第24話 琥珀色の酒
スライムラップは無事完成し、ささやかな祝杯を挙げることになった。
ステルシアさんはテーブルのセッティング。
私とシャヒル王子は厨房で料理を作っている。
といっても、私は何もしていない。
シャヒル王子の手際をライザーと一緒にカウンター越しに眺めているだけだ。
(それにしても……。いつ見ても華麗な手さばきね)
ライザーの毛を撫でながら、感心する。
どうやらシャヒル王子はスライムラップを見て、早速料理に応用したいと思ったらしい。
スライムラップを1枚取ると、早速下味を付けた鶏の胸肉をラップで包んだ。
それを煮立った底長の鍋に入れ、火から下ろして蓋をする。
スライムラップは空気や水分にも強いが、熱にも強い。
理論上、その耐火性能はスライムに火を付けられる温度と一緒のはず。
『火』の精霊石と合わせることができれば、耐火性能も高まるだろうが、生憎と『水』と『火』の精霊石との相性が悪い。
直接火は入れられないが、茹でるぐらいなら同じ水気なので問題ないだろう。
ただ茹で鶏を作るなら、何故わざわざスライムラップに包んだのか、私にはわからなかった。
「シャヒル、まだか」
ぶっきらぼうにそう言ったのは、ギンザー王子だった。
食堂の椅子に腰掛け、鍋を覗き込んでいたシャヒル王子を睨む。
私に工房を使う許可を出して、すぐ退散するのかと思いきや、祝杯にまでついて来てしまった。
「もう少しだよ、兄さん。……それにしてもギンザー兄さんが、俺の料理を食べるなんてどういう風の吹き回しだい」
「ケッ! 別にいいだろ。夕飯まで時間があるから、ちょっと小腹の足しになりそうなものがないかと思っていたところだ」
興味ないように装っているけど、さっきから鍋の方をチラチラと見ている。
本当は気になって仕方ないのだろう。あれでバレてないと思っているのかしら。
会話から察するに、シャヒル王子が作る料理を食べたことがないみたいだ。
でも、それは他の王族の方に遠慮するような形で断っているだけで、心の中ではずっと興味があったのかもしれない。あくまで私の妄想だけど、素直じゃないこの大きなお兄さんなら、当たらず遠からずといったところだろう。
「こんなもんかな?」
いよいよ鍋から茹で鶏を取り上げる。ほわっと白い湯気が上がり、桃色から白く茹で上がった胸肉が現れた。まだ熱々なので、冷めるまで放置。その間、シャヒル王子はソースを作り始める。
ヨーグルトに塩と大蒜、ただこれだけを混ぜ合わせる。
「ヨーグルトをソースに使うんですか?」
「そうだよ。これが茹で鶏に合うんだ。楽しみにしていてよ」
いよいよ胸肉を包んだラップを解く。
たっぷりの肉汁とともに現れたのは、艶の良いぷるっとした茹で鶏だった。
「おお。なかなかおいしそうじゃないか」
ギンザー王子は子どもみたいに唇を舐める。
かくいう私も艶やかに光る真っ白な茹で鶏を見て、唾を飲み込んだ。
さて祝杯といえば、お酒だ。今回も『
お水をたっぷり入れて、2人の王子と祝杯を掲げる。
『かんばーい(バァウ)!』
ライザーも加わり、本当にささやかな祝杯が始まる。
早速、私は『
以前、飲んだのはまだ私がネブリミア王国にいる時だったから、もう1ヶ月以上も昔になる。
ちょっと懐かしさも入ったフルーティーな飲み口に酔い知れながら、先ほどの茹で鶏を含めた酒肴に手を伸ばした。ちなみにテラスヴァニル王国は手で食べるのが一般的みたいだ。シャヒル王子もギンザー王子もそれぞれ手で摘まみ、その都度テーブル横に置いたナプキンで、手を拭いている。
果たして私が作ったスライムラップによって、どんな風に変わったのか。
作った本人としては気になるところだ。
手で摘まんで、まずは何も付けずに舌に載せてみる。
噛みしめた瞬間、肉の中に詰まっていた肉汁が果実を潰したみたいに飛び散る。
「うまい!」
思わず頬が膨らんだ。
軽い塩気とともに、鶏の旨みが凝縮されたような肉汁が口の中に広がっていく。
歯応えもいい。茹でた胸肉とは思えないほど、ぷるっとしていて弾力がある。
かすかな臭みも、風味として味わう程度には気にならない。
「気に入ってくれた、カトレア」
「ええ……。茹で鶏とは思えないぐらいおいしいです。もっとパサパサして味気ないものだと思っていたから」
「スライムラップのおかげだよ」
シャヒル王子は私の前にスライムラップを掲げてみせた。
「空気と水を通さないって聞いた時に、ピンと来たんだ。だったら、鶏の旨みも閉じ込めることもできるんじゃないかってね。……肉全般がそうだけど、茹でたり、蒸したり、焼いたりすると、肉の旨みが水や脂と一緒に溶けて出ていってしまう。だけど、スライムラップはその旨みを閉じ込めたまま調理できる画期的な魔導具なんだよ、カトレア」
シャヒル王子は目をキラキラさせながら、やや興奮気味にスライムラップの有用性を説く。
私は食品の保存なんかに使えばいいと漠然と考えていた。
氷室の中での保存期間が増えるだけではなく、周りに匂い移りも、スライムラップは防いでくれるからだ。
まさかそれを調理器具として使うなんて、さすがシャヒル王子だ。
「いえ。シャヒル王子の発想力こそ素晴らしいと思います。あと、すみません。て、手が――」
「ん? 手?」
「手が痛いです」
いつの間にか私の手は、王子の手に包まれるように握られていた。
慌ててシャヒル王子は私の手を離す。さすがのシャヒル王子も顔を赤くしていた。
当然、私はもっと赤くなっていたけど。
「すまない。だ、大丈夫か、カトレア?」
「は、はい。……そ、それよりもその今度は、ヨーグルトソースを試していいですか?」
「是非試してくれ。茹で鶏にはこれが一番だ」
シャヒル王子はわざわざヨーグルトソースの入った小皿を持ち上げ、私の前に置く。
テラスヴァニル王国では一般的のようだけど、私は初体験だ。ソースにヨーグルトを使うなんて、発想すらないし、どんな味がするか想像すらできなかった。
茹で鶏の上にヨーグルトソースを載せて、口の中へ。
「おいしい!」
ヨーグルトの爽やかな酸味と、茹で鶏が持つ強い旨味がよく合ってる。口の中でヨーグルトの酸味が溶けていき、茹で鶏の味と混じり合っていく様が最高だった。酸味だけだと物足りないけど、隠し味の塩と大蒜がとても活きていて、うまく緩衝地帯の役割を果たしている。
「お肉を柔らかくする時、ヨーグルトを使うだろ? 本来、肉と乳製品はとても愛称がいいんだよ。特にお肉とヨーグルトソースなら、たいていの料理が合うから試してみて」
なるほど。確かにシチューの中に入れた牛肉や鶏肉も確かにおいしいしね。
私は茹で鶏を食べた後、『
あれ? 私ってこんなに食が太い方だっただろうか。
気付けば、グラスの三分の二を飲み干していた。
「ほう。カトレア、飲める口か?」
「え? いえ。これで飲むのは3回目です」
「3回?」
私の答えを聞いて、目を丸くしたギンザー王子は「まいった」とばかりに顔を手で覆った。
「3回で『
「わ、笑わないで下さい。それまで仕事一筋で、飲む機会がなかっただけなんですから」
「お前の事情など知ったことではないが、まあ酒の飲み方ぐらいは教えてやろう」
得意げに鼻を鳴らすと、ギンザー王子はステルシアさんに耳打ちする。
しばらしくて、ステルシアさんは一本のお酒を持ってきた。
『
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