第16話 飛び立つ雛鳥
第1章完結!
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『
以前、私を悩ませた頭痛はなく、むしろスッキリしていて、妙な爽快感すら感じる。
どこか生まれ変わったような気分で、私は朝日を浴びた。いつもなら散歩してる最中に浴びる朝日だが、こうして自室で浴びるのも悪くない。窓枠に頬杖を突きながら、1人和んでいると母さんの声が聞こえた。
階下に降りるまでもなくパンのいい匂いが鼻を突く。
食堂に行くと、すでに父がホットミルクにパンを浸しながら、もそもそと食べていた。
「おはよ、カトレア。随分とお寝坊さんだね」
昨日、私以上に『
「ごめん、母さん。後で洗い物をするから許して」
「たまにはいいさ。普段やらないことをして、皿を割られても困るからね」
あははは……。全く信用されていないなあ、私。家事全般は苦手なことは認めるけど。
私は苦笑いを浮かべながら、テーブルに着く。パンはまだ焼きたてらしく、噛むとふわっと熱気と共に、小麦の風味が広がる。添え付けてくれた玉蜀黍のスープの味は優しく、昨日お酒を入れて冷えたお腹を優しく癒やした。
皿を置いて、私は真向かいに座った父に話しかける。
「父さん……。遅くなったけど、髭剃り具の不良品を作ってくれてありがとう。凄い再現度だったわ。国王陛下も褒めてた」
「へぇ。国王陛下にかい。あんた、良かったね」
隣に座った母さんが、父の腕を小突く。しかし、父は眉一つ動かさず、パンを食べていた。そのまま沈黙が続くのかと思ったが、口火を切ったのは意外にも普段寡黙な父だった。
「カトレア、お前。今後どうするつもりだ?」
唐突に将来のことを聞かれて、パンを持つ私の手が止まった。
でも、すぐに意を決し、膝を揃えて父に話す。
「魔工師を目指すわ」
王宮を追われたことによって、私は魔導具作りに目覚めた。でも、物作りが自由であると気づいた今も、私の昔からの夢――魔工師になることを諦めたわけじゃない。
むしろこれだけは諦められないと言ってもいい。もう魔工師になる夢は、もう私を縛る鎖ではない。次のステップに向かう翼。これを呪いにするのか、うんと高い場所で気持ち良く翼を広げるかは、私次第だ。
「わかっていると思うが、王宮を辞めた人間が王宮魔工師に返り咲くなんて話は聞いたことがない。というより、お前はそのチャンスを拒否した。そのお前に残されているのは、たった1つだ」
「わかっているわ、父さん」
「そうか」
父はそう言って、仕事着のポケットに挟んでいた紙の束を私に渡した。
開いて、その紙の冒頭を読んだ時、私は驚く。
「民間魔工師資格試験の願書?」
民間魔工師とは、王宮の工房に勤めず、民間の工房で働く魔工師のことだ。世間の目としては、王宮魔工師よりも作るものの規格や予算が制限されるけど、やっていることは王宮も民間も変わらない。時に王宮よりも優れた魔導具が生まれることもある。
民間魔工師になり、独自の魔導具を開発すれば、技商権という販売する権利が得られる。最初は既存の民間工房で修業し、仕事をしながら独自の魔導具開発を目指し、その後開発した魔導具とその技商権を元手にして自分の工房を開くというのが、民間魔工師のお約束のサクセスストーリーだ。
やはり胸を張って魔工師と言えるのは、自分の工房を持ってこそだろう。
私の目標も、そこにある。
民間魔工師になるための第一歩こそが、民間魔工師資格試験だった。
「書類……ほとんどできてるじゃない。父さんがやってくれたの?」
特に受けるためには、魔工師資格を持つ3人の後見人が必要になるのだけど、すでに書類のサインは済んでいた。父の弟子で、すでに独立し工房で働く魔工師の名前だ。
「ふふふ……。あんたが王宮に発ったあの後に起きて、わざわざ弟子のところに行って、頭を下げに行ったのよ、この人」
「父さんが……!」
「あんたなら絶対に魔工師になる夢を投げ出したりしない――そう信じてたのよね、あ・な・た」
母さんは父の二の腕を指先で突く。されるがままの父は、動揺したのかパンの大きな一欠片をミルクの中に落としてしまった。やれやれ、と頭を掻いた後、父は口を開いた。
「民間魔工師とて、合格は簡単なことじゃないぞ。そもそも試験は一発勝負だ。それに試験の採点は……」
「自作の魔導具を提出することよね。うん。わかってる」
王宮魔工師は一般教養や魔導具に対する知識、最新理論に対する考察など、魔導具に対する専門的な知識や理論を如何に覚えているかが問われる。対して民間魔工師の採用試験は、実戦的で自分が作った魔導具のデザイン性、機能性などを採点され、合否が決まり、興味のある工房がそのまま買い上げ採用するというスタイルを取っていた。
書類に寄れば、試験は半年後。しかし、試験を受けるためには今から作るものの図面や企画、あるいは試作品の提出が求められる。
「試作品はお前の部屋にあるガラクタをスケッチして、送っておいたぞ」
「あ、あれはまだ完成品じゃないのに。あと父親でも娘の部屋に勝手に入らないで」
「別にその書類から魔導具に対して、どれほどの理解を持っているかが審査対象になるから、どんなものでも問題ない。それにお前が言うほど、あそこのものはガラクタじゃないぞ。あれで不良品というなら、既製品の半分は不良品だ」
「え? それって、父さん……。私が作った魔導具を見て、いい物だって認めてくれてるってこと」
驚いた。父が私の作った魔導具に触れたことすら驚きなのに、その魔導具を見て、認めてくれるなんて。まずい。泣きそうだ、私。
父は見るからに堅物だ。でも、魔工師としては大先輩だし、尊敬している。
そんな人に魔導具を見てもらい、評価された。それはどんな人間に褒められるよりも嬉しかった。
「勘違いするな。他の若造どもが作った魔導具より、幾分マシってだけだ」
「全くこの親父は……。自分の娘のことなのに、もうちょっと素直に褒められないのかね」
「褒めるのは、カトレアがマシな魔導具を作るようになってからだ。そうだろ?」
「うん。ありがとう、父さん」
気が付けば、私は目に溜まった涙を拭う。
「泣くのは早いぞ。魔導具を作るためには、工房を借りなければならない。だがうちは俺が使ってるから無理だ。残業も多いしな」
「あっ……。そうか」
魔導具を作るには、金属を加工したりする産業魔導具や、金属を溶かしたりする炉なども必要になる。今まで私は父の仕事の合間を縫い、魔導具を作ってきた。だが、半年と考えると父の工房を間借りするだけでは、間に合わないかもしれない。
となると、外に借り受けることになるわけだけど、王宮に逆らった元王宮錬金術師の私の名前は、ゆくゆくは知れ渡ることになるだろう。そもそも魔工師になりたい女を、民間工房が受け入れてくれるかは未知数だ。
「なら、我が国の工房を使えばいい」
振り返ると、夢かうつつかシャヒル王子が立っていた。
『バァウ!』
ライザーがまだ食事中の私に駆け寄ってくる。
遊べー、とばかりに舌で私の頬を舐めてねだってきた。
「王子、いつの間に……」
「失礼。ノックしたのですが……」
「あら。やだ。これは失礼しました」
「いえ。朝早く押しかけてきてすみません。1つお願いがあって参りました」
そう言って、シャヒル王子は私の前に跪いた。
「カトレア殿を、どうかテラスヴァニル王国王宮に招くお許しをいただきたい」
『ええ!!』
両親と私は思わず声を揃えた。
先日ネブリミア王国の国王に拝謁したばかりの私が、今度はテラスヴァニル王国王宮に招かれる。まるで建国祭と祖王祭が一度に来たような状況に、普通の人よりも動じない父ですら顎を開いて驚いていた。
「ま、招くって。シャヒル王子、もしかしてと思っていたのですが、その、まさかうちの子を」
ちょっと! 母さん! 何を言っているのよ、ドサクサに紛れて。
私は平民。向こうは王子様。そ、そりゃあ、愛に国境とか身分差とか関係ないけど、そんな
「はい。優秀な魔工師としてお預かりしたいのです」
「優秀な……」
「魔工師……」
母娘ともども思いっきり力が抜けた。
シャヒル王子は私と母さんの反応を見て、戸惑っている。
「俺、なんか不味いこと言っちゃいましたか?」
その質問は何故か、1人ミルクをすする父へと向けられた。
父は私と母さんの気持ちを知ってか知らずか、ムスッとした顔をシャヒル王子に向ける。
「うちの半人前を買ってくれているようだが、親として理由を聞かせていただきましょうか?」
「はい。まず我が国の現状について説明させて下さい」
シャヒル王子は訥々とテラスヴァニル王国の現状について話を始めた。
テラスヴァニス王国は精霊石の一大産地であり、裕福な国である一方、非常に複雑な社会構造になっている。一重にはそれは格差だ。精霊石の発掘権を持つ地主と、鉱夫の貧富の差が大きく、裕福な国であるにもかかわらず、不衛生な下町が王宮の周りを囲んでいるのが現状だという。
もう一つは男女の格差だ。テラスヴァニル王国は宗教上の理由から男が魔法を使うことが許されていない珍しい国でもある。対して、女性は魔法を使うことが許されているが、基本的に男は外で仕事、女は家で家事をするという概念が根強い。
魔工師になるためには、魔法の行使は絶対。しかし、それは戒律で禁じられている。魔法が使える女性も家にいることがほとんどで、女性労働者の割合は全体の一割にも満たないという。そもそも修学率そのものが少ないため、基盤すらできあがっていない状態だ。
「精霊石もいつまで取れるかわからない。そのためには、精霊石に頼らない社会基盤と、産業を作る事が肝要だと俺が考えました」
シャヒル王子は昔から格差是正の問題に取り組み、積極的に他国と交流を図り、結果魔導具技術による社会的インフラの拡充と、魔法が使える女性の雇用喪失が必要と感じたようだ。
「ただどうも俺の半端な知識では、魔導具を作る事はおろか、その基盤を整えることすら難しいらしい」
「だから、私を……」
「カトレア。君と初めて出会った時、我が国に君のような人材がいればと思った。だが、君はネブリミア王国の錬金術師だ。だから、初めは諦めた。けれど偶然にもまた君と俺は出会った。王宮を辞めたと聞いた時、偶然ではなくこれは運命だと思った」
シャヒル王子はそっと私の手を取り、包んだ。
「はっきり言おう、カトレア。あなたが欲しい。我が国にどうか力を貸してくれないだろうか」
王子の手は温かいというより、熱そのものだった。
目を見る。美しい青い瞳とは真剣で、今まで見てきたどんなシャヒル王子よりも凜々しく見えた。
「いつか王子に尋ねましたね。何故、私に対してここまで尽くしてくれるのかと」
「ああ。覚えているよ」
「王子はあの時、『下心だ』と仰られました。今の話が、その下心だったのですね」
「そうだ」
私は首を振った。
「シャヒル王子は勘違いしておられます」
「勘違い?」
すると、私は王子の前に跪く。
目線を合わせ、破顔した。
「お願いするのは、こちらの方です。どうかテラスヴァニル王国に連れてって下さい。王子にはお世話になりました。この身が役に立つというならお使い下さい」
こうして私はテラスヴァニル王国へ行くことになった。
今の私は王宮錬金術師ではない。翼の生えた1羽の鳥だ。
どうせ飛ぶのであれば、いっそ遠くへと飛ぶのも悪くないと思った。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
第1章「ネブリミア王国篇」はこれにて完結となります。
第2章「テラスヴァニル王国篇」も、おいしい料理をご用意しております。
割と謎に包まれたままのシャヒル王子のことも語られるので、お楽しみに!(先々、ざまぁもあります)
ここまでのご評価はいかがだったでしょうか?
☆の数でお伝えいただければ幸いです。
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