第12話 国王陛下のお裁き

 細長い長方形の部屋には、3脚の長机がある。私はラグリーズ局長とパストア、さらに2名の部長と髭剃り具を作った魔工師と思われる技術者と向かい合った。


 対する私は1人だ。


 1対5。人数の上では多勢に無勢だ。正直に言うと、相手の多さを見て飲まれそうになる。でも、私は決して一人じゃない。ここに来るまで、両親や、『熊の台所』の女将さん、ライザーだって付いてる。


(それと……)


 私は部屋の奥の方を見る。シャヒル王子が用意された椅子に腰掛けていた。シャヒル王子も被害者という立場だけど、間接的に私を応援してくれている。


 決して1人ではないと思うと、心が大いに軽くなった。


 突如審議室の扉が開くと、全員が一斉に立ち上がる。私も遅れて立ち上がった。

 入ってきたのは、ネブリミア王国国王ラーカス・グェン・ミル・ネブリミア陛下だ。クリームのような真っ白な髪に、髭は立派だが、目元は老いさらばえた老人であることは隠し切れていない。それでも溌剌とした覇気を放っており、足取りもしっかりしていた。


 国王が部屋にやってきて、椅子に座っただけだというのに空気がガラリと変わる。あのラグリーズ局長すら表情が硬い。私と同じく国王陛下に初めて謁見するパストアの顔は真っ青で、今にもひっくり返りそうだ。


 かくいう私も緊張していた。しかも今から王の前で、自分の陳述を聞いてもらうのだ。考えるだけで気が遠くなりそうになる。でも、弱音は吐いていられない。ここまでお膳立てしてくれたシャヒル王子と、冴えない私をここまで変身させてくれたステルシアさんのためにも、頑張らないと。


 最初に口を開いたのは、国王陛下だった。


「さて、此度の件について概ね耳にはしている。我が国の工房で開発した髭剃り具について不具合があり、王宮の魔工師の意見と、精霊石の図面を引いた元錬金術師の間で意見の食い違いがあるとのことだが、局長」

「その通りです。陛下」


 自然とラグリーズ局長から話をする流れになる。

 魔導局の言い分は変わらない。魔導具本体の設計に問題はなく、精霊石の設計に問題があったの一点張りだった。


「そうだね、パストア君」


 側に座ったパストアはラグリーズ局長に睨まれ、「は、はい……」と頷くしかない。まさに蛇に睨まれた蛙だ。あのような剣幕で凄まれては、誰だって頷くしかないだろう。とはいえ、パストアには否定してほしかった。昨日、パストアからの髭剃り具の図面提供がなければ、このような審議の場をセッティングすることすら叶わなかったかもしれないからだ。


 少し見直したけど、人間すぐに変わらない。


「ご覧下さい」


 ラグリーズ局長は精霊石のカット図面を広げる。そこに描かれた図面の作成者にはすでに私の名前が書き込まれていた。私に断りなくだ。呆れてものも言えない。どうせパストアが局長のごり押しを聞いて、書き換えたのだろう。


「陛下、この娘がやったことは明白です。即刻、告訴することが妥当かと」

「……では、カトレア・ザーヴィナー。そなたの意見を聞こうか?」


 国王陛下の緑の瞳が、初めて私の方を向いた。私は国王陛下に自分の名前を呼んでもらったという感動を存分に味わう間もなく、立ち上がる。


 1度、シャヒル王子の方を見ると、エールを送るように王子は笑い返してきた。おかげで、どこかふわふわした感覚が引き締まった気がする。喉を整えた後、私はゆっくりと喋り始めた。


「まずこのような場を設けていただいた国王陛下に感謝申し上げます。そして被害に遭われたシャヒル王子には大変申し訳なく思っております。技術者の端くれとして、お詫び申し上げます」


 私はその場でそれぞれに頭を下げた後、本題に入った。


「ラグリーズ局長および魔導局の方は、今回の髭剃り具に問題があったのは、精霊石の過剰出力と仰っていましたが、私はそう思いません。あの精霊石の出力は開発部から要求された出力を完全に満たしたものです。錬金術師は開発部の魔工師に言われた通りの出力を出しただけです。その出力が過剰というなら、魔工師の要求値に間違いがあったか、魔導具の設計がそもそも出力に耐えられないものであったと言わざるを得ません」

「魔導具の設計に問題があっただと! 我が国の優秀な魔工師を愚弄する大変不敬な発言だ! 発言の撤回を要求する!!」

「落ち着け、ラグリーズ局長」


 興奮した牛のように語気を荒くするラグリーズ局長をたしなめたのは、国王陛下だった。


「この元錬金術師のお嬢さんの言うことは、筋が通っている。そもそも精霊石が要求した出力値を出ていれば、何も問題ないのは学生でもわかることだ」

「こちらが、出力の偏差値です」


 私は国王陛下に資料をお渡しする。


「ふむ。かなり安定した数値だな。資料も見やすくてよい」

「恐れ入ります、陛下」

「国王陛下、恐れながらその者が示す数値など、信用なりません。王宮の最新測定器で測った数値をご覧下さい。おい、パストア君」


 ラグリーズ局長側も資料を提出する。陛下は思わず目を細め、資料に顔を近づけた。


「資料が細かすぎる。測定値が多いのはいいが、どれが問題になっているかどうか、わからぬ。字体を変えたり、墨色を変えたりできなかったのか」

「も、申し訳ありません、陛下。ぱ、パストア君! 何をしているんだ!!」

「誠に申し訳ありません」


 パストアは頭を下げた。ラグリーズ局長を含め、開発部長、魔導具を設計した魔工師もその場にいて、溜息を吐く。それは国王陛下も例外ではなかった。


 パストアは資料を作るのが苦手だ。時々、私に残業させて投げることもあった。


 ラグリーズ局長は咳払いした後、話を続ける。


「しかし、陛下……。この資料を見る限り、出力基準より大幅に外れていることは明確です」

「では、ラグリース局長。そなたの出した資料と、カトレア嬢が出した資料――何故、こうも違うのだ? 理由を述べよ」

「理由は明白です、陛下。向こうがデータを改竄しているのです」

「このデータは第三者機関に頼んだものです。改竄はあり得ません」

「ふん。その機関とやらも、お前の身内だろ。そういえば、カトレア・ザーヴィナー。お前の家は魔導具を扱う小さな商会だったな」


 ラグリーズ局長が言うと、ほんの一瞬だったが陛下が眉を動かしたのが気になった。


「この統計もお前の家で計測したものではないか? 油が垂れたボロボロの計測器でな」

「そんなことは……」

「もうよい。このままでは平行線だ。余は忙しい。もっと身のある議論はできぬのか?」


 陛下はうんざりした顔で、深く椅子に腰掛けた。

 代わりに立ち上がったのは、シャヒル王子だった。


「国王陛下。やはりもう一度、不良品を検討する必要があるかと……。カトレア嬢曰く、髭剃り具には設計上の欠陥があるそうです」

「シャヒル王子、何を言うのです。我が国の製品に欠陥など」

「ラグリーズ、お主は少し黙っておれ」

「え? あ、はい……」


 思いの外、ぞんざいに扱われたことに驚きを隠せず、ラグリーズ局長はすごすごと席に着く。

 その局長を尻目に、国王陛下は私に尋ねた。


「具体的にどの部分だね?」


 私は開発当初に見た図面を覚えていることを踏まえた上で、軸の耐久性について疑問を呈した。


「その図面をここに――――」


 国王陛下は図面を広げ、自ら検分する。元魔工師というだけあって、その目は鋭い。

 今の陛下の顔は技術大国ネブリミア王国を収める君主ではなく、一流の魔工師に変貌していた。

 結果的に、陛下の結論は私と一緒だった。


「軸の寸法が変更されていることは確かなのかね?」

「はい。間違いありません。目に穴どころか、身体中に穴が開くほど見てきましたから」

「ふふ……。確かにな。小型でさらに高出力となれば、精霊石の設計はさぞ難しかったであろう」


 国王陛下はお笑いになる。その顔はどこにでもいる頑固そうな技術者のようだった。


「確かに設計変更はいたしました。ですが、それは量産前の話です」

「改訂日を見るかぎりそのようだな。しかし、随分と紙が真新しいのはどういうことだ?」

「管理者が謝って、水に浸けてしまい、一部の線が消えてしまいました。なので、新しい紙に張り替えただけです」

「なるほど。筋は通っておるな」

「恐れ入ります」


 ラグリーズ局長は口角を上げる。


「ならば、やはり不良品を確認する以外にあるまい。良いな、ラグリーズ」


 さっきまで笑っていたラグリーズ局長の顔が、急に真剣になる。座ったまま拳を膝の上に載せると、覚悟を決めた様子で陛下に向かって頭を下げた。


「致し方ありますまい」


 あっさりと認めてしまった。仮にラグリーズ局長が隠蔽しているのだとしたら、不良品は絶対に出したくないはずだ。


 審議室に例の不良品が運び込まれてくる。報告通り、内刃から肌を守るための外刃部分が完全に破れていた。仮にこれが子どもが遊んで使っていたらと思うと、ゾッとした。いや、事実今もそういう製品が市中に出回っていることは確かなのだ。そのためにも、一刻も早く決着を着ける必要がある。


「問題となっているのは、どの軸だ」


 図面と不良品を見比べながら、陛下は問う。

 私は手で指し示すと、陛下自ら測定定規を取り、軸の寸法を計測する。

 こういうのも失礼だが、やはり老眼が入っているのだろう。目を細めつつ、測定定規のメモリを読む。まさしく緊張の瞬間だった。私は自然と両手を組む。一方、ラグリーズ局長は一転して笑みを浮かべていた。よほど自信があるのだろう。


 部屋の中が鎮まり返る。外で野鳥が啼いていた。


 私が覚えている数値は、直径11・3ミーリ。現在、図面に描かれている数値は12・2ミーリ。約1ミリの差。それでもこの1ミーリだけで、設計の強度が変わってくる。


「じゅう…………」


 陛下の口が突然開く。皆が耳をそばだてた。


「――――11・3ミーリだな」

「馬鹿な!!」


 ラグリーズ局長は椅子を蹴って立ち上がる。ズカズカと音を立て、国王陛下にもかかわらずやや乱暴に測定定規を取り上げると、自分の目で確かめた。だが、結果は同じだ。11・3ミリ。陛下の見間違いなどではなかった。


 それでも信じられないラグリーズ局長は、軸専用の検査道具を使って確かめさせたが、結果は同じだった。


「馬鹿な!! 何故、ここにある!? 不良品は私の家のベッドの下に保管されているのに」

「ほう……。ラグリーズ局長。何故不良品が、あなたの家のベッドの下に保管されているのですか?」


 シャヒル王子は立ち上がり、鋭く視線をラグリーズ局長に送った。


「余も聞きたいな、ラグリーズ? 何故、不良品がお前の家で保管せねばならんのだ?」

「へ、陛下まで……。え? いや、そ、そそそれは――――」


 一転、ラグリーズ局長は被害者側のシャヒル王子、さらに国王陛下に追い詰められる。

 ラグリーズ局長の発言に驚いたのは、私たちだけじゃない。知らされていなかったのか、パストアも他の部長たちや魔工師も、口を開けて固まっていた。


「ち、違うのです、陛下。聞いていただきたい」

「良かろう。何が違うのかな?」

「そうですね、陛下。じっくり聞きましょう」


 シャヒル王子は陛下の横に並ぶと、一緒にラグリーズ局長を睨む。

 二人の王蛇サーペントに睨まれたラグリーズはしどろもどろになりながら、言い訳を続けた。


「ふ、不良品は重要な証拠品です。もし盗まれたりしたら」

「ラグリーズ殿、あなたは今何を言っているかわかっておいでですか?」


 シャヒル王子は息を吐く。王子の態度に、ラグリーズ局長は明らかに狼狽していた。


「え? 何か間違ったことを言ったでしょうか?」

「ラグリーズよ。この王宮は余を守る城だ。ここには五百の衛兵と、精鋭五百名の近衛たちが目を光らせている。鼠一匹入るのも難しい王宮よりも、そなたの家の方が警備が厳しいと、そなたは言っておるのだぞ」

「ち、ちが――――」

「さぞ安心して眠れる家でしょうな、ラグリーズ殿の家は。今度、見せていただこう。特にあなたの家のベッドの下を重点的にね」


 普段温厚なシャヒル王子の青い瞳が、刃物のように光る。

 ラグリース局長は「ひっ」と悲鳴を上げながら、陛下に泣きついた。


「陛下! 陛下!! どうか私の話を聞いて下さい。こ、これは何かの間違いです。そ、そそうだ。陛下、この者が悪いのです。魔導具の重量を意識する余り、軸の耐久度を軽んじた、この者が悪いのです」


 ラグリーズ局長は翻ると、髭剃り具を設計した魔工師を糾弾し始めた。


「待って下さい。あれはラグリーズ局長の許可を得て」

「黙れ! 設計権という言葉を知っているだろう。魔導具を設計したものが、その権利と責任を持つのだ。ほら、立て! 立って、王子に詫びろ! 詫びるんだ」

「ラグリーズ……」

「少々お待ち下さい、陛下。今、言って――――」

「ラグリーズ!!」


 1度目は悪戯をした我が子を確かめるように穏やかに。

 2度目は口から火を吹くドラゴンのように陛下は吠えた。

 それは抜群の効果だったらしく、蛇と思っていた局長をたちまち蛙に変えてしまう。額に脂汗を浮かべながら、ゆっくりとラグリーズ局長は国王陛下の方に振り返った。


「確かに我が国では設計権という制度を取っておる。それは設計者の努力を、権力あるものが踏みつけるのを阻止するためだ。しかし責任をすべて設計者に押し付けるためのものではない」

「し、しかし!! 陛下、このままでは我が国の魔導具に対する信用は地に落ち…………」

「すでに落ちておるよ!」


 陛下の緑の瞳は哀れむようにラグリーズ局長に注がれていた。


「ラグリーズ、例え設計権がなくとも、そなたが設計に欠陥があることを知りながら隠蔽し、さらには他者に責任をなすりつけようとしたことは事実……」

「わ、わかりました。し、しかし陛下。冷静になってお考え下さい。設計に不備があると知りながら隠蔽したこと、これは謝罪します。ですが、今現在問題になっているのはシャヒル殿下が使った髭剃り具だけです。それも些細な傷を負った程度で、何もここまで騒ぎ立てる必要があるのですか?」

「衛兵!」


 陛下が声を荒らげると、たちまち部屋の中は衛兵で溢れ返る。

 ラグリーズ局長およびパストア、部長や魔工師たちが取り囲まれると、容赦なく槍を突きつけられたのだった。

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