第15話 モフモフ飯
「しゃ、シャヒル王子?? そ、それ――――」
いつの間に? 魔導炊飯釜は私の部屋に置いたままのはず。
「ちょっと君の家から拝借させてもらったよ、カトレア。君に言うと、断られそうだったから、お母様の許可をもらった。断じて君の部屋に忍び込んだりしていないと、あらゆる神に誓おう」
「それならいいですけど……。どうしてまた――――」
「実は前から試したい料理があってね」
「試したい料理?」
私が首を傾げると、シャヒル王子は不敵に笑う。
そして魔導炊飯釜の蓋を開いた。
私は思わず絶句する。開けてビックリとはこのことだ。
本来、お米を炊く魔導炊飯釜の中に、真っ白な米粒とは似ても似つかぬやや濃い飴色の物体が収まっていた。その表面のフワフワ感と漂ってくるかぐわしい香りを嗅いで、私は恐る恐る尋ねる。
「もしかして……、チーズケーキですか?」
「あたり! 君が作った魔導炊飯釜でチーズケーキを作ってみました」
「炊飯釜でチーズケーキを作ることができるんですか?」
「ふふふ……。百聞は一口にしかず。まずは食べてみてよ」
思わず絶叫してしまった私に対して、シャヒル王子はまったく悪びれる様子もない。
1度、皿で蓋をし、釜ごとひっくり返す。こういう使い方は想定していなかったけど、今度作る時は内釜を取り外せるようにしたら便利かもしれない。
くるっとひっくり返すと、やや焦げてしまったチーズが出てきた。
やっぱりまだまだ改良の余地があると思ったけど、周囲の反応は違う。
「おいしそう!」
「この焼き目の色がいいね」
「香りもいい」
「早く食べたーい!」
シャヒル王子におねだりしている。
確かに焦げてはいるが、周りの飴色と相まって逆においしそうに見えた。
香りが香ばしいのも、チーズが焦げたことによるものだ。
仮にシャヒル王子が、それを狙って作ったのだとしたら。王子は本当に料理の天才かもしれない。いや、もう私はその才能の一端を見ている。
「どうぞ、カトレア。食べてみて」
「は、はい」
シャヒル王子は自ら切り分けたチーズケーキを私の前に置く。
外側の焦げ目と違って、中は綺麗なクリーム色している。中間層はまだ固まっておらず、トロッとしていて、またその絵面だけでお腹が鳴りそうだった。
頭ではわかっている。絶対にこれはおいしいケーキだと……。
それでも確かめて見なければならない。私はついに魔導炊飯釜で作ったチーズケーキを口にした。
「おいひぃ~~~~!」
『
口に入れた瞬間、チーズと混ざり合った檸檬の酸味がふわりと広がっていく。
滑らかなクリームチーズと生クリームを足した食感がたまらない。口溶けは柔らかく、舌に染み渡るというよりは包み込んでいくような優しさを感じた。外側の焦げもいい味を出している。ケーキの柔らかさだけではなく、微かにサクッとした焼き菓子のような食感も与えてくれた。熱が十二分に入ったことによって、甘さが引き立ち、香ばしい香りが頭の方まで上っていくようだった。
おいしい。すごい……。
魔導炊飯釜でこんなにおいしいチーズケーキが作れちゃうなんて。
しかも、魔導炊飯釜は未完成なのに。
「どうかな、カトレア?」
「おいしいです、王子。とても……。すっごく! ああ。すみません。なんか他に気の利いたことを言えればいいのですが。おいしすぎて」
「おいしすぎて、言葉が忘れちゃった? ははは……。陛下も言っていたけど、カトレアは時々面白いことを言うね。でも、ありがとう。作ってみた甲斐があったよ」
「でも、魔導炊飯釜でケーキを作るなんて、よく思い尽きましたね」
「前に焦がしたご飯を見た時に思ったんだ。焼き菓子なら作れるんじゃないかって」
「そんな時から……」
「でも、意外と簡単なんだよ。溶かしたクリームチーズに、砂糖、卵、生クリーム、小麦粉、檸檬汁を入れるだけなんだ。作業時間だけなら、三〇分もかかってないんじゃないかな」
「え? それだけこんなにおいしいチーズケーキができちゃうんですか?」
ケーキって時間がすっごくかかるのに。それをそれだけの工程で作っちゃうなんて。
まさに時短レシピ。そしてそのおいしさ足るや。時短レシピ、恐るべしだ。
「すごいです、シャヒル王子。王子はやはり天才です」
「俺が天才だというなら、あの魔導攪拌器を企画したカトレアこそ天才だよ。あれを作ってくれた魔工師を感謝する料理人はたくさんいるんだ。もちろん僕もその一人だけどね」
そうか。チーズケーキを作る時に、あの片手用魔導攪拌器が使われているのか。
良かった。今回の事件で、少しケチがついてしまったけれど、料理人たちの仕事を少しでも時短できたなら、企画した甲斐があるというものだ。
自然と私とシャヒル王子は見つめ合う体勢になる。そこに割って入ったのは、ライザーだった。すでにチーズケーキを食べ終えたらしい。まだ半分ほど残っている私のチーズケーキを見て、ライザーは『頂戴』と舌で私の頬を舐めて、ねだってきた。さらに寄りかかり、モフモフになった毛を擦り付けてくる。くすぐったくて、思わず大声で笑ってしまった。
皿の上のチーズケーキは危機的状況を向けているけど、モフモフとおいしい料理に囲まれて、私は幸せだった。
ライザーと戯れていると、突然耳慣れない弦楽器の音が鳴る。
魔導楽器とも、普通のギターの音色とも違う。金属を鳴らしたような高い音を響かせるが、とても音が澄んでいて、耳障りが心地良い。如何にも伝統的な音楽といった音階で、まだ見たことがないけど、イメージにあるテラスヴァニル王国の風景とマッチした。
そこに太鼓の代わりに椅子を叩く者が現れ、さらにテーブルを叩いて拍子を取る客も現れる。
音が激しくなってくると、皆が集まり、踊り始めた。
最初は一人だったのだが、いつしか酒場で飲んでいたお客さんや、店員までリズムを取り始める。中には『
ここは酒場だ。ダンスホールではないし、人が踊るにしたって狭い。
でも、お互いの身体を密着させながらみんな楽しそうだった。
「俺たちも行こう、カトレア」
「え? でも、私ダンスなんてしたことが――――」
「テラスヴァニルに、ダンスの型なんてないんだ。自分が聞いた音楽の通りに、身体を動かせばいい。あとは自由だ」
「自由……!」
王子の口から沸いた言葉が、草原に吹く一陣の風のように頬の横を通り過ぎていく。
弦楽器が独特の音色を奏でる中、椅子を叩くテンポをよく聞いて私は踊り出す。
「うまい、うまい! カトレア、うまいじゃないか!」
本当に自然と動いてしまった。どうやってこうなったかわからない。これがうまいのか、うまくいっているのかすらわからない。でも、楽しい。ずっと身体に巻いていた枷を解くように私は身体を動かす。
すると、シャヒル王子が私の手を取る。同時にリズムが変わった。
先ほどよりスローで、緩やかだ。
「音を聞いて。俺に合わせて」
シャヒル王子があの青い瞳で合図をすると、私は言われるままに聞いて動いた。
初めて踊っているのに、初めてじゃない気がする。シャヒル王子と合わせることだって、初めてなはず。なのに、決してぶつかることはない。シャヒル王子が合わせてくれているのか、それとも何か呼吸が王子と合うのかわからないけど、ただ私はひたすら楽しくて、口を開けて子どものように笑っていた。
「カトレアちゃんの祝勝会がここでやってるって? 料理持ってきたよ」
「あはははは! カトレアが踊ってるよ。ほら、あんた見な」
「いちいち言わなくてわかってら」
両親と『熊の台所』の女将さんがやってくる。
お祭り好きな母さんと女将さんは踊りに混じって、腰を振り始めた。酒に目がない父は早速『
楽しい夜だった。心の隅々までそう思える。
今日のことは、一生忘れられない。そんな気がした。
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