第12話

 数日後の昼過ぎ。


「どう、調子は?」


 私はソファに座っている母さんに問いかける。病院に行った時よりも、だいぶ顔色が良い。適度に【フィジカルヒーリング】を発動しておいたから、治りが早かったのかも。


「もう1人で立てそうだよ。迷惑かけたね」


「そっかそっか。安心したよ」


 また前のような生活に戻るにはもう少し時間がかかるかな。


 まだ子供たちが帰ってくるのに時間はある。買い物は澄ましてあるし、久しぶりに休めるかも。

 でも、問題はお金。

 ここ数日、私と母さんは働けていない。


 つまり、無収入だ。

 まずいな。


 母さんが大丈夫そうだったら、明日からまた働かないと。


 グデオンたちはどうしてるかなぁ。


 なんて想像していたら、家のドアが叩かれた。


 ん? こんな時間に誰だろう。


 私は母さんの元を離れて、玄関へと向かっていく。


「はーい」


 私がドアを開けると、そこには見慣れた顔があった。けど、家を訪ねてくるのは初めてだ。

 名前は確か、ジョーザさんだっけな。

 村の偵察係で、そうそう、この前ゴブリンのクエストを出した人だ。


 どうしたんだろう。


「ゼマ、大変だ。グデオンたちが」


 私はその言葉で察した。そしてそのあと詳細を聞くと、私は青ざめた。

 そんな、私のせい?


「とにかく、すぐに来れるか?」


 ジョーザさんは落ち着いてる風だけど、声がどこか焦っている。村の人たちは皆知り合いみたいなものだから、心配なんだ。


「ちょっと待ってて」


 私は寝室に戻ると、母さんに相談をした。


「どうかしたのかい?」


「実はグデオンたちが、モンスターにひどくやられたみたい。生きてはいるみたいだけど、重症だって」


 私がいないから、傷を癒せなかったんだ。一度ダメージを受けたら、回復役でも飲まないかぎりすぐには治らない。


「そんな……。すぐに行ってあげて」


 母さんもグデオンとレザスのことは知っている。元気だったころは、一緒に遊んでくれた時だってあった。


「でも大丈夫?」


 2人のことも心配だったけど、目の前にいる病人も放っておけるわけがない。


「随分よくなったし、少しぐらい大丈夫よ。薬はちゃんと飲むから」


 母さんの言う通り、今のところは私がつきっきりじゃなくても大丈夫そうだ。不安はぬぐい切れないけど。


「ありがとう。もし何かあったら、村の人に声をかけるんだよ」


 それを聞いた母さんは小さく頷いた。村の人は皆いい人ばかりだ。緊急の時は助けてくれるはずだ。


 でも、瞬時に傷を癒せるのは、回復スキルを持っている私しかいない。

 回復スキルはメジャーなものじゃないみたいで、所持者が少ない。病院の人だって持っていないらしい。


 私は厚手の上着を慌てて着ると、病院に向かって走っていく。


         ◇◇◇


 私は病院に入ると、すぐさま看護師の人に連れられて、2人のいる病室に連れていかれた。話はもう通っているみたいだ。


 小さな病院ではあるけど、入院用のベッドが置かれた部屋はいくつかある。今回みたいに深手を負った冒険者がたまに運ばれてくるらしい。


「おぉ、来てくれたんだね。応急処置はしたけれど、まだひどく痛むようでね」


 病室には看護師と医者のアンバスおじさんがいた。そしてベッドには、グデオンとレザスが包帯をぐるぐる巻きにされて寝そべっていた。


 2人とも意識はあるようだったけど、ひどく痛みを感じているようで必死で堪えていた。


「いってぇ! あんにゃろう」


 レザスは頭にも包帯をしていたけど、一番重症なのはわき腹なようだ。そこを抑えて、つらそうな顔をしていた。

 いつもは傷ついてもすぐに私が治すから、こんなに苦しむ姿は初めて見た。


「……ゼマか。情けない。見事にやられたよ」


 グデオンは首と肩の付け根辺りをやられたらしい。辺りが血でかなり汚れている。


「ひどい傷……」


 私は言葉を詰まらせる。血も傷も見慣れているはずなのに、何故かいつも以上に辛さを感じていた。

 私がいれば、こんなことにはならなかった。


「2人ともワイルドタイガーにやられたらしい。幸い鎧のおかげで、2人とも一命はとりとめている。

 だが、このままじゃ失血死になりかねない。特にグデオンは、もう少しずれていれば即死もありえた」


 包帯やガーゼで全ては見えないけど、きっとくっきり歯形がついているんだと思う。


 そっか、ワイルドタイガーに挑んだんだ。

 私の父の命を奪ったモンスター。

 数はだいぶ減ったって聞いていたけど、まだ周辺に生息していたんだ。


「医者として情けないが、すぐに治療するには君の力が必要なんだ」


 おじさんは、かなり年下の私に頭を下げる。


「頭を上げて。私の仲間なんだし、私が助けるのは当然。2人ともいくよ。トゥーズ【ヒーリング】」


 私は対象を2人にして、2回同時にスキルを発動する。


「っお、これこれ。やっぱ効くぜ」


 レザスの顔が徐々に緩んでいく。このスキルに特にリラックス効果はない。でも痛みが消えていくのは、思いのほか気持ちが良い。


「助かるよ、ゼマ」


 グデオンは重症の体を起こしながら、私に軽く頭を下げる。


 徐々にだけど、2人の傷は治っていると思う。足りなきゃ、何度も発動するだけだ。これで命の危機は脱せたと思う。


「君のスキルはいつ見ても素晴らしいよ」


 おじさんが私を褒める。実はこういったことは、初めてじゃない。ここまでの重症は初めてだけど、お年寄りが怪我をして危ない状態の時に一度呼ばれたときがある。


 そのあと、病院で働かないかって誘われたっけ。

 でも、病院は24時間だし、家での時間が安定しない可能性があった。それに、こっちよりも冒険者の方が危険な分、稼げると思ったから。


「惜しいところまではいったんだけどな。やっぱりゼマがいないとダメだな」


「あぁ。今度は、ゼマが戻ってきた時にリベンジするとしよう」


「こんなになって、まだやる気なの?」


 意外と諦めの悪いグデオンに、私は半ば呆れていた。


 ワイルドタイガーは確かに強敵だ。

 でも、ハイゴブリンを倒せた私たちなら、倒せなくもない相手だ。

 もし勝てなかったとしても、私がいれば死ぬ危険性はぐっと下がる。

 再戦したい気持ちは分からんでもない。


「クエストは終わっていないからな」


「ゼマがいれば、楽勝だろ」


 順調に回復出来ているようで、2人はスームズに言葉を発していた。


 そう、私がいれば大丈夫なんだ。


 これぐらいの重症でも、治すことが出来る。


 私は凄いからね。

 皆に認められている。


 でも、頭に鳴り響く耳鳴りのようなものが消えないのは、どうしてなのか。

 私には理解できなかった。

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