする。
「発表します。パストア・ブリーレンが作った魔導炊飯器およびカトレア・ザーヴィナーが作った魔導炊飯釜を精査した結果――――」
カトレア・ザーヴィナーが作った魔導炊飯釜が優れているという結論に至りました。
「同時に、魔導炊飯釜を今回の最優秀作品とし、カトレア・ザーヴィナーを民間魔工師として認めることとします。おめでとう、カトレアさん」
無音が会場に広がった。
瞬間、波のように歓声が沸き起こり、壇上で呆然とする私を囲んだ。
拍手が鳴り、名前も知らない人から賛辞を受ける。自分の魔導炊飯釜の方が優れていると確信していたけど、その勝利をこんなにも多くの人に喜んでもらえるとは思ってもみなかった。
「カトレア、おめでとう」
演壇に飛び込んできたのは、シャヒル王子だった。
かなり興奮してるのだろう。一気に自分の胸板に私を引き寄せると強く抱きしめる。短くなった私の プラチナブロンドを、ハープでもかき鳴らすように撫でた。
「ありがとうございます、シャヒル王子。王子のおかげです」
シャヒル王子だけじゃない。ギンザー王子やステルシアさん、私を送り出してくれた両親や、いつか魔工師になると信じ続けてくれた女将さん。そして躊躇していた私に、魔導炊飯釜を作る決心を与えてくれたアメリ。誰か1人でも欠けていれば、私はこの舞台にすら立てなかっただろう。
「やったね。ついに民間魔工師だ」
「ええ……。はい。大手を振ってお店ができますね、シャヒル王子」
「ああ。そうだ。君が魔導具を作って、俺が君の魔導具を使った料理を提供する」
「楽しみです! ――と、そのシャヒル王子……」
「なんだい? 何か気になることでも?」
「気になるというか……。その…………人前ですので」
そこでようやくシャヒル王子は、今自分が何をやっていたのか認識する。
褐色の肌がみるみる赤くなる。振り返れば、私たちは衆人環視の中にあった。その視線の生温かく、口元は微笑ましく、私たちの方に向かって注がれている。
「ご、ごめん! 悪気があったわけじゃなくて」
「は、はい。わかってます。それだけ王子が喜んでくれたってことですよね」
私たちはようやく離れた。それでもシャヒル王子の熱の残滓は残っている。咄嗟とはいえ、これまで私を支え続けてくれたシャヒル王子が喜んでくれているのは嬉しかった。
「納得できない! 断じて納得できません、こんな結果」
呪いでもかけるように叫んだのは、パストアだった。
勝者を称えるでもなく、結果を聞いてから足を広げて座り込んでいた王宮魔工師は、地獄から蘇った亡者みたいに立ち上がる。私に鋭い眼差しを向け、1歩近づくと、そのパストアの前にシャヒル王子が立ち上がった。
今にも掴みかかりそうなほど殺気をまき散らした彼は、自分の魔導具を弁護する。
「納得いかない! 王宮で作った魔導炊飯器が、なんの後ろ盾もない魔工師でもない人間が作った魔導具に負けるなんて! そんなのあり得ない! 僕の魔導炊飯器は完璧だった。性能で負けるはずがないんだ」
「そうね。性能では負けていなかったわ」
エマさんが私たちとパストアの間に入る。
やや肩を落とすパストアを見下ろすみたいに睨むと、エマさんは答えた。
「私たちが重要視したのは、魔導炊飯器の使用者を意識した作りになっているかだわ」
「それなら余計僕たちは完璧だった。あの持ち手のアイディアを見てください。僕は炊事場のスペースを広く使ってもらおうと」
「なんだ……。わかってるじゃない、あなた」
「え??」
「敗因を上げるならまさしくそこよ、パストア・ブリーレンさん。確かに側面の持ち手を排して、蓋と一体型にした持ち手のデザインは確かに優れているわ。でも、あの魔導炊飯器は片手で持つにはちょっと重い。少なくともあたしはそう感じた」
エマさんはきっぱりと言い切る。
「だから、どうしたというんですか? カトレアの魔導炊飯釜を見ました? 持ち手が2つもついてる。実に前時代的なデザインです。エマさん。こんなことはいいたくないけど、ひいきがあったのでは?」
「ひいき?」
「そうです。あなたは
なんてことを言うの。私ならまだしも、エマさんの審査にケチを付けるなんて。
それどころか、私が女だからエマさんは肩入れした? パストアが本気で言っているなら正気の沙汰じゃない。さすがの私も堪忍袋の緒が切れそうだった。
「パスト――――」
「待った、カトレア」
振りかざした私の手を、シャヒル王子がまたも止める。
「エマさんに任せよう。大丈夫。君なんかよりもずっと、男と戦ってきた人なんだろ」
すると、エマさんは深く息を吐く。
「
背筋が凍るような迫力に、会場はしんと静まり返る。
もはや脅迫にすら近いエマさんの雰囲気に、パストアは渋々従った。
私が作った魔導炊飯釜を前にし、2つの取っ手を掴んで持ち上げる。
刹那、パストアは何かに気づいた。
「軽い……」
「そう。カトレアさんの魔導炊飯釜はあなたの魔導炊飯器と比べて、2割も軽いの。外装の一部を金属素材ではなく、熱に強い魔獣の骨を使っているからね。金属と違って、魔獣の素材は魔力の電導率が高めるわ。その分使用する魔力も小さくて済む。ここからはあたしが説明しなくともわかるわね」
「使用する魔力量が抑えることができれば、重たい精霊石を小さくできる」
パストアは声を震わせながら、エマさんの説明を引き継いだ。
愕然とするパストアだったが、すぐに顔を上げる。
「で、でも!! この手の魔導具は、1度同じ場所に設置すれば、動かさないはずでしょ」
「それなら、あなたが片手にした意味はないんじゃなくて?」
「うっ?」
「それにあたしはカトレアさんが、持ち運びのためにこの魔導炊飯器を極限まで軽くしたとは思えないわ。そうでしょ、カトレアさん」
私は満を持して答えた。
「子どもが怪我をしないように……」
「は? 何を言ってるんだ、カトレア」
「万が一落とした時、魔導炊飯釜が重いと大人はともかく、子どもが怪我してしまうでしょ? だからなるべく傷が浅くなるように極力軽くしたの。貴族の子どもならともかく、下町の子どもはお医者さんにかかるお金なんてないから。……それに、持ち手を従来のお鍋と一緒の位置にしたのも、子どもが使うことを想定して、両手で持ち上げやすいようにと思って」
私が魔導炊飯釜を開発している時、常に頭の片隅にあったのは、アメリの姿だ。
アメリならどう使うだろうか。どのような姿であれば、安全に使ってもらえるだろうか。
それを徹底的に洗い出して作ったのが、私の魔導炊飯釜だ。
「さて、ぼうや……。あなたが作った魔導炊飯器にそこまでのこだわりがあったのかしら」
「それは…………」
パストアは慌てて仕様書を開き、こだわった何かを探した。
でも、仕様書を開いたところで何も見つからないはずだ。何故なら魔導具を作るもののこだわりは、魔導具に宿る。それは私の目から見ても、パストアの魔導炊飯器からは感じられなかった。理由は色々あるけれど、おそらくパストアが作りたいものではないし、何より彼には使い手のビジョンがまるで浮かんでいない。
「言ってなかったと思うけど、あなたとカトレアさんが作ったお米が炊ける魔導具の技商権を最初に申請したのは、ジニー・ザーヴィナー……」
「え? それって?」
エマさんは私の方を見て微笑んだ。
「そう。あなたのおじいさまね」
「おじいちゃんが魔導炊飯釜を……」
「今から20年前の話よ。ただ当時は精霊石の精錬技術が未熟で、精霊石の魔力が一定しなかったから開発を断念したと聞いているわ」
「おじ――祖父を知っているんですか?」
「古い付き合いよ。そもそもあたしたちの世代で、ジニー・ザーヴィナーを知らない人はいない。魔工師に天才と名の付く人物を上げるなら、間違いなくあなたのおじいさまは天才ね」
私が物心ついた時には、祖父はすでに魔工師を辞めていた。
長年の疲労と、魔力光を浴び続け、目を悪くしたのだ。これは魔法を使い続ける魔工師がよくかかる病気である。
(それにしても女性初の民間魔工師であるエマさんにここまで言わせるなんて。そういえば、出立前に父さんが意味深な台詞を言っていたけど、たぶんこのことを言ってたのね)
私が1人納得している横で、エマさんはパストアに語りかけた。
「パストア殿、あなたの作った魔導炊飯器がダメというわけじゃないのよ。……でもね。カトレアさんの魔導炊飯釜の方が、少し……ほんの少しだけおいしかった」
エマさんは振り返り、自然と手を繋いだ私とシャヒル王子を眩しそうに見つめた。
「魔導具の善し悪しってね。結局、魔工師が手をかけた時の愛情で決まると思うの。あなたがカトレアさんのアイディアを盗んだことはわからないわ。でも、あなたが魔導炊飯器にかけた愛情は、果たして本物なのかしら?
「ぐっ…………!」
敗者を慮るエマさんの台詞を、パストアが聞いていたかわからない。少なくともこの結果に納得しているように思えなかった。
けれどショックは大きく、崩れ落ちるように演壇を降りると、1人トボトボと出口を出ていく。
負けた彼に対して、先ほどまで全面バックアップしていた王宮の関係者たちは誰も手を差し伸べず、敗者に冷たい視線を向けた。
「パストア、待って」
その背中を見て、私は声をかける。そこで初めてパストアは反応した。
「以前ラグリーズ局長は私に言ったわ。物作りの魂は、女は手先、男は頭に宿ると……。それはどちらも違うと思う。私たち職人は自分の手や頭に魂を残してはダメなのよ。自分が作る魔導具に魂を込めなきゃ。あなたがこれからどうするかは知らないけど、私は偽物じゃない、あなたの真の
一瞬、パストアは私の方を見たような気がしたが、すぐに彼は歩き出した。
無様な敗者の退場に拍手はなく、ただ冷たい視線だけがパストアを突き刺す。
その敗者に唯一声をかけたのは、フレイアさんだった。
ボロボロのパストアを文字通り支えて、会場を出ていく。
やっと『真実の愛』に目覚めたのかどうかわからないけど、同級生の背中は実に寂しそうだった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ここまで読んでいかがだったでしょうか?
レビューなどでお聞かせいただければ幸いです。
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