第19話 兄王子の言葉
「……この国にとって、必要不可欠な――な」
シャヒル王子はそう言葉を結んだ。
一瞬驚いたけど、べ、別にショックでもなんでもない。これは当たり前のことだ。
私は平民で、小さな商会の娘でしかない。国の未来を憂う王子様と釣り合うどころか、秤にかけることすらおこがましい。
自然と私は胸に置いていた。1度高鳴った心音を、無理矢理抑えるように……。
「それよりもちょうど良かった。ギンザー兄さんに頼みがあったんだ」
シャヒル王子はそこで話を変える。若干状況がよくわかっていないギンザー王子は、目を細めて弟王子を睨み付けた。
「魔導具を作る工房を貸してほしい。今、あそこは軍が管轄している。その使用権を今持っているのは兄さんのはずだ」
「工房だと? 何に使うつもりだ?」
「カトレア…………彼女、カトレア・ザーヴィナーは魔工師だ。といっても、まだ正式にというわけじゃない。だが、魔導具に関する知識はネブリミア王宮でも一、二を争うと思ってる」
「魔工師? この女が?? 嘘を突くな。ネブリミア王国に女の王宮魔工師はいないはずだ」
「まだ正式じゃないって言ったろ? 半年後に、民間魔工師の試験がある。そのために魔導具を作る工房が必要なんだ」
「断る!」
ギンザー王子は声を荒らげた。その声量に、私もシャヒル王子も沈黙する。
1度、私たちをそれぞれ睨んだギンザー王子は、口を開いた。
「どこの馬の骨ともわからん娘に、何故国の工房を貸さねばならない。魔工師でないなら尚更だ。シャヒルよ。お前、頭がちと弱くなったんじゃないのか?」
ギンザー王子は挑発気味に、自分のこめかみを指で叩いた。
シャヒル王子は冷静に応戦する。
「カトレアは我が国のために自分の知識を役立てるならと、魔導具技術に疎い我が国に来てくれた。国益を問うというなら、それで十分なはずだ」
「シャヒルよ。……お前は何しにネブリミア王国に行ったんだ? 魔導具の技術を学ぶためだったんじゃないのかよ? それを諦めて魔工師を連れてきたならわかる? だが、連れてきたのは魔工師どころか、魔工師でも何でもない小娘……。それで国の工房を開けろだぁ? 我が侭にも程があんだろう、お前!」
ギンザー王子の言うことは、もっともだ。だからこそ、シャヒル王子は何も反論しなかったんだと思う。ネブリミア王国と同じく、テラスヴァニル王国の工房も王族がお金を出して作ったわけではない。その資金のほとんどが国民の血税だ。その工房を、いきなりやってきた魔工師見習いが使うというのである。そんな馬鹿な話はない。
見た目が如何にもごろつきといった風情だけど、ギンザー王子の言うことは筋が通っている。
でも、私は知っている。
初めてシャヒル王子と会った時、王子が魔導具技術について隠そうとするネブリミア王国の魔導局の対応に困っていた。でも、私と偶然出会い、時間が許す限り様々なものの解説を求め、必死になって国に技術を持ち込もうと勉強していた。
その時、魔導具の動力部分を必死にスケッチしていた王子の後ろ姿が今も眼に焼き付いている。一国の王子が何故、あそこまで必死になっていたのか、その時はわからなかったけど、今ならわかる。
シャヒル王子は自分が例え異端視されても、この国の未来を魔導具産業にかけたのだろう。
「お待ち下さい、ギンザー殿下。どうかわたくしめに、発言をお許し下さい」
私は膝を折り、知りうる限りの礼節を以て、ギンザー王子に頭を下げた。
その努力は功を奏したらしい。
「なんだ、小娘?」
「…………」
「ほう。いいだろう。話せ、小娘」
「ありがとうございます、殿下。……工房がテラスヴァニル王国の民の血税で作られているというのは理解しました。殿下の言うことはもっともだと思います。ならば、私がテラスヴァニル王国の国益に合う魔導具を作ることができたなら如何でしょうか?」
「ふむ……。それはちと興味深い話だな。ならば、何を作る、娘?」
「工房は軍事の管轄にあると先ほど耳にしました。ならば、軍備に関係する魔導具が適当かと考えたのですが、如何でしょうか?」
「待て、カトレア! 君は一体何を言っているんだ! 武器になる魔導具を作ろうというのかい」
魔導具を使った武器あるいは兵器は、世の中にたくさん出回っている。
そもそも魔導具とは、魔剣や魔槍といった武器の生産から始まった。
それが戦争の少ない平和な世となって、民生品として使われるようになってから、広く使われるようになったのだ。
兵器技術においても、トップを走るのはネブリミア王国だ。髭剃り具のような日用遣いの魔導具も元は戦地で髭を剃る際、通常の髭剃りよりも早く剃りたいという要望から生まれている。今、出回っているのは戦地由来のものがほとんどだった。
「いいだろう。面白い!」
見事な乱杭歯を見せて、ギンザー王子は笑うのだった。
「カトレア、我が次兄の無礼な物言い、弟として謝罪する。本当に申し訳なかった」
謁見の扉が閉まるなり、シャヒル王子は俯き、謝罪した。
私は首を振って、否定する。別にシャヒル王子に非があるわけではない。少しびっくりしたが、ギンザー王子ような粗野な男性はどこにでもいる。それに物腰はともかく、向こうは王族、こっちは平民なのだ。むしろ私のような身分の人間が口出しすることは、不敬に当たる。
「私の方こそ勝手な申し出をしてしまい、申し訳ありません」
「そのことだが、本当にいいのかい。君が作った魔導具が戦争に使われるかもしれないのだぞ。魔導具を戦争で使われることを、君は一番憂えていたじゃないか?」
「覚えていてくれていんですね、シャヒル王子」
あれはシャヒル王子を王宮にある四つの工房のうち第1工房を案内している時だ。
第1工房では武器となる魔導具の開発・製造が行われている。工房内は秘密で王宮の中でも限られた魔工師しか知らない。当然、見学は許されなかった。
その時、私はふとシャヒル王子に漏らしたのだ。
『私は魔導具を戦争の道具にすることは反対です』
王宮に勤める錬金術師として、それは少し踏み込み過ぎた発言だったかもしれない。しかも王子の前である。いくら魔導具技術後進国といっても、テラスヴァニル王国にも武器となる魔導具を作る軍需工房はあろう。
私はすぐに訂正しようとしたが、シャヒル王子は頷いて『俺もそう思う』と答えたのを覚えている。
「あの時の君の言葉は嘘だったのかい? だったら、俺は君を――――」
「王子、落ち着いて下さい。私は軍備に関係する魔導具といっただけで、武器を作るとは一言も言ってません」
「それはどう違うというのかな?」
「それを説明するのは、実際の物を見てもらった方が早いように思います」
どんなに言葉を尽くしたところで、今のシャヒル王子はすんなりと私の言葉を受け入れないだろう。これは私が武器を作ろうとしていることよりも、シャヒル王子自身の心の問題だ。
私はネブリミア王国からずっと彼のことを見てきたからわかる。
シャヒル王子は今、自信を喪失している。
最初に出会った時の王子然とした輝きを失い、どこか焦っているように見えた。
やはりギンザー王子に言われたことが堪えているのだ。それも罵詈雑言ではなく、正論を叩きつけられた。自分が良かれと思ってきたことを否定されたのだから仕方がない。
自分自身に自信が持てなくなると、人は際限なく自己否定を始める。
私も王宮にいた時、経験があるのはわかる。
そんな人を励ますのは、言葉ではなく行動だ。
シャヒル王子が私に道を示してくれたように……。
「シャヒル王子、早速ですが、明日王都の外に出たいのですが……。構いませんか?」
「……? それは構わないが、何をする気だい、カトレア?」
「はい。素材採集です」
私は目を輝かせた。
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