第26話 懐かしき魔導具
工房を使うことを正式に許可された私は、すでに半年を切った民間魔工師資格試験に提出する魔導具をどうするか考えていた。
父の方からすでに提出する作品についての概要は送られているが、それは書類選考の過程で、魔導具に対する知識がどれだけあるのか試験するものでしかない。あらかじめ提出していた書類や設計と、実際作り上げた魔導具が違うのは、選考の上でよくあることだ。
とはいえ、何を作ればいいか私は決めあぐねていた。
父は私の魔導具なら、今まで作ったガラクタでも十分通用するというが、折角人に見てもらえるのだ。どうせなら、今までの魔導具になかった新境地みたいなものを見せたいと思い、アイディアを練っていた。
「ダメだ……」
仮の設計図を描いた黒板を消す。もう何度と描いては消し、描いては消しを繰り返していた。
真っ黒な黒板が、白く濁りつつある。
その前で頭を抱えながら、完全に行き詰まった私は途方に暮れていた。
どうしてだろう……。
王宮で錬金術師をやっていた時は、アイディアが湧き水みたいに湧いてきたのに、今は全然ダメだ。
ちゃんと頭が働いているかどうかも怪しい。
理由は急激な環境変化だろうか。ネブリミア王国では、ほとんど自分に使う時間はなかった。けれど、今は真反対だ。自分に使う時間がいくらでもある。身体が戸惑うほどにだ。それに慣れない異国生活もわずかながらストレスになっているのだと思う。
結局、私自身が順応しないとこの問題は解決しないかもしれない。
とはいえ、否が応でも資格試験は半年後にやってくる。時間があるようで、あまりない。
民間魔工師資格試験で1番重要視されるのは、アイディアや独創性だが、安全性への配慮や耐久性なども大事なポイントになる。アイディアはずば抜けていても、安全性や耐久性に問題があって、すぐに潰れてしまうようでは、私の目からすれば危険物に他ならない。
だから事前に耐久性試験を行うのだけど、これがもっとも時間がかかる。
腐食テストだけでも、食塩水を50時間以上噴霧して、確かめなければ製品化されない規則になっている。試験用の製品の提出は1つでいいけど、義務づけられている性能劣化試験表には最低5つのサンプルデータを付属するように要求されていた。
私は番犬ならぬ番狼のライザーの毛に癒やされながら、途方に暮れる。
自分の頭は絶不調だけど、ライザーの毛はいつ触っても気持ちが良かった。
「カトレア、調子はど――――って、聞くまでもなさそうだな」
工房に入ってきたシャヒル王子は苦笑いを浮かべる。
「すみません、王子」
「謝ることではないよ。スランプなんて誰にでもあるさ」
「シャヒル王子にもそういう時あるんですか? 料理のアイディアが浮かばないとか」
「しょっちょうさ。……さて、そんな君にプレゼントが届いたよ」
「プレゼント?」
すると小さな荷台を押して、ステルシアさんが入ってくる。
荷台に載っていた木箱を開けると、懐かしい物が入っていた。
「あ! これ! 私の!!」
中身は私の部屋にあった未完成の魔導具だった。
「君の母君に頼んで送ってもらったんだ。何かヒントになるかもと思ってね」
「ありがとうございます」
王子の心遣いに、涙が出そうだった。
私は箱の中の魔導具を持ち上げ、しげしげと眺める。
頭の中で『光』の精霊石が発光するみたいにアイディアが浮かぶことを待ち望んだが、残念ながらそういう瞬間は現れることはなかった。自分で思っているよりも重傷らしい。
でも、シャヒル王子の心遣いは有り難かった。
「カトレア、これとかどう?」
シャヒル王子が掲げたのは、例の魔導炊飯釜だった。
不意にいつか食べたあんかけおこげと、チーズケーキの味を思い出す。
あの香ばしい香りが、一瞬鼻を衝いたような気がした。
どうやらシャヒル王子は魔導炊飯釜がいたくお気に入りらしい。
殿下と呼ばれる立場でありながら、料理人と謳うシャヒル王子らしいチョイスだった。
「いいと思うのですが……」
「何か問題があるのかい?」
「シャヒル王子も見たと思いますが、まだ釜の側面に沿って焦げができてしまいます」
「それは普通に作っても一緒だと思うけど。気にしなくていいじゃないかな」
「普通に作っても一緒の魔導具に、消費者は目を向けるでしょうか?」
「……なるほど。君のいうとおりだな」
魔導炊飯釜には利点がある。まず火焚きをしなくていいこと。火の維持をしなくていいこと。もうこれだけでも魔導炊飯釜を手に入れる価値はあるものだと思う。
しかし、ネブリミアもテラスヴァニルもそうだが、多くの場合財布を握っているのは男性だ。
悲しいことだけど、現状のところ女性に選択権はない。
だから「火焚きをしなくていい」「火の維持をしなくていい」と言ったところで、男性側の理解がなければ難しい。それどころか女が仕事を怠けていると思われる可能性すらある。
実際、王宮の魔工師たちの前で話した時、似たようなことを言われた。
けれど、「お米がおいしくなる」「焦げが少なく、白飯を楽しめる」と言われれば話は別だ。
ジャッジをするのは男性。ならば、女性視点で喚いたところで理解は得られない。それなら男性に響くメリットを打ち出せればいい。
いつの間にか、私は魔導炊飯釜を見ながら、民間魔工師資格試験のことを考えていた。
「聞く限り、コンセプトはいいと思うけど、何か他に君が心配することがあるのかな?」
「たくさんの貴重な米を炊くことになります。食べるためではなく、魔導具を調整するために」
「それが心配事?」
「そうです」
「ぷっ! あははははははは!」
「笑い事ではないですよ、シャヒル王子」
軽やかに笑い声を上げるシャヒル王子を見て、私は頬を膨らませる。
「いや、失敬……。心配しなくていい。お米は俺の方で調達しよう」
「シャヒル王子が?」
一体どれだけの米が必要かわからない。試験が始まる半年まで、ずっとお米を食べ続けなければならない可能性だってある。いくら王族だって、お米がタダになるわけじゃない。王族が食べている食物はすべて民の血税だ。
さすがによそ者の私がその血税を削って、魔導具の研究をするのは気が引ける。
「大丈夫だよ、カトレア。これでも俺は王子である前に、経営者でもある」
私が『
「それに加えて、自前の精霊石の採掘場も持ってる」
「せ、精霊石の採掘場!?」
思わず素っ頓狂な声を出てしまった。
「食材の安定供給のために、農地を買ったんだけど調べたらわんさか出てきてしまって」
「――(絶句)――ッ!」
なんという幸運……豪運。
王子の上に経営の才能もあって、運がいい。しかも顔がよくて、性格もいいって。
私から見てシャヒル王子って弱点らしい弱点が見当たらないんだけど……。
「というわけで、この工房で使う備品や、もちろん食材は俺の実費だから気にしなくていいよ」
「で、でも…………」
シャヒル王子の言うことが確かなら、魔導炊飯釜は今からでも開発にかかることができる。
でも、何か物足りない。いや、単純に魔導炊飯釜のアイディアに自信が持てない。すでに失敗したものから再生するよりも、もっと素晴らしい考えの魔導具がいつか浮かんでくるんじゃないのか。そんな未練にも似た想いが駆け巡る。
シャヒル王子は参ったな、という感じで頭を掻いた後、答えた。
「カトレア、気晴らしがてらに王都を散策しないか? 少し俺に付き合ってくれ」
「え?」
付き合う??
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