最終話
外に出ると、風がびゅーびゅーと奇怪な音をたてながら私を襲ってくる。
あー寒い。
体を温めてくれるスキルでもあればいいんだけどな。
世の中にはそんなスキルを持っている人がいるかも。
私はこの狭い村と、少し離れた狩場にしか訪れたことがない。
けどこれからは違う。
色んな場所に足を踏み入れて、様々なことを経験する。
文字通りの冒険者に私はなるんだ。
でもその前に私はやらなきゃいけないことがある。
まずはこの手紙を、村中に配らないと。
手がかじかむけど、私は茶封筒から手紙を取り出して、近隣の家のポストに入れていく。
ほとんどの家にはポストが置いてある。
けど、ほとんど使われることはないと思う。
村の人同士は、手紙でやり取りするよりも直接会った方が早い。
だから、周辺の他の村や都会の知り合いから手紙が届くぐらいだ。
上京する人も稀だけどいるから、完全に0通ってわけじゃないんじゃないかな。
ポストのない家には、ドアの隙間から中に無理やり入れておいた。
風が強いから、外に出しておけば絶対に吹き飛ばされてしまう。
ポストに入れる僅かな時間だけでも、強風に吹き飛ばされないようにギュッと握りめておく必要がある。
村にはいくつか街灯があって、それだけが頼りだ。
一応夜中も明かりがついているけど、出歩く人なんてほとんどいない。特に冬はね。
いるとするば、酒場で夜遅くまで飲んでいるおやじぐらいかな。
ギルドも日が回ると同じぐらいにだいたい閉まる。
都心のギルドは、いつ冒険者がクエスト受理と報告を出来るように24時間空いてるらしいけど。確かグデオンがそう言っていた気がする。
私は冷感に耐えながら、せっせと手紙を運んでいく。
アンバスおじさんの家にも、お世話になった学校の先生、あとはレザスの家にも。彼は家族と暮らしているから、わりと立派な木造の一軒家に住んでいる。
どんどんと茶封筒が軽くなっていく。
いつの間にか、最後の1通になっていた。
その人の家は村の端っこにあるから、それがラストになるのは当然だ。
他の家と比べると、こじんまりとした納屋のような家だ。1階建ての1人暮らし用のものだ。
この家の主には、手紙だけではなく用があった。
本当は会いたくなんてないけど、仕方がない。
私が完全に過去から断ち切るには、彼に会う必要がある。
家からは僅かに光が漏れていて、まだ起きていることが分かった。彼は少しだけショートスリーパーみたいで、よなよなモンスターの生態などを勉強している。らしい。
あいつは昔から真面目で、学校でも一番の成績だった。といっても、同級生はほとんどいなかったか。
私は家にいるであろうそいつを訪ねて、玄関のドアを軽く叩いた。
「こんばんわ、ゼマだよ」
こんな時間の訪問だから、きっと警戒すると思う。だから前もって自分の名前を言っておいた。
「ん? 今出る」
家の中から低い声がすると、すぐに扉は開いた。
そこにはラフな格好をしたグデオンの姿があった。最近はずっと戦闘用の鎧姿しか見ていなかったから、なんだか変な気分だ。
悩ましげな顔をしたグデオンは私に尋ねる。
「どうしたんだ、こんな時間に。まぁいい。寒いだろ、中に入れ」
外の風が強いことので、グデオンは気を遣ってくれた。でも、それに応じるわけにはいかない。
「いい、ここで。実はさ、話があってきたんだ」
大事な話だ。
彼には手紙を書いていない。
直接会わなければいけない理由があったから。
「どうした?」
彼は顔を顰める。きっと嫌な予感がしたのだろう。こんな時間に私が訪ねてくることなんてないはずだから、当然か。
「私とのパーティー契約を解除して欲しい」
「……!?」
声は発さなかったがグデオンは、明らかに驚いていた。眉を上げて目は大きく開けている。こんな顔、初めて見たかも。基本、澄んだ表情で過ごしてるからね。
「お願い」
私はそう言って、右手を握りしめて彼の方へと差し出す。その手の甲には、微かに光り輝く紋章が刻まれている。
パーティー契約は、口約束というわけじゃない。
この紋章同士を結びあわせることで、正式なパーティーになる。これをすると、仲間がモンスターを倒した時に貰う経験値を、他のメンバーにも分け与えられる。
私なんかは棒術で戦うから、殺傷自体は少ない。でも、グデオンたちがモンスターを狩ってくれるから私にも経験値が入る。
それがあれば、レベルアップをしてもっと強くなれる。
だから、この契約を破棄するためには、グデオンに会わないといけない。
もしかすると、私が一方的に拒絶すれば、契約は解除できるかもしれないけど。
私はグデオンに会いたくなんてなかった。彼だけじゃない。家族や村の人たち、全員に会わずに行きたかった。
けどきっとこれは必要なことなんだ。
これまでの自分と決別するために。
「ちょっと待てよ。理由を聞かせてくれ。他に誰かと組むっていうのか?」
普通に考えればそう思うか。新しく組みたい人たちが出来た、それかスカウトされたとか。あいにく今は、誰とも組むつもりはない。
「違う。見ての通り、村を出ようと思ってさ」
私は担いだリュックを彼に向かって傾ける。恰好も普段とは違うし、伝わると思った。
「なに? 村を出るって、家族はどうするんだよ」
「……もう疲れたんだ。姉でいることに」
私は初めてこのことを誰かに伝えた。
正確には、さっき配り終えた手紙にも書いたけど。
でも、直接面と向かって話すのはグデオンが最初だ。
「お前がそんなことを言うなんて」
今日も彼とは一緒に仕事をしていた。きっといつも通りの私だったから、余計に違和感を覚えたんだと思う。
私だって、グデオンが急に冒険者を辞めるなんて言い出したら、驚くに違いない。
「じゃあ、兄弟たちには言ってないのか?」
さすが、察しが良いね。
私がやろうとしていることに、なんとなく感づいているみたい。
「うん。でも手紙を書いてきた。家族宛のと、村の人たちにも。兄弟たちには家のやることとか、道具の位置とかを伝えておいた。
村の人たちには、出来るだけ私の家族に協力して欲しい、って書いておいた」
私は夜な夜な、家族が今後私無しで生きていくために必要なことを、手紙に託した。逃げ出したわけだけど、彼らのことが心配なことに変わりはない。
だから、せめて残せるものは残したかった。
「本気なんだな。確かに、お前には村に人たちはお世話になっている。だから協力的になってくれるのは間違いないだろう。
だが、だったら尚更、お前がここを出ていく必要はないだろう。
それだけ、お前の負担が減るんだからな」
確かに彼のことはもっともだ。きっとそれが最善の策な気がする。
いわば私がやっていることは、私という存在を100から一気に0にする方法だ。
グデオンの言う通り、村の人の協力をあおり、私の負担を50ぐらいまで減らすことも出来る。
それも私は考えていた。
けど、そうはしなかった。
結局、理由はシンプルなんだと思う。
今の私の心が休まるには、1つの方法しかない。
それを自分が強く望んでいる。
そう感じたから、ここまで来たんだ。
「1人になりたい。ただ、それだけ」
私はグデオンを真っすぐ見つめる。
彼はここで、1人暮らしをしている。
といっても、グデオンの両親は、私の家の近所に住んでいる。
だけど、冒険者として稼げるようになると、彼は家を出て1人で生きてく力を身に着けた。
それが今は、凄く羨ましく思う。
仕事でも家でも、常に誰かのために動いてきた私とは違う。自立した人生が、輝いて思えた。
「考え直せ。きっと他に方法はある。例えば……」
彼が私の意見に理解を示さず納得しないことは分かっていた。こいつはそういうやつだ。きっと、私のことを思ってくれているからこそなんだと思うけど。
私は彼が代替え案を思いつく前に、声を荒げた。
「速く、解除して!」
私は半ば怒鳴りつけた。彼に対して怒りはない。彼だけじゃなく、家族に対しても怒りという感情は芽生えていない。
あるとすれば、こんなやり方しかできない自分自身にかな。
「……ゼマ、お前」
グデオンは一瞬、怯んでいた。暴れん坊のレザスに怒鳴ったことは何度もあるけど、グデオンにはこんな態度とったことなんてないと思う。
「もういい。こうなることは分かってた」
グデオンは優しいけど、それなりに我が強い。
意見のぶつかり合いになるのは当たり前だ。
だから私は、強硬手段をとる。
「ゼマ・ウィンビーとグデオン・トーテムのパーティー契約を解除する」
私は彼の了承を得ずに、強制的に執行した。
紋章に向かってそう呟くと、そこから細い糸のような光が出現する。
私のだけじゃない。
グデオンの紋章からも、同じ光が現れる。
その2つは真っすぐと伸びていき、ぶつかり合う。
これがパーティー契約のしるしだ。
そして1つの線となったその光は、すぐに光の粒となって散開していく。
夜の闇に、ホタルの光みたいなそれらが舞っていった。
これで、事は為せた。
「じゃあね、グデオン」
「おい、待てって」
彼は去ろうとする私の腕を掴もうとした。だけど、私はそれを反射的に回避する。もう誰も、私を止めたりなんかできない。
「私は1人で生きていく」
彼にそう宣言すると、私はそのまま外へと走り出していった。
後ろからは彼の声が聞こえ続ける。
もしかしたら、追いかけてくるかもしれない。
だから一切降り返らず、村の出口を目指した。
村を出たら一切、明かりは消える。
暗闇に目は慣れてきたけど、それでもかなり視界は悪い。一応、簡易的なランプは持ってきた。
ここから先は、何が起きるか分からない。
すぐにモンスターに襲われて、食われて死ぬかもしれない。
私の行く末は、闇だ。
けど、今はそこに飛び込んでいくことに、妙な高揚感を覚えていた。
その時の私は、顔に笑みを浮かべていたと思う。
この1週間ぐらい、ずっと無理して笑っていた。
けど今は違う。
こうして私は、故郷を捨てて旅をすることになった。
長い長い家出が始まった。
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