第32話 民間魔工資格試験

 私はできあがった魔導炊飯釜を引っさげ、ついにネブリミア王国に帰還した。


 実は今日が試験当日――つまりギリギリだ。

 もっと余裕を持って、帰国したかったけど、色々と私がこだわったおかげで今日になってしまった。


「カトレアちゃん、おかえり!」


 手を広げて、馬車から出てきた私を抱きしめたのは、『熊の台所』の女将さんだった。

 私なんかより遥かにふくよかで情熱的な女将さんは、少し痩せた私の身体を抱き寄せる。


「実の親を差し置いて、余所様の人間と抱き合ってるんじゃないよ」


 遅れてやってきたのは、母だ。

 珍しく女将さんにクレームを入れている。


 そしてさらに珍しいのは、父が出迎えに来てくれたことだ。


 半年も親元から離れていて、少し心配していたけど、2人とも変わった様子がなく、ひとまずホッとした。


「ご無沙汰しております」


 シャヒル王子は馬車から降りるなり、頭を下げる。


「半年間も長い間、大事な娘さんをお借りして誠に申し訳ありませんでした」

「何を言ってるんだよ、王子様。うちの娘(カトレア)が選んだ道さ。むしろ感謝するのはこっちの方ですよ」


 母も父も、女将さんも揃って頭を下げる。

 すると、母は私の肘を小突いた。


「あんた、半年もあったんだ。少しは進展したのかい?」

「進展って? もちろんよ。心配しないで、お母さん」

「へぇ! あんたにしては珍しいねぇ」

「そりゃバッチリよ。今回の魔導具は自信作なんだから」


 私は母に向かって、親指を立てる。

 さぞ喜んでくれるかと思ったが、母の反応は予想とは真逆だった。


「この魔導具馬鹿! 親子揃って、あんたたちはもう……」


 頭を抱え、俯く。

 何故か女将さんまで「やれやれ」と首を振る始末である。


(あれ? 私、どうして怒られての?)


 溜息を吐く母とは違って、父は逆に私が持ってきた魔導具に興味津々の様子だ。

 真剣な表情で木箱の中に固定された魔導炊飯釜を覗き見ている。


「あの釜を改良したのか」

「ええ……。自信作よ、父さん」


 思わずニヤリと笑ってしまった。


「そうか。しかし、お前が魔導炊飯釜を完成させてしまうとはな。爺さんも喜んでるだろう」

「お爺ちゃんが喜ぶ?」

「カトレア様、シャヒル様。そろそろ……」


 ステルシアさんが馬車に呼び込む。


「なんだい? もう行っちゃうのかい? 南のお国のお話でも聞きたかったのにねぇ」

「今から試験会場に行って、製品を設営して、そのまま試験開始なんだから仕方ねぇだろ。ほら、早く行け、カトレア」

「なんだい。そういうことなら、早く行きな。頑張るんだよ」

「ありがとう、女将さん! じゃあ、行ってきます!」


 私はまた馬車に飛び乗り、試験会場となっている魔工師養成学校へと向かった。



 ◆◇◆◇◆



 会場となる魔工師養成学校に降り立つ。

 そこにいたのは、私と同じく魔導具を抱えた受験生たちだった。

 ほとんどが男性だけど、中には私のような女性もいる。


 王宮魔工師では未だに女性魔工師はいないけど、民間魔工師では30年以上前から女性魔工師が存在する。それでも未だに数は少なく、男9の女1という割合だ。


「カトレア、大丈夫かい?」

「大丈夫です」


 わざわざ付いてきてくれたシャヒル王子の声を聞き、少し冷静になる。

 己を奮い立たせるように息を吐き、いざ入場した。


 民間魔工師資格試験は基本的に一発勝負。

 書類審査こそあるが、現役魔工師3人分の推薦があれば、誰でも受けることができる。


 受験票をもらい、所定のブースに自分が作った魔導具を置く。

 何回も受けている受験生は、ブース内に魔導具の説明書やセールスポイントを書いた紙、あるいは看板などをかかげる。こうしたアピール用品はブースからはみ出さなければ基本的に自由だ。

 つまり、このブースこそが自分のお店ということになる。


 民間魔工師資格試験の会場に入ったのは、これが初めてというわけではない。

 会場は一般人にも解放されていて、毎年父と一緒に訪れていた。その経験があって、会場の空気感には慣れている。そしてすべきこともだ。


 会場内には試験官がいて、各ブースを巡回しながら魔導具の査定を行っている。

 彼らが合否を決めるわけだけど、この試験ではもう1つ重要なものがある。

 会場に足を運んだ一般人の感想だ。特に注目されるのが、魔導具を生業とする商人たちの反応である。


 魔導具を専門にする彼らにとって、次の魔導具の流行を見極めるは最重要課題だ。

 それが彼らの仕事だといってもいい。

 そして、流行を生む魔導具とは得てして、まだ人の目にさらされていないところから生まれることが多い。民間魔工師資格試験は、未知の魔導具の巣窟だ。そのため国内外問わず商人たちが集まってくる。


 仮に商談が成立すれば、魔工師として認められることはおろか、将来すら約束される。例え試験官の点数が辛くても、それだけでひっくり返ることがあるのが、この試験の特徴であり、醍醐味でもあった。


 王宮魔工師の試験は技術的な部分が問われる格式張った試験に対して、民間魔工師資格試験はアイディア1つで合格できる。実に民間らしい自由な試験なのである。





 外で仕事鐘が鳴り、いよいよ試験が始まった。


 ちらほらと人が一般客や商人たちが入ってくるが、まだ客は少ない。

 多分本格的に人で埋まるのは、昼の仕事鐘以降になるだろう。それに入ってきたばかりの人はひとまず色々なブースを回って、まず気になるところをピックアップする。さらに商人たちは一般客の受けなんかにも神経を研ぎ澄ませていると聞く。


 話を聞きにブースにやってくる頃には、すでに五割ぐらいの確率で採用が決定しているという噂もある。


 だから、仕掛けるなら早い方がいい。

 しばらく大人しくブースの中で座っていた私だったが、文字通り勝利の狼煙を起動させていた。

 程なくして魔導炊飯釜から湯気が上がる。突然ブースから立ち上がった米の香りに、商人たちは次々と足を止めた。釜から漂う美味しそうな匂いに、次々と商人たちが立ち止まる。魔導炊飯釜という珍しい魔導具に目を見張った。


 さらに直接ブースに来て、魔導炊飯釜の説明を求める商人たちが群がる。

 最初は2、3人だったのが、一気に20人以上膨れ上がり、昼食鐘がなるまでに10人以上の商人たちと連絡先を交換していた。


「ふう」


 昼食休憩になり、一旦商人たちが捌けていく。

 この時間どこのブースも閉めて、外に昼食を取りに行くのがお決まりのパターンだ。

 試験はまだ5時間ぐらい続く。

 きちんとご飯を取っておかないと、試験終盤でヘロヘロになり、詰めの商談で大失敗なんてこともあるらしい。


「お疲れ、カトレア」

「ひゃっ!」


 思わず変な悲鳴を上げてしまった。

 振り返ると、シャヒル王子が白い歯を見せて笑っている。

 悪戯に成功した王子の手には、檸檬水の入ったグラスが握られていた。

 中に入った氷がカラリと冷ややか音を立てている。


「すまない。そんなに驚くとは思わなかった。……飲む?」

「わ、私こそすみません。変な声を出してしまって。い、いただきます」


 実は説明のしすぎで喉がカラカラだったからちょうど良かった。

 早速口を付けると、熱暴走を起こしそうになっていた喉が、ひんやりと冷えていく。

 微かな檸檬の味は爽やかで、砂漠のように干上がっていた喉を潤した。

 飲み始めると止まらなくなる。あっという間に空にしてしまった。


「おかわりいる?」

「いえ。大丈夫です。ありがとうございます」


 いくらなんでも一国の王子に、これ以上家臣のようなことはさせられない。


「それにしても大盛況だったね」

「はい。予想以上に反響がありました。連絡先もいっぱい貰えたので」


 とはいえ、商談にまで繋がることはなかった。

 午前中で決められるとは思ってなかったけど、それでも1社ぐらいは手を挙げてくれる所がないかと密かに期待していた。


「まだ午前があるよ。焦らず頑張ろう」

「はい」

「あっ。釜が空だね。ちょっと米を研いでくるよ。昼食はその後でも構わないかな」


 私が頷くと、シャヒル王子は会場近くの水場へと走って行った。しばらくブースの中で待っていると、思わぬ人間が視界に入る。私は慌てて目を背けたが、遅かりしだった。


「カトレアさん、ですよね?」


 私が必死になって他人の振りをしているのに、彼女は全く空気を読むことなく、わざわざ背けた私の顔を覗き込んでくる。

 観念して正面を向くと、彼女は嬉しそうに手を叩いた。


「やっぱり! カトレアさんだ。お久しぶりです。フレイア・ベレン……じゃなかったフレイア・ブリーレンです」


 フレイアと名乗った女性は、満面の笑顔で自己紹介する。

 私の元婚約者パストアの新たな婚約者で、私の上司に当たるラグリーズ・ベレン・ブリーレンの娘だ。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


めんどくさそう。

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