第37話 プレゼンテーション

 先手を取ったパストアは、一段高い演台の上で喋り始める。

 集まった商人や一般客が詰めかけ、その話に耳を傾けた。


「僕は常々こう思っていました。魔導具とは人に平等であるべきと。つまり男女が共有し、使用することによって魔導具の次の未来が切り拓ける……。そう考えて作ったのが、こちらの魔導炊飯器です」


 身振り手振りを交えながらパストアは朗々と紡ぐ。

 相当練習したのだろう。私が知るパストアはアドリブが利かない。その代わり、あらかじめ渡された台本は完璧に演じる能力がある。今思えば、彼は役者になるべきだっただろう。こうして声を響かせているこの時も、聴衆の耳を引き寄せていた。


「しかし、世に出ている魔導具は違います。ほとんどの製品が軍事の転用や派生品です。そのため皆さんの生活に寄り添ったものが少ない。はっきり言うなら、主婦や女性目線の魔導具があまりに少ない!」


 パストアのアピールを聞きながら、私は怒り通り超して呆れていた。

 彼の言っていることが、一字一句私がパストアに話してきた言葉そのものだからだ。


 王宮で作られる今までにない女性目線の魔導具。

 それは私が魔工師を目指した理由でもあった。

 女性目線というよりは自分の欲しい魔導具のアイディアを学生の時に出して、父の工房から出る廃材を使って、試作品を作り続けてきた。

 そして今、私が納得できる形となって、民間魔工師資格試験に挑んでいる。


 足かけ10年以上の道のりがあった。その10年の思いを、たった数ヶ月の開発期間と30分ほどのプレゼンテーションで、悪びれもなく自分のことのように話すパストアの剛胆さに呆れて返す言葉もなかった。


 私の手にシャヒル王子の熱い手が重なる。横を見ると、王子がパストアを睨んでいた。

 王子は知っている。私がどんな思いで魔導炊飯器を作ったのか。だから、私の代わりに怒ってくださっているのだ。


「王子、私は大丈夫ですから」

「カトレア……」

「私とシャヒル王子と一緒に作った魔導炊飯釜が、偽物に負けるわけがありません」


 真っ直ぐ前を向いて答えると、シャヒル王子は少し笑ったような気がした。




 パストアのプレゼンは性能面に移る。自慢の魔導炊飯器の蓋を開けた。プレゼン前に炊きあがった白い米が白煙と一緒に現れる。美味しそうな白飯の匂いと、粒立った米を見て、集まった野次馬たちは歓声を上げた。


 椀を持ち出し、エマさんを含む審査員と、私とシャヒル王子に配られる。

 心中こそ複雑だったが、一口食べてみた。


(おいしい……)


 悔しいけど悪くない。絶妙な炊きあがりだった。

 芯までふっくらとしながら、噛み応えも申し分ない。米の甘みもよく引き出ていた。


 よく短期間でここまで魔力の調整ができたものだ。私はパストアを見くびりすぎていたのかもしれない。いや、正確には王宮にいる王宮魔工師を――だろう。


 王宮魔工師にはラグリーズ局長のような人間もいれば、何十年の魔導具開発に携わり、職人と言われる人たちが何人も存在する。長年の勘で最適な魔力値をはじき出すなど、造作もないのだろう。


 パストアは性能アピールの最後に、魔導炊飯器の釜の中を見せた。

 そこには私が作った魔導炊飯釜と同じく、お焦げが付いていない。


「カトレアがあんなに苦労したのに……」

「シャヒル王子、ご心配なく。想定済みです」


 所詮、私は魔工師でもない元王宮錬金術師だ。

 同期のパストアと比べるならまだしも、本物の魔工師で現場経験のある魔工師が相手なら1歩も2歩も上なのは魔導炊飯器を見た時からわかっていた。

 滞りなくプレゼンテーションが終わり、最後にパストアは締めの挨拶を始めた。


「言うまでもありませんが、僕は何もやましいことはしていません。あくまで女性目線に立った魔導具を作りたくて、この魔導炊飯器に行き着きました。その証拠として、最後にご紹介しておきたい部分があります。持ち手です」


 パストアは魔導炊飯器の蓋と一体化した片手持ちの持ち手を指差した。


「僕がこだわったのは、女性の方々がどこに魔導炊飯器を置いて使うかということを考えました。答えを言うと、それは炊事場です。ですが、料理をしている時、食材や調理道具がまな板や流し台に並んで、置き場に困る。できればスペースを大きく使いたいというのが心理的な欲求としてあるように感じました」


 パストアは私の魔導炊飯釜を指差す。


「本来はお鍋や、そちら側の魔導炊飯釜にあるような持ち手は、鍋の側面についています。ですが、それではスペースを取ってしまう。だから、僕たちは魔導炊飯器の上方に付けて、少しでもスペースを有効活用してもらおうと思いました。これならばスペースを取らずにしまうこともできます。これが女性目線の魔導具といえるのではないでしょうか?」


 こうしてパストアのプレゼンテーションは終わった。

 見事に〝できる男〟を演じきった彼に惜しみない拍手と、賛辞が送られる。女性受けも悪くなさそうだ。感心した様子で頷いている主婦もいる。騒然とした資格試験会場の空気こそ、プレゼンの完成度の高さをより示していた。


「では、次にカトレア・ザーヴィナーさん。よろしくお願いします」


 エマさんに促される。私は中央の演壇に立とうとした時、シャヒル王子が私の手をまだ握っていたことに気付いた。


「頑張れ、カトレア」

「はい。言ってきます」


 いつの間にか熱いシャヒル王子の手が離れていく。

 私は先ほどまでパストアが立っていた演壇に立つと、1度息を吸い込んだ。

 会場の沈黙は音楽の指揮者が指揮棒を上げた時に満ちる空気と似ていた。


「私はこれまで様々な人と出会ってきました。両親や祖父母、隣の食堂の女将さん、学校の同級生、王宮で切磋琢磨する同期、上司……。そして私に自由というものを教えてくれた人。パストアさんは言いました。自分の魔導具は女性目線だと。それも素晴らしい考えだと思います。しかし、魔導炊飯釜も、魔導炊飯器も同じお米を炊く魔導具です。でも、お米を炊くことができるのは、何も女性だけに限る必要はない。それが私の結論です」


 パストアの細い眉宇が少し動く。

 私は構わず、少し顎を上げて遠くの人にも聞こえるように声を発した。


「王宮を辞めてから、私はテラスヴァニル王国に招かれました。そこで1人の下町で懸命に家事をする女の子と出会いました。母親が病気がちで、父親は鉱夫として働いていましたが事故で亡くなりました。だから、母親の体調が悪いと、その子が家族の面倒を見なければなりません。まだ7歳の子どもです。遊びたい盛りの子どもが、炊事場で黒煙にまみれながら一生懸命に配給のお米を炊いていました」


 瞼を閉じれば、今でも思い出す。炊事場に立った少女の姿を……。

 もう黒煙にまみれなくてもいいと聞いて、泣いていた彼女の姿を……。


「私がこの魔導炊飯釜を作った理由は、世界で同じ境遇にいる子どもたちに使ってほしいと思ったからです。ご飯を炊いている横で少しでも子どもらしい時間を取り戻してほしいと願い、一心に作り上げました。開発者の願いと、魔導具を求める人間が女性だけではないことを訴え、今から性能について申し上げます」


 最初の挨拶をそう結ぶと、パストアにはなかったことが起こった。

 拍手だ。温かなエールというか、私の話を聞いて共感してくれたような反応だった。

 思わぬ自体に私は戸惑う。そして、それは私だけではなかった。


「み、みなさん。言い忘れていましたが、王宮魔工師一同、そして僕も、女性だけではなく、子どもや老人、つまりは老若男女すべての人に使ってほしいと願っていますよ!」


 パストアは必死にアピールするも、拍手の圧力に塗りつぶされる。

 会場の騒然とした空気が少し緩むのを待った後、性能についての説明を始めた。

 と言っても、性能的にはほとんど大差はない。ここで目を引いたのは、シャヒル王子考案の栗ご飯だ。


「おいしい!」

「うまい!」

「栗が芯までホクホクしてるし」

「こういう使い方もできるのか?」


 試験官たちも感心仕切りだ。


「もちろん、我々の魔導炊飯器にも同様の機能が付いており――」


 パストアはまたもあたふたしながら、アピールを入れる。

 そして私は最後の挨拶を終えた。壇上を下りようとすると、私はエマさんに呼び止められた。


 これでもパストアにはなかったことだ。


「カトレアさん、1つ教えてくれるかしら。仮にあなたが技商権を得て、販売する場合、価格設定はどうするの? さっきの女の子に買ってもらうなら、タダ同然の値段設定にしてあげないと買えないのではなくて」

「はい。魔導具は無料で作ることはできません。部材に、労働時間、さらに利益を上げなければ、魔導具を作り続けることはできませんから。それでは本末転倒になってしまう」

「なら、どうするつもり?」

「売上の一部を、そうした子どもに魔導具を送り届ける基金を作るというのはいかがでしょうか? 私だけではなくたくさんの人に参加してもらえば、子どもを救えるかもしれません」

「なるほど。素晴らしい考えね」


 最後にエマさんは満面の笑みで笑う。


「無論、我々も(以下略)」


 聞いていたパストアが必死でアピールするけど、誰も聞いていなかった。

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