第3話

「お前は……」


 グデオンも私の顔を見て、言葉を失っているようだった。あの時、グデオンの言葉を振り払って、私は村を出た。

 そんな奴と、今ここで再開してしまったのだ。


 き、きまづ。


 驚きのあまりはっきりとリアクションしてしまった。

 黙りを決め込んで、そっと出てけばよかったかな。


「随分と久しいな」


 彼はそう言いながら、ゆっくりとこちらへと近づいてきた。歳を重ねて、大人の余裕的なものをビシビシと感じる。

 当時は装備も大したものじゃなかったけど、今はレア度の高い素材を使った一級品だってことが分かる。


 レベルはきっと私と同じぐらいか、それ以上かな。


 村などの地方出身者は比較的、冒険者を始める年齢が若い。人手不足だったり、自分の身は自分で守れた方が良いからだ。

 ってことが、都会を回って気がついた。


 だから、いうて私たちはまだ若いけど、実力的にはベテランって言っていいと思う。


 いや、今はそんなことどうでもいいか。


 このあと、どうしよう。


 私は人見知りをするタイプでも、口下手ってわけでもない。


 だけど、こいつはちょっとねぇ……。


「席、いいか」


 グデオンは磨きのかかったキリッとした表情で、私に提案してくる。私が使っているのはパーティー用の机だから、椅子が余っている。


 でもまじか。


 あっちから近づいてくるとは。


 声をかけたのは私の方だけど、それを無視することだってできたはずだ。

 けどこいつは、ナチュラルに私に話しかけてくる。


「いいけど、別に」


 そっけない態度をとる。

 どんな顔でグデオンと喋ればいいのか分からなかった。


 全く持って想像していなかった。村の人間に再開することは。

 たまに上京する子もいたけど、大半は村で一生を過ごす。


 そういえば、なんでこいつはここにいるんだろう。


 突然の再会に驚きながら、頭に疑問を大量に浮かべていると、不思議と会話が思いついてきた。


「なんで、ここにいんの? 村は?」


 私は前の席に座ったグデオンに質問をする。


「1年前くらいだろうか。村を出たのさ。だが、お前と違って村と絶縁したわけではないけどな」


「……っぐ、あんたねぇ」


 こいつはさらっとハサミみたいに鋭利なことを言ってきた。だけど、彼の言う通り。私は村を捨てた女だ。


「そろそろステップアップしてもいいと思ってな。より己を鍛えるために、新たな拠点を探しているところなんだ」


 私と同じように、色んな所を周っているんだ。で、偶然私と再会したってことか。


 地元の周辺にも強いモンスターは多いけど、そもそもギルドで扱っているクエストが少ない。それだけ冒険者が少ないからだ。

 だから、ここの町みたいなもう少し人の多い場所に、クエストが流れやすい。


 レベルアップのために、より強力なモンスターを求めるなら、村を出る選択肢が思い浮かぶのは突飛なことじゃない。


「ふーん、そういうこと。でも、なんで1人? あの馬鹿は?」


 グデオンの顔を見たら、あいつの顔も頭の底から飛び出してきた。


「っふ、レザスのことだな。あいつとは今もパーティーを組んでいる。宿屋で寝ているさ。クエストは結局俺が決定するから、ギルドには1人でくることが多いんだ」


「そっか、レザスも来てるんだ」


 私が知りたい、と思った情報を的確に述べてくれた。変わってないなぁ、グデオンは。きっとレザスも、あの当時のままの脳筋野郎のままなんだろう。

 なんでか分かんないけど、2人のパーティー【ザ・ラッシュ】が解散していないことが、嬉しく思えた。


「ゼマ、お前は今はソロなのか?」


「そうだよ。あれからずっとね」


 あの日、グデオンとパーティー契約を解除した時から、私は誰とも組んでいない。できるはずもない。


 何度か声はかかったことはある。

 ソロのヒーラーっていうのは、冒険者業界じゃ需要が高いらしい。


「そうか」


 短くグデオンが呟く。

 それから妙な空気が私たちの間に流れ始める。


 するとそのタイミングで、酒場のウェイターがグデオンに声をかけてきた。


「そうだな、とりあえずソーダをお願いします」


 グデオンはお酒を頼まなかった。人間は18歳を超えているなら、飲酒はオッケーだ。だけど、昔からこいつが飲むことはなかったっけ。


 そしてすぐに運ばれてきたそれを、喉ぼとけをごくっと揺らしながら一気に飲み干していく。炭酸のシュワッと弾ける感覚が好きって言ってた。だから、炭酸が抜ける前に最初にガブっと喉に流し込むのが、グデオンのスタイルだ。


「なんだか変な感じ」


 私はそんなグデオンをまじまじと見つめてしまった。


「何がだ?」


「随分と久しぶりなのに、変わってないからさ」


「お前もさ。髪が短くなったのと、少し顔色が良くなったぐらいか」


 言われてみれば、私も特に性格が変わった気はしない。環境や心境はだいぶ変化したけど、グデオンと話すと昔と同じように感じる。


「……俺やレザスはあの頃より強くなったぐらいしか変わらないさ。変わったのは、お前の家族だよ」


「っえ……」


 長いこと聞いていなかった「家族」という響き。

 一瞬で、完璧な姉でいたかった時代の思い出が、フラッシュバックしていく。

 そして、冷たい風の中を駆け抜け、家を出た日のことも。

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