第5話 魔導炊飯釜
こうやって振り返ってみると、シャヒル王子だと気付いても良さそうだが、完全にバーガー屋の店員として記憶が塗り替えられていたため、すぐ結び付かなかったのだ。
「思い出してくれたかな?」
「は、はい。知らぬこととはいえ、ご無礼いたし申し訳ありません」
私は再び頭を下げる。数々の非礼と言動、極刑と言われても仕方ない。
しかし、シャヒル王子は首を振った。
「君は無礼なんて働いていない。カトレアの案内はきっちりと作法に則っていたし、興味深く拝聴させてもらった。心から感謝している。君がいなければ、魔導技術について本国に何も持ち帰ることなく、俺は帰国の途につかねばならなかった。この魔導時計も直してくれたしね」
シャヒル王子は腕和式の魔導時計を見せる。
秒針は元気に動き続けていた。
「で、でも……、私は王子に家まで送り届けてもらった上に、治療費まで……」
「ああ。そっちのことか。さっきも言ったが、それは俺が悪い。酒を飲んだことがないという君に、『
シャヒル王子は頭を下げた。
「しかし……」
「といっても、かなり薄めたんだけどね。まさか一気飲みするとは思わなかったよ」
シャヒル王子は苦笑する。王宮にて案内していた時よりも、ずっと雰囲気が大らかな気がする。公務外の表情ということだろうか。
それにしても驚くべき1日の始まりだ。ライザーと再会できたことすら奇跡なのに、昨日のバーガー屋の店員がシャヒル王子だったなんて――――って、ちょっと待って。なんで王子様が、バーガー屋の店員なんかしてるの?
「そう言えば、どうしてバーガー屋に?」
「ああ……。あそこは俺の店なんだ。ネブリミア王国王都一号店」
「シャヒル王子の店なんですか?」
「経営は他の者がやってるけどね。俺は出資者といえばいいかな。……前々から1度働いてみたくてね。本国にもあるんだが、あっちでは顔が割れてるだろ? こっちに来る機会を利用して、オーナーに働かせてもらってたんだ」
「どうして? 王族の王子が……」
「話すと長くなるけど、平たく言うと庶民がしていることを体験したかったってところかな。それにバーガーは、俺が子どもの頃に考案した料理だし」
「え? 王子がバーガーを作ったんですか?」
というより、王族の人間が料理をすることに驚きだった。
シャヒル王子は何食わぬ顔で頷く。
「我が国が精霊石の一大産地だということは知っているだろ。だから、労働者のほとんどが鉱夫だ。その労働環境は劣悪でね。歩合制だから鉱夫も必死に働く。休みなくだ。……鉱山での死亡事故の一位ってなんだと思う?」
「落盤とかですか?」
「栄養失調だよ。暗いトンネルの中で、昼も夜もわからず仕事を続ける。だから思考能力を失って、複雑に入り組んだ鉱山の中で迷い、最後は餓死してしまうんだ。だから、俺は仕事をしながらでも食べられて、栄養が一度にとれる料理を考案することにしたんだ」
「それがバーガーだったんですね」
パンに、野菜、お肉、そこにチーズなどの乳製品が加われば、一度に一食分を食べたことになる。加えて、ナイフやフォークを使わず食べられて、持ち運びもしやすい。確かに休みなく、働く鉱夫には持って来いの料理だ。
でも、驚くべきはその料理を考案したのが、シャヒル王子だなんて。
「それよりも、カトレア。ずっと気になっていたのだけど、あれは君が作った自作の魔導具かい?」
シャヒル王子は部屋のある一角を指差す。
そこには、たくさんの鉄くず――もとい失敗した自作魔導具が堆く積まれていた。
「ぎゃあああああああああああ!!」
わ、わ、忘れたぁぁぁぁぁあああああ!! 私の人生の恥部ぅぅぅううううう!!
私は慌ててガラクタ置き場を隠す。ダラダラと妙な汗が浮かんできた。まさかこれを家族以外の人に見られるなんて思わなかった。それもシャヒル王子に見られるなんて。
年頃の男の子が隠している春画を親に見つけられた時ってこんな気持ちなのかしら。
「どうしたの、カトレア? すごい汗だけど」
「シャヒル王子、こここここれは……。これだけは見ないで下さい」
「君のことだ。面白い魔導具を作っているんじゃないのか? 例えば、これとか? もしかしてお米を炊く釜かな? 米の臭いがするけど」
「わかりますか!?」
「え? あ。うん。一応料理人だからね」
「そうなんです。これ、自動でお米を炊ける魔導炊飯釜なんです」
「自動でお米を炊ける魔導炊飯釜だって!! それはなんと興味深い!」
シャヒル王子は魔導炊飯釜を見ながら、玩具を貰った子どものように目を輝かせた。
「はい。使い方は簡単で、普通にお米を炊く時と同様に、洗ったお米を入れて、適量の水を入れるだけで、あとは自動的にお米をできちゃう優れものなんです」
「おおおおおおおお! なんだそれ! めちゃくちゃテンション上がる。どうやって自動で炊けるんだ? どんな魔導技術が……」
「機構は意外と簡単ですよ。『火』の精霊石の上に、釜を置いて、その周りを熱伝導性に優れたボルトスネークの皮を張っていて、これによって微妙は火加減まで再現できるようになっているんです」
「ボルトスネークの皮! なるほど。それが精霊石と釜の緩衝材になっているのか」
「その通りです、王子。ただ熱は安定したんですが、適正な魔力量がわからなくて……。その何度も改良してるんですけど、なかなか……。今ある器材では、100分の3レベルの数値まで制御が」
ちょっと待て。私は一体シャヒル王子に何を話してるんだ?
ああ! またやってしまった。魔導具のことになると見境がなくなる。王宮でやらかして、後日散々部長に怒られたのに、全然懲りてない私。しかも、寄りにもよって失敗作を誇らしげに。
ダメだ。なんか王宮を辞めてから、完全におかしくなってる気がする、私。
「それで、カトレア。これ、今すぐ使えるかい?」
シャヒル王子は試作品の魔導炊飯釜を掲げる。こちらは完全に好奇心に火が付いたらしく、目を輝かせている。王子にこういうのも失礼だけど、隣に座ったライザーと同じ顔をしていた。
「え? ええ……、一応は。ただ問題も――――」
「へぇ! へぇ!! それは使ってみたいなあ。ねぇ、俺に1度使わせてくれないかな?」
「え? でも、それ失敗作ですよ」
「例え失敗作だとしても、実際に使ってみて問題を検証しなくちゃいけないだろ。俺は料理をよくするし、料理人としてアドバイスをすることだってできる」
道理が通ってるようで通ってなさそうな理屈だ。
でも、シャヒル王子は自信満々というよりは、やる気満々の様子だった。
「じゃあ……」
「やったぞ、ライザー! よし! 善は急げだ」
シャヒル王子は軽くライザーとハイタッチすると、魔導炊飯釜を小脇に抱え、私の手を引く。
その勢いに飲まれるがまま、私たちは我が家の炊事場へと走り出した。
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作者が思った以上に、読みに来て下さって嬉しい限りです。
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