第30話 告白

 ふぅ……。


 私は一息吐いた。

 最初軍事会議と聞いて、緊張していたけど、何とか収まるところに収まった。


(でも、改めてよく考えて見ると、国の将来を決める会議でもあったのよね。ネブリミア王国出身の私が口を挟んでも良かったのかな)


 決まってしまった後で、会議の間の自分の言動を思い出した私は、自らに猛省を促す。

 思えば、他国の軍人の前でよくあんなことを言えたものだ。昔の自分なら絶対に無理だろう。上司どころか、恋人にすら反論できなかったのだから。


「疲れたかい、カトレア」

「少し……。でも、また工房に戻ったら、ご飯の炊き具合をチェックしないと」

「そうか。今日はありがとう。後で、何か甘い物でも持っていこう」

「あ、ありがとうございます」

「ん? なんか顔色が冴えないね。やはり今日は休んだ方がいい」


 しまった。微妙な顔をしているのを、シャヒル王子に見られてしまった。

 どうしよう……。いや、やはり言えない。王子には決して……!。


(ここのところ、ずっとご飯を試食し続けて、体重が増えたなんて)


 工房にも籠もりっきりで運動不足だし、王宮やシャヒル王子の料理が美味しすぎて皿がいつの間にか空になってるし。これでは太らない理由を探す方が難しい。


「シャヒル王子、お心遣いは嬉しいのですが、先ほどおにぎりを食べたばかりで」

「ああ。そうだったね」


 すみません、シャヒル王子。

 でも、魔導炊飯釜ができあがったら、是非またおいしいものを作ってください。

 私は心の中でシャヒル王子に謝罪した。


 工房の方へ向かい、廊下を歩いていると、シャヒル王子は唐突に切り出した。


「ねぇ、カトレア。民間君は魔工師になった後、どうするつもり?」

「民間魔工師になった後ですか? そうですね。まずは自分の工房を持ちたいですね。テラスヴァニル王宮にある工房も使いやすいのですが、やっぱり人の工房なので、ちょっと使いにくいところもあって。だから、まず自分好みの工房を設計して、思いっきり色んな魔導具を作りたいです」

「思いっきり色んな魔導具を作りたい――か。カトレアらしいね」

「でも、王子との約束も忘れていませんよ。テラスヴァニル王国の民を幸せにする魔導具の開発は続けるつもりです」

「そうか……」


 シャヒル王子は急に立ち止まる。

 廊下の中央。ちょうど大きな窓があって、中庭が見える。

 午後の日差しが燦々と降り注いだ廊下は暖かく、かつ誰もいなくてしんと静まり返っていた。


 その陽光を浴びたシャヒル王子の姿は、1羽の天使のように美しい。


「カトレア、ずっと君に言いたくて言い出せなかったことがある」

「え――――?」


 王子の言葉を聞いた時、一瞬胸が弾む。

 多分他の同性と比べて勘の鈍い私でも、何となく空気で察せられる。


 人気のない廊下。静かな雰囲気。まるで絵画を映し取ったかのように陽光を浴びる王子。


 神が悪戯心で与えたとしか思えない絶好のシチュエーション。

 予言者じゃなくても、次に言うシャヒル王子の台詞は予想することができる。

 どうしよう。こういう時ってなんて答えたらいいのだろ。


 私は平民で、向こうは王子様だ。釣り合うわけがない。


 いや、待て。カトレア・サーヴィナー。逆に考えるんだ。

 多分きっとこれは、私が考えていることは裏切られる。シャヒル王子が考えていることは、平民の私にはきっと想像も付かないことなのだ、と。


「な、なんでしょうか?」

「俺と――――」


 心臓が再び高まる。耳の横で鼓動が鳴っているのかと思うほど、うるさい。

 ただ心の中で必死に「止まれ」「止まれ」と念じ続けた。



 君で料理店をしないか?



「は………………い………………? え? ええ?? 料理店?」

「ああ。君と俺で料理店を……。どうかな?」

「ま、待って下さい。シャヒル王子はすでにいくつもの料理店を経営しているじゃないですか? そもそも私、料理は本当に手習い程度で、人様に出すなんて」

「うん。まず1つ目の質問に答えよう。俺は経営してるだけであって、現場で料理を振るっているわけじゃない。そもそもあれはテラスヴァニル王国の料理を国際的に広めることと、働く意欲がある女性の就労先を確保するためにやっていることで、俺が作りたい料理店とは違う」

「は、はあ……」

「二つ目。君に料理スキルが必要かといえば、これは否だ。カトレアはカトレアが描く夢の通り、魔導具を開発してほしい。俺は君が作った魔導具を店で紹介しつつ、その使い方やアレンジの方法などを模索して、魔導具を使ったまだ誰も作ったことがない料理をお客に提供する」

「え? でも、それじゃあ魔導具が調理器具に特化したものに……」

「そうであれば、俺としては嬉しいけどね。……でも、コンセプトとして女性が喜ぶ魔導具がいいね。その延長上に料理が乗っているとなお助かる」

「女性が喜ぶ……」

「今回、スライムラップをいじくり回していて思ったんだ。1つの魔導具の発明が無数の料理のアレンジを生むんだって。それに気付いた時『これだ』って思ったんだ。料理の腕を磨き、お客様の料理を食べてもらう料理店もいいけど、シェフも店員もお客様も、何か発見する。そんな料理店を俺はやってみたいと思ったんだ」


 シャヒル王子の言っていることは、少し難しく聞こえたけど、私にはすとんと胸に落ちた。

 多分、シャヒル王子は料理を作りたいんじゃない。料理を通じて、魔導具とともに新しい生活様式を手探りで見つけるような発信基地を作りたいのだ。


 魔導炊飯釜はきっと世界を変えてしまう。

 でも、世界を変えるためには、お客様そのもの生活を変えてもらう必要がある。

 きっとシャヒル王子が描く料理店は、そのモデルとなるはずだ。


「やりましょう! いえ、やらせてください!!」

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