第29話 ご飯粒
「よし。冷凍ご飯を採用する。異論があるものはいるか?」
ギンザー王子は鋭い眼差しを周囲に向けたが、反対するものはいない。
全会一致だ。
私は思わず立ち上がって、シャヒル王子に拍手を送った。
「やりましたね、シャヒル王子。おめでとうございます」
「カトレアのおかげだよ。ありがとう、カトレア」
私たちは反射的にハイタッチをかわす。
軍の会議というから初めは緊張していたけど、ともかく決まって良かった。
「ふふん。相変わらず仲が良いなあ、お前ら」
珍しくギンザー王子が嫉妬を含んだ目で、私たちの方を向く。
いつの間にか握っていたシャヒル王子の手を、私は慌てて離した。
これにて一件落着かと思ったのだけど、ギンザー王子は話を続ける。
「スライムラップを使った冷凍ご飯のアイディアはいい。我が軍で長年頭を悩ませてきた食糧事情を一気に解決させるものだ。しかし、できればこの技術を他国に渡したくないものだな」
ギンザー王子は顎に手を当てる。どうやら他の将校たちも同感らしく、うんうんと頷いた。
「食糧品の保存期間を伸ばしたいのは、どの国も一緒できすらからな」
「やはりここは、ギルドに申し立てて技(ぎ)商(しよう)権(けん)を獲るのが懸命かと思います」
技商権は正式には『技(ぎ)術(じゆつ)商(しよう)業(ぎよう)権(けん)利(り)』の略で、魔導具の技術と商業権が保護される権利である。魔導具に使われている技術・仕様が唯一無二のものであると判断されれば、無許可で第3者がその技術を模倣して、販売ができなくなる。そのため『技術独占使用権』などと揶揄されることもある。
ただ金銭を払ったり、互いに保有する技商権による相殺であったり、商業を伴わない技術的な研究については、その限りではない。
ギルドというのは、各国に必ず1つはある国際的な『何でも屋』のことだ。
技商権を与えるにたる技術かどうか精査するのも仕事の1つであり、各国の衛兵や商業組合と連係しながら、技商権を守護してきた。
ちなみによく間違われるのが、設計権と技商権の違いである。設計権は設計した人間の権利を保証するのに対して、製品や製品に使われている技術を保護するのが技商権である。大概どちらも開発者が持っていることが多いが、開発者が設計権を持っていて、その工房が技商権を持っていることもままある。
後者は技商権の侵害があって仮に裁判となった場合、工房が一切の手続きをやってくれるため開発者は好きな開発に没頭できるというメリットがある。
「うまくいけば、権利使用権だけでも1万金貨はくだらないかもしれませんぞ、殿下」
「1万金貨か……。悪くないな。うむ。早速、手続きに入れ」
「待って下さい、ギンザー王子」
私は待ったをかける。
王子の命令を聞いて、立ち上がりかけた将校たちは迷惑そうな顔をして、椅子に座り直した。
一方、私は真っ直ぐギンザー王子の方を向いて、言葉を続ける。
「スライムラップは魔法を使えないものでも使用できる魔導具です。それこそ子どもや、テラスヴァニルにいる男の兵士でも使用ができます。これほど汎用性に富んだ魔導具を、権利によって利用者を縛るのは非常に独善的であり、他国から不興を買う恐れがあります」
思いつきで作ったスライムラップだけど、こうして冷静に考えてみると、誰でも使え、さらに確実に効果の出る魔導具になってしまった。汎用性は高く、おそらく今後冷凍保存以外の使い方が開発され、2次的な役割を果たしていくだろう。
これもまた祖父が言う『世界を変える魔導具』なのかもしれない。
でも、利用者が制限されれば、使いたい人が使えないのは何か間違っている気がする。
「ギンザー王子はおっしゃいました。食料の保存方法は軍事に於いて喫緊の課題だと……。しかし、それは裏を返せば、テラスヴァニル王国内にいる民にも通じる問題ではないでしょうか?」
ここ数日暮らしていて、やはり食べ物の足は早いように感じる。おそらく国民は伝統的な方法などを用いて、食糧を保存しているのだろうけど、得てして確実とはいえない。
けれど、スライムラップは確実に空気と水分を通さないようにできている。
「腐りや黴(かび)を気にせず、安心してご飯が食べられる。それはきっとスライムラップによって得る権利よりも、素晴らしいもののはずです!」
私は最後にそう結ぶ。
だが、他の将校たちの反応が芳しくない。
すぐに椅子を蹴り、反論してきた。
「ギンザー王子に無礼な!」
「そもそもその娘はなんだ?」
「何故、軍事会議にいるのだ?」
それは私も聞きたい。
でも、設計者としてスライムラップの技商権の行方は見逃すことはできない。
スライムラップの発展のためにも、やはり広く公開するべきだ。
「そいつは、カトレア・ザーヴィナー。スライムラップを作った人間だ」
「なんと!」
「この者が……」
さっきまで威勢が良かった将校たちが、スライムラップの生みの親と聞いて、静まり返る。
ふふん……。恐れ入ったか。
と胸でも反らしてやろうかと思ったけど、その前にギンザー王子が得意げに鼻を鳴らした。
「工房を貸したのは我ら軍部だが、スライムラップを作ったのは間違いなくお前だ、カトレア。仮に技商権が認められ、スライムラップの販売権がこちらを握れば、お前には目が眩むような金が流れ込む。恐らくうちの工房など3つ、4つ買えるほどの巨万の富がな。この魔導具には、それだけの価値があると思う」
「過分な評価ありがとうございます、ギンザー王子」
「過分ではない。これでも過小評価だろう。いや、むしろ過小評価しているのは、お前の方だ。これほどの利権を手放せと言っているのだからな」
「すみません……。しかし、私は――――」
「いや、だからこそよく言った」
「え?」
「普通の人間であれば、発明に目が眩み、技商権をとって市場を独占しようとするだろう。実際、そうしている国はいくらでもいる。お前の故郷であるネブリミア王国が最たるものだ。技商権を盾に法外すれすれとも言える契約金を請求し、魔導具を他国に売りつけてくる」
「ネブリミア王国が……?」
知らなかった。いや、そもそも他国の魔導具の売値など気にも留めなかった。
まさか技術大国といわれるネブリミア王国が、国外でそんなあこぎな商売をしていたなんて。
「どうやら知らなかったらしいな」
「申し訳ありません」
「いや、別にいい。お前が悪いわけじゃないしな。むしろ感謝するべきだろう。そのようなヤツらと我らは同類になるところだったのだから。我らは誇り高きテラスヴァニル王国の民だ。他のヤツらがどう考えようと、オレ様はあんな卑怯な国にならぬ」
立ち上がってギンザー王子は叫ぶと、将校たちも賛同した。
『テラスヴァニル!』『テラスヴァニル!』という声が上がり、決断したギンザー王子を讃える。
「待ってくれ、兄さん。技商権は取ろう」
盛り上がった会議の場に、吹雪でも浴びせるようにシャヒル王子が言葉を放つ。
「は? 何を言っているのだ、シャヒル? そんなことをすれば、金満ネブリミアと同じだぞ」
「技商権は取っておいた方がいい。設計自体は真似がしやすい構造なんだ。誰かが真似をするかもしれない。それこそネブリミア王国の魔工師の目に止まって、技商権を申請されたら本末転倒だろう。だから、こちらで技商権は獲得しておいて、制御しやすいようにしておくんだ」
「なるほど。……そういう理由なら、私もシャヒル王子の提言に賛成します。技商権はとっておくべきです」
私は開発者だ。だからこそ、作ったものが最後どう使われるのか、見守るべきだと思う。
祖父は言っていた。『完成はゴールではない。手に取ってもらって初めてスタートなのだ』と。
だが、技術が自由に1人歩きしては、いくら開発者でも追跡できない。
開発者だからこそ、自分の技術にリードを付けておくべきだと思う。
「利益ではなく、権利を制御するためか……。わかった。そのように取り謀ろう」
最後にはギンザー王子も認めてくれた。
「お聞き届けいただきありがとうございます、殿下」
「礼には及ばぬ。それよりも、もっと難しい問題があるぞ、カトレア」
「え? どういうことですか?」
「忘れたのか? お前、まだ正式な魔工師ではないだろう?」
「あ――――」
忘れていた……。
技商権を申請欄には設計者の名前が必要になる。しかも、その名前はギルドが把握している王宮魔工師、民間魔工師のものでなければならない。つまり、まず私が魔工師にならなければ技商権の申請は一生できないのだ。
「開発者名だけ別にしてもいいが、それではお前がネブリミアでやられたことと同じになる」
「は、はい……」
「簡単なことだよ、カトレア」
「え?」
「君が魔工師になればいい。大丈夫、カトレアなら必ず合格できるよ」
「シャヒルの言う通りだ。お前が合格すれば、万事問題ない。抜かるなよ」
「は、はい。ありがとうございます、シャヒル王子、ギンザー王子」
私は二人の王子に頭を下げる。
「ところで、カトレアよ。お前、いつまで口に付けておくつもりだ」
ギンザー王子は自分の右頬を指差し、アピールする。
最初なんだかわからず、首を傾げていると、シャヒル王子が私の顔を見て笑った。
「あ。カトレア、ご飯粒を取ってあげよう」
「え? ど、どこですか?」
シャヒル王子が私に近づいてくる。顔が近い。
もう随分と長い間、シャヒル王子と過ごしているけど、やっぱり近づいて来られるとなんだがソワソワしてしまう。美形、そして国の王子様というのもあるけど、妙に意識してしまう。
「い、いえ。自分で……」
「動かないでね」
シャヒル王子の美貌が迫ってくる。
頬が赤くなるのを感じた。私ってこんなに男の人に免疫がなかったっけ?
頭が沸騰しそうなんだ。堪えられなくなり、ついに私は目を瞑る。
「まったく……。君は本当に好きが大きすぎる」
べろり……。
妙にざらついた感触が、私の頬に襲いかかる。
(え? 今のもしかして私…………。舐められた??? 誰に???)
目を開けると、飛び込んできたのは愛嬌ある丸い瞳に、ピンと立った銀の耳だった。
もちろん、頭にケモ耳を付けたシャヒル王子が立っていたわけではない。
正確に言うと、私の前で座っていたのは、ライザーだった。
何か物足りなさそうに、舌で牙を拭う。
側で米粒を取ろうとして、固まったままのシャヒル王子が立っていた。
「さすがは、オレ様のライザーだ。ぶははははははは!」
見ていたギンザー王子は大爆笑すると、他の将校もこぞって笑う。
こうして硬い空気で始まった軍事会議は、和やかに締めくくられる。
ただ1人、何故だか不服そうなシャヒル王子を除いては……。
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