第14話 楽しいひととき
今回の顛(てん)末(まつ)について衛兵から事情聴取があり、私は王宮でしばらく留め置かれることになった。
それだけならまだ良かったのだが、ラグリーズ局長の取り調べにも立ち合うことに。
理由は技術的な解説だ。衛兵たちは捜査のプロだけど、魔導具に詳しい訳ではない。しかし、ラグリーズ局長の部下たちに尋ねれば公平性を欠くことから、私に意見が求められたのだ。公平性という点で言えば、私が意見するのは適当ではないが、陛下の方から推す声があったらしい。
2度と顔を見ることはあるまいと思っていただけに、取調室で肩を寄せてしゅんとなっている局長の姿を見た時は、いささか複雑な心中だった。
取り調べは思った以上に長丁場となり、思いがけず王宮の尖塔から西に陽が沈むのを見ることとなった。ほとんどの家臣は尖塔を上ることが許されないのだが、この時シャヒル王子が気を利かせ、取り調べでげっそりしていた私を招いてくれたのである。
いいものを観ることはできたけど、馬車に乗って王宮を出た時には、すっかり夜になっていた。
「すみません、シャヒル王子。家まで送ってもらって」
「これぐらいお安い御用だよ。夜道を女性に歩かせるわけにはいかないからね」
「お心遣い感謝します、王子」
「それにまた怪我をして、病院にでも行かれたら目覚めが悪い」
『バァウ!』
シャヒル王子は意地悪く笑う。
側でライザーも『ハッ、ハッ』と興奮しながら吠えた。
私は出会った時のことを思い出して赤面し、取調室で見た局長のように項垂れる。
もしかして、これ一生言われたりするのだろうか。
それにしても、数奇な巡り合わせだ。
フラッと立ち寄ったバーガー屋に隣国の王子様がいて、それがライザーの飼い主で、古く細い1本の縁が続いて、私はこうして王子と馬車に乗っている。
髭剃り具のことにしても、シャヒル王子は被害者であって、私を擁護する立場にないのに……。
一体、彼は何故こう私に優しくしてくれるのだろうか。
「ねぇ、カトレア。盛大な祝勝会と行こうじゃないか」
「祝勝会なんてそんな……。私はただあの魔導具の不良原因をはっきりさせたかっただけで」
「カトレアが図面の変更に気付かなければ、また誰かが怪我をしていたかもしれない。君は自分の知識と経験によって、また人を助けたんだよ。胸を張っていいんだよ」
頭によぎったのは、女将さんの顔だ。
魔導炊飯釜でお米を作った時、女将さんはとても喜んでくれていた。
今回の件、私が魔導具を作ったわけじゃないけど、その知識と経験が役に立った。
ずっと私は未熟だと思っていた。
王宮魔工師になれなければ、一生半人前だと思っていた。
でも、私の知識と経験は王宮の魔工師に決して引けを取らなかった。
もしかして私って……。もっとできるのかもしれない。
そう思うと、自然と背筋が伸びた。
下ばかり向いていた顔が前を向く。
目の前にはシャヒル王子がいて、私に笑いかけていた。
「シャヒル王子、祝勝会のお話ですが……。1つお願いしてもよろしいですか?」
「何なりと……。今日は君が主役なんだからね」
そう言って、シャヒル王子は召使いのように頭を下げる。
私はクスリと笑ってから、真剣に答えた。
「私、お酒が飲みたいです」
◆◇◆◇◆
「本当に大丈夫かい、カトレア?」
シャヒル王子は心配そうに青い瞳を私に向けた。
手にはお酒が入っている瓶を持っている。その便のラベルには『
「ええ」
私の声は主にテラスヴァニル王国の料理を専門に出す酒場に響く。小さいながら繁盛しているらしく、客のほとんどがシャヒル王子と似た褐色に、赤髪のテラスヴァニル人だ。ネブリミア王国に精霊石を卸しに来た商隊らしく、酒場にいる全員が知り合いらしい。ほとんど貸切状態の中に、シャヒル王子と私が加わったというわけだ。
シャヒル王子が加わっても、酒が入っているからか皆が陽気だ。王子と私を、テラスヴァニル王国らしい方法で歓待すると、わざわざ1席を開けてもらった。
「じゃあ、入れるよ」
シャヒル王子は『
私はグラスを持ち上げると、まず鼻先に近づけた。
「うん。良い香り」
思わず顔が綻ぶ。以前聞いた話ではアムニスという花の香りを付けていると聞いたが、確かにお酒とは思えないフローラルな香りが、私の鼻先をくすぐる。この香りだけで頭の中にあったお酒のイメージを覆る。水に入れただけで、色が変わってしまう奇術のような現象もしかりだろう。
さて、次は味である。
味については全く記憶がない。すぐ倒れてしまったからだ。うまい、うまくないもわからなかった。シャヒル王子にこうして無理を言ってお願いしたのも、『
「ゆっくり……。少しずつ」
シャヒル王子のアドバイスに、私はこくりとまた頷いた。
何かやたら静かだなと思ったが、客や店員までもが私の方を向いている。
気を取り直してグラスを傾けた。まずはほんの少しだけ口の中に含む。すると、あの花の香りが香水のように広がっていった。あまりに少量だったからだろうか。独特の香り以外、味はさほど感じない。
今度はもう少し飲んでみる。初めて舌の上でお酒を転がしてみた。感じたことのない身体の火照りを喉を中心に広がっていく。一瞬驚いたけど、倒れるほどじゃない。喉を一つ鳴らして、胃へと流し込んだ後、ハッと息を吐いた。
「おいしい……」
花の香りに含まれる蜜のような味に、お酒初心者の私では言い表しようのない独特のコク。お酒とは思えないほど、喉越しは爽やかでお酒の強い人なら何杯でも飲めしてしまいそう。果実をギュッと凝縮したような味が、親しみやすさを演出していた。
「カトレア、大丈夫かい?」
「はい、王子。とってもおいしいです。何杯でも飲めてしまいそう…………あっ!」
「あはははは! もしかしてカトレアは飲み慣れていないだけで、酒豪の体質かもしれないね」
「しゅ、酒豪なんてそんな」
私は全力で手を振ったが、今のところなんともない。水を入れて十分酒精を落とした状態で飲んでいるからなんだろうが、前倒れた時に起きた気分の悪さはなかった。
私はもう少し飲もうと、グラスを取ったが、シャヒル王子は私の手に自分の手を重ねて制した。
「油断は禁物だよ、カトレア。まずゆっくりとならしていこう。それに『
そう言えば朝から何も食べていない。例の審議の後は取り調べに付き合い、昼休憩を取る時間すらなかった。確かにそんなコンディションで大量のお酒を胃に入れるのは、控えた方がいいだろう。
タイミングよく店員さんが摘まみが載った皿を並べてくれた。
チーズだ。
それも普段食べているものと色が違う。私たちがよく食べるチーズはクリーム色というか、どこか薄く黄色っぽいのに対して、皿に乗ったチーズはまるで牛乳をそのまま固めたように真っ白だった。見た目は東方の国オリエンナ由来の豆腐と似ている。
早速、摘まんで食べてみた。
「しょっぱ!」
口の中に広がる塩みに思わず驚くと、シャヒル王子はクスリと笑った。
「我が国ではヤズーと言われるチーズの一種でね。チーズを塩漬けにしたものだよ」
「塩漬け!?」
どおりで塩っぱいはずだ。でも、シャヒル王子の言う通り、『
私は『
思った通りだ。『
「その分だと気に入ってくれたみたいだね」
「ええ。でも、もうちょっと塩控えめな方が好みかも」
「なら、横のチーズを食べてみるといい」
言われるまま口にした。同じチーズのようだけど、こっちは黄色っぽい。よくネブリミア王国の市場でも売っているものと、形も似ていた。
「あ……。おいしい」
多分、オイーブの油で漬け込んだのだろう。塩みが程よく抑えられいて、味がまろやかで舌ざわりもいい。さらにハーブと唐辛子、あと大蒜のおかげでパクパク食べてしまう。『
料理はまだまだ出てくる。
今度は先ほどのチーズに、小麦粉生地を巻いて、油で揚げたシンプルな揚げ料理だ。
ちょうど葉巻のようなサイズの料理の名はタバラボ。やたらとチーズが出てくるけど、テラスヴァニル王国の代表的な食べ物で、朝必ずどの家庭でも食べるそうだ。
「これもお酒と合うわね」
葉巻サイズの料理の上には、ハーブがちりばめられているだけで、味付けはほとんどされていない。それでも小麦粉生地の素朴な味わいと、チーズの塩っぱさが染み渡り、十分おいしかった。
チーズ自体が癖になる味わいだけど、プラスしてパリパリとした皮の食感が加わり、手が止められない。ふと喉が渇けば、『
若干意識が怪しくなってきたところで、目が覚めるような事態が起こる。
シャヒル王子が私の作った魔導炊飯釜を持って現れたのだ。
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