退屈

@yokaze00

1人目 事故死

目覚ましの音。その音は今日も俺に退屈な一日の始まりを告げる。もういっそ学校なんて休んでしまおうか。そう思っても行動にうつせるはずのない臆病な自分に舌打ちをしながら、俺は顔を洗う。どうせ行っても特にすることもないのに。



今日も俺の生活は変わらない。教室の真ん中で和気藹々と騒ぐ陽キャを見ながら1番端の席に静かに座る。彼らは俺とは無縁の存在だと重々承知している。別に羨ましくもないと考えるのはただの強がりだということも。楽しそうな笑い声が嫌味なほど大きく響く。

自分の惨めさから目をそらすために同士を探そうと教室を見回そうとすると、隣の席の女子生徒が目に入った。


1ヶ月前に事故死したはずの生徒の姿が、そこにはあった。


目が合う。

「あれ、もしかして君見えてる?」

不思議な事に恐怖は無かった。寧ろこの退屈な日々の中で起きた出来事に胸を踊らせていたのかもしれない。

「なんでいんのさ、」

…自分でも驚くほど自然に言葉が出た。今まで友達の1人もいたことが無いこの自分が、事故死したはずの少女と会話しているという事実に戸惑いながらも、最初の会話としてはあまりにぶっきらぼうな言葉だったと後悔した。

そんな俺に目もくれず、彼女は教室の壁に貼ってあるポスターを見ながら言った。

「今日でしょ、試合。」

ポスターの「高校女子バレー全国大会」の文字を見て理解した。彼女はバレー部だった。俺の高校のバレー部は全国屈指の強豪校で今年も全国大会への出場が決定している。…なんなら今から全校応援に行くんだった。

「向こうに行く前に見ようと思ってたからさ」

少し寂しげな顔で彼女が言う。

彼女の言う「向こう」が何処なのか、今はまだ知らなくていいことなのだろう。

彼女を見ているうちに、彼女の事をもっと知りたいと思った。初めての感情にまた戸惑う。心拍数が上がる。今日は「いつも」じゃないのかもしれない。その感情のまま、どのようにして彼女が亡くなったのかを尋ねると同時に、彼女の体が半透明であることに気づく。

「私さ、全国大会で活躍できるようにって一生懸命練習したんだ。毎日毎日、寝る間も惜しんで…。それでちょっと疲れちゃってたのかな……信号の色も分からなくなるくらいに。」

彼女は赤信号にも関わらず横断歩道に飛び出し、トラックに轢かれて亡くなっていた。


「…なんで君が死んで、俺なんかが生きてるんだろうね」

心の底から疑問に思った。彼女のような目標に向かってひたむきに努力する人が死んで、俺のようななんの目標もない人間が退屈を感じながら生きる、この世の中に腹が立った。今思えば、自分に腹が立っていたのかもしれない。

「代われるなら代わってあげたいよ…」


「…じゃあ代わってよ。」


はっとして彼女の顔を見る。彼女は怒っていた。怒りで歪んだ顔に涙が滲む。彼女がどんどん薄れていく。



彼女はそのまま姿を消した。

教室のざわめきが強さを増す。もう彼女がいた形跡は完全になくなっている。また俺は退屈な日常に引き戻された。


バレー部の試合を見ながら彼女の顔が頭をよぎる。どれだけ悔しかったんだろう、どれだけ辛かったのだろう。夢の1つもない俺には分かるはずのない事だった。「代わってあげたい」なんて口が裂けても言ってはいけない言葉だった。


彼女へ謝りたい気持ちとともに彼女のようにひとつの事に打ち込みたいと強く感じた。いつぶりだろう、こんな感情。目標の1つでも作ってみようか。子供の頃の将来の夢、何だったっけな…。




家に帰る足取りがいつもより少しだけ軽いことにまだ俺は気づいていない

俺の「退屈」な日常が変わり始める

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