第14話

 私がある決意をしてから、はや1週間が経とうとしていた。

 それまでの間、私は完璧なおねえちゃんを演じ続けていた。


 明るい笑顔を振りまいて、家事に仕事に大忙し。


 私は改めて思った。


 この生活を続けていくのは私には無理だ。


 正直、しばらくぐらいならば、耐えることが出来ると思う。体は丈夫なわけだし。


 けど、いつ息が切れるか分からない。

 兄弟たちの成長が先か、私が限界を迎えるのかが先か。


 ずっと家族優先で生きてきた。


 けど、今は自分を守るために行動を起こす決意を固めていた。


 村医者のアンバスおじさんが言っていた言葉は思い出す。


 おじさんは、「ストレスや悩みは気がつかないうちに蓄積されていて、いっきに溢れてしまう時がある」って言っていた。


 あの時は母さんのことだったから、いまいちピンとこなかった。けど今の私には痛いほど理解できる。


 今の私は溢れる寸前。いや、もう心のダムが決壊しているのかもしれない。それを、回復スキルで誤魔化していただけなのかも。


 そう感じた私は、おそろしく早く自分の考えた案を実行していった。


 この1週間、寝る間を惜しんで大量の手紙を書いていた。


 手紙なんてほとんど書いたことがなかった。あるとすれば、小さいころに両親あてに書いたぐらいか。誕生日とか記念日とかにね。

 父さんと母さんが喜んでいた顔は今でもはっきりと覚えている。


 けど、今回私が書く手紙を読んで、喜んでくれる人は誰もいないと思う。


「よし、これで最後かな」


 今日も夜遅くまで私は起きていた。


 台所の簡易的なテーブルには、封筒に入った大量の手紙が散乱していた。一気に書いたから、手がいたくてしょうがない。


 これを綺麗にまとめると、さらに大きな茶封筒にしまう。

 封筒には誰宛かちゃんと記してあるから、間違えることはないだろう。


 茶封筒にしまうのは、全ての手紙ではない。


 7通だけは、ここに置いたままにしとく。

 その封筒たちには、家族の名前が書いてある。


 上から、ギオ、グルジ、バニ、フー、ミーキー、ヘレシア。

 そして、最期は母さんだ。


 そういえば、兄弟には初めて書いたな。


 どちらかという今は、手紙を受け取る側だ。

 その手紙たちは大事に取ってある。


 それらは、テーブルの下に置いてある大きめのリュックに入ってある。


 他にも、ここには服とか必需品が入ってある。だいぶ使ってなかったから、リュックはだいぶぼろい。まぁ今は、入れば何でもよかった。


 私は準備が出来てしまったことを知る。


 これでやり残すことはない。


「……」


 私は台所とリビングを繋ぐドアに向かった。

 そして、深い眠りについている家族の顔を見ようと、そっとドアを横にずらした。


 台所の明かりが線のようになり、リビングとさらに奥の寝室に入り込んだ。これぐらいの細い光なら、起きることはないと思う。


 年少組は可愛い寝息をかきながら、幸せそうな寝顔をしている。

 何度も見てきたその姿が、私の事を締め付ける。


 奥の年長組はひどく寝相が悪い。

 長男、次男、3男の手足が、ほつれた糸のように交差していた。ギオの顔には、バニの手が当たっていて殴っているように見えた。

 だけど、何故か一緒に寝ている母さんのところまでは侵入しないから不思議だ。無意識のうちに当たらないように避けてるのかな。


 はぁ、なんて微笑ましい光景なんだろう。


 私はいつも寝る前に、彼らの寝姿を見て、癒して貰っていた。


 けど、もうそれくらいじゃ、私の心は癒えないところまで来ている。


 自分でも、こんなに重症だったとは気がつかなかった。


 もしかして、母さんの体調が悪くならなければ、私はあのままずっと同じやり方で生きていたんだと思う。


 そして、いつの間にか疲弊しきって力尽きる。


 そんな未来が待っていたのかもしれない。


 そうだ。覚悟を決めるんだ、私。


 家族よりも、自分自身を優先することにしたんだ。


 そうだよ、ここまでよくやった。


 もういいじゃないか。少しぐらい休んだって。


 誰にも批判されたわけじゃないのに、私は自分自身を強く肯定する。


 じゃないと、罪悪感に勝てない。


 一歩踏み出すためには、それに立ち向かわなくてはいけないんだ。


「じゃあね、皆」


 私は短くそう呟くと、ドアを閉めた。

 家族の姿が、私の視界から消えた。

 あるのは、無機質な壁だけだ。


 もう見ることはないのかもしれない。


 いや、きっとそういう道を辿るはずだ。


 そういう生き方を、私は選択したんだから。


 私は俯いたままテーブルに戻り、リュックを背負った。

 外は寒いから、厚手のジャンバーを着ている。

 普段は機能性重視で、冬でも軽装だったので、その温かさに少し驚いた。


 そして手紙の入った茶封筒を手に取って、台所を後にして玄関に向かう。


 散乱した子供靴の中から自分の物を探して、履いていく。

 自分のと比べると、小人用なんじゃないかってぐらい小さく思える。


「よし、準備完了」


 忘れ物はないよね。

 あっても、出先で買えば良いか。

 僅かだけどお金は持ってきたし。


 服のポケットを触ったり周囲を見渡したりして、持ってきていないものか探す。


 そんなことをしていると、玄関に立てかけられていた木の棒に目がつく。


 あ、これはどうしようかな。


 モンスターと遭遇したらあった方がいいだろうし。


 でも、これをこのまま持っていく気には何故かならなかった。


 よく壊れたから何代目か分かんないけど、よく使っていた相棒だ。


 うん、置いて行こう。


 それが私にとって吉となる気がする。


「バイバイ」


 私は最後に家のほうを振り返る。

 何もない空虚な廊下があるだけだ。


 子供たちが帰ってくると、ギャーギャーと騒がしくなるけど。


 そしてついに私は、玄関のドアを開けた。


 今日だって昼間に開けたはずだ。


 けど、それとは比べにもならないぐらい重かった。


 当然だ。


 だって、ここにはもう帰ってこないんだから。


 私は冬の夜の暗闇に向かって、一歩踏み出していった。

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