第4話 異国の飴の味
5日前……。
当然、私がまだ王宮で働いていた時だ。
仕事場で普段通り精霊石のカットをしていると、突然製造部の部長に呼び出された。2、3回面談の時に喋った程度で、直接命令を受けたことはない。話しかけられることすら珍しかった。錬金課の仕事場の扉を開けて私を見るなり、手で「来い来い」と合図する。
何事だろうと思い、外に出るとゆったりとした白い長衣を着た青年が立っていた。
よく顔を認識する前に、部長は私に紹介する。
「こちら、テラスヴァニル王国シャヒル・アス・テラスヴァニル殿下だ」
「殿下って……。お、王子様!」
自分でも驚くぐらい素っ頓狂な声が出てしまった。
私は唖然としていたが、鋭い剣幕の部長と目が合い、慌てて頭を下げる。
「魔導局内を案内してほしいそうだ。粗相のないようにな」
「案内って、私が王子様を?」
「挨拶ぐらいしたらどうだ、カトレア?」
「あ……。は、はい。カトレア・ザーヴィナーです。よろしくお願いします」
「シャヒル・アス・テラスヴァニルです。よろしく、カトレア殿」
こうして私は王子様の案内係を命じられた。
(どうして王子の案内を、錬金術師の私が……)
シャヒル王子が王宮を訪れていることは知っていた。
何でもネブリミア王国の魔導具の買い付けと、その技術を学ぶためだという。
ネブリミア王国とテラスヴァニル王国は古い盟友で、互いに切っても切れない関係にある。ネブリミア王国は魔導具技術で大国の仲間入りを果たした一方、テラスヴァニル王国は豊富な精霊石資源を背景にのし上がってきた。
テラスヴァニル王国は民家の床下を掘ったら、精霊石が出てきたという逸話があるほど資源に恵まれ、海外に輸出することによって外貨を獲得してきた。精霊石の主な輸出先のトップに立つのが我が国だ。ネブリミア王国が世界に冠たる技術大国になれたのも、テラスヴァニル王国の豊富な精霊石が背景にあったからであろう。
互いの結び付きは強く、毎年使者を送って、交流を重ねてきたが、最近国の関係は冷え込み始めていた。王族の方がネブリミアを訪れたのも、実に5年ぶりのことだ。互いの国の関係が冷え込んでいる理由としては、テラスヴァニル王国が巨大な資産を背景に、ネブリミア王国の技術まで奪おうとしているからだというが、私も詳しい事は知らない。
後になって気付いたことだけど、こうして錬金課の私が王子の案内に駆り出されたのも、ネブリミア王国の技術を、シャヒル王子に知られたくなかったからだろう。そして、錬金課で女の私なら魔導技術に疎いと、部長は踏んだのだ。
「『火』と『風』、性質の違う精霊石を混合させることによって、非常に大きな力を生み出します。それを動力にして、大きなものを動かしているんです。ただその分、熱効率が異常に悪くなります。そこが今後の技術的な課題と言えるかもしれません」
製造ラインに載った魔列車の機関部分を指差しながら、私は上層部の狙いとは裏腹に魔導技術に関する解説を王子に披露していた。最初は王子の前で辿々しかったのだが、得意な魔導技術を解説するうちに、私の弁舌は次第に熱を帯びていった。
王子がほぼ素人であることを知りながら、私の解説は学術的な知識と課題にまで及んでいく。自分の悪い癖である。しまった、と心の中で叫んだ時にはもう遅かったのだが、パチパチと手を叩く音を聞いて、私は頭を上げた。
「素晴らしい解説ですね。ここまで魔導技術に精通した知識を持っている女性は、我が国にいません。ネブリミア王国ではそれが当たり前なのでしょうか?」
「え? そ、そうですね。多いとは申しませんが、全くとも言い切れません。それに私は昔から魔導具が好きで……。おかしいですよね。私、女なのに……。両親によく叱られます。もう少し女らしくしろって」
「ところで、先ほどから気になっていたのですが……」
「あ? 質問ですか? どうぞどうぞ」
「さっきからどうして、カトレア殿は私と目を合わせてくれないのですか?」
「え? それは――――」
さっきまで雄弁に魔導技術を語っていた私は慌てふためく。
直訳すると、庶民の私が王子様と目を合わすなんて恐れ多いってことなんだけど、理由が他にないわけじゃない。なんと言っても、ここは王宮内だ。あちこちに多くの家臣が働いていて、今も周りには機関部分を組み上げる工員たちが私たちに向かって好奇な視線を注いでいる。
仮に私が目を合わせて、色目でも使ったと噂でも立てられたら仕事どころではなくなる。
私は婚約を破棄されたばかりだ。パストアの次は王子様かと、井戸端で噂するメイドたちの顔の渋い顔が目に浮かぶ。
こんな理由を他国の王子に聞かせられるはずもなく、私はただ落ち着きなく、その場を右往左往するだけだった。
「えっと……。その…………」
言えない。王子様を神々しすぎて直視するなんてできないなんて、とても言えない。
目を合わせることができず、王子の顔から下ばかり見ていた私はあることに気づいた。
シャヒル王子の腕には、腕和式の魔導時計が収まっている。作ることが難しく、かなり希少価値の高いものなので、持っているだけでも凄いのだが、その魔導時計が止まっていたのだ。
「シャヒル王子、その魔導時計止まってます」
「ああ。これは――――」
「見せてもらっていいですか? もしかしたら、修理できるかもしれません」
少し差し出がましいと思ったけど、壊れている魔導具を見て放ってはおけない。
シャヒル王子はちょっと迷った後、私に魔導時計を預けてくれた。ポケットにいつも忍ばせている精密道具を取り出した。蓋を開けてみると、細かな部品がびっしりだ。作った魔工師はかなりの腕だろう。部品となると、今この場で直すのは難しいが、どうやら経年劣化によって中の精霊石が曇って、魔力の伝達がうまくいってないみたいだ。
「直せそう?」
「ひゃ!」
思わず声を上げてしまった。シャヒル王子の顔が近くにあったからだ。
「……は、はい。大丈夫です。これなら」
精霊石の不具合ならお手の物だ。私は魔導時計の中の小さな精霊石を取り出して、カットを始めた。表面を薄皮一枚削っていく。すると、再び綺麗な表面が現れ、中の魔力が輝き始めた。その精霊石を魔導時計の中に戻すと、再び秒針が動き出す。
「あは! すごい! 動き出した。ありがとう、カトレア」
「どういたしまして」
良かった。喜んでくれた。
「これは母からプレゼントされたものでね。大事なものなんだ」
「え? す、すみません。そんな大事なものとは知らずに。私ったら」
「あははははは。大丈夫。形見とかそういうわけじゃない。まあ、でも母と繋ぐ唯一の絆というべきなのかな。止まってしまって、困ってたんだ。でも、本当に凄いよ、カトレア。ネブリミア王国の王宮魔工師に頼んでも、直すのは難しいと言われたのに」
「精霊石のカットは、錬金術師の領分ですから」
大したことはしていない。おそらく王宮魔工師たちが断ったのは、王子に新しい魔導時計を買ってもらいたかったからだろう。王宮魔工師だって、錬金術師と同じことができる。王宮には私より遥かにカットのうまい職人がいるのだ。
シャヒル王子は動き出した魔導時計を見ながら、目を細めていた。
慈愛に満ちた瞳を見て、自分がやったことが間違いではなかったとホッと胸を撫で下ろす。
シャヒル王子の目を見たのは、たぶんこの1度っきりだと思う。
気が付けば、夕陽が王宮の廊下に差し込んでいた。まさかこんな時間まで王子を案内しているとは思わず、製造部の部長が私たちを捜しに来たほどだった。
「カトレア殿……。本日は案内感謝いたします」
シャヒル王子は頭を下げた。そんな時でも、私は彼と目を合わすことができなかった。
横で部長が目を光らせていたからだ。部長は早く私から王子を引き離して、王宮で今宵も行われる晩餐会に向かいたいのだろう。黒地のタキシードを着て、胸にラメ入りの蝶ネクタイが光っていた。かなりの気合いの入れようだ。
しかし、そんな部長を留めてまで、シャヒル王子は私に感謝を告げる。
「いえ。……その、お役に立てたかどうか」
「正直に言うと、半分も理解できませんでした」
「え? そうなのですか?」
「どうやら私には魔導具を作る才能がないようです。ですが、いつかあなたが我が国に来て、その半分をもう一度教えていただけることを望みます」
すると、王子は私の手を取る。「もしかすると、キスされる?」と身構えたが、シャヒル王子は何か私の手の中に収めただけだった。手を開く。包みに入った丸いものを見て、思わずキョトンとする。
「もしかして、飴ですか?」
「テラスヴァニル王国で作られている飴です。自作ですが、味は保証します。申し訳ない。今はこんなものしかないのですが、あなたが我が国に来ていただけるなら、その1000倍以上のおもてなしさせていただきます。もちろん、この時計のお礼もかねて」
「い、いえ。十分です。ありがとうございます」
その後、シャヒル王子は晩餐会に参加すべく、部長とともに王族方がいる塔へと移られた。
正面を見ることは叶わなかったけど、英雄譚の一幕のような後ろ姿の美しさと、口に含んだ優しい甘みの飴の味だけは、忘れようにも忘れられなかった。
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