第18話 大事な人
船で1日と少し……。
私たち一行はついにテラスヴァニル王国王都に到達した。
城門をくぐると、ネブリミア王国王都と同じく威勢の良い人の声が押し寄せてくる。多分国の制度が緩いのだろう。雑然としていて、ネブリミア王国では禁止されている城壁付近にまで出店や屋台が出ている。
あちこちから酒場で聞いた弦楽器の音を聞くと、その周りで例の『
通りが混沌としているからだろうか。その分、白に統一された建物が映えて見える。恐らく湿度が高いのだろう。どの家も漆喰を塗って、湿気対策を施していた。
王都の奥には、三つの大きな尖塔が並ぶ、テラスヴァニル王宮だ。
白亜の壁に、金を思わせるような山吹色の円錐屋根が照りつけた太陽を反射していた。
見慣れたネブリミア王国王都とは違う風景に、どこか別世界に迷い込んだような気分になり、自然と私の胸は高鳴っていった。
王宮はまた違う印象を感じた。
さすが精霊石の採掘で、大国にのし上がっただけはある。王宮内は私が思っている以上に贅が尽くされていた。床が白亜の大理石になっていることはもちろんのこと、天井にはすべて手製で作ったシャンデリアが等間隔で掛かり、陽光を受けて煌めいている。さらに壁には世界の名だたる名画が何気なく並び、階上に昇る手すりの裏側にまで金が使われていた。まるで王宮そのもの美術品のようで、ネブリミア王宮に参内した時に感じた場違い感を、ここでも感じていた。
とはいえ、ネブリミア王国の時と違って、今は服装を整えている。白のブラウスにやや柄模様が入った浅黄色のスカート。その上から白基調の薄いコートのようなものを羽織っている。コートはどこか神聖な雰囲気があって、特に襟元から足元まで開いた袖口には、金糸が結われ、綺麗な細工が施されている。フォーマルというより、まるで神官のようだ。
ネブリミア王国で切った髪を薄いヴェールのようなもので隠す。たったそれだけなのに、どこかミステリアスな女になった気がする。目を細め、頑張って蠱惑的に笑ってみたけど、残念ながらステルシアさんのようにはならなかった。
到着したその日は何事もなく、お酒も控えめにして過ごした。
翌朝、早速シャヒル王子の父上――つまりテラスヴァニル国王陛下と、王族方に挨拶する予定だった。しかし、私とシャヒル王子が謁見の間に入ると、玉座に座っていたのは武骨な鎧を身に纏った男性だった。
肌の色こそシャヒル王子と同じく褐色だったが、髪の色は焦げ茶に近い赤。薄い眉、鋭い槍のように尖った瞳は、思ったままのことを言うと非常に目つきが悪かった。大胆というか偉そうに足を広げ、肘掛けに頬杖を突いている姿に上品さの欠片もなく、野獣のように私の目には映った。
「ギンザー兄さん、何をしてるんだ、そんなところで。そこはおや――こほん……。国王陛下だけが座ることを許されている玉座だぞ」
初め、玉座に座った人間が国王陛下と思い、軽く失望しそうになったけど、シャヒル王子の言葉を聞いて、私は胸を撫で下ろした。でも、シャヒル王子のお兄さんと言われても全然似ていない。腹違いなのだろうか?
私は2人の王子を見比べていると、ついにギンザー王子は立ち上がった。
「硬いことを言うなよ、シャヒル。1度座ってみたかったんだ。けどまあ、大したことねぇな。オレ様の部屋のクッションの方がよっぽど座り心地がいいぜ。シャッシャッシャッ!」
独特な声で、ギンザー王子は笑う。2段ほど高い場所にある玉座から降りてくると、シャヒル王子と向かい合った。
「久しぶりだな、シャヒル。確かお前、ネブリミア王国に言って、魔導具の作り方を学んでくるとか言ってなかったか? それにしたって随分早かったじゃねぇか?」
「昨日帰ってきた。あらかじめ手紙を出して事情は説明しておいただろ?」
「手紙? さあな。オレ様は見ちゃいねぇよ、そんなもん。他の
「聞いてはいたが、謁見に出られないほど悪いのか?」
「さてな。
「はあ……。引き合わせたい人がいるってのに……」
「半端者のお前の言うことなんて誰が聞くかよ」
シャッシャッシャッ! ギンザー王子は愉快げに笑った。それをシャヒル王子はジッと睨み付けるだけで、何も言い返さない。ただひたすら怖い顔をしていた。
やり取りを聞いてわかったことだが、今テラスヴァニル国王陛下は病の身であること。それは王子王女にも詳細が伝わっていないようだ。でも、国主が病に伏せった時、情報が拡散しないように情報統制されるのは、他国でもよくあることである。
もう2つは、シャヒル王子はこの国では異端者らしい。これはご自分でも似たようなことを仰っていたから間違いない。王宮に於いて、女性魔工師を目指す私は異端だった。だが、私と王子では立場がまるで違う。私がされたことよりも、もっと残酷なことが行われているかもしれない。
「もしかして引き合わせたいってのは、その娘か。お前にしては随分地味な女を選んだな」
じ、地味? 今日の日のためにステルシアさんに習って、精一杯お化粧してきたんだけど。それでも地味なの、私って。
「失礼だよ、ギンザー兄さん。彼女は兄さんが想像してるような人じゃない」
「は? 何を言ってるんだよ。突然、王家の人間を召集しろって手紙を寄越しておいて、女を連れてくるってなったら、婚約者を連れてくるものだと思うだろう」
こ、こ、こここ婚約者ぁぁぁぁああああああ!
誤解だ。でも、ギンザー王子が誤解する気持ちもわかる。
他国に留学していたお年頃の王子が突如、女性を連れて帰ってきた。思うところは、一つしかない。これじゃあ、ご両親に挨拶しに来た恋人みたいだ。婚約者と間違われてもおかしくない。
「……そういう言い方は彼女に失礼だ、ギンザー兄さん」
「は? 婚約者じゃないのかよ。なら、お前にとってこの娘はなんだ?」
「カトレアは…………俺にとって大事な人だ……」
え――――?
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