第13話 決着!

 槍を突きつけられたラグリーズ局長にトドメを刺したのは、国王の鋭い眼光だった。


「隠蔽どころか他国の王子の命を軽んじるとは……。落ちたな、ラグリーズ」

「ち、違う! 私は間違っていない! わかっているのか! この国を技術大国に引き上げたのは、この私だぞ。私がいなくなれば――――」


 扉が閉まる。ラグリーズ局長以下、パストアを含む部下たちは廊下に追いやられ、引っ立てられていった。


 ふぅ、と息を吐いたのは、国王陛下だった。ラグリーズ局長の前では勇ましく気勢を吐いていたが、一件落着した後のお顔はどこか寂しげに見える。シャヒル王子が気を利かせ、ステルシアさんを動かして紅茶を持って来させた。



 審議室に紅茶の香りが満ちると、ようやく国王陛下の目尻が下がる。


「ラグリーズも決して悪い魔工師ではなかった。昔は真面目で、よい魔導具を作る魔工師だったのだ。それがいつから権威主義者に成り果てたのか……」


 後で知った話だが、陛下とラグリーズ局長は共に魔導局にて働いていた時代があったという。先輩後輩の間柄で、国王陛下はその頃はまだ王子殿下であったが、周りが遠巻きに見つめる中、ラグリーズ局長だけは気さくに話しかけてきたのだそうだ。



「申し訳ない」


 ハッと我に返ると、国王陛下が私に向かって頭を下げていた。

 一瞬、惚けてしまった私だが、事の重要性に気付き、思わず叫んでしまう。


「へ、へへへ陛下! どうかお顔を上げて下さい。陛下が謝ることでは……」

「ラグリーズは我が家臣――家臣の不始末は、余の責任でもある。この通りだ。許してほしい」

「も、もったいないお言葉……。で、ですが、陛下まず頭を上げて下さい。今のままではまともに喋ることも難しいので」


 と言うと、国王陛下はようやく顔を上げる。優しげな瞳と目が合った。


「陛下は適切な沙汰をお下しになられました。捜査はこれからだとしても、私のような民の声に真摯に向き合ってくれた。それだけで十分にございます」


 私もまた深く頭を下げた。


「うむ。……ところで気になっていたのだが、よくラグリーズの家から不良品を持ち出せたものだ。よもや屋敷に忍び込んで、盗んできたのではあるまいな?」


 一転して、国王陛下は眉間に皺を寄せる。私は慌てて首を振ったが、それでも少し煮え切らない部分があった。やりとりをニヤニヤしながら見ていたシャヒル王子が腰を上げる。

 机の上に放置された不良品を掲げてこう言った。


「そのことについては、俺が説明させていただきます、陛下」

「殿下が?」

「実は、この不良品――真っ赤な偽物なんです」

「に、偽物!?」


 陛下はシャヒル王子が手にした偽の不良品をマジマジと見つめた。

 ついに暴かれた真実に、少し申し訳ないと思いながら、私からも事情を説明する。設計に問題があったことを糾弾するには、どうしても不良品が必要だった。だけど、いくらシャヒル王子や陛下が不良品の提出を訴えても、ラグリーズ局長が本物の不良品を提出するとは思えなかった。


「局長が偽物を用意することはわかっていました。だから、こちらも偽物の不良品を用意することにしたのです、陛下」

「むぅ……。しかし、ラグリーズが偽物と気付いたらどうするつもりだったのだ?」

「陛下、最初からカトレアの目的は設計のミスではありません。それを隠蔽したことに繋がる証言をラグリーズから引き出すことです。彼は我々の罠にまんまとはまってくれました」


 説明を終えると、陛下は机に手を置いたまま沈黙した。

 正直に言うと、私もこんな人を騙すようなやり方は好きではない。でも、正面から向かっていって、ラグリーズ局長が隠蔽の事実を認めるとも思っていなかった。仮にラグリーズ局長が白状しなかった場合、私は正直に告白するつもりでいた。


 本物であって欲しいと思っていたが、残念ながら父の指摘通りになってしまった。


 結果的に陛下を騙すことにもなってしまった。気分を害されたのなら、それはそれで致し方ない。どんな罰も受けるつもりだったが、聞こえてきたのは笑い声だった。


「ふはははははははは! まさか詐欺師の相手が、詐欺師とはな。いくらずる賢いラグリーズとて、同類が相手では勝ち目がなかったと見える」


 目に涙を溜めながら、国王陛下は愉快げに笑う。


「実を言うとな。……あやつが魔導局で幅を利かせていると聞いて、内心ムカムカしておったのだ。とはいえ、実績は十分であろ? 怒るに怒れなくてな。今回のことはあやつにとって良い薬になったであろうよ」


 国王陛下はまだ笑い足りないらしく、頬を膨らませると再び笑い出す。

 まるで童心に帰ったようだった。


「そう言えば、この不良品……。よくできているが、誰が作った? カトレア殿か?」

「父が夜なべをして作ってくれました」


 初め既製品を改良して不良品を作ろうとしたが、市中に出回っているのは155個。その顧客のほとんどが、貴族や大商人など出自のはっきりした金持ちばかりだ。そう言った人間に、不良品に偽装したいので貸してくれと言っても、現実的に難しいだろう。


 思案した結果、1から作ることになったのだが、結局私は全体の3割しか作れなかった。設計図もなしに、3割の部分と私のメモを頼りに父が残りすべてを作り上げたのだ。私は精霊石のカットこそ得意だが、鉄を曲げたり、加工したりすることに関しては、まだまだ遠く父に及ばない。


「そなたの姓はザーヴィナーと言ったな。ということは、ジニー殿の孫か」

「祖父を知っているのですか?」

「ジニー殿は余が魔導局に勤めていた時に、外部研修で世話になった。よく怒鳴られたものだ」


 へ、陛下を怒鳴るって……。お、お爺ちゃん何をやってるのよ。

 と言うか、陛下ってザーヴィナー商会に来たことがあるってこと? 初めて聞いたんだけど……。両親はこのことを知っているのかしら。


「ジニー殿の孫か。ならばこの審議の場で見せた魔導具に対する熱意……。使用者を気遣う姿勢に合点がいく。まさかそのような人材を、解雇してしまうとはな。……どうかな、カトレア殿。もう一度、我が王宮で働いてくれぬか? そなたさえ良ければ、我が国の初の女性魔工師として迎えたいと考えているのだが」

「え――――?」



 私が魔工師? 女性初の?



 思いがけず転がり込んできた魔工師になるチャンスに、私は頭が真っ白になった。


 魔工師になるのが夢だった。

 今までになかった女性目線の魔導具を作りで、世の中の女性たちを幸せにする。そして魔導具の可能性を拡げる。ずっとそう思ってきた。

 その気持ちは王宮を解雇された後もくすぶり続けている。

 でも、我先と飛びつかなかったのは、どこか私の胸の中で納得しきれてない部分があるからだ。


「お断りします」


 私はきっぱりと言い切った。

 陛下直々の誘い。大変名誉なことだ。それでも手を取らなかった私に対して、国王陛下はただ眉宇を動かすのみだった。


「理由を聞かせてくれぬか?」

「理由は2つございます。1つは、私はこれまでネブリミア王国の魔導具技術産業を支えてきてラグリーズ局長を失脚させる要因を作りました。局長は結果的に悪人でしたが、慕う部下も多いはず。そんな部署に私が入れば、針のむしろとなり、まともに仕事ができるとは思えません」

「なるほど。2つ目は?」

「魔導具はどこでも、誰でも作れるということです」

「ほう……」

「王宮にいた時、私は王宮以外の場所で魔導具を作ってはいけない。開発してはいけないと勝手に思っていました。ですが、王宮から出てみて、その認識は間違いだと気付きました。確かに魔工師という資格はありますが、魔導具を作れる権利は誰にでもある。私はこの短い間で学びました」



 私は私が思っている以上に自由なのです。ならば、少しこの自由に身を任せたいと思います。



 自分でもびっくりするような提案が口先から飛び出していた。

 でも、それは嘘偽りない私の言葉だ。


「具体的にはどのようなことを……」

「そうですね。魔導具を使って、困っている人を助けたいと思います」


 国王陛下は一瞬何か考えた後、口を開いた。


「『良い発想とは、己を解放した時になって初めて現れる』」

「祖父の言葉ですね」

「うむ。カトレア殿の言葉を聞いてふと思い出した。もっと以前に思い出しておれば、その役目は余が引き受けたのだがな。ちと余は老いすぎたようだ」


 陛下は長くなった髭を撫でる。


「カトレア殿、余の夢をそなたに託す。存分にその腕を振るってほしい」

「ご理解いただきありがとうございます!」


 私は一礼する。国王陛下は満足そうに頷くと、部屋から退出を始めた。

 国を背負う広い背中を見ながら、私は1つおねだりをしてみた。


「国王陛下、1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「陛下の秘密の工房を見せていただけませんか? どんな工房か興味があります」


 国王陛下は一瞬キョトンとした後、破顔した。


「そなたは本当に面白き魔工師だな」


 そう言って、陛下は「またな」とだけ言って、審議室から退出なされた。

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