第22話 魔導具開発
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素材採集が終わり、いよいよここからは開発だ。
現時点で設計図はなく、イメージのようなものが頭の中にあるだけだ。まずはイメージを追うことから魔導具開発は始まる。
終わりの見えない船旅の始まり。魔工師にとって一番恐ろしく、一番興奮する瞬間でもある。
「よしっ!」
私は袖を捲る。
素材採集の前に確認したが、工房には一通り器材が揃っていた。
それもどれも新品同然だ。テラスヴァニル王国では男は魔法を使わない。一応、女性の職員がいて、時々使ってるらしいのだが、決められたメンテナンス程度なのだという。
ちなみに工房を作ることを決めたのは、シャヒル王子なのだそうだ。ただ思ったより資金を使ってしまい、その使い込みが王宮にバレてしまって、ギンザー王子率いる軍の管轄になったのだと内情を教えてくれた。
さすがに、その話を聞いた時は「ご利用は計画的に」と思ったけど、シャヒル王子が工房を作っていなかったら、今私はここにいなかっただろう。
「何か手伝うことはあるかい、カトレア」
『バァウ!』
シャヒル王子と大人しくお尻を付けて座ったライザーが、背中越しに声をかける。
「いえ。ここからは魔工師のお仕事ですから。お茶でも飲みながら見学してて下さい」
「そうか。では、ライザーと勉強させてもらおう。行こう、ライザー」
『バァウ!』
シャヒル王子とライザーが離れるのを見て、私は早速作業に取りかかる。
まずは素材の加工だ。今回使うのは、精霊石とスライムだけ。まずは精霊石を、錬成していく。錬成とは魔力を込めることだ。その際、魔力だけではなく属性――つまり『火』『水』『風』『雷』『土』『金』『光』というように、魔導具の動力となる性質を現す。
今回、私が込めるのは『水』と『風』の属性だ。この辺りの作業は、王宮でもやっていたので造作もない。私は十分ほどで作業を終えると、それぞれの精霊石を大きな葉で包み叩き始める。
意外に思うかもしれないけど、精霊石は案外脆い。子どもが転んだぐらいでは壊れなくても、女の私でも棒で叩けばヒビが入るぐらいには脆いのだ。そのため輸送途中で欠けたりすることはしばしばある。だからネブリミアでは原石に入ったまま輸送されている。
ある程度、粉々にした後、私は3つのすり鉢を用意した。
1つは『水』の精霊石を入れたすり鉢。2つ目は『風』の精霊石だけを入れたすり鉢。最後に両方の精霊石を入れたすり鉢だ。
次にそれらの精霊石をさらにすり鉢を使って、粉々にしていく。これが結構体力を使う。男の魔工師でも体力がないと、顎が上がってしまうほどだ。
精霊石が白くなり、次の作業にかかる。
今度は採集してきたスライムを、精霊石と相性がよくなるよう〝素〟にする。
私は工房の中にある一見、大きな釜に見える器具の蓋を開けた。そこに採集したスライムを次々と入れていく。変換炉という魔導具を作る上で欠かせない産業魔導具だ。
変換炉の底部には、性質変化を促す『金』の精霊石があって、その力を使い、物を粉々にしたり、性質を変化させたり、逆に合成させることもできる。仮に、変換炉がこの世に生まれなかったら、魔工師という職業そのものが生まれなかったかもしれない。
スライムを入れたら、蓋をし、設定を組んで、入力レバーを倒す。しばらく変換炉はなかなか凄い音を立てながら、動き続ける。20分ぐらい動いた後、変換炉は止まった。中を覗き込むと、スライムは小麦粉のような粉に変わっていた。
「カトレア、これは?」
「これがスライムの〝素〟です。スライムを構成するもっとも小さな姿と説明すればわかるでしょうか?」
「そのレクチャーは後にしようか。このスライムをどうするんだい?」
「ここに水を入れます」
変換炉の中に、直接水を入れる。棒でかき回し、しばらくしてゼラチンのように粘り気を帯びてくる。また体力を使うことになるけど、完成は近い。
「カトレア、一体君は何を作ろうとしているんだい?」
「ふふふ……。それはできてからのお楽しみですよ」
私は楽しんでいた。
自然と頬が緩むのがわかる。
疲労を忘れて、身体が勝手に動いた。
全身が歓喜しているのがわかる。私だけじゃなかったのだ。
私の手足が、頭が、胸がずっと待っていた。
工房で、思いっきり自分の開発に打ち込める瞬間を……。
改めて思う。私はやっぱり何より魔導具を作ることが好きだ。
まだ見ぬ未知の道具と出会うことが、私の運命なのだ。
だから、決意を新たにする。私は絶対魔工師になると――――。
「これぐらいかしら?」
完全に飴細工みたいに固まるのを見て、私は次に練り込んだスライムの素を三つに分ける。
それぞれに先ほど作った精霊石を混ぜ込み、変換炉を作って今度は精霊石と粘性状になったスライムの素と合成させていく。
「これが終われば、完成かい?」
「いえ。最後の仕上げがあります。面白いからみていて下さい」
精霊石を合成したものを取り出し、送風具を用意する。名前の通り、風を送る魔導具だ。機工は簡単で、円形の枠の中に『風』の精霊石を取り付けただけ。学者の中には、これが初めて作られた魔導具と言われているけど、私にはちょっとピンとこない。
送風具の口に、先ほど合成した素材を取り付ける。
「うまくいけばいいんだけど」
手をかざし、魔力を送ると送風具が動き出す。
すると、精霊石とスライムの素を合成させた粘性の素材が、風船のように膨らみ始めた。
風を受けて、ドンドン膨らみ続ける。
「ねっ! 面白いでしょ」
「あ、ああ……。でも、カトレア。これ、どこまで大きくするんだい?」
「大きさが問題じゃないんです。問題は薄さですね」
「薄さ?」
「ええ……。なるべく薄い方が汎用性はいいでしょうから」
粘性の素材が膨らんでいくと、どんどんと引っ張られて薄くなっていく。私は中が完全に透けて見えるまで粘性の素材を薄くし、ようやく送風具を切った。広がった生地を鋏で切り、広げ、しばらく外に天日干しにする。
乾燥すれば、ようやく試作品第1号の完成だ。
私は額の汗を拭う。久しぶりの作業だったからか。さすがにちょっと疲れた。
「身体もそうだけど、頭も使ったかしら。なんだか、甘い物が食べたいわ」
「そう来るだろうと思って、用意しておいたものがあるんだ」
ライザーと一緒にずっと大人しく見学していたシャヒル王子は、工房の隅に置いていた木皮のバスケットを持ち上げる。白いナプキンを取ると、パンの焼けるような香ばしい香りが、私の鼻腔を衝いた。
中を覗くと、飴色に光るパンケーキがまだ白い湯気を吐いている。具材には潰したチョコレートが入っていて、表面が溶けかかっていた。見た目も香りも申し分ない。それだけでふやけた脳が癒やされていく。
ケーキは一口サイズで食べやすい形にカットされていた。
どうぞ、と差し出すシャヒル王子に促され、手を伸ばす。すると、自分の手が今スライムや、その素で汚れていることに気付いた。
「ちょっと待ってて下さい。井戸で手を――――」
「じゃあ、俺が食べさせて上げるよ」
「え? ええええ??」
シャヒル王子が……? 私にケーキを食べさせてくれる??
ちょっと何を言っているのかわからず、私はコカトリスに睨まれたみたいに固まる。
シャヒル王子が「さあ」と一口サイズのケーキを差し出して、やっと我に返った。
「いえ! そんな王子に食べさせてもらうなんて」
「別に遠慮することない。早く食べたいだろ、カトレアだって」
「いえ。別に井戸で手を洗ってからでも」
「朝から開発でお腹空いたろ? 無理は良くないよ。それにカトレア、君は王宮のどこに井戸があるのか知っているのかい?」
「あ……」
私は観念して、食べさせてもらうことにした。
「じゃ、じゃあ、1個だけ」
「1個なんて言わずに、全部でもいいんだよ」
この人はどこまで私を辱めるつもりなの?
今は何も考えるな、カトレア。相手は王子様なんだから、考えるだけで不敬だわ。
シャヒル王子が近づいてくる。王子の瞳に映る自分の姿が見えた。青い瞳なのに、真っ赤になってる自分がわかるほど、シャヒル王子が近づいてくる。こんなに王子を近くで見たのは――そうだ。素材採集の時だ。あの時の横抱きを思い出して、さらに私の顔は熱くなった。
直視してたらダメだ。緊張で顔が勝手に横を向きそうになる。
それもそれで不敬に当たるだろう。最終的に瞼を下ろし、代わりに口を開ける。
「口に入れるよ、カトレア」
「は、はい……」
「どうして目も瞑ってるの?」
「き、気分です」
反射的に答える。でも、冷静に考えてみると、この状況ってどうなんだろう。
2人っきりの密室(ライザーがいるけど)。男女が近くにいて、女性の私の方が目を瞑って、口を開けている。あれ? これって、見る人が見たら、なんだかキスをせがんでいるみたいに見えないかしら。
(はわわわわ……! ダメだ! こんなところ、誰かに見られたら……)
パクンッ!
不意に口に入ってきた異物を感じて、私は思わず口を閉じてしまった。
勝手に舌がざらりとした表面を舐め、歯を動かし始める。
「おいしい!」
カッと目を見開いた私は、思わず声を上げる。
咀嚼した瞬間、独特の食感に驚かされた。サクッとラスクのような軽い噛み応えの後、魚卵あるいはとんぶりを食べたようなプチプチとした歯応えが、口の中に広がっていく。
その時にはすっかり私の頭を駆け巡っていた葛藤は拭い去られ、いつも通りシャヒル王子に質問していた。
「シャヒル王子、これは小麦ではないですよね」
「ああ。セムールといって、我が国の主食の1つだよ」
「テラスヴァニル王国の主食は、米と小麦とお聞きしましたが」
正確には、民間では米、王族や貴族の間ではパン食が流行していると聞いた。
実体は違うのだろうか?
「米と小麦が入ってきたのは、ネブリミア王国との貿易が始まったここ100年ぐらいだよ。昔は、この辺り一帯に映えていたセムールを食べていたんだ」
「そうだったんですか? それにしても面白い食感ですね」
噛んだ瞬間、パチッと弾けるような食感が面白い。
炭酸水の気泡を固めたものを、口で噛んだみたいだ。
「気に入ってくれて良かった。急いで作った甲斐があったよ」
「そういえば、いつの間にケーキを焼いていたんですか?」
ちょくちょく部屋から退出していたのは知っていたけど、トータルで1時間もかかっていない。
ケーキって結構手間がかかる料理なのに。
まさかまた魔導炊飯器を使ったとか?
「実はそんなに手間はかかっていないんだ。砂糖を入れた牛乳を沸騰させて、それをセムールに注ぐ。少しの間煮立てた後、バターを入れて全体的にほぐし、粗熱を取ったら、小麦粉、重曹、塩、卵を入れて最後にハーブ水と砕いたチョコレートを加えて、オーブンで焼くだけ。これだけで、そのチョコレートケーキのできあがるんだよ」
それだけで、こんなに美味しいチョコレートケーキが作れるなんて。
シャヒル王子の料理のセンスが底が知れない。自分が作るなら一生思い付かないレシピだ。
私はまたチョコレートケーキを口にする。あの独特の食感の後、舌がとろけるような甘みが口だけじゃなくて脳も溶かしにくる。水車みたいに回転させて、水分が抜けてカラカラになった今の私の脳味噌に潤いを与えてくれた。
「もう1つどうだい?」
「い、いえ。今度は自分で食べますから」
遠慮していると、ステルシアさんがやってきた。
片方には茶器が載ったトレーと、もう片方には桶を下げている。
ナイス、ステルシアさん。助かった。
「カトレア様、こちらで手をお洗い下さい」
私に桶を差し出す。手を入れると、ぬるま湯が入っていた。さすがステルシアさん。気が利く。水よりもぬるま湯の方が、スライムって取れやすいからね。
手を綺麗にし、私は改めてチョコレートケーキをシャヒル王子と味わう。
もちろん、外に出てライザーと一緒にだ。
甘くなった口の中に、ステルシアさんが淹れてくれた紅茶が最高に合っていた。そのまま熱したチョコレートみたいに溶けていきそうな身体を、渋味のある紅茶が引き締めてくれる。温度は熱すぎず、冷たすぎず。冷えた胃に染み渡るように温度が伝わっていった。
身体も頭も、最高に癒やされた私は次の作業に打ち込むのだった。
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