第35話 元婚約者との再会

 民間魔工師資格試験は、試験という言葉を使いながら、魔導具の祭典のような位置づけをされている。実は他に魔導具が一同に介する催し物は案外少ない。年に1回行われる国際魔導具展示会は、世界的に有名なイベントだが、それに続く魔導具の祭典は今回民間魔工師資格試験ぐらいなものだ。


 そのため開催国であるネブリミア王国は全面的に試験をバックアップしている。

 多くの商人や、優秀な魔工師を招くため毎年様々なイベントを行ってきた。

 その一環としてあるのが、王宮の工房で作られた模範製品の展示だ。試験が行われた年に作られた優秀な魔導具や現在の試作品などを大胆に展示する催しが、試験会場の横で行われていて、毎年多くの人を驚かせてきた。


「え……?」


 そして今年の目玉商品を見て、私は言葉を失う。

 魔導具の形、用途、何より名前を見て、腰が砕けそうになった。


「魔導……炊飯………………?」


 そう。模範製品として展示されていた魔導具は、私が作った魔導炊飯釜と名前どころか用途やコンセプトまで瓜二つだったのだ。


 ショックを受けていたのは、私だけではない。このことを教えてくれたシャヒル王子も、口惜しそうに真っ白なクロスが張られたテーブルに置かれた魔導炊飯器を見つめている。見ればみるほど、似ている。確かに形状が一部違う。私の魔導炊飯釜は持ち手を鍋側の両脇に付けたのに対して、魔導炊飯器は蓋の上に一つ付けて、片手で持ち上げやすい形状にしていた。


「シャヒル王子! 信じて下さい!! 私は決して人のアイディアを盗用したりなんかしません」

「落ち着いて、カトレア。俺は信じてるよ。絶対に君は人のアイディアを盗んだりしない。カトレアはこれまで人にアイディアを盗まれてきた。その盗まれた人の気持ちを誰よりも理解している」


 シャヒル王子は私の手を取る。温かい手は私を何より安心させた。

 でも、シャヒル王子はわかっていても、周りの人間はそうではない。すでに私たちは冷たい視線の渦中にあった。大方「模範製品の盗用品が試験会場にある」と、すでに噂でも出回っているのだろう。私のブースの客足が止まったのも頷ける。


「カトレアの魔導炊飯釜のことを知っている人は、俺の他には?」

「両親以外には、女将さんに見せた以外、誰も知らないはずです」

「王宮の人間で君の魔導炊飯釜を知っている人はいないのかい?」

「あっ…………」


 思わず声が出た。

 それは心当たりがあるというより、頭によぎった人物がいつの間にか目の前に立っていたことに驚いた。


「カトレア?」

「パストア……」


 旧友と目が合う。

 フレイアは自分の婚約者が変わったみたいなことを言っていたが、特に大きくは変わっていない。癖ッ毛の金髪も、頼りなさそうな緑の丸い瞳もそのままだ。

 完全にお互い袂を分かれてから半年も経っていないのだから、人間そんな劇的に変わるものでもないだろう。


 1つ大きな変化を上げるとすれば、魔工師を示すバッチが胸元で光っていたことぐらいだ。


「ひ、久しぶりだね」

「ええ……。さっきフレイアさんにも会ったわ」


 そこで思い出したのは、フレイアの話にもあった社内コンペの話である。

 私がいた時にもあった小さなコンペで、入賞するとその年の民間魔工師資格試験の模範製品として飾られることになっていた。


 ラグリーズ局長が失脚した後、パストアはアイディアを出して魔工師までに成り上がったとも聞いた。私はまさかと思い、他の模範品にも視線を向けた。そこで見つけたのが小型の魔導攪拌器だ。土木の現場ではすでに煉瓦や補修材を作るための大型の魔導攪拌器が利用されてきたが、人が片手で持てるサイズのものは、軸の耐久性に問題があって実現してこなかった。


 だから私は軸に使う素材を見直し、最適な耐久度を目指して小型化に成功したが、結局市場では売れないという判断で、社内コンペにも出してみたが結果は芳しくなかった。


 魔導攪拌器も、その時出したものとそっくりだ。

 他にも数点、私のアイディアが基点になったものが並んでいる。

 すべて私が王宮で働いていた時に、パストアに相談に乗ってもらったものばかりだ。


「パストア、これはどういうこと? 魔導炊飯器も、ここにある魔導具全部、私が昔あなたに相談したものばかりじゃない!」


 中には私から図面を見せた魔導具もあって、形状がそのままのものまである。

 パストアは確かに私から設計図を盗んできた。

 でも、それは精霊石のカッティング図だけだと思っていたが、まさか魔導具のアイディアまで私に一言も言わずに盗用するとは夢にも思わなかった。


 頼りないけど、パストアの技術者としての目は信じていた。だから、相談したのに……。


 私はパストアを睨む。すると、元婚約者は慌てて弁解した。


「落ち着いてくれ、カトレア。……君のためなんだ」

「またそれなの!? あえて言わせて……。あなたのそういう言い訳にはうんざりしてるの」

「だって仕方ないだろ? 僕は君が魔導具を作ることをやめたと思ったんだから」

「はっ? 何を言って……」

「君は僕の義父(ちち)を追い詰めた。魔導具にかかわったことによって大勢の人を傷付けることになったじゃないか。僕はてっきり魔導具に対して失望したのかと……」

「そんなの……。全部あなたの妄想じゃない!」

「ち、違う。僕は君の意志を継いだんだ。失っていく君のアイディアを、僕は復活させた。ほら、見てよ、カトレア。君のアイディアを採用したら、周りがどんどん褒めてくれるんだ。コンペだって獲った。あの国際魔導具展示会にも出品しようという話だって出てるんだよ」


 ダメだ……。完全に私の話を聞いてない。

 昔からそんなところがあったけど、前よりひどくなってる。自分の妄想の中でしか精神が保たなくなっているのかもしれない。思った以上に、パストアの精神はすり切れているように思えた。


 でも、だからといってパストアが言ってることを受け入れることなんてできない。


「パストア、もう1度言うわ。この魔導具を取り下げて。この魔導炊飯器は、今私のブースでも出しているの。お客さんたちが戸惑ってるわ。お互い変な噂が立つ前に……」

「ダメだ、カトレア。これは僕の一存では下げられないよ。僕は王宮の魔工師を代表してきてるいるんだ。仮に君に言われて下げたりしたら、偉大な先輩たちに叱られる」

「そんな子どもみたいなことを言わないで」

「下げるなら、君の魔導具の方を下げなよ」

「私は試験を受けてるのよ」

「なら僕は王宮魔工師の誇りを背負って立っている。受験生の進言で取り下げたんじゃ沽券に関わるよ。諦めてくれ」

「じゃあ、ギルドに申し立てるわ。私のアイディアが盗用されたって」

「正気かい、カトレア。それは無駄だよ。すでにこの魔導具は技商権の審査待ちだ。権利はこちらにある。それに受験生と、現役の王宮魔工師の話、どっちを信じると思う? 君はもう少し賢い女性だと思っていたけど、僕の思い違いだったかな」


 パストアは完全に意固地になっている。

 多分、髭剃り具の1件が尾を引いているのだろう。本人はおくびにも出さないけど、無関係というわけじゃない。


 でも、パストアが魔導炊飯器を下ろさなければ、私が作った魔導炊飯釜は汚名を着せられたままになる。仮に盗用が認められれば、商品としての価値どころか、魔工師としての未来すら閉ざされてしまう。


 多くの人がかかわり、性能を信じてくれた魔導炊飯釜が闇に葬られることになる。

 それだけは絶対に避けないと行けない。


(だったら……)


 私はギュッと拳を握った。


「ぱ、パストア……。じゃあ、どうすれば魔導具を取り下げてくれるの?」

「その様子じゃ諦めてくれないようだね。頑固なのは、相変わらずか」


 誰が、という言葉をギリギリ飲み込み、私はパストアの次の言葉を待った。


「じゃあ……。カトレア、王宮に戻ってきてよ」

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