第2話

 短かったような長かったような。

 戦闘が始まってから、数十分は経ったかな。


 私は血だらけになりながら、森の中であおむけで倒れていた。大の字になって、草木の間から見える青空を眺めていた。


 いい天気だ。


 私はそのあと、首を横に動かした。


 するとそこには、同じように倒れているワイルドタイガーの姿があった。微かに血で毛皮が汚れているけど、あれは私の血だ。


 打撃しかできないから、基本的にはモンスターから血が流れることはない。

 体や頭をただただ殴り続けて、殴殺またはショック死させる。


 かなり原始的で荒らしい戦闘スタイルだ。

 でも、私は棒術しか扱えないしこれしか方法がない。


 ワイルドタイガーは口を開けて下ベロをダラっとたらしながら、死んでいる。息の根を止めたことは確認済みだ。


 これでクエスト完了だ。

 あとは傷のある瞼でもくりぬいて持って帰れば、成功の証明になるかな。


「はぁー、終わった」


 クエストが終わると毎回、とても静かな時間が流れていく。

 自然を感じれる、気持ちのいい時だ。


 だけど、仲間とこの喜びを分かち合ったりは出来ない。


 それは、あの時の私が望んだことだ。

 1人で生きて、喜怒哀楽を全て1人だけで占有する。


 ソロになったばかりは、これが嬉しくてしょうがなかった。


 だけど、今は……。


 あー、ダメダメ。


 これが私が望んだ未来なんだから。


 私は頭を強く揺らすと、立ちあがった。


「帰りますか」


 返事が返ってこないことは分かりながらも声を発すると、私は帰る支度を整えた。


        ◇◇◇


 ユーテリアの町。

 それが、今私が今よく通っている場所だ。


 山の上にある町だけど、それなりに栄えている場所だ。周辺にはモンスターが多いし、他の狩場へのアクセスも悪くない。

 ここ数か月は、ずっとここにあるギルドでクエストを受けている。


 今はそこの酒場で、仕事終わりの1人飲み会を開いているところだ。


 卓に置かれたジョッキを手に取ると、そこに入った泡たっぷりのビールを喉に流し込んでいく。


「はぁ~、生き返るぅ~」


 クエストの疲れはスキルでフォローしてあるけど、これを飲むとついついそう言いたくなってしまう。

 最初はビールなんて苦いだけじゃん。と思ってたけど、徐々に飲んでいったらクセになっていった。この苦み、っていうのは他の飲み物じゃ味わえない。

 大人がこぞって、「とりあえずビール」と言っていたことを、今ではよく理解できる。


 つまみも適度に口へと放り込みながら、酒を進めていく。

 私は結構、アルコールに強いみたいで、ついつい大量に飲んでしまう。

 だから、それだけ財布にも影響を与える。


 けど、大丈夫。


 今回の報酬金は、最近の中じゃトップクラスの値段だった。やっぱ、猛者を倒したってのがでかかったみたい。


 クエストをして、飲んで、金がなくなって、またクエストをする。


 そんな繰り返しだ。


 こうやって考えると単調な気もするけど、意外とそうでもない。


 毎回同じ敵と戦うわけじゃないし、町やギルドだって定期的に変えている。その土地によって、食べ物の名産とかが違ってくるから、グルメ旅みたいで楽しい。


 父親の血なのか、冒険者には性格的にも戦闘能力的にもかなり向いている。と自分では思っている。


 満足な人生。自由気ままに生きている。


「……なんだけどねぇ」


 私はぼそっと呟く。

 ここ数年、私の吐く言葉は、ほとんどが独り言だ。

 当たり前だ。周りにだーれもいないんだから。


 周囲を見渡すと、私と同じようにクエストの成功などを祝う冒険者パーティーがいくつかあった。

 ジョッキを打ち付けて、楽しそうに乾杯をしている。


 私もたまにだけど、ギルドで顔見知りになった相手と飲み交わすことはある。冒険者同士の一般的な交流だ。


 でも、私がすぐに拠点を変えちゃうから、その場限りの関係ってことが多い。

 逆に、たまにそうやって参加するからこそ、こうやって独りでいるときと比べてしまう。


 前は食事の時は、いつも大勢のちびっ子たちに囲まれていた。


 自分でも意外だった。

 あの日、家出を行ってから、過去とはきっぱり縁が切れると思っていた。


 けど、実際は違う。

 ふとした時に、あの頃の思い出が蘇ってくる。


 ないものねだりってやつなのかなぁ~。


 なんて考えながら、ちらちらと酒場内を観察していた。喋り相手がいないから、やることがないんだよね。


 すると、ギルドの入り口から1人の冒険者がやってきた。


 お、ソロかな。珍しい。


 といっても、ここに冒険者が1人でやってくること自体は、そう稀有な話でもない。ここで待ち合わせをしている可能性があるからね。


 この人もそんな感じ……。


 私はその人の足元から徐々に頭に向かって目を動かしていった。

 かなり立派な鎧に身を包んだ剣士のようだ。


 そして、首から上を視界に入れた時、私は自分の目を疑った。


 なんで、どうして。


「グデオン!?」


 私はテーブルにジョッキを叩きつけると、思わず立ちあがってしまった。立ちあがらずにはいられない。

 その顔を見るのは数年ぶりだ。

 だけど、しっかりと私の脳は記憶している。


 風のように透き通ったその美顔を。


 私が急にそんなことをするもんだから、ギルドが一瞬静まり返った。そして、彼の方もすぐに私に気がついた。

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